この本をなぜ読んだのかと考えると、まず嬉しくて二度読みまでした「シューマンの指」を書いた人だったからで、内容も考えず読むことにした。私の好みは別としてもこの「シューマンの指」が代表作に中に入ってないように思えるのは疑問だ。薀蓄を好まない人が多いのだろうか、最後のどんでん返しも決まっていたのに。
谷崎潤一郎賞受賞なので、そんなに外れはしないだろうという思いもあった。読んでみたら、奇想天外なのに、著者の、国の将来を危ぐする気持ちがこめられた、一つの都市だけでなく、日本と言う狭い島国の将来について考えさせられる部分も多かった。
東京と言うからには、間違えば「代官山コールドケース」のように、話は面白いのに、頭の中の地図で迷子になると言う危険もあった。だがそれは杞憂で、十年近く棲んでいたおかげで方向だけは着いて行けた。
今では東京と呼ばれている都市に古代から棲んでいる「地霊」が語る、長い長い歴史物語だけれど、代表的な事件や出来事が主になっているので、「地霊」が過ごしてきた時間に比べれは一瞬のようなものになる。
弥生時代からもずっとずっと遡る混沌とした中から、鼠やミミズなど、様々な生き物に憑依し、地下から湧き出たような「地霊」は、特に東京に執着して、東京から離れたくない、自分でも認める「東京の地霊」になって幾世紀にもまたがる出来事を語る。
人間に憑依した記憶の始まりは江戸時代。御家人の養子になり、学問や武術を習う、それが後々まで影響している。元服して人を切ってみる。それも貴重な体験で記憶にとどまっている。
維新前には日和見で勤皇派に流れ、歩兵から成り上がちついに新政府で要職に着くまでになる。世事にさとく、他人の不幸は間接的には自分が招いたものでも、他人の運命や処世下手のせいにする、まことに利己的で鼻持ちならない性癖があらわになっている。
憑依する原因は、火事や地震にまきこまれて、命が危ういことが多い。気がつけば見知らない身体になって生き延びている。
カゲロウになったりアサリになったりネコや鼠にもなる、次に気がつくと関東大震災の後、人間になっていた。陸軍幼年学校から、陸大で学び、猛勉強で頭角を現し、陸軍参謀になる。大東亜戦争では作戦参謀、大戦で破れ、諏訪に逃げ、地震にあい、また次の憑依となる。
新宿で不良少年になり、頭と度胸でヤクザを束ねる程になる。抗争や裏家業の麻薬売買、PL資材の横流しは戦後の混乱に乗じて大成功。新興のヤクザは地元の派閥には歯が立たず、起業してみたものの、偶然前に憑依した人物に再会する。同時に存在できるのは昔鼠などの多体に憑いていた記憶からも考えられる、と自分では納得。だが前身に会うと、殺意が湧き、抑えられず殺してしまい、受刑者になる。
いやな人物だった記憶が、今のからだで見るとその気配だけでも、殺したくなるような気分に陥ってしまった結果だろう。
だが、そばにいたおとこに都合よく憑依してまた新しい人生を始める。彼は秀才だった。商事会社に入社し、社長が溺れた宗教団体の寄付金を操作し、参謀時代の記憶から隠匿物資を取り込み、豪勢な生活を味わう。浅沼委員長刺殺事件や御成婚ンパレードの投石事件も裏で後を引いた。
戦後の混乱が収まり成長期に入った。テレビ時事業、原子力発電事業の推進キャンペーンを張り、多くに支持される。この事業に伴う利権の裏では巧妙に動く。その後、世の流れを掴んで経営コンサルタント会社を設立する。
生来の賑やか好きで安保闘争でも参加してあばれる。
社長の宗教団体を継いで教祖になっていた妹が死んだ、教団は発展し妹は豪奢な生活をしていたが亡くなってしまった。その頃自分も上野公園で少年に刺されて死んだ。死んでまた様々なものに拡散して憑依した。
暫く後、火事が起きた。不審火だと言われたが私が火をつけたのだ、火事に巻き込まれて気がつくと女性に憑依していた。彼女は勉強家で成績は良かったが、裏では遊び人だった。妹は固く面白味がなかったが、サリンを撒く教団にはいり、逮捕された。
パチンコにおぼれたりしていたがバブルがはじけた。そのうち火が好きな本性が現れ放火魔になる。社長に自殺幇助を頼まれ礼金で保険金を受け取る。味を覚えて完全犯罪を繰り返すが、最後は殺される。どうも母親に保険金をかけられていたらしい。
私は自然消滅、また拡散したが、3.11の地震で再生する。原子炉の作業員になって働いた。そこで事故にあう。原子炉の復帰作業を見ながら東京に帰りネットカフェで暮らし始める。秋葉原事件も私の分身がおこしたことで、それからネットの入り込み自己と拡散した人物との分別がつかなくなる、分散した自分の収集も出来なくなる。
通り魔事件の後、拡散した人格がお互いを襲い始め、逮捕される。
現実だったと思い込んでいた記憶が現実ではなかったのではと思う。
あれは個人が見た幻覚ではなく、いわば東京と言う街そのものが見た夢であり、東京が想起した記憶であり、その意味でリアルな東京の現実デアル。と。マァ単純に遠からぬ東京の未来を予知したと云ってもよろしいが、この云い方はやや正確を欠くので、何故なら、地霊には過去も未来もないからです。
あまあのことは起こっている、起こりつつある
「地霊」に責任感はないが心配はしている。
長い話だったが、「東京」と題名がついているが、狭い日本のこと、どこにでも起こりうる、ひょっとすれば起きてしまっている、様々な崩壊の形が、幻覚(富士山の噴火など)を通して語られている。
こうした歴史の形を借りた話で、著者の憂いが伝わってくる。
戦争の参謀本部の長い話や、次第に敗色を濃くする戦況などは、浅学なので読みづらかったが、様々な出来事の画面を見直すような気分で読了した。面白かった。
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