空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

道尾秀介 「光媒の花」 集英社

2010-09-28 | 読書
4月13日付けの小説月評にこの本のことが出ていた。

ー 道尾秀介は、ミステリーという土壌に咲いた大輪の花である。巧みな仕掛けに驚愕の結末、文章だって美しい。だが2年という歳月をかけて紡ぎ出された短編集「光媒の花」(集英社)を手に取れば、気づくだろう。その地に安住せず、より広い場所へと歩みを進める作家の姿に -

「向日葵の咲かない夏」「鉤の爪」を読んで面白い作家だと思っていたので、そう言う評があるのだからこの本も読んでみよう。
と思った。

「光媒の花」は
6章に別れ、今まで感じていた作品とは傾向が違う、淡い哀しみの色彩を帯びた短編集になっている。それぞれは微妙につながっていて、東野圭吾の「新参者」のスタイルにも似ている。

だが、彼の本領はここにはないと思った。
静かな文芸作品のような香りのする文章がつづれられていて期待を裏切った。ミステリを離れ秋の読み物にはいいかも知れない。

「向日葵の咲かない夏」は前に感想をメモした。
「鉤の爪」は仏像についての薀蓄が話に厚みを出していた。
どちらも異常な舞台設定の中で、ミステリアスな展開があり、犯行の動機もうまく考えられて楽しめたが、どちらも最終段階に入り多少密度が薄れていくようで残念だった。

多方面での受賞作を読んでいないので、評価の定まったものを読むのもいいかもしれない。
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デイナ・スタベノウ 「白い殺意」 芹沢恵訳 ハヤカワ文庫

2010-09-25 | 読書
以前クレイグ・ホールデンの「この世の果て」というミステリを読んだことがある。アラスカの自然が美しい作品だった。

これも同じ舞台だというので読んでみようと思った。

アラスカ湾沿岸の国立公園が舞台だか、どうも架空の地らしい。
それでも白い冬、深い雪の中の暮らしや、先住民の捜査官ケイト・シュガックも魅力的で、面白かった。
第4作まであるそうだかその第1作。


* * *

重傷を負い、事件を引きずって退職したケイトは、故郷のアラスカの地で隠遁生活を始めていた。雪の深い冬、国立公園の開発のために来ていた公園レインジャーが行方不明になり、その調査に派遣された検事局の捜査官も行方がつかめなくなる。

そこでケイトに捜索依頼がくる。

在職時代の恋人に説得され、しかたなく危険な捜査を始めるが、手がかりがない。

公園の山でかって採掘されていた鉱物資源の再採掘など、狭い入植地をめぐっての争いや、先住民など入植者の権利をめぐる争いがある。
調べていくうちにケイトは銃で狙われる。

* * *

極寒のアラスカ湾沿岸から入った奥地を、スノーモービルで駆け回るケイト、そこでは先住民の彼女をめぐるすそ幅の広い一族の人たちに囲まれてもいる。

アンカレッジ検事局時代の恋人、上院議員の父をかさにきて強気に開発を追い進めるレインジャーなど、興味深い設定。

主人公ケイトの堅物振りも微笑ましいし、ストーリーにあまり起伏はないが、文章はそれを補って余りある。

ついでに、言葉を話すような、表情豊かなペットの大型犬のファンになりそうだし。

一読の価値のある一冊。
アメリカ探偵作家クラブ賞受賞

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百田尚樹 「永遠の0」 講談社文庫

2010-09-14 | 読書
NHKスペシャルや終戦関連のテレビをたくさん見た。
いろいろの思いがあるが、改めてこの本の感想などを。


零戦の名パイロットだったが特攻機に乗って亡くなったという実の祖父(宮部久蔵)のことを孫の姉と弟で調べていく話である。

調べるといっても、生き残っている人たちは少なくすでに高齢であった。
だが幸い、話を聞いた人たちに、祖父はしっかり記憶されていた。

「生きて妻子の元に帰る」と臆せず言い続けた祖父は当時は臆病者で、恥ずべき人卑怯者のように思われていた。
言葉通り出撃しても必ず帰ってきた、たまには無傷で。

激戦地の南方の島々を転戦して生き残ってきた。
部下にも「命を無駄にするな」といった。
当時生きることにこだわることは恥だった、神国日本を背負い天皇陛下のために喜んで死ぬのが美徳であり、海軍に志願した若者の、潔さ、それが日本人の魂だった。
戦いも終盤になり、前線では、大本営の人海作戦として次々に敵に向かって突っ込んでいく特攻隊が編成された。
太平洋から撤退し沖縄に追い詰められても特攻は続けられた。
彼は地上では、若く、中には幼い飛行兵を訓練していたが、戦局は絶望的だとみんな感じていた。

アメリカの豊かな兵器と次第に進歩する技術の前で、開戦当時は敵を震撼させた先鋭のゼロ戦も歯が立たなくなっていた。その上物資不足で機体の整備も十分でなくなった、そんな戦闘機で飛び立った若者はほとんど帰ってこなかった。
「発動機が壊れたら必ず近いところに不時着せよ」と彼はいった。

そんな彼はなぜ特攻隊として死んだのだろう。

生き残ったゼロ戦のパイロットたちの話から、彼の心の動きがわかる。

南方の島々の悲惨な戦いの様子。戦闘機のパイロットの戦い方。最前線にいる人たちの悲劇。

途中までは、二人が調べて訊き出してくる話には臆病な祖父の姿しかない。

「生きて帰る」という執念で生きていた彼は、なぜ沖縄で特攻機に乗ったのか。
戦いの後で知る命の尊さに胸を突かれる。途中までの戦地や戦艦や戦闘機に関する話は胸に迫る。主人公を誇りに思う孫たちの姿はここから生まれた。

彼の生き方は、生き残りの人たちの話とともにかかわった人たちに大きな影響を与える。
それが国策だし自他共に戦いに命をささげることを賛美する世界に落ち込むのが戦争である。祖父の勇気は命と引き換えに孫にも響いた。とこの話は締めくくられる。

ただ、一億玉砕という掛け声のなかでも、個人の心の奥では真実の声があったのではないか、ただそれを言える強さがなかったのではないかという冷静な思いは、現在やっと平和な生活の戻った時に、生き残りの人たちの中にある。

本人の意思とは別に投げ込まれる戦いというものは想像できるが、生きて帰るという個人的な意思とはまた次元が違うのではないか。
大勢に呑み込まれる人の弱さを見ないでこの物語を語ることができない、個人や肉親の情と、国情を同じ線上に置くこの作品や、その後の百田さんの作品にも少し共感できないものが多いのが残念。物語を創りその中に自分を没入し語るジャンルはあるが、こういう作品では冷静な距離をもってほしい。



今更だけど在庫整理でリライト。


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吉田修一「悪人」 上下  朝日文庫

2010-09-11 | 読書





少し前に読んだのだが、人気があって話すとすぐに貸してといわれた。
読んだ本が手元になくなると、メモしておかないとすぐに忘れそうなので、いまごろだが。
名前だけしか知らなかった作者で、初めて読んだのだけれど、いい本を書く人だそうだ。

カバーの裏に毎日出版文化賞と小佛次郎賞受賞とあった、単行本でちょっと見ていたのだが文庫にな
ったので、そして映画化されるという。面白いかも。とワクワクで読み始めた。

* * *

保険会社の外交員をしている若い女性三人組の一人が、地元で何かと怪談話が出るような、高速道路
から入った寂しい峠道で殺される。

車に乗せていたという大学生が犯人かと思われたが、真犯人は親を失い祖母と同居している祐一とい
う名の土木作業員だった。

彼は田舎育ちで、母にフェリー乗り場で置き去りにされた過去があり、祖父母と暮らしている。

職も転々と換え、おじの建設会社に拾ってもらって現場作業をしている。

携帯サイトで知り合って何度か付き合った外交員に、待ち合わせ場所まできて無視された。

女は通りかかった知り合いの男の車に乗った、祐一は車を尾行して行ったが、峠にさしかかったとこ
ろで、女が車から蹴りだされた。
助けようとして騒がれ、口をふさぐつもりが首を絞めて殺してしまう。

犯人かと思われた大学生は罪が晴れ、調べが進んで、金髪でスカイラインに乗った祐一が不審者とし
て追われることになる。

祐一は光代という双子の一人と知り合い、メールを交換していたが、会う約束をする。
地味なショップ店員の光代も祐一と会ってから次第に親しくなる。

祐一はついに自分が殺人者だと告白をしてしまい、光代は二人で逃げる事を選んだのだが。

* * *

ストーリーは実に面白い、逆境で育ったわりに淡々と生きている祐一や、現実をごまかし、女同士の
見栄や虚飾の中で暮らしている外交員、今を普通に受け止める若者は、風俗営業にも抵抗が無く入り
込む。

携帯サイトを使って夜は遊び、昼は勤めを難なくこなしている。

あれもこれも、作者は現代の一端を書いている。

地方都市ながら、どこにでもいそうなありそうな話で、登場人物は、表題に使われた「悪人」という
言葉よりも、現実に流されている人々の、善悪に拘らない大雑把な生き様をみせている。

殺人にしても故意に行われたわけでなく、被疑者となった祐一が車で逃げるのに付き合う光代にして
も、ちょっと日常から踏み出して、男と付き合うスリルから次第に情が移ってきただけだろう。
祐一は光代好みの寂しそうな朴訥なタイプだったろうし、彼女も変化をもとめていた。
作者はそんな人たちのストーリー(エピソード)を書いた。

ただそれだけの小説である。
可もなく不可もない。浅くも深くも無い、いまの時代こういうこともあるだろうという、そんなこと
がかかれている、という感想。

ひょっとしたら、文章よりも映像で見たほうがいいかもしれない。
湊かなえの「告白」のように

★★★

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ローリー・リン・ドラモント 「あなたに不利な証拠として」ハヤカワ文庫  駒月雅子訳

2010-09-06 | 読書
今度は海外の短編を読んだ。

暑さを忘れるくらい面白かった。2008年刊。

5人の、女性の制服警官が出会った事件をめぐって短編が10編。

仕事が終わった後で、犯罪という非日常的な出来事に出会った女性のまざまな心理が、繊細な筆
致で書き尽くされている。

正当防衛で射殺した犯罪者であっても命の火を消したことへの葛藤。
仕事として割り切れない、警官という職業が持っている命との係わり合いに悩む姿に、特殊な
環境で生きていく重みが感じられる。

どうして私に起こったの
どうしてこんな目にあうことになったの

こういう思いを感じたことは多いだろう。
理不尽だと思われる出来事にであうことはある。

だが身近で起きることが少ない というより会うことのほうが珍しいような、本来なら他人事で
すむはずの犯罪現場に、立ち会わなければならない警官という職業に悩むことは、自分の人生ま
で、絶望や虚しさに引き込まれそうになる。

犯罪現場に立ち会うというテーマは、楽しい本ではないが、風景の叙情的な描写や、ユーモアや
気の利いた構成で、一気に読んでしまった。

女同士の軋轢や上下関係のわずらわしさはどこも同じか。

作者は実際に制服警官という職業についたことがあるそうで、映画やテレビで見る警官の外観だ
けでなく、非常にリアルで、装具備品の重さや形や細かな装着の手順を読んで興味深かった。

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乃南アサ 「氷雨心中」「夜離れ」 新潮文庫

2010-09-02 | 読書



長編に疲れたので、暑気払いのつもりで短編を読んだ。

話が終わるたびに、クーラーの風にゆっくり当たれるので猛暑向きかも。
きっと知る人ぞ知る名編なのだろう、すぐに読み終わってしまった。

「氷雨心中」平成16年(2004年刊)

日本工芸を材にした完成度の高い面白い短編が6つ。
特に「青い手」は事件は表に現れないまま終わるが、読後にあ~~と思い当たる、
そんな風に生活の裏から(物語の裏から)
滲み出す暗い部分が、ミステリアスな香りを漂わせる。
お線香はこうして作るのか、お香も。
でも話はじっとり恐ろしい。

「泥眼」日本舞踊の名手に泥眼の面を頼まれた能面作家のはなし。
女の一途な想いが、面を作ることが二人の執念のようになって迫ってくる。


「夜離れ」平成17年(2005年刊)

6編、みな女心の、これも妄執というか、こんな女にとりつかれたら男は恐ろしいだろうし、
女は苦しいだろうというようなストーリー。

ありそうな話かもしれない。

短くて、それぞれ250ベージから300くらいですぐに読める。

肩のこる長い話よりも、読後は充実しいている。

ヤッター の★★★★★

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