空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「罪の終わり」 東山彰良 新潮社

2016-11-28 | 読書



2173年、6月16日、小惑星がNASAの予測どおり、地球に向かってきた。核ミサイルで粉砕した余波で、世界は飛来した惑星のかけらで燃え、ビルは倒れ、灰が降り積もり、北米を中心に世界は崩壊した。
残った一部はキャンディー線と呼ばれる塀で囲い込まれ、そこはまだ残っている世界の物資で擁護され生き残っていた。外に住む人たちは残った物資や食料を奪い合い、それも尽きかけていた。

彼(ナサニエル・ヘイレン)は双子の弟に生まれた。母のピア・ヘイレンは田舎では稀に見る美人で、ニューヨークに出て女優になることを夢見た。だがヒッチハイクの途中で運転手に襲われ妊娠する。
ナサニエルは自転車の後ろに障害のある兄を乗せ、鉄くずを拾って暮らしていた。ピアは最先端のVB義眼手術をナサニエルに受けさせたかった。コンピュータが義眼を通して脳に繋がれ、その威力で彼の身が守れると思ったからである。母が保険金のために弟を梁に吊り上げているところに、帰り合わせたナサニエルは母を刺殺したが、瀕死の兄はもう希望がなく、彼はその死を手伝った。裁かれてシンシン刑務所に入った。そのときナイチンゲールと名づけられた惑星が地球に接近し世界は灰に埋もれた。

刑務所から逃げ出したナサニエルは、刑務所で助けたダニーと進が屑鉄屋の飼い犬カールハインツ連れて旅立つ。冷えこんだ地球、生きるために飢えた人々は人肉食というタブーにも慣れてきていた。彼を崇拝するダニーはそれを「罪を罪で浄化する」といった。しかし飢えを感じないかの様なナサニエルは食べ物を人々に分け与え、避難所で休息する間、人の心を平穏に導いた。いつか彼は黒騎士と呼ばれ、伝説が生まれ始めた。

白聖書派はイエスの教えから生まれた。食人行為は決して許されない。ヒットマンが放たれ、ダニーの追跡を始めた。そしてついにナサニエルも名前が付け加えられた。
彼は食人にはかかわらなかったが、それを罪とは認めなかった。罪にさいなまれる人々はその言葉に救われた。そしてニューメキシコを越えた荒野で、深い岩盤の亀裂の下に泉が湧いているのを知った。そのころにはナサニエルに従う人々も増えていた。深い谷底にある泉まで1571段の階段を作った。水を得て花が咲き作物が実り地熱を利用して酒も造った。人々は彼を囲んで踊った。そしてなナサニエルは伝説と共にヒットマンの銃に倒れた。

彼は自分が求めることは何も望まなかった、何も持たず望まず、全ての絶望を昇華した生の限りを生きた。
彼を追い詰めるネイサン・バラードによって20年後に書かれたという、ナサニエル・ネイサンの物語は、聖なる伝説というものがどのようにして生まれ語り継がれているか。まだナサニエルに関わった人たちは生きている。
彼はただ生きていることだけだった、死を超えたところで何が罪か何に価値があるのか、問いを残して死んだ。
若い彼が執着した唯一のぼろオートバイそれに彼は未来の夢を描いていた。80キロの道のりを自転車に弟を載せた籠をつけて走った、帰る途中で手に入れた喜びも夢も粉々に打ち砕かれた、人間の悪意に彼の心も砕けた。

最大の山場をいくつも越えて物語を十分楽しんだ。
作者は背景も人物造形も読者をひきつける技に優れていて面白く読み応えがあった。

「ザ・ロード」には救いがあった。だがこの物語は、まるで異界のような終末の地球で黒い意志から生まれた伝説と、おぞましくも悲しく短いナサニエルを巡る生涯を描いていた。




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眼くらましの道」 ヘニング・マンケル 柳沢由美子訳 創元推理文庫

2016-11-27 | 読書


ゴールドダガー賞受賞作


読もう思ったときは、並んでいた初期のものも面白そうだったが順不同、これはシリーズの5作目だった、初めて読むには内部の人間関係の話が少しついていけなくて残念だった。これはもう少し読んでみないといけないと積読山の頂を見下ろしてみたが、まぁいいか、気合も気が抜けていたが これは大正解、面白かった。
「ミレニアム」で難しかったVの多い名前と、登場人物も多くて頭も目もぐるぐる(笑)
しかしそんなことは二の次で、面白かった。慣れれば一気読みで、解決したときはほっとした。

倒叙型ミステリというのか、はじめの方で犯人がわかる。それを追い詰めるヴァランダーが率いるイースタの警察官チーム、事件が大きくなるにつれ、近隣から応援が来る。

読み始めて少しすると、全貌はこうでないかと予想が付く。
その上で、捜査の過程や、心理上の葛藤が興味をひく、文章も静かで、残忍なシーンもあるが、緊迫した場面でも読者は静かに深く引き込まれた。

ドミニカ共和国にドロレス・マリアという娘がいた。話はここから始まる。
6月の終わり、ヴァランダー警部は、やっと暖かくなったスウェーデンの季節を楽しんでいた。夏休みには恋人と旅行する計画だった。
そこに通報があり、出かけた先は農地一面に菜の花が咲いていた、その中で、ガソリンをかぶって少女が自殺していた。
しばらくして、以前、法務大臣だった人物が鉈で背骨を切りつけられ即死、頭の皮をはがされていた。
次に裕福な画商がパーティの途中に、東屋で頭をまっぷたつに切られ頭の皮をはがされていた。
次に、駅前の工事中の穴から、目を焼かれやはり斧で切られた死体が出た。
暫くして、不審なペーパー取引で話題になり、その後も犯罪の臭いがしていた会計士が殺された。

連続する殺人事件を捜査する警察官は泥のように疲れた体を動かして事件を追っていた、
一方犯人は、特異な儀式のように、綿密な計画でことを成功させてきた。

ヴァランダー警部は発病した父を見舞うことも、夏休みの旅行の期限が迫ることも、菜の花の中で残酷な自死を遂げた少女のことも心から離れない。
捜査官にも個人的な生活があり、性格も違っている。読むうちのそれも事件捜査に深くかかわりつつ、メンバーにもなじんで行く。

指揮を任されたヴァランダー警部は、心の奥深くに自分でも立ち入りたくない思いを抱えている。それがいつの間にか、犯人に向かう捜査線からはずれ「目くらましの道」に踏み入っていたのではないか、と解決した後で自戒することになる。何かと悩む性格だ。

ホラーチックなサスペンスであり、捜査官たちの群像劇でもある。
スウェーデンの変りつつある世相を背景に、穏やかだった昔と違って現代の殺伐な事件を嘆く、ヴァランダー警部の心が迫ってくる、犯人の側から見れば、動機など、殺人の理由もなぜかうら悲しい小説でもある。


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「ヌレエフの犬ーあるいは憧れの力」 エルケ・ハイデンライヒ 三浦美紀子訳 山修社

2016-11-22 | 読書



ヌレエフの飼い犬の話で、名前は「オブローモフ」という。何しろ名前のように怠惰で毛色も薄汚れたようで眼はしょぼしょぼ、見かけからも取り得がないようだった。

ヌレエフとしてはこの犬を飼ったというつもりはなかったが、ニューヨークで開かれたトルーマン・カポーティのパーティで、酔いつぶれたカポーティと一枚の皿でシャンペンらしいものを飲んでいた。出会いはそういうことで、犬はヌレエフがフランス語で話しかけると反応をした。

カポーティの犬ではないという。誰かが置いていったのだ、君だろう、とカポーティがいう。
ヌレエフか帰ろうとしたらイヌがどこまでもついてきて、彼の犬になった。

その後カポーティは半年でなくなり、ヌレエフは8年半、「オブローモフ」はその後15年生きた。

ヌレエフと共にニューヨーくやパリで暮らし、彼が旅に出ると友人が世話をした。
バレエの稽古場にもついていった。ヌレエフは病気になり次第に衰弱して、犬にあれこれと話しかけた。

ヌレエフが亡くなった後、腫れ上がったような目をした「オブローモフ」を見つけた。

ヌレエフはオルガ・ピロシュコヴァに遺産を贈り犬を託していた、オルガは彼をあがめ彼と犬の世話をした。その後「オブローモフ」は彼女のアパルトマンで過ごした。

オブローモフは年取って、余り眠れなくなった。バルコニーでちょっとジャンプしてみた。練習すると少しずつ上達した。練習場で何度も見たことをやってみたかった。

オルガ・ピロシュコヴァは偶然優雅に踊る犬を見たことはだれにも話さなかった。
ヌレエフの誕生日にオルガ・ピロシュコヴァはお墓の前で踊って見せて欲しいといった。老犬は理解し、両足を着けて跳躍するガブリオーレでお墓を飛び越えた。

今ヌレエフの足元に眠っている。


ミヒャエル・ゾーヴァは、エルケ・ハイデンライヒのこの異例とも言える友情物語が持つおかしさと悲しさを、その文章にぴったりのイラストで際立たせている。


ヌレエフは、子供の頃からバレエを踊り続けている友人の熱狂的な話で知った。バレエの知識は今でもこの友人の受け売りで、公演の前には解説を聞くこともある。
高く軽やかに高く高く跳ぶヌレエフ、鍛えられた技でボレロを踊る映画も見た、彼の怠惰な犬と、彼に関わった人たちの余り知られないエピソードを読むのは楽しかった。
「オブローモフ」も読み返してみたい、そのうち。







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「ハルムスの世界」 ヴァレリー・グレチェコ 増本浩子訳 ヴィレッジブックス

2016-11-21 | 読書



こんな本かなと予備知識で想像はしていたけれど、それをはるかに越えるほど面白かった。

ただ面白いのではないところに深く残るものがある。書かれた時期がスターリンの恐怖政治の真っ只中、粛清に次ぐ粛清で、生き延びることが優先で、後世に残る文芸大作は19世紀に花開き、20世紀が明けると細々と息継ぎをしていたことが良く分かる。

特異な作風で世に出ようとしていたハルムスもご他聞に漏れず、小出ししていた作品が見つかって逮捕、その後児童文学に手を染め、マルシャークなどの助力で出版社で働いたが、最後に逮捕されて刑務所で死んだ。

認められたのは時間を経てペレストロイカ後に見つかった原稿が出版された、それまで自家版もあったが粗末なものだったそうで、彼の貧しさや生きにくさが忍ばれる。

過去の歴史には、私の浅学でも、魔女裁判のように、隣人も信じられない、事実無根の風評で刑を受けることも多い。わが国でも多くの小説が物語るように、自己を守りたい一身で他人を犠牲にしたり、権力・地位の誇示や、間違った主義のために他人を差し出すこともいとわない、今でも人間の心の奥の闇が変わりなくある。もしそうした力が正当化される時代になれば、知識や理性がどれほどの役に立つだろう。

ハルムスの世界は、そんな痛々しい抵抗感と世間・政治に対する不信感、拠って立っているところ、信頼できる生活の脆さや、命の軽さ、吹けば飛ぶような群衆の姿を風刺し、笑い飛ばし、言葉の多重性に隠れた本音を、ぶつけている。
ところどころに挟まっている訳者の解説(コラム)が初めての作者と、その時代について随分役に立った。

訳者が選んだと言う短編集(ハルムス傑作コレクション)は、おおよそのものが前半に集まっている。まさに言葉の前衛、脈絡のなさそうな文章の積み重ね。飛躍、滑稽な、あるいは懐疑的な、恐れ、それらが短い混沌の中でない混ぜになって現れている。よく読めば、そんな言葉は彼の書くという意識の一つの意味を構成しているのだろう。

結びの一行にサラっと書き流した部分で、生き物のように笑いを爆発させたり人間を綺麗さっぱり消してしまう。不条理な作品といわれるように言葉の不条理が寄木細工のように、ハルムスの本質を形作っている。

そして後半、彼の代表作「出来事」(ケース)の作品が40編、時々解説(コラム)を挟みながら並んでいる。

こちらは、一つの作品が文章として完結しているものが多い。分かりやすい。
やはりテーマは並でない不条理が選ばれているが、それは恐怖や、空虚な生活が基本にあったとしても巧みに笑いにすり替え、何気ない暮らしの中の出来事がどんなに滑稽なものであるかを見せてくれる。

会話のすれ違い、行き違い、人の無駄に見えるこだわりについて語るブラックなユーモア、多弁。優柔不断など。彼は人間の交わりは殆ど滑稽なものに見えていたようだ。それは時代のせいかもしれないが、今読んでもそんなに変わらない出来事を目にすることが出来る。
言葉は、書き表した時点で、口から出た時点で独立し、本質とは少しずれている。そういうもので、それがどう読まれるかは人それぞれに異なっているが。

ダダイズムやキュービズムといった画家の世界は、道具が違っても言葉の世界にも通じている。不条理の世界が最も近いと思ったときはもう生きていけない世界にいるのかもしれない。
ミロの線の中から明るい何かを見ることができる人は、スポーツなら真っ直ぐにあげたトスで綺麗なスマッシュを決めてしまう。しかし心の前衛は誰が理解し受け取ることが出来るだろう。
恵まれない時代に生きた作家の、シニカルな笑いの作品は素晴らしい。

男の頭にレンガが落ちてきてコブが一つ出来た。何をしようとしていたかは少し忘れた。
またレンガが落ちてきて二つコブができた。もっと後のことを忘れた。
またレンガが落ちてきて三つコブができた。もっともっと後のことを忘れた。
4つ目のレンガがあたりすっかり忘れた。

寓意に満ちている。


「名誉回復」
先につばを吐きかけたので、私はその後アイロンで殴ったんです。
足を切ったときはまだ死んでいませんでした。殺人ではありません。
殺したのはドアを開けたからですそこになぜいたのです?慣性の法則のようなもので、機械的なものです。
強姦ではありません、処女ではなかったし死んでましたから。
その腹から子供を出したのは私でも子供が生きることができなかったのは私のせいはありません。頭がもげたのは首が細すぎたからです。
犠牲者の上で排便したのは自然の欲求です。ナンセンスというものです。
だから無罪を確信しています。






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「不思議を売る男」 ジェラルディンマコーリアン 金原瑞人訳 偕成社

2016-11-18 | 読書



エイルサは心ならずも課外レポートで図書館見学をすることになった。いい子なので真面目に図書館の仕事をしていたが、そこで、汚れて擦り切れた緑の服を着た、髭面でおまけにとっても賢そうな男と知り合った。

そこから来たの?と聞くと本の国からといった。

 行くところがないらしく、つい家に連れてきてしまった。お母さんは古道具の店を構えている。男は心から嬉しそうに店を見回していたが、そうしているうちにおかあさんもつい雇ってしまう。儲けなどなくていつも支払いに頭を悩ましているのに。

エイルサが賢くて行儀がいいのは、お母さん譲りでお母さんはそのお母さん譲りなのだ。気のいいのもそうなのだ

男は一階の売り物の真鋳のベッドで寝て、いつも売り物の本を読んでいた。

珍しくお客がくると店内を見まわり、買う気がなく帰りかけるのを捕まえて、その品物に纏わる話を始める。それはわくわく胸が躍ったり、物悲しい気持ちになったり、時代も飛んだり跳ねたり時代を行ったり来たり。聞き入ったりしてしまうほど面白い話だった。
お客はお話に出てきた古道具を嬉しそうに買って帰る。

嘘かまことがお話はエイルサもお母さんも聞きほれるほどだった、男はフリーマーケット見学に行き、山ほどの品を仕入れてくることもある。そしてお客が来ると古道具の由来を面白おかしく、時には重々しく話す。

その男がしたお話が11編載っている。どれも引き込まれる。
そしてイエルサと男の出会いと別れがそれぞれ1編ずつ。
そして最後に男の身分が明らかになってとホッと我に帰る。

一つ一つの話が絶好の短編小説のようで、読み始めると止められない、不思議な国の不思議なお伽噺が、面白くて楽しい。これはおいしいデザートに勝るメインディッシュにもなるくらい楽しい。
佐竹美保さんの挿絵も素晴らしい、これで脳内画像が一段とアップ。広角レンズで写したような丸い世界を男が走っている、版画のような線が繊細な風景を描いている、印象的なお話がモノクロの絵なのに色彩豊かな世界に連れて行かれるようだった。







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「容疑者」 ロバート・クレイス 高橋恭美子 創元推理文庫

2016-11-17 | 読書



ちょっとズルをして解説から読んだ。どんな犬なの? 興味津々だった。
北上次郎さんは

これは、心に傷う撃った人間と犬の物語だ。ミステリー・ファンはもちろんだが、犬好き読者にも是非おすすめしたい、もう、たまらんぞ。

肉声を聞くような 笑

犬も猫も好き。猫語は少し分かる気がする。犬はいなくなって随分日がたった。
家に来た子供の時はくりくりした丸い眼でそれは可愛いかった、コッカースパニエルだ。大人になると金色の長い毛を持ち成長するにしたがって優美になって声も低く、怒ったこともない。夕方の散歩にいくと逆光で長い毛が光の玉のようになって走る姿が今でも浮かぶ。病気になって、いなくなってしまってからもう犬は飼わないと決めた。

でもこの本を読んで、ジャーマンシェパードと一緒に歩きたくなった。

勇敢なのにメスでマギーという。、仕事が出来るががなんとも優しい雰囲気を持っている。元は有能な爆発物探知犬でしっかり教育を受けている。アフガニスタンでハンドラーが撃たた時にかばって腰を撃たれた。それが深いトラウマになっていて、訓練所でも優れた力があるが勇敢さに欠けるように見える。
そこに、パトロール中に銃撃に巻き込まれ同僚を失った警官スコットが来る。休養の勧告を無視して、現役を望み、犬と組む仕事を選んだのだ。
勧められた警察犬の中から、ストレス障害だといわれたマギーをとっさに選んでしまう。

この傷ついた2人組がいかにもたまらん、この結びつきを折に触れて、ちょっと、これでもかと書いてある部分は、泣かせる気?解っていてもウルウルとなってしまう。

そんなマギーとスコットの友情が深まるにつれ、銃撃の犯人を捜すことも核心に近づき、ますます危険が迫ってくる。
情け容赦なく発砲した犯人たち、殺された2人の側からつながりを探しだそうとする、危険な仕事に足を踏み入れる。

そういったストーリーも面白い。マギーの特殊な嗅覚は驚くべき力を発揮する。嗅覚の鋭敏さは全ての犬が持っているが、マギーのような犬種はそれが特別に優れているそうで、その鼻腔の構造も、関知細胞も人とは比較にならないほど発達していると言う。

殺された相棒が「置いていかないで…」といった最後の言葉が悪夢になって苦しめる。犯人探しは止められても止められるものではない。だが徐々にマギーもも回復しているようだ。
事件は意外な展開を見せてくる。

これを読んでいる間中、スコットがそばで座っているマギーを撫でていると、なぜかそばに犬がいるような気がした、余りに従順で勇敢で、言葉に敏感である。落ち込めば気配を感じて慰める眼をする。
マギーを読んでいる時はマギー一色になった。久々の一気読み。


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「ザ・ロード」 コ-マック・マッカーシー 黒原敏行訳 早川書房

2016-11-07 | 読書
 


マッカーシーのピュリッツアー賞受賞作。終末の地球を歩く父と子の姿を、悲しみに満ちているが乾いた筆致で描いた。人類は自ら招いた恐怖と絶望を超えられるのかと、少年を通して語りかける。感動作。
父親と少年が、何もかも燃え尽きた地表を南に向かって歩いている。

理由は 訳者あとがきから
   舞台はおそらく近未来のアメリカで、核戦争かなにかが原因で世界は破滅している。空は常に分厚い雲に覆われ、太陽は姿を現さず、どんどん寒くなっていく、地表には灰が積もり植物は枯死死、動物の姿を見ることはほとんどない。生き残った人々は飢え、無政府状態の中で凄惨な戦いを続けている。そんな死に満ちた暗澹たる終末世界を、父親と幼い息子がショッピングカートに荷物を積んで旅をしていく。寒冷化がいよいよ進み次の冬が越せそうにないため、暖かい南をめざしているのだ。
これで状況が十分説明されている。こうなった原因は語られず、現状の荒みきった地球、わずかに生き残った人たちも既に人でなくなっている世界。
分厚い灰が積もりその細かい塵が空に舞い上がり上空で雲になり雨を降らせる。日が差さず空が白んできたことで朝かもしれないと思う。
飢えた一握りの生き残りがお互いを食う。柔らかい人の肉をむさぼる。通り過ぎた後には略奪と破壊と死だけが残されている。


父親と少年は、持ち出した食料が尽きてくると、焼け残った家や小屋をあさる。少年は常に父に付き添い話しかける。
その声はこの世の、地球の生命が尽きようとしている中で、唯一人間らしい響きを残している。だが父親は少年の魂から出る声に従うことが出来ない。少年を死なせないためには、人らしい生き方など捨てなくてはならない。タダ生き伸びるために死力を尽くしている。

生き続けるためには、敵は殺さなくてはならない、銃はそのために離さない。弾が尽きるまで。
厳寒のなか海に浮かぶ廃船にも泳いでいく、厨房に何か残ってないだろうか。
父親は、火を炊かねばならない、そうしないと少年が凍える。
少年はいつも火を(と共にあり)運んでいる、善き人であろうとしている。
父は肺臓をやられ血を吐いている。死んでも息子を守らなくてはならない。

こうして、穢れのない少年の言葉が、汚れきり腐った道程に火を灯し、それに読者は同行する。
変化のない枯れた木立と燃え尽きたかっての家の残骸、焼死し打ち捨てられた人々を越えて、日々ただ暖かいだろう南に進んで歩き続ける。
食べられそうなものならどんなものでも食べ、泥水を漉してのみ、流れている黒い水の中に入って体を洗う、そんな光景に付き添う。
話の終わりまで変化のない道筋を、憑かれたように読んでしまう。
小さな出来事におびえ、拾ったり見つけてきたボロ毛布を体に巻きつけ、やっと南の海に来た。そこは黒く汚れた波が打ち寄せていたやはり死んだ海だった。

 このまま長く生きていると世界はいずれ完全に失われてしまうだろうと思った。盲いたばかりの人の世界が徐々に死んでいくように全てがゆっくりと記憶から消えていくだろうと。
旅の途中で父親が思った、そんな風景の未来が見えた。

父は命がつきそうだった。
 
パパと一緒にいたいよ。
それは無理だ。
お願いだから。
駄目だ。お前は火を運ばなくちゃいけない。
どうやったらいいかわからないよ。
いやわかるはずだ。
ほんとにあるの?その火って?
あるんだ。
何処にあるの?どこにあるのかぼく知らないよ。
いや知ってる。それはお前の中にある。前からずっとあった。パパには見える。
ぼくも一緒に連れてってよ。それはできない。

お前が話しかけてくれたらパパも話しかける。
ぼくに聞こえるの。
ああ聞こえる。話をしているところを思い浮かべながら話すんだそうすれば聞こえる。練習しなくちゃいけないぞ。諦めちゃいけない。わかったかい?
わかった。


迷子になっても見つけてくれる、善意が見つけてくれるんだ。パパは言った。

少年は生き残りの人が近づいてくるのを見た。

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