大学レベルの授業ではない。
自身の経験論と学生の印象論からなる単なる与太話だ。 「白熱」もしていない。
自身の経験を拡大解釈し、日本人は、アングロサクソンは、欧米では、を繰り返すのみ。 いわゆる実証例は事実上不在。 あれを学問とは言わない。
例えば、欧米における「自己責任」。あれなんかは、一部正しい。 私もあえて経験論的に語れば、その通りだと思う経験や見聞はある。だが、これが欧米なのだ、それに対して日本はという単純二分法的な自他区分は、実に強引である。
いやいや、欧米人だってそこまで自己責任観念が徹底されているわけではない、なんてことはアメリカにおける「トンデモ」な訴訟を見れば明らかだし、それが勝訴とおいうかたちでまかり通るのが現実なのだ。
議論に末にしこりが残るか、残らないか。これについても、確かに日本のような後腐れの悪さ、後引きの悪いさということはない。但し、これも単純なある、ないの区分が当てはまるものではない。あえて欧米とはいわず、米国といっておくが、やはりその後の人間関係に影響を及ぼすような議論というものは現実問題としてある。議論の行く末に自分の立場や面子、利害がかかわれば、尚更のことだ。
そこらあたりは、皆スルーで、ほとんど例証なしに進められていく「白熱教室」。 どこぞのカルチャースクールか、公開講座でやってくださいというレベルである。
しかもあの学生とのやりとりの進め方。一件、学生の発言を喚起しているように見せかけて、実はイエスマンの役割を求めるのみ。 まれに(一人だけだったか?)小笠原氏の「論法」に矛盾するようなことを発言した学生もいたが、その論法は苦しいの一言でオシマイ、次に行ってしまった。 まあ、ある種いかにもビジネスの世界に身を置いてきた商売人的「見せ方」のうまさである。
学生もショボ過ぎる。明大の学生というのは、やはりあのレベルなのか。以前名古屋大での「白熱教室」に比べると・・・。 いや、そもそも比べること自体明大生にはコクというものか? 前者はいくら最近受験生に人気があっても所詮「ニ流大学」。かたや地方大とはいえ旧帝大である。学生の「賢さ」という点で後者に軍配が上がるのは当然かもしれない。
まあ、広島大学の場合も、「地方大学ってこんなもんか?」 レベルだった。まあ、広島なんて場所で原爆がどうのこうのなんてやれば、端から議論の方向性は想定され得るわけだし、事実その範囲内での議論にしかならず、やはり「白熱」しなかったのだが、明治の学生もこれはって思う学生はいなかった。一人帰国子女と思われる積極的な女子学生がいたが、積極的というだけで実は、「この子、サクラ?」と思ってしまうほど歩調を合わせていたなあ・・。
NHKも選択はちゃんとして欲しいものだ。そもそも大学人でもない人の本来大学レベルというべきレベルではない「白熱」もしていない、いや学生のレベルからしてそもそも学問的な「白熱」を期待することすら虚しい、「翼賛」講義を出して「白熱授業」というのは、本家本元の海の向こうの「白熱授業」に礼を失するというものだし、羊頭狗肉の誹りも免れまい。
質の低い学生
個人的経験から来るただの憶測を一方的に押し付ける似非教授
あまりのレベルの低さに呆れかえりました。
この「殆ど放送事故」のような授業風景を良く放映したものだと思います。
冒頭、「安心と安全の違い」について云々していたので、「ああ、主観的視点と客観的視点について論じたいのかなぁ。でもそんな程度のことは小学生でもわかることだな。どのように発展させるのだろうか」と思って興味を持っていたのですが、学生はおろか教授に至るまで、その程度の整理もできない。
そのくせ「日本人はタームを定義しないままに議論をするから議論にならない」などと仰る。
「日本人は~」の部分、「私は~」の間違いに違いない感じました。皮肉ではなく本気で。
無茶し過ぎだと思いました。あの定義付けは、
私の周囲でも異論が多かったですねえ。
それにあの「日本人は」、「欧米人は」という単純なくくり方も・・。
放送事故、言い得て妙ですね。思わず笑ってしまいました。
明治レベルならもっと質の高い「研究者」を雇えると思うんですけど。
ぐぐってみたのですが。
この白熱教室、どこぞの宗教組織の洗脳かとおもいました。
こんなもんなんですね、明治大学。
自己陶酔している教授。給料泥棒ですね。
具体例を挙げると鬼のようにあるので、感情論としての
私のコメントであるととっていただきたいです。
まさか、明大のようなことにはなりますまい、教員も学生も。
なんだこのグダグダな授業(っていえるか)は?
先生もうろうろ歩き回ったり、学生の机に腰掛けたり、ひとりハイテンション、ナル入ってるw
学生もパッとしない。明大だいじょうぶかっ!?
と思い、さっさとチャンネルを切り替えてしまいました。
まあ、普通の日本人ならそうですよねえ。
それここ「欧米」ではOKなんでしょうが、日本ではねえ・・。
要は、はじめから大学教員、研究者を志してきた方ではないので、学生の前でどうふるまうべきかというところまで気が回らないというか・・。
さもなければ、長いアメリカ生活ですっかりかぶれてしまったんでしょう。男性でかぶれる人って、そんなにいないですけどね、女性に比べて。
若い人から見るとこういう教授がかっこいいんでしょう。
それと中国人(らしき)学生(女性)の、どや顔の感じがいやらしい感じでした。
これから見ようとしてたけどやめとこうかな
実際の海外経験がある人だから聞く価値あると思ったのだが…
まあこういう比較文化論はある程度の一般化は仕方ないと思うけどね
やっぱ日本人じゃ駄目かぁ、知的レベルが違うよね