自転車操業日記

自転車と組版ソフトについての備忘録。

【本】世界でいちばん優秀なスパイ

2019-10-27 22:33:53 | 支持表明
「ちくまプリマ−ブックス」というタイトルだったと思うけど,1980年代に,筑摩書房が出していたハイティーン向けと思われるシリーズがあった。「プリマ−ブックス」というタイトルは,とりあえず覗いてみようという好奇心をつついて,先を調べるモチベーションと道しるべを与えてくれるという,若者の期待を満足させるものだったのではないかと思う。

長く学術畑の外側をうろうろしてきて感じるのは,畦畔から畑のなかに入っていこうとする今の学生さんは勉強することがたくさんあって,ちょっと興味のあるすこし外れた分野のことに食指を伸ばす余裕なんかなさそうだ,ということ。「プリマ−ブックス」には,たしか網野善彦の『日本の歴史を読み直す』なんか入っていたように思う。それがいまは同じ筑摩書房の学術文庫に入れられているというのも,そういうことの反映なのかもしれない。

で,首記の本。本棚を片付けていたら出てきたから読んでみた。ちなみに,筑摩書房ではなく大和書房の本だ。
初版1982年で,あとがきによれば,80年から81年にかけて小中学生向けの「子どもの館」という雑誌に連載されたものだという。その当時の小中学生ってこんな小説をおもしろがって読んでいたのだろうか???

典型的な巻き込まれ型のスパイ小説で,話の筋は忘れていたけど,オチは途中で何となく読めた。
1960年,内戦の続くアフリカ内陸部の小国「ダシアン共和国」へ,主人公である若い新聞記者が取材に訪れる。事前取材のために会った他社の記者に仲間の記者への手紙を託されたことから,かれは内戦の裏の諜報戦に巻き込まれてしまう……というのがあらすじ。内戦は米ソ(当時は冷戦期)の代理戦争の一面を持つ一方,週休二日で行われるなど,ちょっとのんきなところもある。
主人公は内戦の終結から新たな国作りの始まりに立ち会うことになるのだが,うまい舞台設定をしたものだな,と思う。ダシアンは金鉱脈など地下資源に恵まれ,それで東西の大国が食指を伸ばしている,という設定になっている。ここがミソ。で,オチも読めてくる。
『パナマの仕立屋』が頭をよぎるような,すてきなオチだ。

それはそれとして気になるのは,主人公に手紙を託した記者と,アパルトヘイトを体験する(日本人は有色人種)ために南アフリカに入ろうとしていた主人公を,そうではなくてダシアン行きを示唆する上司の役割だ。いっそ,彼らも何かに関係していてくれるとすっきりしてきれいにまとまると思うのだけど,そういう作りにはなっていない。ちょっと残念。

長編小説というとたいていロマンスが絡むものだけど,子ども向けの雑誌に発表されたものであるためか,そういう要素は皆無。それなしでもサスペンスは書けるんだ。

それはさておき,著者のほうは子ども向けの小説であると言うことにはあまり頓着なく,クーデターだの官僚政治だのと言ったことばをばんばん使っている。それにたいして,「少年たちへのノート」という傍注が添えられている。あとがきをみると,編集担当の人がつけたもののようだ。これが,とてもよい。『世界で一番優秀なスパイ』はいまは集英社文庫に入っているようだけど,この注は残っているのだろうか。
残っていてほしいものだけど,こういう場合って著作権はどうなるのだろう。

ともあれ,すがすがしいよい作品。

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