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あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「エミリ・ディキンスン アメジストの記憶」 大西直樹 彩流社

2019-04-18 | 読書






謎めいた詩人が少しずつ身近になってきた。


私事で恥ずかしいのですが、まずエミリ・ディキンスンの詩を初めて紹介してくれた友人のことを書きたいと思います。詩を書く仲間だった頃、彼女は英米文学を学んでいたにも拘わらず法務省に勤めていました。
私より少し年上で、明るくはきはきと話す人でした。なぜか私が書いた詩のようなものを気に入ってくれたのです。彼女の詩は抒情的で読者に抵抗感をもたせない読みやすく美しいものでした。なんとなく簡単に言えば個人的には彼女の詩に違和感をもっていたのですが、英米文学について評論風のものを書いていた中に、エミリ・ディキンスンの詩を訳して掲載したことがありました。
今探してもその掲載号が見つからず残念なのですが、蔦に絡まれた石棺に横たわるというようなことを謳った静謐で厭世的な作品だったと思います。
その後ディキンスンについて蔵書を読ませてもらい、その雰囲気にちょっとかぶれてしまっていたのです。彼女は二年間のアメリカ留学の後、心の病で退職し、転居した私は手紙だけの付き合いになったのです。上京ついでに訪問した時は、たくさんある蔵書にみんな白いカバーがかかっていて背表紙が見えないよう反対向きに並べてあり不思議なことに驚きました、好きな本は送ってあげると言われたのですがそのままになっていて、日本現代詩人会で花束を贈呈する役になったと嬉しそうに知らせてくれたのですが、間もなく入院して亡くなりました。お知らせのなかに最後の作品とご主人からの手紙が添えられてありました。

その後、ディキンスンから離れていたのですが、時間も経ち、改めてこの本を手に取ってみました。

私の覚えていたことといえば、名家の令嬢で、キリスト教の福音書による教育に馴染めず、ついに教会にも通わず、周りからは変わり者に見られていたこと。詩は公になったものは10編で、1800編近い詩稿はエミリ・ディキンスンが亡くなった後で、妹が見つけたこと。
最初の詩集は、兄の不倫相手が編纂して刊行したこと。没後100年の記念として刊行された全詩集が世界で評価されたこと。
新聞に投稿した詩を編集長に酷評され、当時女性の詩は認められにくかったこと。性格的にも社交的でなく、反面プライドが高く、館の二階からあまり出ないで詩を書く事だけに生きたこと。南北戦争も体験した時代にボストン近くの知的な地域でそだって独身のまま亡くなったというような大雑把なことだけでした。父の死後白い簡素なドレスで引き籠ってしまったという、なんとなく意思を通しながらも孤独そうな生涯にちょっと憧れたのかもしれません。

今回大西直樹著のこの本を読んで、近世の伝記のようなものは、時がたつにしたがって次第に正確な資料が見つかり、歴史がより明らかになっているということに気づきました。

エミリ・ディキンスンは平生は明るく朗らかなところがあったようです。ボストンに近いアーマストの街で19世紀の宗教的覚醒時代と呼ばれる中にいました。ポーやホーソーン、などなどこの時代は多くの作家や詩人が生まれています。ホーソーンの 緋文字を読んだときは、ピューリタン的戒律のきびしさから一人の女性を人間として目覚めさせ、周りも理解を深めていく過程が感動的でした。

そういった中でエミリ・ディキンスンも自己の生き方の覚醒と宗教との間で揺れ、こういった歴史的な背景の中で生まれた詩はやはり宗教的なテーマ多く、やはり文学は時代を超えないということを実感しました。先見的なリベラルに見えるエミリ・ディキンスンでさえ、多くは宗教的な香りを持った詩を書いています。

後年世評が高まった時になってやっと実像に近づいた詩集が出版される。エミリ・ディキンスンは若い女性で南北戦争の悲劇も体験し、恋もしたようで、「マスターレター」と呼ばれる三通の手紙は投函されずに残っているが、あて先は判らないままになっている。もう出尽くした感じがある今、この本を読むと結婚さえ考えたこともあったようで、まだ自伝には終止符が打たれない部分があるようです。

兄の結婚相手であるスーザンとは詩を見せ合う親密な友人だった。しかしスーザンと兄との間は冷たく、兄の不倫相手だった、活動的で美しいメイベルが編纂した詩集ではスーザンにはあまり触れられていません。意図的であり、歪曲された部分があると著者は書いています。
清純な隠遁者、白い服を纏いあまり理解者のない詩を書く、その神秘的なイメージを長く人々は信じ、私もそうだったのですが。

著者は暗喩で飾られたエミリ・ディキンスンの特異な形の詩をとても深く理解し、よく伝わります。

エミリ・ディキンスンが現在、高く評価されるのは、彼女の作品が「ありきたり」なかったかでなかったからである。ここでも彼女の作品と人生を支配している逆説が支配している。友人のアバイア・ルートに「ありきたりって私、大嫌いなこと知っているでしょ」と少女時代に書き送っているように、定石どおりであることに興味を示さなかったのだ。


謎解きのような詩も多いという。閉じこもった部屋で書く詩は彼女だけの中で熟成し、読者の共感を得にくかったのかもしれない。広く公開されて読者の層が広がって、初めて彼女の理解者に迎えられたように思えます。

それほどエミリ・ディキンスンの詩は言葉も形も個性的であって多くの人には難しい部分も多かったようで、日本でも難解な現代詩といわれるような詩が現れ時代を築いてきました。

エミリ・ディキンスンは自分だけの詩を発酵させ、それがやっと多くの支持を得たのではないでしょうか。


彼女は四六時中、自分にとって詩的と思われる言葉を探して生きていたことだろう眠りにつこうとするときでも。その時ふと思いついた貴重な言葉を、朝起きるまで覚えておこうとしながらも眠り込んでしまったその感覚が淡い記憶として感じられるだけだ、ここに描かれている宝石は、詩としての言葉の比喩として読めるだろう。

私は、宝石を一つ手に握って
眠りについた
その日は暖かで、風はありきたり。
私は、宝石は大丈夫、といった
目覚めると手を叱りつけた
宝石はない。
今、残っているのは
アメジストの記憶だけ。

最後に、詩人の後世に与える影響について

詩人とはランプに光を灯すだけで
自分自身は、消えていく
芯を刺激して、
もし命ある光を

太陽のように、受け継ぐなら
それぞれの時代はレンズとなって
その周辺の広がりを拡張していく。

彼女の詩に触発された様々な芸術作品が、次々と世に発表されて来たその広がりはますます大きくなっている。。




偶然で驚いたのですが2017年7月にエミリ・ディキンスンの映画「静かなる情熱」が公開されていました。見てみようと思います。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント












HNことなみ
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ボリジは無事にそだって花が咲いた。

2019-04-18 | 日日是好日

初めてのボリジはこんなに咲いてくれました。ありがとう。
今度は秋植えに挑戦してみます。

初夏の花のつぼみが大きくなってきたので、次はオダマキやアジサイの花を待っています。







HNことなみ
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バッテリーは純正で

2019-04-16 | 日日是好日

安いからと喜んで買ったのを使っていたら、子供に使わないように言われてびっくりした(*_*;
コピーしたリチュウム電池の発火がとっくにニュースになっているそうで。
「安いからって…… ニュース見ないの?新聞も読んでるのに」という。

よく見ると、こりゃだめだ(〃▽〃)ポッ。問題なさそうに見えるけど、、、。
これで捨てられるのかな。一緒に散歩もしたのにね。



キャノンの広告を見つけた。
オリンパスも注意している。

https://cweb.canon.jp/e-support/info/battery-anno.html

使えないものは売らないでくれ。もう(八つ当たり)。

こういうことは 自己責任(事故責任)で( ;∀;)。
あ~本代が減った。



で、馴染みの5Dは磨いて箱に入り。
これからおさがりのMARKⅡを使うことにした。ちょっと重いけど。
軽めのG7X君もいることだし。
いざとなればスマホだって使えるし、、、ああだこうだ。









HNことなみ





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ぼりじ咲く

2019-04-15 | 日日是好日

アレ! とびっくり。ボリジが俯いて咲いていました。あらまぁ初めまして。
春植えだから急いで咲いたのか。でも待ちくたびれていろいろ言ったけど気にしないでね。

ちょっと見ないうちにいろいろ咲いていた。




白い花は早めに写さないと錆びる。木瓜


ミニミニイチゴ。味もイチゴ。本名はワイルドストロベリー。
なんでワイルド?可愛らしくてアイスクリームの飾りにはできる。


ヒメウツギ(姫空木)少し早いけど花屋さんで買って来た。
これを植えておくと、もう初夏の花が咲き始めているように思う。
八重桜もまだなのに。桜に浮かれるこの季節が好きではない。
山に白い空木が咲いて山藤が木の形にそってうす紫に飾る。木の芽時というが
新緑が萌え出る不安定な時を自然の息吹が静かに覆ってまわりに降り注ぐ、
5月の陰に入りたい、日差しのきつい春の朝。


名残の葉牡丹に昨日の雨が残っている。



あれボリジがさいた。野性的でずいぶんガッチリ武装しているような花だ。
とんがった口で柔らかい紫の花びらが面白い。中世の闘う少女。




HNことなみ








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「桜の花びらが・・・」

2019-04-11 | 日日是好日

ことしも公園の満開の桜を楽しみました。
越してきたときはまだできたての公園で、弱弱しい小さな桜の木が枠に支えられて植えてありました。

回りのナンキンハゼも小さかったのですが、今では枝を短く剪定されて、春は裸の王様にような姿で目立つようになりました。それでも旺盛に新芽を伸ばして、秋に真っ赤に紅葉して、葉が落ちると白い小さな実がたくさんぶら下がっています。

散り始めた桜の花びらは、風に乗って近くの家の屋根を超え我が家のガレージにも積もります。

一本ある八重桜もチラホラと色が見え始めていました。



















HNことなみ
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茄子は英語で<eggplant>だって 趣味の園芸は身を助ける(か?)

2019-04-06 | 日日是好日
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園芸店でなすとトマトの苗を一本ずつかった。たくさん植えると売るほどできたので、一つくらい収穫出来たら、宝石扱いでもしようかと。これこそ趣味の園芸です。

 

 




画像になまえをつけて保存するのにトマトはいいけど茄子はどうだっけ、と調べてみた。
eggplantだって。花屋さんにあった黄色い茄子は原種かも。


トマトの苗は、面白いから黄色いトマトにする?と訊いたら、やっぱり赤だという。
小粒でとんがった初めて見るのにした。


ボリジの苗もあった。つぼみばかり見ていたが、先に茎が伸びて花が咲くらしい。
いろいろ言ってゴメン。根っこで咲いても目立たないもんね。


おさがりのカメラをどこにでも連れて行って愛用してきたがとうとうバッテリーがダメになった。
中国製は純正の1/3の値段でそれも二本セット。それにチャージャー対応。充電したけど問題はない。
中国らしいぴっかぴかの恥ずかしいようなシルバー。秋に新機を買うからまたくれるらしいけど、
2005年から愛用のEOS5Dはまだまだいけるのだ。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 






HNことなみ
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山椒をうえた。

2019-04-05 | 日日是好日


掘りたてのたけのこが積んであった。山城のような名産地ではないけれど周りに竹林が多い、切り口も白くおいしそうだ。

でもその話ではなくて、タケノコは木の芽和えにしたらおいしいだろうなぁと思うと、前の家の庭でいっぱい実をつけていた先代の山椒の木を思い出す。
新芽は摘んであえ物に、実は佃煮にする、毎年繰り返してきた。それが家を建て直した後、移植した場所が気に入らなかったのか枯れてしまった。

その後、木の芽和えは近所の山椒の木が頑張ってくれて、頃合いをみて持ってきてくれていたが、そこも庭を新しくして山椒がなくなった。

ことし思い出して小さい木を買ってきたが実がなるかどうかわからない。

ただ、ポットのまま玄関のたたきの置いてあったが、廊下までにおいがこもった。帰ってきた息子が、「おっ山椒植えるの」という。
「下の葉はむしってタケノコと食べる」というと。わずかに仰天したようすで「タケノコは炊いたのがいい」という。
「葉をむしるのは気の毒だ、小さいのに」
(むしるがすこしなまなましくて悪かったのか)「木から少し頂いて」と言い直したが、それでもだまっている。毎年の季節料理なのに。
「子供の山椒の木はせめてもう少しそだてて、揚羽の子供にも食べさせて余るくらいになったら」という。

あの枯れた木だって子供の頃があったのだ、植えた時を知らんだろうけど、木の芽和えにして食べて来たのだ、覚えてないだろうけど。
「揚羽の赤ちゃんが育ったらってそれいつのこっちゃ」

毎年揚羽がきて葉をしっかり食べて(しまって)どこかに飛んで行った、残りの新芽を負けずに収穫して食べていたが、揚羽は毎年来て、子供たちが喜んでいた。

雨も上がったので庭に植えたが、木の芽はスーパーのパックを買ってこよう。これがいつまで続くのか。
早く実がなれ柿の種(^^♪ 替え歌を歌って記念写真を一枚。




今日も変わりないないボリジ、じれったいではないですか。
見ている鍋は沸かないというけれど、ボリジくんお前もか笑


公園の桜はもうすぐ満開。











庭の匂いすみれ






HNことなみ


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「令和」

2019-04-01 | 日日是好日
元号が決まった。記念すべき日なのでやはり書いておかないと「令和」


万葉集の梅の花の歌32首の序文にある「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、
梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす」


ということで、これからも平和で住みやすい国であってほしいものだ。という平凡な感想。






小雨が降っている。寒いのであまり元気がない、ボリジは今日も変わらない姿。
毎日見ても同じ顔ではツマラナイのだ。


はなにらも雨に濡れて俯き加減。でも目出度いので花一輪、というか三輪。








HNことなみ
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「アメージング・グレイス」 2006年 イギリス映画

2019-04-01 | 映画

   
原題
AMAZING GRACE
製作年
2006年
製作国
イギリス

キャスト
ウィリアム・ウィルバーフォース [ヨアン・グリフィズ]
バーバラ・スプーナー [ロモーラ・ガライ]
フォックス卿 [マイケル・ガンボン]
タールトン卿 [キアラン・ハインズ]
ウィリアム・ピット [ベネディクト・カンバーバッチ]
トマス・クラークソン [ルーファス・シーウェル]
ジョン・ニュートン [アルバート・フィニー]
オラウダ・エクィアノ [ユッスー・ンドゥール]


18世紀のイギリス経済は奴隷によって支えられていたと言っていい。
先日「アメージング・グレース」物語 を読んだが、その中に時代背景と奴隷貿易廃止法案成立のために活躍した、ウィリアム・ウィルバーフォースのことがちらっと書かれていた。

この映画は、ウィリアム・ウィルバーフォースがどうして世論に立ち向かい奴隷解放活動に政治生命をかけたか。またケンブリッジ時代からの友人だった、若いピット首相や賛同してくれる同志とともに何度もの挫折を乗り越えて、ついに法案を成立させて多くの奴隷の人権を復活させた。その人間愛と信仰心が感動的な作品になっていた。
四面楚歌に近い議会での彼の飽きることがない演説シーンや、経済力を持つ議員たちの反対。それは時代の当然の流れだった。フランス革命やアメリカの独立戦争で経済的にも痛手を被り、当時世界経済を牽引していたピット政権は、安易に奴隷の人権を認めることはできなかった。しかし陰ながらウィリアム・ウィルバーフォースを支えたピット首相は毛色が変わっている。家庭も持たず政治力に必要な人々とも深くは交わらず、ワインを愛し、若くして亡くなってしまった、政治しか知らなかったとはいえある意味一種の自由人として生きればよかったのかもしれない。彼の行った政策はイギリスを支えたのかもしれないが。
ウィリアム・ウィルバーフォースは地位も爵位までも持つ議会議員たちに立ち向かうために、庶民の中に入りこみ世論を味方につけようとする。
財力があり信仰心を持つ彼の一途な想いが熱い。
アメージング・グレースを作ったジョン・ニュートンの自伝の働きもあったかもしれない。それがウィリアム・ウィルバーフォースを動かしたかもしれない。しかしすでに彼は老いていた。それでも奴隷貿易についていたことを深く悔やんでいた。
二人の話し合いは映画的に脚色している部分もあるかもしれないが、恵まれた環境で育ったウィリアム・ウィルバーフォースが奴隷の悲惨な境遇を知って、彼らも同じ人間として苦しみを自身の心に同期させ、命がけで救おうとする、やはり偉大な行為に身を投じた一人の青年の意志から広がっていった歴史的な奇跡を描いた映画だった。

賛美歌の「アメージング・グレイス」はすでに出来上がっていた時代だったし、教会からすでに広く歌われるようになっていたかもしれない。最後のシーンで流れるバグパイプの演奏は胸を打つ。いい映画だった。

奥さんのバーバラは賢くて優しく魅力的だった。
ウイルバー・フォース役のヨアン・グリフィズはなんとなく岡田准一に見えて仕方がなかった。なんか似てますよね。 笑

  





HNことなみ






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夕方に散歩

2019-03-30 | 日日是好日
いいお天気だったがお休みの日はみんな同じ、いい季節だし車が混んでいた。
出たついでにお昼は外で食べたが、おまかせ寿司を食べ過ぎた。

  
4時過ぎに消化に散歩がいいと外に出たら小さな雨がふっていた。
そばの公園の桜はl咲き始め。縁取りの雪柳ががあふれるほど満開、でいい香りがしていた。窓から入ってくるのはこれだ。
今年はとくにまっしろにさいていた。
写していたら変な音がする。よくみると、カードがありません、ピヨピヨといっていた。あらまたか。
散歩なのでもう一度往復してレンズ越しにみたら雨粒をつけたはなが可愛く咲き始めていた。ことしもまた会えたねよろしくね。









ボリジはつぼみはまだ小さかったが葉っぱが増えて大きくなってきた。しっかり花を咲かすのは
はっぱのしごとだね。ガンバレ。





HNことなみ



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こんにゃくゼリー と 今日のボリジ

2019-03-29 | 日日是好日

外はお天気が良く窓ガラスもキラキラ輝いていて気分爽快。

なのでウキウキと、朝のうちに洗濯と掃除を済ましました。

結果、やけに喉が渇いておまけに、まだ昼食には早すぎるのに空腹。

朝からパソコンを前にしていつもより少し多めに脳みそと指先を使っていたからか。錆付き始めた部品はローギアから動かすのに随分エネルギーを食うようで。

ちょっとそのあたりを見回すと、テーブルの上にどこから来たのか、小腹喜ぶ(個人的感想です)というこんにゃくゼリーがあった。

こんにゃくというと低カロリーでしょう。どんなに食べても安心でしょう。
と買ったもので。

でもどこが?本当なのか、とついでに成分表を見てみた。


 一個が25g で25kcal

こんにゃくというネーミングで限りなくゼロcalに近いのではないかという予想は見事はずれ

おまけに炭水化物  6.6g
     糖質   6.2g が
しっかり含まれているのでした。


これはぶどう味だから
葡萄糖果糖液糖 砂糖 果糖 洋酒が使われていました。
低カロリーだけれど、そうパクパク食べるものではないし、食感も形も、固形とも言えないこんにゃく体で、そこそこ食べればいいところだ、と納得。

なら今の空き小腹には5個与えておきます。






今日のボリジ
丸いのはやはり蕾のようだ。ボリジを育てる記事をあれこれ読んでみた。なんでも後手から始めるのでうまくいかないことが多いが、それでも花は咲くでしょう。ガンバレ!ボリジと私。









HNことなみ




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記録写真開始

2019-03-28 | 日日是好日

とっくに花便りが聞こえてきているのに出遅れたか、始めねば。




ボリジはこうなっていた。丸いものはつぼみだろうか、まだ葉もじゅうぶんに育ってないのに、どうしたことだろう。
ボリジの子育てははじめてなので、お母さん困ってしまって………丸いの何?




これは沈丁花。写すのが遅くなって、少しやつれ気味だな。でもいい香りがしているよ、君。








HNことなみ
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「アメージング・グレース」物語 ジョンニュートン 中澤幸夫訳 彩流社

2019-03-22 | 読書



「アメージング・グレース」物語―ゴスペルに秘められた元奴隷商人の自伝

「アメージング・グレース」という哀調を帯びた美しい歌は誰がどこで作ったのか。賛美歌集の中にあって、貧しく、中には文字が読めない人々のために、神を賛美し信仰に導き聖書を深く理解するために作られたという。


第一部は「アメージング・グレース」がどうしてできたか

作詞者のニュートンは赴任先のオウルニィーの教会で聖書の言葉を詞にして説教に使った。わかりやすく創世記から順に讃美歌にして聖書を易しく解説したものを作った。
その中で「アメージング・グレース」は41番目に出てくる。
冒頭の
Amazing grace!(Hou sweet the sound)
That saved a wretch like me!
I once was lost , but now am found,
Was blind, but now I see.

アメージング・グレース、(なんと甘美なる響き)
道ならぬ私を救ってくださった。
かつて迷えし者が、今見出され、
闇をいで光の中にいる

一説目の冒頭が印象的だったのか本来の題名を離れて人々に伝わった。
「アメージング・グレース」
アメージングは「驚くべき」グレースは「恵み」 という意味が正しいのだが、グレースさんというような人名だと思われていることも多いそうだ。

私は友人が参加しているゴスペルソングの会で聞いたとき、この曲はゴスペルだったのかと改めて知りました。

初めはメロディーも一定したものがなくて、人や場所によって10を超えるメロディーで歌われていたのが、現在のメロディーに定着した過程にも諸説があるようです。

アメリカの賛美歌集に収められて今のメロディーになったとする説に定着しているが、イギリスからアメリカに渡った黒人たちが、故郷を思い出させるような歌詞とメロディーを愛し、今では多くの人に愛される曲になっている。

ベトナム戦争後の反戦フォークソングが多く歌われていた頃、ジョーン・バエズのグループにいたジュディ・コリンズが礼拝堂で歌ったのを聞いて、音響の素晴らしさに感動したプロデューサーがCDに入れるように勧め、その歌声を聞いた多くの人からより広く知られるようになった。この歌を広めた歌い手にはゴスペル歌手のマリオン・ウイリアムズもいます。
こうしてニュートンが作った「アメージング・グレース」は素晴らしい歌詞とメロディーを得ました。

現在「アメージング・グレース」は様々なものを表す象徴、すなわちイコンになっているようで。神の恵みや困難の克服、そして自由や人権ばかりでなく、死者を哀悼するイコンになった。


第二部 「物語」
この本の副題にもなっている、「ゴスペルに秘められた元奴隷商人の自伝」です。

賛美歌の「アメージング・グレース」が書かれたのはジョン・ニュートンが、オウルニィーの教会で牧師として精力的に布教活動をしていた時で、友人のクーパーとともに聖書を基にした賛美歌を作っていて「オウルニィーの賛美歌集」を発刊したのです。

この物語の元になっているのは、ニュートンがホーイス牧師に送った14通の手紙を了承を得て出版したもので、最初は匿名であったものが作者の名前が知られ広く知られるようになりました。

旧約聖書でイスラエルの民がモーゼに導かれ荒れ野を超える困難な旅の末にカナンの地にたどり着くという、彼の人生をなぞらえた話から始まっています。

父は船長で母は敬虔なクリスチャンでしたが7歳の時になくなり、父はすぐに再婚。寄宿舎に入ったのですがそこを飛びだし、父親と航海に出ます。
その後父の方針と合わず船を乗り換えて船員たちと放埓な生活を送ります。ついにアフリカ行きの船に乗った時、あまりの品行の悪さに置き去りにされるのです。
過酷な生活を幸いに生き延び奴隷売買の仲間になります。当時イギリスでは奴隷売買に罪の意識がなく貴族たちは最下層のカーストにいる奴隷などはどこで死んでも奴隷にすぎず、売買することに苦痛を感じていませんでした。

ニュートンは様々な本を読んで聖書も各国語で書かれたものを読み解くほどでした。
放埓な生活に明け暮れている航海中も、時々内省の心が訪れ聖書の章句が蘇ることがありました。

振り返ってみると奇妙なことに、命の危険にさらされた時に、間一髪で危機を逃れることがよくありました。
ニュートンは、平静に帰った時これは神の仕業ではないかと考えるようになり、ついに船を下り信仰の道に入る決心をします。一時、税関に勤めたのち牧師になるための勉強を始めました。、

一介の船員が牧師の職につくのは容易ではなかったようですが、応援してくれる知り合いや、推薦者を得て、38歳の時ついにオウルニーの教区牧師を任されました。
うつ病に苦しむ友人のクーパーとともに、聖書の理解を深める説教のために集会を開き、それに使うために賛美歌を作り始めました。
のちに「オウルニィーの賛美歌集」が出版され、ニュートンが280の歌詞、クーパーが68の歌詞を書いています。
65歳で最愛の妻を亡くし、およそ10年後ニュートンもまた耳も目も不自由になったのですがそれでも説教を続けました。
奴隷貿易廃止の法律が可決された翌年に82歳で亡くなりました。


アメージング・グレースはYoutubeで聞くことができ。アメリカの錚々たる歌手が歌っています。
表紙に少し譜面が写っていますが、コールユーブンゲンの始まりのような簡単な音符が並んでいます。
たがこういった一つ一つの音の集まりが、作曲者の才能で素晴らしいメロディーを作り出していることにいつも驚き、バッハの教会音楽などオルガンの響きが蘇ってきます。

荘厳なフルオーケストラの複雑なスコアを持った名曲も聞くのは好きですが、こうして簡単な音符の並びだけで心に深く染み入るようなメロディーが作り出されていることに感動します。

2006年に映画「アメージング・グレイス」が作られているのを知りました。本書でも少しだけ出てきますが。「アメージング・グレイス」誕生のはなしと奴隷貿易廃止運動に苦戦しつつ戦ったウイルバーフォースが主人公で友人役にカンバーバッチも出演しているようです。
本書では、幼いウイルバーフォースに出会ったニュートンが彼の神童ぶりに将来を予言したと書かれています。上流階級出身でケンブリッジ大学卒の神童は当時もてはやされていましたが、世間に流されることなく信念を貫いた彼の生き方が映画化されたようで、いつか見てみたいと思いました。

聖書やそれにまつわる物語もよく知らないのですが、感動的な物語でした。






HNことなみ

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「奇想の系譜」 辻 惟雄 ちくま学芸文庫

2019-03-17 | 読書



初版が34年前に出版されている。この本の2004年に著者は72歳。解説は服部幸雄(当時千葉大学名誉教授)この本は読み継がれ再販され、傍流と思われていた画家たちを江戸時代の絵画史を彩る人気スターにした。



意表をつく構図、鮮烈な色、グロテスクなフォルム、ーー近代絵画史において長く傍系とされてきた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、蘇我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳ら表現主義的傾向の画家たち、本書は奇矯(エキセントリック)で幻想的(ファンタクティック)なイメージの表出を特徴とする彼らを「奇想」という言葉で定義して、「異端」ではなく「主流」の中での前衛と再評価する。刊行時、絵画史を書き換える画期的著作としてセンセーションを巻き起こし、若冲らの大規模な再評価の火付け役ともなった名著、待望の文庫化。大胆で斬新、度肝を抜かれる奇想画家の世界へようこそ!図版多数、解説服部幸雄

この裏表紙の言葉が、この本を見事に解説し語っている。

取り上げられている6人の画家たちは、子供時代から絵しか目に入らず、描くことにしか興味を示さず、家業を投げ出してでも大袈裟に言えば絵に命を捧げた。まずは慣習通り当時の一流と言われた流派に属し師匠の元で修行をしている。その力量を認められて重用される場合もあれば、才能が小さな組織に収まりきれ、ずまたは自己の要求するままに外に飛び出し、結果世間に受け入れられて成功するものもあれば、貧窮生活に喘ぎ、あるいは地方に流れて行き、そこで中央には認められないままに大衆の中で才能を開花させるものもいる。ただその先進ゆえか、奇矯さからか広く理解されず、今まで残っている作品が少ない。
今になって新たな視点から評価が高まってきた。そんな時に鑑賞に耐える作品がもっとあっただろうと思えるところに、保存状態が悪く、または散逸し、あるいは火災で焼けてしまったらしいということは、こんな素晴らしい研究書を読むと、著者でなくても残念に思われる。
その上、研究者にも画家の出自や足跡がわかりにくいそうで、おいおい発見されることもあるかもしれないという顧望も書き添えられている。

著者がおよそ50ページを割いて語っている岩佐又兵衛と、蘇我蕭白の章は一段と力が入り、図版に照らして解説を読むと、岩佐又兵衛の「山中常盤」や「牛若の盗賊退治」の血みどろなシーンも裏に潜む画家の意思の強さ、技術の高さが理解できる。
又兵衛の解説で、1に奇矯な表現的性格。「一種の名状し難い気うとさ」「鈍重な物凄さ」2に古典的、伝統的なテーマを扱いながら、その内容を卑俗な、当世風なものにすり替えようとする、いわば「転合絵」とでもいうべき要素。3は人物の描写に共通する風変わりな特徴、、、クセの強い形と解説する。
このほとんどは6人の画家に共通するところがあると何か腑に落ちる気がした。
また

宗達が底抜けに明るいロマンティシズムを唄い上げる一方で、岩佐又兵衛や山雪(狩野)の偏執と奇想が横行した寛永という時代はなかなか一筋縄ではいかない時代だったようである。

幻想の博物誌ーー伊藤若冲
若冲は錦小路の青物問屋の長男だったが弟に家業を譲り、隠遁生活を始めた。世俗には関心がなく、学問も文字にも疎く、作画三昧で暮らした。有名な鶏の絵のように動植物を主に描いた。写生主義を唱えた円山応挙に先行したとも言える。細密な美しい写実は今でも目にして驚嘆する。
虫や貝殻の様々な絵柄について

シュルレアリスムの作品を連想させるようなこの驚くべきイメージは全く若冲のオリジナリティに属するものなのだ。このような内的ヴィジョンは鶏の描写にも共通している。
73歳の折の大火で多くの、作品が消失した、気落ちした若冲はそれでもその後も独創的で個性を発揮した名作を生み出している。

晩年の、格天井の花の絵やナイーブな人形図などを見ると若冲から衒気と気屈さを取り除けば意外とアンリ・ルソーに似た純真な画家の眼がそこに発見されるのではないかという気がしてきた。

狂気の里の仙人たちーー蘇我蕭白
新しい画壇の風潮の中で才能や技量においては、
いずれにも引けを取らない蕭白が曽我派という前時代の遺物を何故にあえて担ぎ出したかについて、彼はもちろん何も言い残してはいない。ただ明らかなのは蛇足十世の厳しい肩書きが徹頭徹尾蕭白の人を食った自己表現の手段として利用されたことである。
生来の気屈な性格が世人の顰蹙を買い、時には狂人呼ばわりをされる一面は無論あっただろうが、一方でその痛快な生活態度と作画ぶりに、密かに快哉を叫ぶことも決して少なくなかったと思われる。

と著者は好意的で

彼の狂躁的な作風を代表する彩色「群仙図屏風」の人物を一例にとっても、衣服の文様など細部の仕上げに見られる恐ろしく入念で緻密な筆使いが「異常さ」の効果を演出する画家の冷めた意識を物語っているのだ。

確かに表紙にもなっている龍の顔や波や指の節のトゲだった様など、アクの強い特徴的な奇妙な表現を得意とした彼の作図が、今になると多くの絵画の進展に伴ってその力強さや奇矯さがあまり目立たなくなり、構図や薄気味悪い妖気にもさほど驚かなくなり、返って関心が高まっていることも納得できる。

超獣悪戯ーー長沢盧雪
まだ居た、奇人変人の応挙門下長沢盧雪。彼は応挙の代役として出向いた南紀で多くの作品を残した。
応挙に準じる墨絵のぼかしで立体感を作り出す手法は師を凌駕するほどで、数枚の図柄を見ても面白い。
晩年のクローズアップ手法や人物の描き方に気味の悪いものを感じるが、図版に上がっている「四睡図」などはユーモラスながら奇矯な感じもしつつ面白い。

幕末怪猫変化ーー歌川国芳
三十歳で当時流行っていた「水滸伝の豪傑」を描いた武者絵が大衆に認められる。
(図版の掲載がないので見てみたいとおもう。九紋龍史進、花和尚魯智深など五人が一枚刷りになっているという)。
これが大当たりで百八人全部書いているそうで、展覧会はないものだろうか。
その後絵の方向が変わり、北斎に倣ったというが、その不気味な想像力の産物はおどろおどろしい。

ヨーロッパの実証科学の成果が、幕末の浮世絵師荒唐無稽な怪奇表現に一役買ったとは皮肉な巡り合わせだが、彼らの新奇なものに寄せる並外れた好奇心と、たくましい想像力には感嘆させられる。

裸体で合成された顔や「写生百面叢」の面白さは筆者によると、目の覚めるような新鮮なアイデアに溢れているそうだ。
水野忠邦の言動・風俗取締りの元で、人物に不自然な紋所を入れたり、異形の幽霊に紋所をつけたり、時代に合わない武器を持たせたりして始末書を書かされたそうだ。
国芳の性格については”弟子も多く、浮世絵界の大物であるにかかわらず、野卑な風体をしており、闊達な気性で版元からの注文が気に入れば賃金の多少にかかわらず引き受けるが、気が向かなければいくら好条件でも断ってしまう。欲には疎い方”と言っているそうだ。
愛猫家で猫をたくさん描いている。

あとがきや解説でも随分教えてもらったがあまり長くなるので、忘れないように紹介だけにした。
少し前に読んだが、おおかた忘れているので、東京の展覧会を羨みながら再読した。






HNことなみ

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「MacBook Air」

2019-03-16 | 日日是好日



新しいMACに

新しいMACは賢い。まるで気持ちが通じるロボットのようだ。
恐る恐る使い始めて、丁寧すぎるくらいに教えてもらってやっと試してみていると、いちいち褒めたくなる。

特に文章をダラダラと打っていても片っ端から変換してくれる。
これがたまらなく楽チンで嬉しい。ここ勝手にカタカナにしてくれた。


SF作家でなくても、これで行くとMACが自動書記を始めて、思いもよらない独創的な文章を書いてノーべル賞を取るという離れ業も不思議ではないしと、これはナイにしても、将棋を覚えてプロ棋士が負けることはアリかもと思える。

車だって進化している。
自動運転の話が実現しそうだ。

目の不自由な人が、視線で文字化できるというのはとっくに聞いたことがある。
自動印字が可能になって考えただけで文字になる時代が来るかもしれない。

賢いパソコンに感動してもいい文章が書けるとは思えないが。褒めると伸びるのは人だけではないような気がする。





HNことなみ
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