空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「さよならドビュッシー」 中山七里

2014-11-28 | 読書



このミス大賞の本、オススメで知って読んだ。
音楽に絡めたミステリだが、事故にあった高校生、遥が怪我に負けず(それも火傷から)立ち上がっていく物語だった。

火災で亡くなった祖父の莫大な遺産を受け継ぐことにはなったが、自分も重度の火傷で目指すピアニストへの道が閉ざされようとした。
そこに、先生の知り合いで天才ピアニスト(岬)が指導をしてくれるとになる。
彼は、諦めかけた彼女を、心身ともに支え、音楽家として、ピアニストとして立ち直らせていく。

五体が満足でも険しい道程を、音を使って世界に伝える(繋がる)と言う意味を教え、そこに達する技術の指導をする。
彼女も不自由な手、特に大切な指や下半身を、苦痛を乗り越えて鍛え、真の音を探りつつ成長する。

感動的で力が入る。コンテストの課題になった「月の光」に向かって、感性を深めていく様子は、読んでいても、音楽を聴く、深さを教えられるようだった。

遺産を巡って起きる事件は、岬の驚異的な観察力で解決する。彼は司法試験にトップで受かったが、ピアニストを目指した変り種だった。

ミステリの部分は、母親が亡くなり、遥も命に関わるような犯人の妨害に合うが、岬に助けられ、犯人も挙がる。
全体を通して、ミステリ小説とは言うものの、重点はピアノにあるようで至極あっさり片付いている。

力を入れたコンテストを目指す練習画面は面白い、「月の光」と言う曲についても読みながら理解できるようになっている。
これは読者がわかりやすいような表現で語っているのだが、成功していると思う。
指使いや、少し出てくる音楽記号など、その分野に触れることが出来る。

最初は「月光の曲」と間違っていて、岬の指導や音の並びでハテと思い気がついた。
我ながら迂闊ものだ(^∇^)

TVの特集番組で、留学中のピアニストが弾くリストの超絶技巧練習曲をみた。感じのよう青年だったので岬さんのイメージはこの人にした(笑)
超絶技巧練習曲の「鐘」はピアニストが絡むドラマなどで時々聞く。


心身の障害、家族の不幸を乗り越えていく感動と、ミステリの融合という面白いテーマを書いた中山七里という作家を覚えた。

読みやすいが、より深みの或る作品を読ませて欲しい。面白かった。










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「幻肢」 島田荘司 文藝春秋

2014-11-27 | 読書



プロローグは脳機能(主として前頭葉)の医学的な解説から入る。切断してなくなった四肢が感じる疼痛やかゆみは自然に備わった自己防衛機能である。
こういった解説は面白かった。
これが、それから始まる物語の背景になっている。

車の事故にあった医大生はショックで一過性の記憶喪失になり、重度の欝状態に陥る。
最新の医療技術で磁気治療を受ける。

しかし事故当時いったいなにがあったのか。
車の同乗者は恋人だったのか、彼はどうなったのだろう。

治療の効果が出て欝は回復に向かうが、恋人の幻が現れる。

そんなストーリなのだが、脳機能の医学的な解説は、SFの形を取ったファンタジー小説には科学的な根拠を与えること、これがしっかり書かれていないと興味は半減する。
そのところはいい。
でも、ストーリーは全く浅く、食材はいいがまずい料理を食べた感じだった。
大御所と呼ばれる作家の作品にしては、映画化、映像化の前の前振り的な軽い読み物になってる。
三角関係かなという思わせぶりな女性たちは消えてしまった上、重症で一ヶ月の入院に親は顔を見せず弟を通して状況を聞くだけ。
高額治療費は、同じ医科大の内部処理で済ませたのか。治療機器も付き添いなしで自由に行わせていいのか。常時個室で看護師が付き添うと言うようなことはあるのか。
などと疑問点が多い。
100ページあたりで後の展開が見え、少し進むと最後は二通りの解決があるだろうと予想がつく。

面白い題材なのに、期待も大きかったのに残念だった。
400ページほどだが、会話は一行で改行されているし読みやすくてすぐに終わった。



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「笑う男」 ヘニング・マンケル 柳沢由美子訳 創元推理文庫

2014-11-17 | 読書



久し振りのイ-スタ署のヴァランダー警部、冒頭から正当防衛で殺した事件で悩んでいる。転地しても効果がなくうつ状態は深まるばかり。
そこに友人の弁護士が尋ねてくる、父親が交通事故で死んだが、腑に落ちないので調べて欲しいと言う。ヴァランダーは警官を辞めようかと思っているときであり、断ってしまった。

帰宅して新聞でその友人が射殺された記事を見る。
彼は負い目を感じ、やっと前向きに立ち上がれそうな予感がする。
重い腰を上げて復帰、早速父親の事故から調べ始める。
暫く空けていた署内は、新人のアン=ブリッド=フーグルンドが配属されていた。女刑事と言うのが気に入らなかったが、頭も切れ、その上美しい彼女は、戦力になりそうな有望株だと思えた。

父親の秘書の庭に地雷が埋められ、自分の車に爆破装置を仕込まれたが生き延びる。県庁の会計捜査官が自殺をする。

次々に起きる事件を繋いでるかのような、姿を見せない富豪の城主が何か気にかかる。彼は5年前に郊外の城を買って住み始めた。県内あちこちの施設の高額の寄付をし、研究費を補助し、尊敬されている人物だった。
ヴァランダーは挨拶目的で彼に会う。城はがっちり固められたセキュリティーの中にあった

非常に紳士的で隙のない男だったが、顔に笑みを張り付かせた様子はなにかひっかった。しかし事件の根拠がわからない。また思い惑う。ハーデルベリ(城主)に関する情報を確認する捜査に一週間かかった。その間、ヴァランダーもほかの者たちも、平均して5時間も眠らなかった、あとで彼らはその一週間を振り返って、必要とあらば自分たちも高度の捜査能力を発揮することが出来ると実感したのだった。
オーケソン検事は言う「この捜査法は時が着たら、警察本庁と法務省がイースタモデルという名で一般に公開することになるだろう」(略)
「私の云っているのは、警察本庁のお偉方の捜査会議のことだ。また政治家のまか不思議な世界のことだ。大勢が集まって
御託をならべて<アリを篩にかけ、ラクダを飲み込む>ようなことばかりしているではないか。彼らは実際の仕事をしないで毎晩就寝時に明朝目が覚めたら水がワインに変わっていますようにと祈っているようなものだ」


なすすべも無く、時間が過ぎた。
署長のビュルクは相変わらず事なかれ主義で、城主に対しても弱腰である。しかし鑑識のニーベリやオーケソン検事に励まされ、同僚も休み返上で動く。ヴァランダーは少しずつ前進する。
今回は、完璧に武装した城の中に潜入して調べたいという焦りと、若くして成功した世界的な事業主の闇を暴こうとする執念が、非力なヴァランダーの支えになっている。

彼の家庭や親子のつながりなど、多くの紙数を費やして、彼の人柄を浮き彫りにしている。事件を負いつつ、同僚や上司の人物の描写も多い。

いつもの「何かおかしい」というヴァランダーの天性の勘と経験に裏打ちされた警官の心が、物語を牽引する。
格好のいい警官ではない、逆に悩みも多く、たまにはそれに負けて逃げようとする、そんな身近な人となりが、読者を捕らえている。

11月初めに起きた事件は複雑な背景を持っていたが、クリスマス前にやっと目処がつき片付く。
最後、ダイハードもどきのヴァランダーの活躍にはビックリした。



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「東京自叙伝」 奥泉光 集英社

2014-11-11 | 読書



この本をなぜ読んだのかと考えると、まず嬉しくて二度読みまでした「シューマンの指」を書いた人だったからで、内容も考えず読むことにした。私の好みは別としてもこの「シューマンの指」が代表作に中に入ってないように思えるのは疑問だ。薀蓄を好まない人が多いのだろうか、最後のどんでん返しも決まっていたのに。
谷崎潤一郎賞受賞なので、そんなに外れはしないだろうという思いもあった。読んでみたら、奇想天外なのに、著者の、国の将来を危ぐする気持ちがこめられた、一つの都市だけでなく、日本と言う狭い島国の将来について考えさせられる部分も多かった。

東京と言うからには、間違えば「代官山コールドケース」のように、話は面白いのに、頭の中の地図で迷子になると言う危険もあった。だがそれは杞憂で、十年近く棲んでいたおかげで方向だけは着いて行けた。

今では東京と呼ばれている都市に古代から棲んでいる「地霊」が語る、長い長い歴史物語だけれど、代表的な事件や出来事が主になっているので、「地霊」が過ごしてきた時間に比べれは一瞬のようなものになる。

弥生時代からもずっとずっと遡る混沌とした中から、鼠やミミズなど、様々な生き物に憑依し、地下から湧き出たような「地霊」は、特に東京に執着して、東京から離れたくない、自分でも認める「東京の地霊」になって幾世紀にもまたがる出来事を語る。

人間に憑依した記憶の始まりは江戸時代。御家人の養子になり、学問や武術を習う、それが後々まで影響している。元服して人を切ってみる。それも貴重な体験で記憶にとどまっている。
維新前には日和見で勤皇派に流れ、歩兵から成り上がちついに新政府で要職に着くまでになる。世事にさとく、他人の不幸は間接的には自分が招いたものでも、他人の運命や処世下手のせいにする、まことに利己的で鼻持ちならない性癖があらわになっている。

憑依する原因は、火事や地震にまきこまれて、命が危ういことが多い。気がつけば見知らない身体になって生き延びている。

カゲロウになったりアサリになったりネコや鼠にもなる、次に気がつくと関東大震災の後、人間になっていた。陸軍幼年学校から、陸大で学び、猛勉強で頭角を現し、陸軍参謀になる。大東亜戦争では作戦参謀、大戦で破れ、諏訪に逃げ、地震にあい、また次の憑依となる。


新宿で不良少年になり、頭と度胸でヤクザを束ねる程になる。抗争や裏家業の麻薬売買、PL資材の横流しは戦後の混乱に乗じて大成功。新興のヤクザは地元の派閥には歯が立たず、起業してみたものの、偶然前に憑依した人物に再会する。同時に存在できるのは昔鼠などの多体に憑いていた記憶からも考えられる、と自分では納得。だが前身に会うと、殺意が湧き、抑えられず殺してしまい、受刑者になる。
いやな人物だった記憶が、今のからだで見るとその気配だけでも、殺したくなるような気分に陥ってしまった結果だろう。

だが、そばにいたおとこに都合よく憑依してまた新しい人生を始める。彼は秀才だった。商事会社に入社し、社長が溺れた宗教団体の寄付金を操作し、参謀時代の記憶から隠匿物資を取り込み、豪勢な生活を味わう。浅沼委員長刺殺事件や御成婚ンパレードの投石事件も裏で後を引いた。

戦後の混乱が収まり成長期に入った。テレビ時事業、原子力発電事業の推進キャンペーンを張り、多くに支持される。この事業に伴う利権の裏では巧妙に動く。その後、世の流れを掴んで経営コンサルタント会社を設立する。
生来の賑やか好きで安保闘争でも参加してあばれる。
社長の宗教団体を継いで教祖になっていた妹が死んだ、教団は発展し妹は豪奢な生活をしていたが亡くなってしまった。その頃自分も上野公園で少年に刺されて死んだ。死んでまた様々なものに拡散して憑依した。

暫く後、火事が起きた。不審火だと言われたが私が火をつけたのだ、火事に巻き込まれて気がつくと女性に憑依していた。彼女は勉強家で成績は良かったが、裏では遊び人だった。妹は固く面白味がなかったが、サリンを撒く教団にはいり、逮捕された。

パチンコにおぼれたりしていたがバブルがはじけた。そのうち火が好きな本性が現れ放火魔になる。社長に自殺幇助を頼まれ礼金で保険金を受け取る。味を覚えて完全犯罪を繰り返すが、最後は殺される。どうも母親に保険金をかけられていたらしい。

私は自然消滅、また拡散したが、3.11の地震で再生する。原子炉の作業員になって働いた。そこで事故にあう。原子炉の復帰作業を見ながら東京に帰りネットカフェで暮らし始める。秋葉原事件も私の分身がおこしたことで、それからネットの入り込み自己と拡散した人物との分別がつかなくなる、分散した自分の収集も出来なくなる。
通り魔事件の後、拡散した人格がお互いを襲い始め、逮捕される。
現実だったと思い込んでいた記憶が現実ではなかったのではと思う。

あれは個人が見た幻覚ではなく、いわば東京と言う街そのものが見た夢であり、東京が想起した記憶であり、その意味でリアルな東京の現実デアル。と。マァ単純に遠からぬ東京の未来を予知したと云ってもよろしいが、この云い方はやや正確を欠くので、何故なら、地霊には過去も未来もないからです。
あまあのことは起こっている、起こりつつある


「地霊」に責任感はないが心配はしている。


長い話だったが、「東京」と題名がついているが、狭い日本のこと、どこにでも起こりうる、ひょっとすれば起きてしまっている、様々な崩壊の形が、幻覚(富士山の噴火など)を通して語られている。

こうした歴史の形を借りた話で、著者の憂いが伝わってくる。


戦争の参謀本部の長い話や、次第に敗色を濃くする戦況などは、浅学なので読みづらかったが、様々な出来事の画面を見直すような気分で読了した。面白かった。




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伊勢志摩に行ってきました

2014-11-10 | その外のあれこれ

秋晴れに誘われて、伊勢志摩の海を見に行ってきました。(深呼吸^^)
初めて訪れたのは小学校の修学旅行で、その後何かといえば近いので伊勢。
大王崎は欠かせません(^^)
今回は一泊しましたが、日帰りでもいけるので、おなじみの観光地です。





伊勢神宮から伊勢志摩スカイラインで






大王崎燈台から英虞湾クルーズ







 







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「開かせていただき光栄です」 皆川博子 早川書房

2014-11-04 | 読書

「双頭のバビロン」が余りに読み応えがあって、今でも雰囲気に呑まれた感じがある。

皆川さんのミステリで、聞いたことのある作品が少し前に話題になっていたのを思い出した。
早速読み始めたが、こんどは解剖教室の話、グロテスクな描写は前のものでお手合わせ済みなので、余り気にしない。
ただ、読み始めると、教室の五人の生徒が、本の中や頭の中を走り回るので、登場人物一覧をジッと眺めて、ひとまず先生と生徒の名前を覚えた。

容姿端麗、眉目秀麗のエド(エドワード)が一番出番が多いが、彼と同室の天才細密画家ナイジェルも重要。
後は、おしゃべりなクラレンス、太目のベン、やせっぽっちのアル。

さて、時は18世紀のロンドン、舞台は外科医ダニエル先生の解剖教室。

わが国では「解体新書」の腑分けが始まるよりも7.80年先んじているのかな。やはり江戸幕府の下で、西洋医術は遅れに遅れている。


英国でも外科医の地位は低く、特に解剖医となると、薄気味悪い印象で住みやすくはない。解剖死体を手に入れるのもやすやすとは出来ない。裏から手を回し、墓あばきに金を払ってやっと手に入る貴重品だった。
弟子の5人は先生を慕って集まっていて、向学心に燃えている。
そこに妊娠6ヶ月の貴族令嬢の死体が運ばれてくる。視察団から隠した暖炉から取り出してみると、下に重なっていた覚えのない死体が出てくる。
そうこうしているうち開けてなかった隣の部屋の解剖台に、四肢を切断された少年の死体が乗っかっていた。

この三体の死体を巡って、事件が展開する。

死体になって解剖台の乗っていた少年は、町に出たときエドとナイジェルがふと知り合った詩人志望の少年だった。
彼は、独学で中世の文学を学び、当時の筆致(古語)で文章や詩が書けた、その上教科書にしていた貴重な古文書を持っていた。
この少年と弟子たちのつながりが物悲しい挿話になっている。

ダニエル先生は世事に疎いが、兄の内科医は上流階級に取り入り、富と名声を手に入れていた。屋敷の一部を解剖教室にし、経費の面倒を見ていた。

それが、どうも詐欺に会って高額な投資に失敗し破算寸前らしい。貴重な標本を抵当にして資金を借りているらしい。

弟子たちは、解剖室の将来と尊敬する先生のために、増えた死体の真相を探り始める。

そこに、盲目の名判事、ジョン・フィールディングが登場する。
貧民が増え世情が乱れている、彼は裏金では転ばない高潔な人物だった。盲目のハンデは微妙な声を聞き分ける聴覚と、手に触れることで感じる触覚を備えていることで補って余りある。そのうえ、明晰な頭脳をもち行動力もある、出来事の経緯を整理して分析する。厳格な中に柔らかいハートも持ちあわせている。
眼の代わりをする賢い姪もついている。

右往左往しながら、死体が増えた原因になった殺人事件が解決する。

法廷場面で、思いがけなく胸が熱くなるシーンもある。

エンタメ要素満載で堪能した。
弟子たちが歌うアルファベットの歌が楽しい、話の最後でやっと「Z]の部分が完成する。
皆川さんの作詞らしい。
題名は、解剖前に弟子たちが揃って言う言葉。



うれしいことに続編もあるとか。解剖教室を解散した弟子たちのその後の話で、また見つけて読もうと思っている。





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「双頭のバビロン」 皆川博子 東京創元社

2014-11-01 | 読書

単行本、二段組、540ページ。分厚くて重たかった。それに見合うように、最高に面白くて読み続けた。
作者の博識が、ストーリーの展開、時代背景、登場人物の動きまでいきわたって、興味が尽きない上に勉強にもなった。
文章は耽美的、幻想的なのに読みやすく、舞台になった都市の描写も、物語にしっくり馴染んでいた。

題名のように、双頭は双子の意味で、脇腹で癒着した子供が4歳の時、手術で分離されて、お互いに数奇な運命を辿る。
オーストリアの貴族の家に生まれた子供は二人になり、ひとりは家の跡を継ぎ、一人は存在を消されて「芸術家の家」と呼ばれる施設に入れられる。
そこは精神に異常がある人たちを収容した施設だった。

あとを継いだゲオルクは順調に教育を受け陸軍学校にすすむ。そこで決闘騒ぎを起こし、家からは廃嫡され、アメリカにわたる。
もう一人ユリアンは施設で高度な教育を受けて育つ。そこには一つ年下のツヴェンゲルという少年がいた。

ゲオルクはアメリカで死亡したとされ、折から勃発した戦争に、ユリアンはゲオルクになり、ツヴェンゲルとともに志願して戦場に出て行く。
そこで初めて非在であった身分が公に認められ、国籍を持てることになる。

だが、ゲオルクはアメリカで映画監督になっていた。

二人の運命が交差する様子は夢のようで、胎内の記憶が現れること、自動書記の形で覚えのない出来事が記録されること。まだ会ってもいない頃から不思議な現象で繋がっている。

ゲオルクは映画を作るために上海に来ていた。

ユリアンは映画館のアルバイトでピアノを弾いていた。そこで画面にゲオルクの名前を見つける。

教育係で父親のように親しんでいたヴァルターが殺された、ゲオルクの影を見たと思う、かれの仕業ではないか、問い詰めるために彼もアメリカへそして上海に渡る。

いつ二人は出会うのか、読むのが止められなかった。

ツヴェンゲルもアメリカにわたり、速記士のなってゲオルクのもとで助監督をしていた。

こうしてそれぞれの行く先は奇妙な偶然が重なり、時に意図的で絡まった糸が次第にほぐれてくる。

ゲオルクの生家(養家)は戦後の民主化で没落していたが、教育係をしたブルーノもまたユリアンのいた収容所で死んだ。

これらの真相がミステリの部分で、最後には悲劇的な形で明らかになる。

ゲオルクとユリアンの交互の語りという形で時間が進み、それにツヴェンゲルが絡む。

上海の、眼を覆うばかりの汚泥と糞尿、貧民屈、鴉片の臭いの立ち込めた風景を生生しく描写した所もある。

無声映画時代のハリウッドの映画事情、当時の俳優たち、まさにトーキーにうつる頃の映画界も興味深い。

二人の見る悪夢のような共通の記憶も、距離のある場所でそれぞれに現れる幻影も、それに悩まされ、過去の姿を見ることが悲劇的で哀しい。
忘我の中で白紙の書き連ねられる文字、現れる過去の出来事など。不思議な繋がりを重厚な物語にした、実に読み応えのある作品だった。







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