マーラー:さすらう若人の歌
亡き子をしのぶ歌
メゾ・ソプラノ:クリスタ・ルートヴィッヒ
指揮:エードリアン・ボールト(さすらう若人の歌)
アンドレ・ヴァンデルノート(亡き子をしのぶ歌)
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
録音:1958年10月18日~19日、ロンドン、EMIスタジオ
LP:東芝EMI EAC‐40095
マーラーと歌曲は、切っても切れない関係にある。交響曲にも歌を取り入れ、ベートーヴェンが切り開いた交響曲と歌の組み合わせスタイルを、さらに発展させることに成功した。マーラーの歌曲単独の作品としては「子供のふしぎな角笛」や、今回のLPレコードに収録された「さすらう若人の歌」「亡き子をしのぶ歌」などが知られている。この2曲は、男性歌手でも女性歌手でも歌われるが、「さすらう若人の歌」は男性歌手が、「亡き子をしのぶ歌」は女性歌手が、歌うことが多いようである。「さすらう若人の歌」は、当時カッセル歌劇場の補助指揮者であったマーラーが、23歳の時に書いた、自作の詩による4つの連作歌曲集である。第1曲は、愛するものを失った若者の悲しみ、第2曲は、陽光を浴びた万物の喜びと、すべての幸福から取り残された者の悲しみ、第3曲は、激しい前奏に続いて、胸を灼く苦痛が激情的に歌われ、第4曲は、夢破れてさすらう若者の悲しみが歌われる。一方、「亡き子をしのぶ歌」は、ウィーン宮廷歌劇場時代の1900年から1902年にかけて作曲された。テキストは、リュッケルトの同名の詩による。この曲は、時々、マーラーが自身の子供の死を歌った作品と紹介されるが、実際は、子供の死の前に書かれた。この辺の経緯を、このLPレコードのライナーノートで西野茂雄氏は、「マーラーの愛児の死を動機として生まれたものではない。あまりに生々しい素材であり、おそらくマーラー自身の言葉のように“当時子供があったとしたら到底書けなかった”ような作品」と記している。しかし皮肉にも、マーラーは、この曲を作曲した後、短い間に2人の幼い娘を亡くしてしまうのである。このLPレコードで、これらの2曲を歌っているのは、ベルリン生まれのメゾソプラノ歌手クリスタ・ルートヴィヒ(1928年生まれ)である。1962年にオーストリア宮廷歌手の称号を受け、1994年に引退した。その歌声は、実に暖かく、しかも安定感に富んでいて、安心して聴くことができる歌手の一人だ。このLPレコードでもその長所を如何なく発揮している。「さすらう若人の歌」においては、若者の苦悩を実に巧みに表現することに成功している。大上段に構えるのではなく、若者の心情を心の底からの共感で歌い込む。一方、「亡き子をしのぶ歌」では、愛するわが子を失った母親の悲しみが、リスナーにひしひしと伝わってくる。この曲でも、クリスタ・ルートヴィッヒは、淡々とした表情で歌い通す。しかし、それは深い悲しみへの共感に貫かれたものだけに、悲しみが何倍にも膨らんでリスナーに届く。(LPC)