空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

ヤクシソウ

2006-11-09 | 山野草・季節の花,風景など



2006.10.28. 枚方穂谷


ヤクシソウが咲く季節が来た。さぁ今年も会いに行こうとカメラを持って出かけたらもう少し遅かった。上を向いたツボミよりも項垂れた咲きあとの方が多くなっていた。

秋に咲くキク科の花は多いのに、ヤクシソウに会うと一番嬉しい。自分でもどうしてだか分からないけれど毎年好きで見るたびに写してくる。多年草なので同じところに行ってみると咲いている、元気そうに咲いているとほっとする。

また今年もたくさん写した、ただ出遭ったのが少し遅かったけれど。
草と一緒に刈りとられてしまい後から細い茎を出していることが多いが、時には大きな株になって辺りを金色に染めていたり、道路の上から懸崖のように下がっていたりするのに出会うことがある。
小さな花で柔らかな緑白色の葉、重みでしなった茎など全体に優しい雰囲気がある。たまにさえぎる物がないためか太い茎がまっすぐに伸びていることがあるが、そんな時は葉や花が茎の周りにばらばらと纏いつくように咲いていてこれがあのヤクシソウだろうかと目を疑うこともある。

薬師という言葉は後年覚えたもので、好きな薬師寺の日光・月光菩薩を連想するからと思ったがそうでもなさそうで。

調べてみると薬師如来の誓願と言う12の数字は、私が生まれた日なのも、こんなにたくさんある秋の花の中で一番好きなのも、何かの縁でもあるように思うのも今になって考えればちょっとこじつけかもしれないけれど。


いつも見に来ていただいてありがとうございます
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ほこりと戦う、、、嫌いな家事の憂鬱

2006-11-06 | 日常の中の発見


二階には手で押すだけの充電式の小さな掃除機が置いてある。
透明なプラスティックの部分にほこりがたまるようになっているので、毎日捨てると一日にたまったほこりが見える。コレを見るのが楽しみで、一日一回押して歩く。
実は掃除はキライで出来るだけしたくない。だから押して歩くだけのこの掃除機がとても重宝している。毎日押していると見えるほこりは少なくてガッカリするので、たまにほこりが溜まってそうなところに突っ込んで見ると以外に収穫がある。
明日からお天気が悪くなるというので、仕方なく部屋を片付けて拭き掃除(コレがまた嫌い)をした。口やかましいお局さんもいないので見渡して気持ちがいいか悪いかが一応の尺度、その上やる気があるかないかで決心して始める。
最近体調がいいので案外マメに掃除してまずまず綺麗だなと思ったので、たまにはカバー類でも洗濯をしようとめくってみてゲゲ!!
ほこり君がモヨウを作っていた。ダスキンで払っても取れないので拭き掃除しかない、とやり始めると止まらない。
空気清浄機やら加湿器やら、ほこりの巣になってないかと分解してみるとまたもゲゲ!!
それで やりました。分解してフィルターを洗って、臭気取の活性炭入りのマットも洗って干して、加湿器の中荷くっついている水道水のカルシウムだかマグネシウムだかの白い粉も洗いました。コレはしょっちゅうやらないとこびりつく、集まると鳥肌か立ちそうな気持ち悪いものになる。
それでやってしまえば気分爽快、今日はカラカラなので60%に設定して加湿中。
酸素が発生すると言う器具も磨いて、久しぶりに30分吸って見ました、どう効くのか分からないけど、体を壊した時買ってくれたので使っている。
気分が良くなってうつらうつらしていたら大きな音かして終わり、驚いて目が覚めた、

洗濯物も二時間で乾いたけど畳んで部屋に持ってきて片付けるのが嫌い。その上アイロン掛けナドがあると次第に気持ちが沈んでいく  

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文化の日のモーツァルト

2006-11-04 | 日常の中の発見






チェックしていたモーツァルトの番組を見た。クラシック音楽の何を知っていると言うことはないけれど、ポピュラーなモーツアルトの曲を聞いていると(ポピュラーなものしか知らないので)その時の気分が反映されて少し楽になるように思う。「アマデウス」は別としてもいろいろな映画で使われているし、なじみが深いのでとてもいい番組だった。
子供にピアノやバイオリンを習わせてモーツァルトを下手でも聞いてみたいと思ったがバイオリンの方は「アイネクライネ」でやめてしまったし我が家には娘が結婚してからはピアノの陰もない。掃除は楽になったけどちょっと寂しい。
子供の頃、その頃は堀内敬三さんの解説で日曜の朝に「音楽の泉」を放送していた。今でも忘れなければセットしておいて聞くようにしているが、分からないなりに好きで聞いていると覚えるもので、たまにはゆっくりCDを聞こうかなと言う気分になる。転勤していた頃はどの都市でも身近に音響のいいよく整備されたホールがあり、オーケストラを招いたりしていたので聴きに行っていた。ここに帰ってからは、近畿圏には立派なホールがたくさんあるのに行く機会がない。新聞を見て行きたいと思うのだがなんだか億劫になってしまっている。

モーツァルトは今生誕250年で、話題になり子供の頃からの天才ぶりは有名だが、わずか35年の生涯で10年以上も就職活動の旅を続け、貧困と家庭の不幸に付き纏われ、天国と地獄を見るような生活を送った生涯を思うと、才能に恵まれた故の幸不幸を一途に音にしていくことが彼の出来るたった一つのことで、死後になってこんなに評価されることがひどく残酷なことのように思える。
人の評価は時代の環境によって変わるのだろうが本物を見分けることが出来る人でさえ当時は純粋に音楽だけを聞き分けることが出来なかったのだろう、奇矯と思われる言動も知られているが、それも何かを創造することだけに生きた人の持つ特性かもしれない。
出演者が「彼は神に愛された人だったんですね」「天国の記憶を生まれても持っていた人かもしれない」と言っていた。
神に愛されたとしても全能の神ではなくミューズの神だけに愛されていたのかもしれない、自分のためのように未完のレクイエムを残した生涯が美しい風景とともに紹介されたいい番組だった。
すぐに影響されるのでもっとCDを増やして聴こうと思い、ザルツブルグやウィーンの町を歩きたくなっている。

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