モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番/第27番
ピアノ:マリア・ジョアオ・ピリス
指揮:アルマン・ジョルダン
管弦楽:ローザンヌ室内管弦楽団
録音:1977年6月、スイス、エバランジュ劇場
発売:1978年
LP:RVC ERX‐2382
モーツァルトのピアノ協奏曲第20番は、1785年に完成したニ短調のピアノ協奏曲である。モーツァルトは、短調のピアノ協奏曲としてもう一曲第24番ハ短調を作曲している。これらの2曲のピアノ協奏曲に共通しているのは、暗く、激しい感情の吐露であり、それ以外のピアノ協奏曲が概ね快活で、明るい雰囲気に包まれているのとは正反対の性格を有している。この作品は、1785年2月10日に完成された翌日に初演されたというから驚きだ。それだけ当時のモーツァルト切羽詰まっていたということであろうか。一方、第27番のピアノ協奏曲は、最後のピアノ協奏曲となった作品で、1791年1月5日に完成した。この頃のモーツァルトは、莫大な借金を抱え、しかも、聴衆がモーツァルトの音楽に以前ほど興味を示さなくなった頃であり、これらによりモーツァルトは絶望の淵に立たされていた頃の作品である。そんな時、普通の作曲家なら作品自体も暗く、苦悩に満ちたものなるはずだ。ところが、出来上がった作品はこれとは全く逆で、堂々として、明るく前向きなピアノ協奏曲となり、現在、モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも1、2を争う人気作品となっている。正に天才の成せる至芸と言わざるを得ない。このLPレコードで、これら2曲のピアノ演奏を行っているのは、マリア・ジョアオ・ピリス(マリア・ジョアン・ピレシュ、1944年生まれ)は、ポルトガル出身のピアニストで、現在はブラジルに在住し、しばしば来日し、その優れたた演奏を日本の聴衆に披露していたが、2017年に引退表明を行った。第20番のピリスの演奏は、極端に肩に力を入れることなく、モーツァルトの短調のほの暗い世界をさりげなく描き切る。そのピアノの音はどこまでも透明で、こんこんと湧き出る泉のような感覚に包まれている。いつか聴いたようなモーツァルトだなと思い起こしてみたら、クララ・ハスキルによく似た雰囲気を漂わせていることに気が付いた。自然の流れに沿ったその演奏の底には、強力な説得力も秘めていることが、聴き進めるに従ってだんだんと分かってくる。一音一音をかみしめるようにゆっくりと演奏するピリスの演奏を聴いていると、モーツァルトの孤独な魂そのものが目の前に浮かんでくるかのような錯覚に陥る。一方、第27番のピアノ協奏曲のピリスの演奏は、優雅さがとりわけ強く印象に残る。ピリスは、ここでもいたずらにスケールを大きくとった演奏は微塵もみせない。淡々とした表情の中に、時折見せる陰が実に美しい佇まいを見せる。何か室内楽を聴いているような、しみじみと心に沁みわたる感覚の演奏だ。(LPC)