★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇ハンス・リヒター=ハーザーのベートーヴェン:ピアノソナタ第17番「テンペスト」 /ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」

2021-06-10 09:47:49 | 器楽曲(ピアノ)


ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番「テンペスト」
        ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」

ピアノ:ハンス・リヒター=ハーザー

LP:東芝EMI EAC-30156

 このLPレコードは、ベートーヴェンのピアノソナタの2つの名曲をドイツの名ピアニストであったハンス・リヒター=ハーザー(1912年―1980年)が録音したもの。ピアノソナタ第17番は、「テンペスト」と名付けられている。これは、弟子のアントン・シンドラーが、この曲とピアノソナタ第23番の解釈について尋ねたとき、ベートーヴェンが「シェイクスピアの『テンペスト(嵐)』を読め」と言ったとされることからきている。作曲されたのは、1801年から1802年にかけてで、丁度、ベートーヴェンが有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書く少し前に書かれた。ベートーヴェンは、この曲を作曲中の1802年の春に「自分は今までの作品に対し不満な点が多い。今後は全く独自の新しい道を歩むつもりだ」と語った言われている。この言葉通り、「テンペスト」は新しい手法が大胆に用いられることで知られるピアノソナタだ。激しいテンポ交替による革新的な主題は、後期の作品を先取りしたかのようでもある。また、全体が3楽章で出来ている点も極めて珍しい。いずれにしても「テンペスト」が中期を代表する傑作であることは疑う余地はない。一方、ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」は、ベートーヴェンのピアノ作品の中でも、雄大なスケールと内容の深さでは他を圧倒する曲。「ミサ・ソレムニス」や「第九交響曲」の作曲が始まっていた1818年に書かれた。LPレコードで演奏しているハンス・リヒター=ハーザーは、ドイツ・ドレスデンの生まれ。ドレスデン音楽学校で学び、卒業後、ドレスデン歌劇場副指揮者。1947年以降はピアニストの活動に専念する。当時ベートーヴェンの優れた解釈者としてその名を高めた。1963年と1967年の二度にわたって来日を果たす。特に1967年には7夜にわたるベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会を開催し、日本の聴衆に深い感銘を与えた。このLPレコードでの「テンペスト」の演奏は、破天荒に進む曲想を、実に安定感のある技法で弾き進む。ベートーヴェンが、それまでの殻を打ち破り新しい境地に入ろうとする、丁度その一瞬の姿が的確にリスナーに伝わる演奏内容となっている。一方、「ハンマークラヴィーア」の演奏内容は、この難曲に真正面から取り組み、単に居丈高に演奏するのではなく、一音一音を噛みしめるように弾き進めることによって、曲の真の姿を浮かび上がらせることにもののみごとに成功している。ハンス・リヒター=ハーザーがベートーヴェン解釈の第一人者であることを自ら証明して見せた一枚。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇カラヤン指揮ベルリン・フィルのシベリウス:交響曲第4番/トゥオネラの白鳥

2021-06-07 09:35:34 | 交響曲


シベリウス:交響曲第4番
      トゥオネラの白鳥

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

イングリッシュホルン:ゲルハルト・シュテンプニク(トゥオネラの白鳥)

録音:1965年5月12日、18日~21日(交響曲第4番)、1965年9月18日~21日(トゥオネラの白鳥)、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール SE 7911

 これはカラヤンが、シベリウスの最高傑作と言われる交響曲第4番と、人気の高い「トゥオネラの白鳥」を収録したLPレコードである。録音会場は、カラヤンお気に入りのベルリンのイエス・キリスト教会で行われた。私は、初めてシベリウスの全7曲の交響曲を聴く場合、次の順番で聴くといいのではと考えている。それは、第2番→第1番→第6番→第5番→第7番→第3番→第4番の順である。つまり、シベリウスの交響曲を一度も聴いたことのない人が、いきなり第4番を聴くと「一体この曲はなんなのだ」という感想を持つ可能が高いためだ。この交響曲でシベリウスがとった手法は、それまでのどの作曲家もとったことのない手法であり、旋律をを放棄したようにも聴こえ、楽器の使い方もすべてが簡潔となり、凝縮され、最初から最後まで余分な音符は一つもないといった印象を受ける。これによって、聴きざわりは良くないが、人生の厳しさや不可思議さがこの交響曲から聴き取れるのである。記録によるとカラヤンは、このシベリウス:交響曲第4番を5日間も掛けて録音したのだ。それだけに、一音一音が徹底的に浄化され、ひときわ研ぎ澄まされた演奏内容となっている。そして、カラヤンの得意なダイナミックな表現手法を存分に取り入れることによって、独自性も併せ持たせることに成功したと言えるだろう。カラヤンは、ブルックナーの交響曲を指揮する時のような、スケールを大きく取り、雄大な自然を連想させるような起伏のある演奏を聴かせる。この辺は、他の指揮者には真似ができない、カラヤンが思い描く独自の世界ををつくりだしているといえよう。そして、カラヤンがシベリウスの魂と一対一で対決しているような、壮絶な演奏が延々と繰り広げられる。一方、「トゥオネラの白鳥」は、4つの交響詩からなる組曲「レンミンカイネン」の第2曲目に当たる曲で、しばしば単独でも演奏される。「レンミンカイネン組曲」は、「カレワラ」の第12章から第15章にかけての物語に基づいている。若い戦士の主人公レンミンカイネンは、ポホヨラの国を支配する女魔法使いの娘への求婚に赴き、娘の母から3つの課題を与えられる。そこで、彼は2つまでの課題は克服するが、3つ目の課題(トゥオネラ川を泳ぐ白鳥を射るという課題)に挑戦中に殺される。しかし最後は母の呪文によって蘇生し、家に連れ戻される、という物語だ。ここでのカラヤンの指揮は、柔軟さを存分に採り入れ、美しいイングリッシュホルンの音色を十全に引き立てている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ヨゼフ・カイルベルトのシューベルト:交響曲第8番「未完成」/ グリーグ:劇音楽「ペールギュント」から        

2021-06-03 09:54:35 | 交響曲(シューベルト)


シューベルト:交響曲第8番「未完成」
グリーグ:劇音楽「ペールギュント」から
       
        ①朝
        ②オーセの死
        ③アニトラの踊り
        ④山の王の宮殿にて
        ⑤ソルヴェイグの歌

指揮:ヨゼフ・カイルベルト

管弦楽:バンベルグ交響楽団
    ハンブルク国立フィルハーモニー管弦楽団(劇音楽「ペールギュント」)

発売:1978年

LP:キングレコード GT 9172

 これは、ドイツの名指揮者ヨゼフ・カイルベルト(1908年―1968年)のシューベルト:交響曲第8番「未完成」とグリーグ:劇音楽「ペールギュント」を収録したLPレコードである。カイルベルトは、プラハ・ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団・音楽監督、バンベルク交響楽団・首席指揮者、シュターツカペレ・ドレスデン音楽総監督・首席指揮者、ベルリン国立歌劇場・音楽総監督、バイエルン国立歌劇場・音楽総監督をそれぞれ歴任し、さらにバイロイト音楽祭においても活躍、このほかザルツブルク音楽祭などにも客演するなど、ドイツ音楽の巨匠として活躍した。このカイルベルトとカラヤンは、同年同月(1908年4月)生まれで活躍した時期が重なるが、その辿った道は、カラヤンが万人向けのスターの道だったとすれば、カイルベルトは伝統的ドイツ音楽を深く掘り下げた玄人受けする道だった。つまり、知名度ではカイルベルトは、カラヤンに一歩も二歩も譲るが、そのつくり出す音楽は、多くの愛好家の支持を受けていた。「未完成」でのカイルベルトの指揮は、厳格な構成をとり、我々が期待するような情緒纏綿なスタイルとは一切関係がないかごとき演奏に終始する。最初聴くと面食らうほどの印象を持つ。ところが、改めて聴いてみると、「この『未完成』という曲は、皆が思っているほどロマンチックな曲ではない。構成がきちんと整った伝統に則った曲なのだ」とカイルベルトが言っている通りの指揮ぶりである。第1楽章は、実に堂々とした構えで、真正面から曲を捉え、一部の隙もない演奏だ。ドツ音楽の巨匠の面目躍如とした指揮に吸い込まれそうになる。第2楽章も、抒情的的な感覚というより、じっくりと腰を落ち着かせ、シューベルトの心に入って行くように、精神性の高い演奏内容に徹する。リスナーは、何か、シューベルトの独白を聴いているかのような感覚に陥る。2つの楽章を聴き終えてみると、最初に感じた違和感は何処かに消え去り、これまでベールに覆われていた「未完成」という曲の真の姿に接することができたという充足感に浸ることができる。やはりヨゼフ・カイルベルトは“真の巨匠”だったのだと、実感できた演奏内容であった。一方、グリーグ:劇音楽「ペールギュント」は、「未完成」とはがらりと変わり、起伏に富んだ劇音楽の特性を存分に発揮し、カイルベルトは実に楽しげに音楽を盛り上げる。何か、北欧の澄んだ空気がLPレコード針を通して伝わってくるかのようである。この曲のベスト録音盤と言ってもいいほどの出来栄えだ。(LPC)

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