空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「メルカトルかく語りき」 摩耶雄嵩 講談社文庫

2015-07-11 | 読書


摩耶さんの本が面白かったので、初めてメルカトルという探偵物を読んだ。
本格ミステリといわれている作品は、少し噛み応えのある硬い印象がある。
一般のミステリは結末が明かされていく開放感は謎解きが探偵でなくてもいい、登場人物たちの関係を解いて行くと、次第に謎が解けるといった作者の意図で解決することもある。

メルカトルという探偵は、天性のひらめきと判断力、事と事を結びつける、特殊なニューロンのような物質を持っている。
ということは探偵になるしかない人物のようで、そのいやみで高飛車で歯に衣着せない物言いといい、不可解な謎にでも出会わなければ逢いたくないという、実に可愛げがない人物に仕立てられている。
人間離れした趣味嗜好の持ち主だが、慣れれば、というか興に乗ればそれが病みつきになる魅力になりそうな気もする。
ワトソン役は憎めない人柄で即座のひらめきはないが、人柄としては普通人に近い。

この5編の短編集は、面白い仕掛けがさすがに理系工学部出身の作家だと再認識した。


「死人を起こす」
高校生たち6人が山中の別荘(カレー荘)で一夜を明かす。左右を線路に挟まれ、一階はレンガの壁の洋風建築で二階が純和風の木造建築という風変わりな建物だった。部屋には入り口の引き戸の内外に襖絵のような日本画が描かれていた。
二階に寝ていた一人が窓の下で死んでいた。それから一年後、メルカトルが呼ばれ死因を解明することになる。当時の状況は何かスッキリしない思いが残っていた。そしてまた一人が死んだ。自殺か他殺か、他殺なら誰が殺したか。部屋の配置、両脇にある線路を通過する列車の時間、探偵は短時間で結果を出した。

「九州旅行」
美袋のマンショの端の部屋でメルカトルが「血のにおいがする」といった。中で男が死んでいた。
死んだ男はキャップの閉まったマジックペンを持っていた。凶器らしいガラスの灰皿、宅配の不在通知、見つけた小物から様々に推理をめぐらす。美袋は予定の原稿が早く上がったので九州旅行を計画していた。解決が長引けば時間がなくなる。メルカトルは推理を提供して話のネタにするように言う。そして意外な結末が訪れる。

「収束」
島の宗教施設を訪れた二人は、台風に閉じ込められる。中庭で宗主と呼ばれる指導者が死んでいた。教会にはカテジナ書という幻の書物があった。目を通すと人神になって甦ると言う。
信者たちには様々な過去があり、島に來てからも複雑な人間関係があった。メルカトルは犯人の心理をシミュレートしながら推理する。

「答えのない絵本」
アニメやギャルゲーオタクで注意を受けていた、物理教師が理科の準備室で死んでいた。死亡時間に周りの4教室にいた生徒は20人。学校内部で処理するためにメルカトルが依頼を受ける。物理教師に来客があり、死亡時間の前後10分おきに呼び出しの校内放送が4回流れている。それを手がかりに生徒の行動を調べ、一人ずつ消去していく。

「密室荘」
二人は信州のメルカトルの別荘に来ていた。メルカトルは朝からセメントが届くといって待っている。訳を聞くと台所の床を上げて、地下室に入っていった。そこに男が首をしめられて死んでいた。
窓は全部鍵がかかり密室状態だった。
犯人は君か?僕か?
「密室には死体という不条理が存在する。この不条理を解決しない限り私か君かどちらかが犯人であると言うジレンマがつきまとう」
「不条理の根源は地下室の身元不明の男の死体だよ」
思いがけない、実に意外な方法でメルカトルはこれを解決する。



面白かった。こういうスタイルだってありなのだ。メルカトルの一見奇矯な人柄も、ある意味愛すべきではないかと思えてくる。
犯人はこの中にいない、ということは外の人々全てが被疑者ということもある。
メモしながら読むしかないという事件相手に、勘の鈍い読者(私)はメルカトル(作者)に頼るしかないと言うのも我ながら潔い感じで、その上事件が起きる環境の描写も何かありそうで、依頼されてメルカトルが来るまで、お決まりの事件はいつ起きるのか引っ張られ具合もいい。
だが一番の読みどころは、犯人探しではないという、いや、それはそうなのだが、最終でメルが下す結論の、珍しいアイデアに負けてしまうことだ。

「収束」は読みはじめから引き込まれ、その構想はどういうことかと二度読みしてしまった。
最後の「密室荘」でこの短編集のアイデアの意味を知ることが出来た。



 

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「李陵・山月記」 中島敦 新潮文庫

2015-07-10 | 読書


初めて読んだ、宿題が済んだ気がする。「山月記」は亡くなった年に書かれて「文学界」に掲載され「名人伝」は「文庫」に掲載。「李陵」「弟子」は遺稿としてそれぞれ「文学界」「中央公論」に掲載された。
中島敦は昭和17年、33歳で死去。
解説では、生涯に20編足らず、内2編が中篇で後は短編小説、中に未完のものがある。




数こそ少ないが、珠玉のように光輝を放っていて永遠に忘れられぬ作家に列するとすれば、作品の芸術性は高く、古典の域に達しているといえよう。しかも、その代表作「弟子」や「李陵」を含めて、死の年に発表された大部分の作品について、みずからその成価を確かめる余裕を持つことが出来ずに終わった(解説より)


「山月記」
李徴は博学英才だったが、協調性がなく自信家で勤めをすぐにやめてしまって、詩作にふけっていた。一度は行き詰って詩作を諦めて職についたが、その時になっては、見下していた人たちの下で働くことになってしまった。自尊心が許さず、出張途中で発狂して行方不明になった。
たった一人の友達が山でトラになった李徴に出会う。彼は本性もほとんど虎になっていたが、姿を隠して友人とは話した。そして。
一途に求めて得られず悲惨な結末を迎えた男。

「名人伝」
邯鄲に紀昌という男がいた。弓の名人になろうと師匠を探して弟子入りした、言われるとおり厳しい修業を経て奥義を授けられた。100本の矢を射たが、一矢に次の矢が刺さり、順番に刺さっていってやがて一直線に続いていた。また妻といさかいをし、眼を狙って射たが、マツゲ三本を射切ってそれに妻は気がつかなかった。さらに極めるに山の老師についた。帰ってきたときはすっかり面代わりをして呆けたように見えた。みんなはこれは本当の名人だといい様々な噂が飛んだ。

「弟子」
孔子の弟子、子路の話。
孔子の噂を聞いて冷やかしにふざけた格好できた子路が、話を聞いて弟子になった。彼は難しい理屈はわからないが、純朴で心から師を敬愛し、片時もはなれず付き従った。孔子も顔回と子路を特別可愛がった。孔子は頭を低くして仕官することはできなかったが、時々招かれて、職句の館に逗留することがあった。
時は国が乱れ、争いが耐えなかった。次第に孔子の名が挙がってきたが、時には陥穽に落ちることもあった。だが子路だけは常の師を信じ、悪口を聞きつけると暴力で鎮めることがあった。孔子に諭され年を経て彼も一国を治める役目についた。孔子が訪ねてみると、子路は人に慕われ田畑は青々と茂り村は豊かだった。
孔子は言った「善い哉、由や、恭敬にして信なり」また進んでいった「善い哉、由や、忠信にして寛なり」子路の屋敷に入り「善い哉、由や、明察にして断なり」と。
子路(由)に会う前に孔子はその政を知った。
一時孔子のいる魯の国に戻っていたとき、政変が起きた。子路は禄を与えて貰った魯の現衛候を擁護し叫んだ。

「李陵」
漢の武帝の時、李陵は兵を率いて、匈奴をうつために出兵した。匈奴までは遠く、季節は冬だった。
幸先良い勝ち戦が続いたが、ついに5千の兵は400足らずになって辺塞にたどり着いた。敗戦の報を知らせに走った使者は自害しなければならなかった。武帝は李陵が捕らえられたと知って激怒した。すでに臣下は誰も李陵を援護しなかった。
ただ一人司馬遷だけが異を唱えた。彼は李家の家族より先に刑罰が決まった。宮刑であった。
彼は男をなくした。長い療養生活の末家に帰った。魂が抜けたように暮らしたが、やがてするべきことに思い当たった。そして「史記」の編纂を続けた。稿を起こして14年、腐刑の禍から8年、一通り出来上がり、また数年後史記110巻ができ、列伝第70太史公自序の最後の筆をおいた。
李陵は北方で蘇武と出会っていた。蘇武は匈奴に馴染まず独り山暮らしをしていた。 李陵は次第に北の国に馴染んでいたが、蘇武とは時々あって話をしていた。武帝が崩じて、蘇武は漢に帰った。
その後の李陵の記録はない。


短編が4つ、強く感銘を受けた。
芥川のような厭世的な暗さはないが、運命の暗さが底にある。作者の心が中国の古典を踏まえた形で、物語になっていた。
迫力があり、純な心があり、一途に進んでいこうとする主人公の気概に、中島敦の孤独感や不安がにじんでいるのは、死を見ながら生きていたことの証のようであった。
漢学者の一族に生まれたためか、なれない漢字や語句が多かったが、別についている注解に照らして読みながら、少し知識も増えた気がする。

  
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「功名が辻 一」 司馬遼太郎 文春文庫

2015-07-08 | 読書



10年ほど前に大河ドラマで放送されていたのを始めて知った。やはりNHKは豪華キャストで、顔ぶれをしみじみ見てしまった。
父が高知の生まれで、曽祖父が盆暮れの挨拶に侍屋敷(武家屋敷)に行っていたと聞かされていたそうで、祖父は庭になっていた「うちむらさき」(文旦)を貰って帰ってくるのが楽しみだったという話をきいた。上士に仕えた下級武士だったようで、私も高知で生まれた。祖父が絵本を読んでくれたことを覚えているが、私が物心ついた頃になくなったそうだ。母の話では刀剣類があったが戦時中に武器になったといっていた。美しい糸かがりの鞠や人形があった。父が遅く生まれた一人っ子で高知にいる父方の親戚は少なくなった。
そんなことで、この本を読んでみることにした。


ぼろを着てやせ馬に乗った一豊のところに千代という美しい嫁が来た。父が討ち死にしたので叔母の元で育ったが、可愛がられ叔父が持参金として大金の10両をくれた。
鏡の裏に隠していたのは有名な話で、千代は純朴な一豊に功名を立て、出世して一国一条の主になることを約束させた。目端の聞く千代はそれとなく信長に仕官することを勧め、そこで秀吉に目をかけられるようになる。
合戦で手柄を立て次第に家禄も増えてくる、不相応に家臣を雇ったので生活は苦しかったが、千代はそれとなく誉め、自信を持たせる。一豊も千代にのせられているように思うが、何事もそつなくこなす千代を信頼している。
二人の郎党、五藤吉兵衛と祖父江新右衛門の働きも、一豊の人柄を認めて親身になっている。時に導き、助けていく。
伊賀者の忍者が住み着くところも面白い。

安土城を築城することになり、そこで「馬ぞろえ」をすると言う。一豊の老馬はいかにも情けない、千代は鏡の裏からヘソクリを出して、馬市で家臣が手を出せない名馬を買う。一豊は信長の前で大いに面目を施し、評判が上がる。
一巻はここまで。

愉快な話だった、戦国大名の駆け引きや戦いで滅びた名将の話ではなく、実際に土佐42万石の主になっていく話は面白い。もちろん内助の功が今でも伝えられる千代の優しいほのめかしや、励ましが、こううまくいくというのは並みの人ではなかったのだと思う。またそれを信じて奮起する一豊も頼もしい。良妻賢母の鑑といわれるが、戦うサラリ-マンを夫にしてもなかなか真似は出来ないだろう。
司馬さんが今に残る遺品や、歴史の背景など挟みながら、講談のような言葉使いで書いてある、愉快な展開も気持ちよく速い。

 
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「男のハンバーグ道」 土屋敦 日経プレミアシリーズ

2015-07-08 | 読書


最近、我が家でもハンバーグを焼いて、ジューシーだ、いささか硬いなどと言いながら、休日のハンバーグ道を極めようとしている。ミンサーまで買ってきたワハハ
掃除が大変そうだが見て見ぬ振りをしている。
私は長年の家庭の味もおいしいと思うが、男の料理はジューシーさに拘りがあるようだ。
この本を見つけたので買ってきた。ブームが去ったら、またハンバーグ作りが戻ってきそうなので、読んでみた。

さまざまな条件で作ってみている。肉の種類、オーブンかコンロか、パン粉の有り無しと割合。肉はミンサーでひくか、スーパーで買うか。装丁したケースを実験した結果が面白い。
そして出来た最強のレシピは、こだわりのスパシャルハンバーグ。

キッチンで出来る超ジューシーハンバーグ
時間もお金もかかるスペシャルハンバーグ
時間もお金もかからない節約&劇うまハンバーグ

私は三番目を採用する。
最小の時間と手間で、最大のパーフォーマンスを発揮するレシピ。

《材料(二人分》

牛豚合い挽き肉 200グラム
牛乳300ミリリットル程度
玉ねぎ 中1/4個
塩 小さじ1/2弱
サラダ油 大匙
黒胡椒 適量

《作り方》

① 牛豚合い挽き肉をボウルに入れて牛乳をそそぎ、箸でよくかき混ぜ、すぐざるにあげる、軽く汁気を切ったら。別のボウルに移す。
② ①に塩を加え、すりこ木で一分半ほど、肉に吸い付くようになるまでこねる。
③ 玉ねぎをすりおろして、すべて②に加え、木へらで混ぜる。肉だね刃これで感性なので、二等分して、熱さ3センチの小判型に成形する。
④ フライパンにサラダ油をひいて中火にかけ、180度になったら③を入れる。焼き色がついたら裏返してふたをする。
⑤ 3分ほどしてフタをあけ、ブヨドロのアクがハンバーグに付着していたら、キッチンペーパーで拭き取り、再びフタをする。もし薄けむりがあがったり、バチバチとはぜる音がするなら、火を少し弱める(180度をキープするイメージ)
⑥ さらに3分ほど焼き、裏面にも焼き色が着いたら完成。2~3分休ませて供する。食べる直前に黒胡椒を振る。



  
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琵琶湖南部の観光をして来ました 2015.6.12~6.13

2015-07-06 | 山野草




琵琶湖 ミシガン 湖南高速船クルーズ


湖側から大津港や対岸の風景を見ました。




イングリッシュガーデン


狭い入り口を入ると、琵琶湖に向かって開けた美しい庭園がありました。



安土城跡


二度目に訪れたのですが、到着時間が遅く天守閣跡に着くまでに時間切れになりました。残念。




屋形船で水郷めぐり


西の湖一帯に群生するアシ。このアシは草丈が3メートルに達するイネ科の多年草で、ササに似た形の葉をつけ、紫色を帯びた稲穂状の小花を咲かせます。
ヨシといわれるのは「アシ」が「悪し」に通じるため「良し」の呼び方を好んで使ったからです。またアシという漢字はその成長に伴って「葭」「蘆」「葦」というふうに変化します。
近江八幡は土質が良いため、腰の強い良質のアシが獲れ、これはスダレやスノコの原料となります。



八幡堀


その昔、豊臣秀次が築いた八幡堀は琵琶湖と繋がり舟が行き来しました。今は、桜や花菖蒲が植えられ、四季折々の風景がお楽しみ頂けます。白壁の土蔵が建ち並ぶ八幡堀の心安らぐ情緒あふれる風景







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「呼人」 野沢尚 講談社文庫

2015-07-03 | 読書


12歳で成長が止まった男の子・呼人の心の歴史。
時々、何のために生まれて来たのだろうと呼人は思う。確かに周りは彼を置いて年を重ね、いつかは消えて行く。

私は何のためにと考えたこともないし、無理に考えても何の答えもない。何のためにというのは、他人に何かする役目なり生きる目標なりがあってのことかもしれない。人としてするべきことは、大差なくて、社会人、家庭人になりその役目を果たしながら生きていくほかはない。という流れのまにまに苦楽を越えて生きることだと思っている。


呼人はMITで薬学研究をしていた日本人が 遺伝子操作で密かに作り出した成長を止める薬を、たまたま出合った妊婦に注射をした。女はテロの首謀者として世界を転々としていた。生まれた子を妹に預けてまた世界に出て行った。呼人は子供を預かったのが今の母だと知る。
彼は12歳まで普通に成長した。友達と山に基地を作って遊んでいた。話はまるで「スタンド・バイ・ミー」のように始まる。
12年後呼人の成長が止まった。見かけは子供のまま、友達と進路がわかれた。

14年後、呼人26歳。小春は家出して逢えないまま。秀才の潤はアメリカの大学を出て銀行に就職、金融先物取引で損失補てんに失敗、刑務所にいた。厚介は数学者の父から逃げて自衛官になり、北朝鮮の捕虜を救いに派遣され、地雷原で片足を失った。

呼人32歳。教師になるために免許を取ったが採用されず、自宅で通信講座の添削をしている。
6年前に母を訪ねてアメリカにわたった。母は研究者の父と、短期間夫婦として過ごしたという、後を訪ね、真実に直面して、死のうと思った。だが生まれてきたことを考え直しに帰国した。

思い出の山に、ごみ処理場が出来ると言う。谷にシートを敷き有害物質を捨てる計画が実行される。まだ手のはいってない最後に風景を見ておこう。
呼人はむかし辿った道で小春に会う。彼女も最後の日を知り訪ねてきていた。
小春は運命について話す。

―― 人間はだれしも、何かの意味を持ってこの世に生まれてくると信じたい。メーテルリンクの「青い鳥」ふうにいうと、子供が生まれてくる時に「時のおじいさんが」から持たされる、「「お土産」という名の「宿命」だ。
この奇妙な人生は必然で、12歳のまま生きているのは、誰かの悪戯とか、単なる事故とか、そんな風に思いたくなかった――

手ががりを追って母を訪ねる旅に出る。導かれているように旅立ちの決心をする。



人の手でつくりだされた成長が止まる運命にもだえ苦しむ話かと思っていた。だが、次第に呼人の心がわかってくる。
友達の境遇も織り交ぜ、考えさせられた。

北朝鮮問題。米国の熾烈な先物買い、為替取引の現状。ごみ処理問題、作者の知識が熱すぎるくらい語られている。

最後が2010年で幕を閉じる、発行が1999年なので近未来という設定だが、今読んで、過ぎた時代が近未来として読んでいる、と言うギャップがあるにもかかわらず、余りにも現実に近くて、作者の慧眼に驚いた。


  
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「遮光」 中村文則 新潮文庫

2015-07-02 | 読書

第26 回野間文芸新人賞


「銃」に続く2作目。デビュー作の「銃」とのテーマの類似点が話題になっていたが、「銃」を読んでいないのだが、この暗い魂の異常な揺れや、執着心のありかは想像できた。

両親を失ったが裕福な家庭に引き取られ、不自由のない大学生である。だが、心の底に大きな喪失感の暗い塊がある。
その塊のせいか、いつも自分をしっかり掴んでいられない。日常にあわせて生活するだけの智恵はあるが、言葉がその場その場に都合よく口からでる。

そんな暮らしの中に間違って飛び込んで来た美樹という女と繋がりが出来る。
確信はないが、無邪気な彼女といると、心が落ち着く気がする。
その彼女が突然交通事故で死んだ。
警察に呼ばれて彼女と対面したが、現実感はない。小指を切り取って帰った。それからは小指が美樹の代わりになった。ホルマリン漬けにして小さいビンに入れて黒い布に包んで持ち歩いている。
常に鞄を触って美樹の存在を確認している。
友達に聴かれると、美樹はアメリカの留学しているといっておく。次第にそのウソが現実的になってくる。

自分自身の置き所が不安定で、かっとなると暴力を振るう。

美樹をなくした怒りか、自分を捕らえられない怒りか、ときに爆発して自分を見失う。

魂の暗い揺れや、喪失感や、虚言癖はますます抑えられなくなり、隠し続けた重みからか、美樹の指のことをついに叫んでしまう。

心の置き所をなくした若者の異常な日常は、悲しみと愛惜と、虚言と暴力の日々になって流れていく。
どうしようもない暗さが迫ってくる。
小さな暗さを持たないで生きることはない、しかし、ただそれだけに抵抗し、すがり暴れる、若者の姿がやりきれない。

心の鬱屈した影を書き続ける中村さんの代表作の一つになった。若くないと書けない異常な状況を描いた作品だが、この重さにどこか共鳴するところがある。



  
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