そんな証拠はどこにもない。
死人に口なしだ。
もしかしたら、原爆は二度どと、戦争は二度とはあの世で思っていないかもしれない。そもそもあの世に「思い」などあるのか?
もし個人の思いというものが存在するのであれば、被曝して死亡した人々は、仇を取ってくれ、米国ともう一戦交えて勝ってくれ、今の日本は情けない、と思っているかもしれないではないか。
とすれば、「過ちは繰り返しませんから」の「過ちは」とは「敗戦」ということになるのではないだろうか。
それはよいとして、いずれにしても、私たちは原爆で亡くなった方々、肉親の声を代弁している、みたいな言い方はよしてもらいたいものだ。物が言いたくても言えない故人の思いを捏造して語るなど、死んだ親の年金を受け取り続ける外道どもと、50歩100歩ではないだろうか?
それとも何か、江原某のように死人と交信ができるとでも?