不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「異邦人」 カミュ 窪田啓作訳 新潮文庫

2019-11-30 | 読書

 

 

これが「異邦人」か。ムルソーが不条理な人物なのだろうか、不条理な男が不条理な殺人を犯した話なのだろうか。生まれたら死ぬのが宿命だ、それを人為的に行うのが不条理なのだろうか。
 
 
44歳でノーベル文学賞を受け、当時活躍中のサルトルと並んでさまざまな見地から評される作品を書いた。 「実存主義に沿った作品かそうでないのか」当時、難しいサルトルの哲学をあてはめてよいやら悪いやら、という風潮もなかったとは言えないが、カミュは、彼の作品はそういったサルトルの思想とは関係ないと断じている。

 裁判に入り、ムルソーに対する裁判長の言葉はあながち間違っているわけではない。冒頭の有名な「きょう、ママンが死んだ」にしても、母親がなくなっても悲しみもなく、年齢も知らず、柩を開けて顔を見るでもなく煙草を吸っていた。次の日友達の友達が持っている海岸の別荘に行き、真夏の海で泳ぎ、酒を飲み、女を抱き、砂浜でアラビア人ともめ、いったん引き挙げた後、戻ってまず一発、続いて四発の弾を撃って殺した。検事もそう述べた。

 結果はそうであってもポケットに拳銃を入れたのは友人で、銃を持つことに他意はなかった。引き返したのではなくて海岸を歩いていて石の陰で寝ていたアラビア人を見つけた、近づくとナイフで襲って来た。暑かった、汗が瞼の上から流れてきた。アラビア人のナイフに太陽が反射して光った。 ムルソーはその時を回想しても、ただその時の暑さと、すべてがゆらゆらして沈黙が破れたことだけが思い返される。 拳銃の音は不幸の扉をたたいた四つの短い音にも似ていたとも。

その風景は裁判では伝わらなかった、弁護人は正しく弁護したにもかかわらず。彼の日常は平凡とは言えないと裁判所は判断した。彼に身近な人たちの証言も、彼の堅実な勤めぶりも聞き流された。パリ支店への昇格を断ったことの方が不審がられていたし、母親を養老院に入れて一度も会いに行ってなかったことも周りからあまりよく思われていなかった。

あとがきから のちの作品『裏と表』で「彼らは五人で暮らしていた。祖母と、下の息子と、上の娘、その娘の二人の子供である。息子は啞に近く、娘は病身で何も考えることができなかった。ふたりの子供のうち一人は、既に保険会社で働いており、二番目のは学業を続けていた。七十になってはいたが、祖母はまだこの一家を支配していた。」とカミュは自身の家族を書いている。

しかしカミュ一家は慎み深く暮らし、彼は窮乏の中にいてもアフリカの海と太陽の光を受けて自然の中で成長した。幼い頃から優秀だった。 恩師にも恵まれ教育を受けることができた。

 「異邦人」の主人公ムルソーはなぜか律儀な暮らしの背後にどこか説明のつかない現実との距離感がある。カミュはこんな主人公をなぜ作りだしたのだろう。 裁判の最中でもあまりの審理の長さに退屈して、アイスクリーム売りのラッパの音から、外の世界を思ったり、早く房に帰りたいなどと考えている。
 
ムルソーは上訴を棄却する、「人は死ぬ。三十歳で死のうが七十歳で死のうが、大した違いはない。いつであろうと死ぬのは私だ。死ぬときのことを、いつとか、いかにしてというのは意味がない。それは明白なことだ。 司祭の話にしても興味がない。 助けてもらいたくなかったし、また私に興味のないことに興味を持つというような時間がなかった。」と考えている。

 最後に書かれている司祭とムルソーの問答でも、理解されないもどかしさにムルソーが怒り、憤怒の言葉を吐き続ける。 そして死んでしまったけれど、かえって生き返ったようなママンの生涯を思う。
 
人は環境に育てられる部分が多い。 彼は自由に生きたと思っていたようだが、あるいはカミュの育った究極の貧困を抱えた歪な家族の中で得ていた自由は、心の奥底には、自分のいる場所が現実と乖離するような部分を持つ、今でいうコミュニティー障害の種を抱えていたのではないだろうか。 カミュとムルソーを重ねてはいけないだろうが。

 第二部の最終部分、彼は解き放たれた、多くの群衆の憎悪の中で生きて死ぬという、人の持つ宿命との連帯感が幸せだったのか。読み終えて何かもの悲しい不幸な作品だと感じた。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「さくらえび」 さくらももこ 新潮社

2019-11-28 | 読書

 

面白うてやがて哀しき ももこさん。
 
さくらももこさんの本は娘が集めて読んでいた。うちに似合わない優しい娘は、本は好きだが私とは方向が違う。殺人事件やイヤミスは勧めても「いいです」と断られる。
昔「もものかんづめ」とか「さるのこしかけ」とかいう面白い題名の本を貸してくれた。
雑食の私の部屋には家族からオススメというのが集まってくるので読んでみる、家族だって好きな本を勧めて「おもしろかったね~」といわれると嬉しいし言いたいので読む。
息子からきた「三国志」でも。
 そのころ「ちびまるこちゃん」を書いた人は面白いがずいぶん元気な人だという感想だった。
 これも読み易くて面白かった。
娘の部屋には今も本棚が半分置きっぱなしになっている。「マンションは狭いから」といっていたがマンションを抜けた今も持って行かないのはどうもこれ確信犯だ。
さくらももこさんが並んでいたので、読もうと思って入ってみら、この「さくらえび」だけが残っていた。
お気に入りは持って行ったらしい、原田宗典さんも江國香織さんもハルキもない。

 「さくらえび」は2000年問題が出てくるのでその頃発刊されたものらしい。
やはり家族の話題が占めていて、これがまた特にお父さんのヒロシが面白く、ももこさんも辛らつに面白がっている。どこにでもありそうなのだが、いやまぁそこまではとは思うほど、ももこさんはヒロシのしでかしたことを、輪をかけて傷口を広げ、それをまたももこさんいい人なので回収して回る。
コイを買った話が冒頭に出てくる。水槽で飼えるコイ350円というのをテレビで見てほしそうにした父ヒロシ、「おもしろいかもね」と大きな水槽があったのをももこさんが思い出した。みんなでいそいそと買って来たのが12ひき、どうせ死ぬのも居るから。と飼い始めた。
 後日談。
 みんな死んだ。
その上まだ大きな水槽があった。先のには金魚すくいでとってきた金魚を入れ、大きい方でアロワナなんかいいかもと思っている
。まぁそんなてんやわんやの様子が面白く、それも実話らしい。
ヒロシはドジで世話が下手。ももこさんは大好きな金魚すくいの奥の手を別項で教えてくれている。
でも最近金魚すくいって見ないなぁ。子供は大きくなったし夏まつりもなくなったし。金魚すくいはしてみたいし綿アメも食べたいのに。

サンルームでバーベキューをした話もおかしかった。よそで食べたバーベキューってうらやましくおいしいものだ。
できれば私だって気を使わないおうちバーベキューがしたい。
 最近流行りらしく、食材や道具まで貸し出す手ぶらバーベキューというのが近くの公園に出来ている。
飯盒炊爨なんて今は昔、知っているだけでも素晴らしい(自画自賛)

ももこさんちでもそんなこんなでサンルームがいいと大騒ぎでバーベキューの用意をした。
どこでもさがせばそれらしい道具くらいはある。ところがいざ始めてみると煙がこもって味がおかしい。そこに突然雨。扉をしめ切って煙に巻かれつつ奮闘して時が無駄に流れた、、煙くて涙も流れた。

その他、チームを作って発刊した「富士山」という雑誌から、旅の記録やゲストの話もある。

 精力的に書き、歩き、両親や姉や息子とのあれこれをしみじみと伝えてくれた。愉快に、思い当たるなにげない日々を「ちびまるこちゃん」に託してテレビから届けてくれていた。
このアニメの登場人物にはたくさんのファンがいるそうで、ポンポコリンの歌はうちでもみんなで歌った。

 夕食とともに定番になった「ちびまるこちゃん」と「サザエさん」どちらも作者はいなくなった。 ももこさん53歳で逝ってしまった、若すぎる。
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「刺青殺人事件 新装版」 高木彬光 光文社文庫

2019-11-27 | 読書

 

 

やはり好きだな探偵小説。初めて読んだが、神津探偵の神がかり的謎解きも拝みたいほど鮮やかで、古くて新しい。怖いもの見たさというが、見た目化け物ではないところがホラーと一線を画す。

ミステリは好きだ、ちょっと歴史は浅いが、読んだことがある名探偵くらい調べればぞろぞろ出てくるにちがいない。というので検索してみたら、もう言わずもがな、散々だった。知らない探偵ばかり。やっぱりね。山は高くて海は深い。


おまけに国内の探偵御三家の中で「神津恭介探偵」を読んだことがなかった。
あれ?そうか、推理小説でなくて探偵小説かな、と「検索ワード」のせいにしてみたが聴いたことはあっても読んだことがなかった。


探偵は和服で下駄かと思ったら、スマートで6か国語を話す白皙のイケメンだという、やっぱり読んでなかったわ。

そこで高木彬光のデビュー作「刺青殺人事件」から神津恭介さんにお目にかかろうと、発行順に選んでみた。すべて舞台は敗戦直後、まだ世の中が収まりきっていない時。だから戦前の探偵小説臭がプンプンだった。

まず江戸川乱歩に認められたという、そうでしょう、なんか味といい風味といい戦前から受けついた当時の流行はそのまんま。気持ち悪い、奇怪な殺しの手口も、ドロドロっと見世物小屋から出てきてもおかしくない仕組みになっているところも。
ストーリーも、トリックにも並みでない意気込みが感じられた。第一作。デビュー作。

そして高木さんの「あとがき」がある。三週間で書き上げたというこの作品にかけて成功したいきさつが、文章に作り物ではない迫力があり、(これはファンにはよく知られた話らしいが)初読みにはとても興味深かった。

事件は、東大医学部の標本室から始まる。そこには絢爛華麗な刺青をした皮膚がトルソに貼り付けられ、または広げられて保管されている。事件はこういう奇怪なものに憑りつかれ収集癖がある人物が登場するところから始まる。身の毛がよだつ描写が続くので、深くは考えないで読む。



ある名人彫師の三人の子供が、みんな競って父親に見事な刺青を彫ってもらう。そういう社会に住んでいれば痛みに悶えながらも背負った絵は見せたくなるほどの出来で、体に巻き付く大蛇の「大蛇丸」も「蝦蟇に乗った児雷也」も「綱手姫」も背中に付いて妖しく動く。三すくみの図柄だった。

刺青を見せ合う宴で、白く輝く素肌に掘られた見事な刺青をみて人々は息をのんだ。
殺人はそれに続いて起こり、歌舞伎から来た浮世絵の豪華な図柄を残して首が消えた。

一枚の写真が双子で刺青がある姉妹の秘密を語る。復員してきた兄の居場所も分かり、事件はもつれ、そこにあわよくば死体の皮が欲しいという博士まで加わる。

刺青に少し詳しくなり、皮膚は保存できるのだという現実にしっかり気が付き、背中のゾワゾワ感を忘れることもできない間に、洋行帰りの神津さんが謎を解いた。

高木さんが心から尊敬して認めていたという横溝正史の世界が、新しい話をまとって迫ってくるような、気味の悪い恐ろしい作品だった。 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一休寺(酬恩庵一休寺)の紅葉

2019-11-26 | 日日是好日

紅葉が見ごろだというので行ってきました。

目が痛くなるような鮮やかな赤に染まっていました。まだこれからも見ごろはが続くようで、散策する人もゆっくり散歩を楽しんでいました。

ここは一休さんが後年過ごされたところです。

禅師は文明13年(1481)11/21に88歳で示寂されたがこれに先立って文明7年(1475)
      ここに寿塔を立て慈楊塔と名付けられた。前面の庭は禅院式枯山水の様式で室町の古風を存している。
      現在墓所は宮内庁が御陵墓として管理をされており門扉に菊花の紋があるのもそのためである。

(一休寺のHPhttp://www.ikkyuji.org/precincts/より)

 

 

 

一休寺(酬恩庵一休寺)の紅葉

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雑誌 「サライ 2019年11月号 特集奈良」 小学館

2019-11-26 | 読書

 

私の奈良からみんなの奈良へという気持ち  裳階と水煙が美しい「凍れる音楽」薬師寺東塔の修理が来年終わる。
表紙は円成寺 大日如来坐像
 
雑誌は基本的に買わないのですが、 「サライ」30周年記念号だそうでめでたい、それもあるが「大特集 奈良へ」の文字を新聞で見て知った。 二年越しで奈良回帰の気分になってしまったのがまだ続いている、子供のころからJRですぐ行ける奈良に親しんできた。 「サライ」の今月号は買おう。

 先月、久しぶりに奈良に行った。東大寺横のパーキングに車を置いて歩いたが、少し前まで利用していた博物館の向いの駐車場がいつの間にか広くなり、回りにお土産屋さんができ、観光客向けの食事処や物産店に変わっていた。観光客さんいらっしゃいが見え見えで嬉しいような悲しいような。 たくさんの人が訪れて1400年前の歴史を見てほしいけれど、私の奈良がみんなの奈良になったようで少し複雑。

すれ違う人たちが多くは外国人で、なんだか声高に会話しながら行き来の道が混み合っている。奈良は広くて人影も結構まばらで、飛火野の奥や志賀直哉邸あたりはあまり人に出会わなかった。それが道の脇には派手なおみやげ物のお店が並んできて、子供の頃あった、奈良駅から興福寺に行く猿沢池沿いの屋台のような感じになっていた。
東大寺のまわりだけかと思ったがそうではなく、春日大社も人が多い。観光に力を入れているのはいいと思うが、ゆったりと落ち着いた、鄙びた古都の良さは少しずつ失われかけているように感じた。

 奈良公園や新薬師寺辺りはまだ空いているので少し急いだほうがいいような落ち着きのない気分になった。
そのショックが尾を引いて、静かに眺められるうちに好きな仏像にあっておこうと思った。 そして「サライ」を買って来た。

第一部 奈良悠久の都を巡る  奈良の古都巡礼「飛鳥時代 奈良時代⒈ 奈良時代Ⅱ 奈良時代Ⅲ 平安時代⒈ 平安時代Ⅱ 平安末期~鎌倉 鎌倉~安土桃山 仏像を識る 第一部掲載仏像の所蔵寺院 
高速に乗ると薬師寺は30分で着く。しばらくご無沙汰の東塔は来年落慶。久しぶりに日光月光菩薩の薬師三尊の写真を見ているとなんかうるっとした。写真が美しい。

 第二部 心洗われる体験 奈良は「早起き」に限る 朝散歩 朝参拝 作務勤行 朝飯が旨い食事処 朝飯自慢の宿
早朝なら道も空いている、たまに早起きもいいし、参考になる。
やっと読み終えてパズルも解いた。

 本屋さんで10月はじまりの来年の手帳を買って帰ったら、本からぱらっと落ちたのがスケジュール帳でびっくり、毎年11月号には手帳が付録なのだということを知った。アララと思ったが奈良訪問記録用にいいかも。
来年の11月号は「鎌倉特集」だったら嬉しいな(鬼笑)
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「蜘蛛の巣の中へ」 トマス・H・クック 文春文庫

2019-11-24 | 読書

 

 

父の最後を看取るためにカリフォルニアから20数年ぶりに帰ってきたロイ。
若い頃には逃げ出すことばかり考えていた故郷の、 ウェスト・ヴァージニア州キンダム郡は谷間にある貧しい炭鉱の町で小さい池や村落が点在し、川が一筋、 無舗装の道路が走っている取り残されたような場所であった、東北にあるウェイロードは電気もない、より貧しい地域でロイの父はここの出身なのを恥じていた。

 母も弟も亡くなってしまい、肝臓癌で余命いくばくもない父を看取るのはロイだけになっていたし、いくらお互いの間には憎しみの心だけしかなかったとしても帰らないわけにはいかなかった。

もう二度と戻るまいと思って出た故郷の暑い夏の日、ロイは否応なしに、 心から締め出していたはずの過去に絡め取られていく、まるで暗い貧しい谷間に張られた蜘蛛の巣に絡まるように。
一番深い心の傷となっている弟の死、無邪気で純真で明るく輝いていた弟が、ガールフレンドの両親を射殺して留置場で縊死した。母親はそれを苦に病死してしまった。

ロイにも結婚を決意した美しいガールフレンドのライラががいて、この二組のカップルは事件の前にも一緒に居たのだ。 そんなこともあってロイにも一時疑いはかかっていたが、逃げるようにカリフォルニアの大学に入ったロイの所にライラから突然、結婚は出来ないと手紙が来て、ロイは将来の夢とともにすべてを忘れることにしてしまった。

 帰ってきて、偶然川で死んだ男とかかわり、近所に住むライラの母から父の過去にまつわる話を聞いた。 父の育った貧しいに行って話を聞いているうちに、若い頃の父親が次第に見えるようになる。 寡黙で気難しく、母との結婚も家庭も不幸であり、不運を背負った人生は家族にまで及び家庭は崩壊していた。

そんな父は、若い頃の話を心の奥にしまいこみ家族には決して話そうとしなかった。 ロイはその過去に踏み込むことになり、父の深い暗い過去と対面する。 父の救われない闇の中には、今引退して息子に譲ってはいるが元保安官の陰がちらついていた。 独裁的な保安官はその権力を利用して弟に不審な行動を取らせたのではないか。 ロイは初めて、捜査記録を調べことの真相を明らかにしようと思いたつ。

 犯人は果たして本当に弟だったのだろうか、ライラはなぜ急に約束を違えてしまったのだろうか。 父の保安官に対する憎悪の根源は。 謎が解き明かされるにつれ今まで憎しみと蔑みだけしか感じることの出来なかった父のかたくなな心が、すこしずつ理解できるようになる。

 謎解きも面白いが。クック独特の登場人物のもつ悲しい運命が心に残る。 随所に見られるミステリーらしい仄めかしは情感の豊かな風景や心情の描写の中ではあまり露骨でなく、半ばで結末を予想して裏切られるちょっとした作為も、ファンなので気にしない。「記憶シリーズ」のクックから時を経て少し変化してきているように思えた。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「向日葵の咲かない夏」 道尾秀介 新潮文庫

2019-11-23 | 読書

 

今頃やっとミステリ評論家千街昌之さんという名前を覚えた。この解説を読んだだけでどういう傾向のものかよく分かる。


ミステリの解説はあとから読む方がいいみたいだが、つい癖でちょこっと覗いてしまうけれど。
本格ミステリといわれているが、そうともいえない幻想的でサイコっぽく、背景は現実と幻想のパラレルな世界が広がってもいる。こんな小説の世界が大好きな人も多いだろう。私もそうなので読みたいと思っていて道尾さんの名前を探した。 売れていたし、このミス一位の本はどのくらい面白いのか、読んでみた。


 最後に全てが収束する、非常に巧妙な語りが面白かった。

あの事件が起きた夏、ボクは小学四年生だった。ボクには当時、三歳の妹がいた。月日が経って、僕は大人になったけれど、妹はならなかった、事件のちょうど一年後、四歳の誕生日を迎えてすぐに、彼女は死んでしまった。
まずこうして始まる。 読み進むとどうも現実とは矛盾していると思えるシーンが続いて、そこから展開する作者の意図が少し分るが。多少ストーリーがから滑り気味で進んでいく。


ミチオのクラスでいじめられっこのS君が死んだ。欠席していたので宿題を届けに行って僕が発見する。窓から、揺れているS君が見えた。その窓の外には一列に並んだ向日葵が咲いていた。
担任の先生と警察官に知らせたが、なぜかS君の姿が消えていた。 そしてS君は蜘蛛に生まれ変わってミチオの部屋に入ってくる。ミチオはS君である蜘蛛をイチゴジャムのビンで飼い、何時も話をしている。
「僕の体を見つけて」と言う蜘蛛になったS君の頼みで探しはじめるが、先生や出遭った老人は怪しいが、決め手が無く見つからない。


しかし別のシーンで犯人は確かな存在になり、最後はミチオを巻き込んで収束する。
そして、ミチオの周りに漂っていた異世界は現実にひきもどされるが、その後もミチオの中で薄くファンタジックな尾を引きながら現在に繋がっていく。


 S君がなくなる前から頻繁に起きている犬や猫のむごい殺しは誰がやったのか。S君の体はどこにいったのか。最後はいつの間にかどこからか生まれて、現実に入り込んだ世界に飲み込まれたように終わるが。 何時も一緒にいる妹、先生の性癖、お母さんのミチオに対する異常な言動、父親の無関心。 こんな日常が、異界とつながったような話に入りこませる筆力は興味深かった。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「朝の少女」 マイケル・ドリス 灰谷健次郎訳 新潮文庫

2019-11-21 | 読書

 

あの忘れてしまうような一瞬の輝いたとき。自然の中に住んでいた少年と少女がいた。
 
作者はインデアンの血を引くアメリカの方で、もう亡くなっているが、人類学や先住民研究者だったそうだ。
 
 舞台はアメリカの未開の地。そこで暮らしている少女は早起きが好きなのでモーニング・ガール(朝の少女)と名づけられている。 弟は夜が好きなのでスターボーイ(星の子)という。
朝もやから始まる昼の一日を自然の一部になって楽しむ少女と、夕暮れから海の音を聞いたり体を岩にしたりして遊ぶ少年がいる。

 読んでいると、昔気づかないで過ごしてしまった、私の一時期、まだ人になっていなかった優しい頃に戻ることができる。それが僅かな一時期だったり、もう忘れてしまっている、人によっては経験することもなく通り過ぎてしまったそんな時があったのだろかと振り返るような、優しい時間が思い出される話。
少しずつ成長していく子供たちの心の動きもさわやかで、書かれていることは、今では難しい分野に通じるような、言葉にすれば難解なことになりそうな、自然と人のかかわりがやさしく子供向けに書かれている。
名前というものは不思議な、かけがえのない贈り物だ。人が自分につける名前、世の中に向かって示し、すぐに忘れられてしまう名前、いつまでもずっと残る名前もある。その人の歴史や足跡からきた名前、周りの人たちから贈られて受けとる名前もある。
あたし(朝の少女)の弟が、むかしハングリー(腹ぺこ)という名前だったことはだれも忘れないだろう。けれども今日みんなは前とはちがうあの子の言葉に耳をかたむける。星の子も、自分が大きくなっていて、もう子供みたいにはふるまえないことを知るだろう。名前がほんとうに身についたとき、人は名前どおりの人になる。(略) 「もう、いいのよ」 あたしは小声でいった。 「いって」 弟はやっと離れていった。でもそのまえに、あの子はあたしにだけきこえるような声でいった。これから先、あたしたちがふたりだけでいるときに、いつもあたしをそう呼ぶようになる名前を。あのこは小さくこういったのだ。 「ザ・ワン・フー・スタンズ・ビサイズ(いつもそばにいてくれる人)」
と、こんなに素朴な、そして深い魂の物語が優しく語りかけてきます。 そこへやってくるものがあります。文化に触れた人たち、その将は難しい問題をはらんでいます。 薄い本ですが詩集を読むような言葉から、自然の声が聞こえてきます。
 
 
 
                                                     
                                                     「書き忘れ 回収1」 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「沖で待つ」 絲山秋子 文春文庫

2019-11-19 | 読書

  

 

短い三編がいろどりよく収まっている。彩は地味だがそれぞれの趣向は違っている、中の「沖で待つ」は芥川賞受賞作。多くの書評が好意的なので書きづらいが、まだ絲山ファンを諦めていないので残しておこう。
 
芥川賞とは知らなかった。 「海の仙人」が面白かったし、絲山さんという作者も初対面からいい感じだった。 もう一冊読んでみようと、予備知識なしで、これも外れないつもりで買ってきたら、芥川賞で、よしこれは当りだと思った。
そして外れた。絲山さんの作風はこれだろうか、好きになった作家だけに、ここにきて実力を感じる次の作を読む気分がまだ湧いてこない。 「海の仙人」の虚実皮膜の間を膨らまし日常の出来事を滑り込ませたあのうら哀しい面白さ、上手い仕業はどこに行ったのだろう。
 

 勤労感謝の日
絲山さんだと超期待しなければとても面白い(知らないだけでこれが本領だったかもしれないが)語り口のいささか伝法な所、失業し収入はわずかな失業保険に頼って暮らしているところ、自然にいじけた心境になるのが真に迫っていて上手い。 仕事でも生活でも、見合いでも妥協はしてない、自分を見失ってはいない。三十歳半ばであっぱれな爽快な生き方ともいえる。 見合いの席で,冴えない、全くあまりないくらいダサイ男を、内心のけなし方も気持ちいい。 「ヤな人生だね」見合いから逃げ出したスナックで「地獄を回避したんだね」と微妙な会話。なんてことはないが、勤労感謝の日の出来事が印象的でいい。
 

 沖で待つ
経験から書かれたらしいお仕事小説。 雇用機会均等法もあって、女性総合職の見本品のように採用された職場で、住宅機器の営業。配属されたのは地方の営業所勤務で、苦労話が具体的で面白い。 それでもここにはあまり目新しい読みどころはない。 身近な住宅機器なので、専業主婦の私でも多少内容は把握できる。まして私事だけれど、最近一階と二階のトイレの水が変なことに同時に止まらなくなった、浄水器の分岐栓のトラブルから始まって、ガス温水器の故障、風呂のジャグジーが夜中に動き出す、門扉のロックができなくなった、など立て続けで、修理を見学しながらカタログを調べたので、ずいぶん詳しくはなった。業者のせいにする所はなく設備が老化してきたことで、今時は何でも便利だが長持ちしないと実感した。もうとっくに保証期間が過ぎましたと言われれば出る幕はない、備品もありませんとなれば取り替えるしかないし。ということだから、業者のミスには悪質クレーマーもいるかもしれない。指示ミスや発注ミスの苦労は良策を捻り出すか給料と引き換えに諦めるしかない。

そんな中の人間関係は、同期は男女でも恋愛感情なしで付き合える仲間意識が育つとか、信頼も友情も育ってきて、独特の共通のお仕事体験があれば愚痴も言い合えるなど、これも初めて就職した頃同期で群れていたことを思い出すと目新しくはなかったし男女意識が稀薄でもおかしくない。 特に親しい仲で、先に死んだらPCのメモリーを取り出してほしいと約束する部分。どんな秘密かといえば「詩」なので別段恥ずかしいようなことも書かれていないし、特に秘密を告白したいようなものでもない。でも自分の正直な内面に強い羞恥心でも持っていれば、そこはそうなのかも知れないが。 主人公が向かいのマンションの男を盗み撮りして保存してある方が恥ずかしいだろうに、約束があるのに先に死なれてどうする。まぁやり方も分かったことだし、早めに自分で処理しておくのかな。 「沖で待つ」というなんか奥行きのありそうなタイトルだと思ったが、絲山さんは簡単に詩の一部から持ってきただけだった。肩透かし。 マンションを出た所で投身自殺の下敷きになるなんて最低の不幸が降ってくることもあるのだ。どう気をつければいいのか分からないという話が絲山さんらしい。
 

みなみのしまのぶんたろう
みんな分かっている、当てこすり小説かな。出版社も作家も読者も、あてこすられ人もなんか一段落ちた気がした。ひらがなばかりは一年生でも読みにくいでしょう。 長いカタカナの電文は祝電でも読みにくいのに。
色々言いたいけれど、二冊しか読まずに書いている程度では、片足突っ込んだ絲山世界から抜け出せそうもない。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「俊寛」 倉田百三 青空文庫

2019-11-17 | 読書

 

 

倉田百三の「俊寛」

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の世の夢のごとし。驕る平家の世わずか20年。
 
平家物語巻二、三の中で描かれた三人は、流配になった鬼界が島で暮らし始める。

 百三の「俊寛」は取り残された島で苦しみもだえて滅びていった俊寛の惨めな最後を書いた物語(戯曲)で、舞台の背景や信仰心まで捨てなくてはならなかった死ぬ前の人間のあがきが重苦しい、必衰の無常観を増幅させて描き出している。
また、赦免使が現れるところではむき出しの欲に人間の尊厳などかなぐり捨てた究極の浅ましさを描きだしている。

 向こうは薩摩灘、左手の湾を隔てて硫黄が嶽が煙を上げている。 成経は日がな一日海を眺めて船を待ち、康頼は岩の上で卒塔婆を作っている、悲願の千本を流し終えると願いが叶うと望みを賭けている。
康頼 毎日見ても船は来ませんよ。とすげない。
成経、来なくても希望はあります。 康頼 神仏でなくては船は呼べないのです。
成経 だから卒塔婆を作って流しているのです。 二人はささやかな望みを託して浜に出て白帆かと見まがう白波を見続けている。
俊寛は蜻蛉のように痩せ空虚な目つきをし、絶望を紛らすためだけに権現に見立てた社を巡っている。 受けた災いを嘆き、受けた屈辱を繰り返し思い出し、父が死に際に見せた怯懦の表情までも思い出す。
二人も、今の境遇を繰り返し嘆いている毎日。 ここでもし救われるときは皆一緒だと誓い合っている。

 赦免の舟が来る。俊寛の名がない。二人は即座には納得できず、帰るに帰れずためらい、俊寛の同行を願い出るが、しきたりに縛られ保身による赦免使は聞き入れない。 浜辺で暮らした実りのない会話、過去の恨み、三人が奪い合った一羽の小鳥、その行為を恐ろしいと思い、まだ自省の念もあり、せめて人らしく生きたいと願い、固く誓い合った暮らしを思い出す。二人は俊寛も共にと縋りつくが。

 残るなら残れという赦免使の様子に慌て浮足立った二人、成経と康頼は、口先だけの約束を叫びながら船に乗る。 きっと迎えをよこす。都につけば復讐ができる。 伝言はないか。 使いはすがる俊寛の手を刀の背で打ち据え、しがみついた両手を引きはがす。

 残った俊寛の希望は尽きようとし、変化のない日々、語りも嘆きも同じ繰り返し。

 有王が登場。 岩陰から出てきた俊寛の面変わりに驚きつつ懐かしさに慟哭し駆け寄る。請われるままに、都は盛んな平家の天下で、帰っても望みはない、赦免もない。ここで生きる限り世話をするという。 俊寛は有王の世話で命をつないでいたが既に絶望が体を蝕み朽ち始める。 月の夜に岩に上り頭を打ち付けて砕き倒れる。有王は亡骸を背負い岩から身を投げる。
 

 同時代に同窓であった菊池寛、芥川龍之介之の作品を読んだ後は、倉田百三のこの俊寛はたとえようもなく惨めで自己崩壊し、死ななくてはならない状況を作り出している。 素行不良で人生の回り道に苦しんだ自画像かもしれず、これが俊寛の現実であったのだろうか。前向きの菊池作品に対して、後ろも向けず復讐を誓ったまま滅ぶに任せた俊寛を描いている。 餓鬼道に堕ち身も世もなく船の前では許しを請う。救いのない俊寛を倉田百三は書いている。
のちの「出家とその弟子」がベストセラ―になり倉田百三は今に残った。読んではいないがなんだか重い肩が少し軽くなった。やれやれこの「俊寛」はしんどい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「俊寛」 芥川龍之介 青空文庫

2019-11-16 | 読書

 

芥川龍之介の「俊寛 」

鬼界が島を訪ねた有王が語る俊寛。俊寛が流刑の経緯を語るところなど、芥川の煌めく機智と人生観が短い中に詰まっていて圧倒される。
わたし、有王自身の事さえ、飛んでもない嘘が伝わっているのです。現についこの間も、ある琵琶法師が語ったのを聞けば、俊寛様は御歎きの余り、岩に頭を打ちつけて、狂い死にをなすってしまうし、わたしはその御亡骸を肩に、身を投げて死んでしまったなどと、云っているではありませんか? またもう一人の琵琶法師は、俊寛様はあの島の女と、夫婦の談らいをなすった上、子供も大勢御出来になり、都にいらしった時よりも、楽しい生涯を御送りになったとか、まことしやかに語っていました。前の琵琶法師の語った事が、跡形もない嘘だと云う事は、この有王が生きているのでも、おわかりになるかと思いますが、後の琵琶法師の語った事も、やはり好い加減の出たらめなのです。
そんな書き出しで始まる芥川の俊寛は、機智と中世文学に対する造詣とが溶け込んださすがの短編名人でおもしろかった。

 読み比べなんてすれば奥が深く、探すと「平家物語」「源平盛衰記」近松門左衛門の歌舞伎「平家女護島」などの参考書も出てきた。二番煎じだけれどメモ代わりにはなると短編を集めて長々と書いてみた。
芥川の余暇は百科事典を読んで過ごすことだと「侏儒のことば」(だったか)の参考文で読んだが、鬼才の「俊寛」は時代考証とともに逆説的で面白く読みごたえがあった。

 先の二作を琵琶法師の語りとしてでたらめと揶揄しながらも、その嘘のうまい事は、わたしでも褒めずにはいられません。と先の二人をフォローしている。琵琶法師は平家物語を語り伝えたが、時と場所によって話が変化していたということだし。

有王が訪ねていくと寂しい浜辺に居た俊寛は涙ぐんではいたがゆったりと迎えた。島の人たちは俊寛が通るとお辞儀をし、小屋には土着民の童を一人置いていた。
その時また一人御主人に、頭を下げた女がいました。これはちょうど木の陰に、幼な児を抱いていたのですが、その葉に後ろを遮られたせいか、紅染めの単衣を着た姿が、夕明りに浮んで見えたものです。すると御主人はこの女に、優しい会釈を返されてから、「あれが少将の北の方じゃぞ。」と、小声に教えて下さいました。 わたしはさすがに驚きました。
「有王。おれはこの島に渡って以来、何が嬉しかったか知っているか? それはあのやかましい女房のやつに、毎日小言を云われずとも、暮されるようになった事じゃよ。」
海でとれた魚や琉球芋をふるまわれ、都の話をすると、姫には会いたいと漏らした。 だが、この世で、島に流された寂しさは我一人にあらず、世間には苦行が満ちている。
一条二条の大路の辻に、盲人が一人さまようているのは、世にも憐れに見えるかも知れぬ。が、広い洛中洛外、無量無数の盲人どもに、充ち満ちた所を眺めたら、――有王お前はどうすると思う? おれならばまっ先にふき出してしまうぞ。おれの島流しも同じ事じゃ。
流刑になった二人とは何を話しても通じない境地にいた、俊寛は逆境と引き換えに生きる自由を得たと話した。
過去の出来事を縷々語りながら、俊寛は自土即浄土と思う自力の信者だといった。 残された女を思い船を返せと叫んだことも都に帰りたさに狂いまわったと伝わったのだろうと笑っていた。
暫くして有王は都に帰った。
私(有王)が言うのですから間違いありません。


短い話の中には菊池寛の楽天も倉田百三の究極の苦しみもない。しかしそこに至るまでの日々、俊寛は芥川の心の中で様々に形を変え、荒れた孤島に生きる様子を自分に置き換えてこんな結びにしたのだろうか。
早逝のわけは、俗人が思う所にはなく、あるいは健康に恵まれなかった、過去、家庭はあっても肉親から距離があった境遇や、書く事の苦しみなどがいまになって感じられるだけだが、この俊寛の境地が判っていながらやはり芥川にとっては、悟りは自身の物にはならなかったのだろうと人間的な悩みの深さ思った。

 侏儒の言葉が何かヒントになるかと読んでみたが、多岐にわたる言葉の中に引き込まれ、とうとう俊寛を忘れそうになった。 長いメモも残しておこう。

 一国民の九割強は一生良心を持たぬものである 兎に角宿命を信ずれば、罪悪なるものの存在しない為に懲罰と云う意味も失われるから、罪人に対する我我の態度は寛大になるのに相違ない。 古典の作者の幸福な所以は兎に角彼等の死んでいることである。(古典)
人生は地獄よりも地獄的である。(地獄)
ドストエフスキイの小説はあらゆる戯画に充ち満ちている尤もその又戯画の大半は悪魔をも憂鬱にするに違いない。
 
(ドストエフスキイ) *今「地下室の手記」を読んでいるのですが、憂鬱についてはこれの右に出るものがないくらいだと芥川さんに共感します。
 
ウエルテル、ロミオ、トリスタン――古来の恋人を考えて見ても、彼等は皆暇人ばかりである(多忙)
文章の中にある言葉は辞書の中にある時よりも美しさを加えていなければならぬ。(文章)
何よりも創作的情熱である。創作的情熱を燃え立たせるのに欠くべからざるものは何よりも或程度の健康である。(作家)
 自由にと云う意味は必ずしも厚顔にと云う意味ではない。(芸術)
 宿命は後悔の子かも知れない。――或は後悔は宿命の子かも知れない。(宿命)
 何と言っても「憎悪する」ことは処世的才能の一つである。(処世的才能】
天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である。(醜聞)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「俊寛」 菊池寛 青空文庫

2019-11-15 | 読書

 

菊池寛の「俊寛」 

創造の翼は、歴史の空白をどう埋めるか。菊池寛は

いたるところに青山あり。 前向きな俊寛は、サバイバルも辞さないで生き抜く。菊池文学。
 
絶海の孤島に置き去りにされた絶望から立ち上がった俊寛、その後の生き方は、突き抜けた悟りの境地と生命力があふれる。 もしかして鬼界が島に流されたことは、生きづらい貴族社会のしがらみから解き放たれた新天地だったのか。菊池寛が無限に広がる空と海に囲まれた俊寛のその後を、強くたくましく作り上げた書。遠い歴史の裏にある異説もよし、一面こうあってほしい世界。

 定石かもしれない、文豪三者の読み比べから、まず菊池寛の著作。

一人取り残された俊寛は三人で暮らした今までの生活を振り返る。成親は流配時に出家し、康頼も後白河院の今様仲間で二人は流行りの熊野信者だった。俊寛は熊野信心にも加わらず、どことなくはみ出した寂しさを感じていた。それもあったのか取り残され、絶望の底に落ちた境遇から立ち上がれたのは、うっすらと感じていた孤独感が幸いしたのかもしれない。 彼は嘆き悲しむ中で昏倒し、目覚めるとどこからか水の香りが漂ってくるのに気づく。探してみると山の裾に木立や竹林があり、水が湧いていた。甘露に勝る水が彼をよみがえらせた。見上げると椰子の実までなっていた。これまでの豊かな貴族暮らしでも味わえなかった、すべての辛さを忘れさせるほどの天の恵みだった。
こここそ、ついのすみかだ。あらゆる煩悩と執着とを断って真如の生活に入る道場だ。そう思い返すと、俊寛は生れ変ったような、ほがらかな気持がした。 名もない花にも気が付いた。鳥は羽を広げておおらかに舞っていた。小屋に向かって走り出した。
新しい棲家を作るのだ。少ない道具で木を倒し竹で屋根を葺いた。丸太を積んで壁を作った。汗して鉞を振るった木が倒れる爽快さ。粘土で壁を塗り20日がかりで家を仕上げた。 疲れで熟睡し、硫黄が岳の煙の届かない土地を畑にした。労働は彼を逞しくした。 畑に植える麦と交換に土着民に小袖を差し出した。
生年三十四歳。その壮年の肉体には、原始人らしいすべての活力が現れ出した。彼は、生え伸びた髪を無造作に藁で束ねた。六尺豊かの身体は、鬼のような土人と比べてさえ、一際立ち勝って見えた。
豪快に4尺を超すぶりを釣った。3.4尾を引きずって小屋に帰り、油をとって灯にした。大魚を追って追って土着民の近くに来た時、そこに16.7の少女が佇んでいた。彼は時々微笑みかけて見せたりしていたが、距離を置いていつも少女はそこにいた。ある日奇妙な声がした。それは少女が歌っているようだ。 そしてとうとう少女は彼の妻になった。取り返そうと小屋を襲って来た土着民を威嚇する姿は頼もしかった。 言葉を教え、文字も教えた。妻はすぐに男の子を産んだ。そして女の子、また男の子に恵まれた。 小屋も立て直し平穏な暮らしが続いていた。

平家が滅びて早二年、既に俊寛の出来事もすっかり忘れられていたが、俊寛を慕う有王が困難な旅をして島にたどり着いた。 どこを探しても見つからず4日目になって、大和言葉を聞いた。
ひろびろと拓かれた畑で、二人の男女の土人が、並んで耕しているのであった。しかも、彼らは大和言葉で、高々と打ち語っているのであった。有王は、おどろきのあまりに、畑のそばに立ち竦んでしまった。有王の姿を見たその男は、すぐその鍬を捨ててつかつかとそばへ寄って来た。  その男は、じっと有王の姿を見た。有王も、じっとその姿を見た。その男の眉の上のほくろを見出すと、有王は、「俊寛僧都どのには、ましまさずや」  そう叫ぶと、飛鳥のように俊寛の手元に飛び縋った。  その男は、大きく頷いた。そして、その日に焼けて赤銅のように光っている頬を、大粒の涙がほろほろと流れ落ちた。二人は涙のうちに、しばらくは言葉がなかった。 「あなあさましや。などかくは変らせたまうぞ。法勝寺の就行として時めきたまいし君の、かくも変らせたまうものか」 有王は、そう叫びながら、さめざめと泣き伏した。
平家が滅んだと聞くとわずかに会心の笑みを漏らし、妻や子の死には涙したが帰路の勧めには応じなかった。
有王は物の怪が付いた者たちだと思おうとし、木彫りの像を受け取って船に乗った。俊寛が五人の子と妻とともに小屋に帰る姿はあさましくも見えたが、不思議な涙が頬を濡らした。
 

 菊池寛を少し読んでいます。覚えているのは、、。 「恩讐のかなた」で罪を贖うために、危険な絶壁の道にトンネルを通した僧。 社内旅行でこの青の洞門を通った。洞穴が途中で外に向いて開けていた。誰かが、間違って掘った穴だといったのでそれを信じていたが、実は明り取りの穴だったことを後年知りました。
「父帰る」で貧しい家庭から逐電した父親が二十年ぶりに帰ってきた。激しく拒絶した長男は、悄然と出て行く父をついに追いかけた。

 「忠直卿行状記」は少し前、生誕五十年だったかの市川雷蔵特集の映画を見た。暴君の前では口出しもできない家臣たち。おろおろと逃げまどい斬られて死んでいく。松平忠直のやり場のない悲哀と孤独が、獣のように荒れる。雷蔵の眠狂四郎が透けてみえるニヒルな美形ぶりが目に残っている。松平家はどう思うか、それでも映画もこの作品も好きだ。 菊池寛は大衆寄りの読みやすい作家だと思っていたが、この短編で作家の魂を見た気がした。 芥川の死をどこかの湯の宿(湯河原だったか伊豆だったか)で知って弔辞を読んだ。菊池寛。やはり実業家、そして優れた文筆家、文藝春秋を創った人だった。(蛇足までつけました)
 
能を見て、少し萎えた気持ちに光が差し込む菊池寛の「俊寛」

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「能楽手帳」 権藤芳一 駿々堂出版

2019-11-14 | その外のあれこれ

 

 

「能 俊寛」  伝統に支えられた日本の芸能は伝える人たちの努力と精進がしのばれました。
俊寛(しゅんかん)・成経(なりつね)・康頼(やすより)の三人が鬼界ヶ島に流刑となった翌年,清盛の次女で,第80代天皇高倉憲仁の中宮である徳子が懐妊したことに喜んだ清盛は,流罪となった者達に恩赦を発しました。 やがて赦免状を持った使いの船が鬼界ヶ島に着きました。しかし,その赦免状には成経・康頼の名ばかり書かれており,俊寛の名はありませんでした。 愕然とする俊寛をよそに,使いの船は成経・康頼の二人を乗せると,さっさと島を去ろうとしました。 俊寛は出て行く船にすがりつき,必死に乗せていってもらうよう頼みましたが,使者に引き剥がされしまいます。 俊寛は渚に倒れ,赤子のように泣き喚き,船の行く先を見つめ倒れ伏しました。
焦燥感に震えるばかり。同志と別れて孤島に残され、前にも増して絶望の淵に追い込まれる俊寛の哀れさは、たとえようもありません。 深い波のうねりのように響く、よく調えられた謡が、その絶望を淡々と、くっきりと描き出し、能の表現の凄みを感じます(演目事典)
8月の薪能、羽衣・土蜘蛛に続いて「俊寛」を見てきました。狂言伯母ケ酒と、杜若も演じられましたが、初めての「俊寛」があまりにもドラマティックでインパクトがあったので、ワクワク感が収まらず、俊寛の歴史や関係がある書籍などを読んでみました。
何度も繰り返し演じられるものも多いですが、なぜか「俊寛」は初めてで、そのせいで気になるのかと思いましたが。舞がない、まるで劇を見るような動的なシーンが多いことに気が付きました。珍しい形でした。 形式的な流れは変わりありませんが、登場人物の舞や口上、物語との組み合わせで変わる衣装や面や謡の内容は、初見の時は売店で謡本を買って参考にしてきました。 ところが今回は初めての湊川神社の神能殿で売店がなく、予習もできていませんでした。 「俊寛」は平家物語の有名どころで、うろ覚えでしたが、物語を楽しむことはできました。 ただ初めてのことで少しショックを受けたのですが、たいていは先触れがあり、能の美しい形や物語の流れに乗って物静かな舞がつづき、そのあと何か事件が起きる(狂った化身が現れて正体をさらして舞ったり、成仏を願って哀訴したり、悪霊や復讐の鬼になって暴れたり、しみじみと昔語りをしたりして去っていく)のですが、「俊寛」は少し違いました。 流刑先の喜界ケ島で穏やかな暮らしに馴染んでいたところ、赦免使が来て自分だけが残されると知り、その絶望と悲嘆、橋掛りに浮かぶ船に向かって、体を波打たせて泣く姿が、幽玄能の世界にしてはあまりにも俗人臭く、珍しい能舞台に心がひきつけられるようでした。 お囃子と謡の声が盛り上がり、沈み落ち、素晴らしい舞台でした。 能の物語はどう荒ぶって演じても、どこか幻の世界の中で生きている人物が儚く淡く、この世との境を超えていけない哀れさを秘めています。 ところが「俊寛」は生きた姿で現れ、赦免状を何度も読み返して確かめ、がっくりとうなだれ、出て行く船の纜にすがって引き寄せようとします。 橋掛かりを遠ざかる船と悲しみに沈む俊寛の姿に、現実味をたたえた鬼気迫る姿を見ました。 シテ方を演じる知り合いの精進の様子にも心打たれました。
 

***

俊寛が島に残されたその半年後,かつて都で俊寛が面倒を見ていた有王(ありおう)という童(わらべ)が俊寛を探しに鬼界ヶ島(きかいがしま)にやってきました。 そして変わり果てた姿になった俊寛に対面しました。 身内の消息を訪ねる俊寛に有王は,「北の方(俊寛の妻)も若君(俊寛の息子)もすでにお亡くなりになりました。今は姫君(俊寛の娘)だけが叔母さまのもとに暮らしております。」と告げ,姫君から預かってきた手紙を俊寛に渡しました。 俊寛は,娘からの手紙を読みながら涙を流し,「恥を忍んで,今まで生きてきたのも妻子ともう一度会いたいと思ったからだ。娘のことは確かに気がかりだが,むやみに生きながらえて,娘にいつまでも辛い思いをさせるのは情け知らずというものだ。」と有王に話し,死を覚悟しました。 その日から俊寛は食べ物を一切口にすることなく,ただただ念仏を唱えながら悲劇の一生を終えました。 その年齢は37歳と言われています。

(後日譚)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

柚子ジャム

2019-11-11 | 日日是好日

庭に出来たそうで柚子を20個ほどいただきました。無農薬。

あまりお天気がいいし働く気マンマン。

そうだ山盛りの柚子でジャムを作ろう!

で、レシピを探し、プリントしたら、なんと外皮の裏のワタをとらないでもいいそうで、らくちんだ (-_☆)V

オレンジマーマレードは大好き、柚子は初めてだけれど、それはおいしいでしょうと始めたら、拍子抜けするくらいすぐにできた。瑞々しかったので、果汁が多く、出来上がりには酸味がよく利いて、甘酸っぱさも極上。

紅茶に入れてロシアンティーだと思ったら、ロシアでは冷めるので紅茶に入れず別容器に入れて少しずつ食べるのだそうで、寒い国なのでいれるならウォッカだとか。ロシアでもポーランドでもいい、早速レモンの代わりに紅茶に入れてみる。出来たてなので冷めなかったし。美味!!

 

外皮を3度煮てあく抜きして、重さを計りキビ糖を入れて煮詰める。

内皮をはがすスプーンはグレープフルーツ用でなくて

先割れスプーンがバッチリ。

 

沢山出来たのでちょっと知り合いに配達。

今朝、紅茶に入れて、パンにものせて食べたが

とろみも丁度でおいしかった σ (´~`*)   

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「かがりび花」ならいい。「豚の饅頭」だなんて言っていいことと、、、

2019-11-08 | 山野草

園芸店から今年の苗の出荷が始まったと案内が来た。

広いハウスの花も揃ったのかな。秋晴れだし見てこよう。

「よく咲くパンジー」も「新しい色のビオラ」もあった。ガーデンシクラメンやらビオラやらついでにナデシコも買って帰って植えたが、毎年植えたシクラメンの根茎が残っている。

 

まじまじ見るとややグロテスク。でも生きている。

花は「かがりび」のように美しい形をしているが根っこは「ブタの饅頭」の名前の通りだ。

少し毒があるそうだが名前はなんと気の毒な。名誉回復、春にきれいな花を咲かすのだと新しい鉢に植え替えた。しゃがんでみると可愛らしい芽が出始めている。

最近携帯電話は忘れても必ず持っているG7X、分厚い説明書で機能満載だが使いこなせていなかった。だが、マクロ撮影(広角)でピンポイントで写るのを発見。ちょっとピンボケだが周りがぼけてなかなかよい。デジカメはスマホに押されているとか可愛いがって使おう。バッテリーやカードを忘れるので注意書きを張り付けた。失敗は成功の元だ。

 

種ができて芽が出る(昨年発見)一方根茎が残ってそこからも芽が出てくる。

それで饅頭型の塊には目をつぶって生まれてきたところらしい芽を写した。これがわっと伸びて群がって育つのが楽しみ。

 

なんで「ブタの饅頭」かちょっと調べてみた。牧野博士は「篝火花」を採用したそうだが、souーbreadからきているそうだ。souは雌豚で根っこを食べるとか。

まぁナデシコ科ということだし花は可愛いし、芽が伸びるのを楽しみに待っている。

 

 

   

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする