くまわん雑記

時々問い合わせがありますが、「くまわん」というのは、ある地方の方言です。意味はヒミツです。知る人ぞ知るということで。

梅幸の「弁天小僧」

2010年08月02日 | Weblog
梅幸の弁天、むかーしから一度見てみたいと思っていたが、ついに存命中それはかなわず。

そういえば、梅幸という人、芸風だけではなく普段の姿も大成駒とは随分違ったふうであったようだ。そういえば、一度国立劇場の前で見かけたことがあった。なんと、先代国太郎と会話を交わしていた。ロビーのガラス越しだったから会話の内容は知る押しもないが、もしかしたら、大歌舞伎と前進座、貴重な一シーンを目撃したのかもしれない。そのときの梅幸、ぴっしっとスーツに着こなす姿は、品のいい老紳士といった風情で、知らない人には、大成駒と双璧をなす女形だとは想像だにつかなかったに違いない。

それはさておき、あり難い世の中でYoutubeで、梅幸の弁天に出会うことができたのだが、これがなかなか良いのだ。

正直言って、当代菊五郎の弁天、昔は当り芸だと思っていたが、何年か前に15代目のセリフを耳にしてから、もしかしたら従来の江戸歌舞伎のそれとは趣が違うのではないかと考えるようになっていた。関西風に対比しての江戸前のウナギの味とでも言おうか、15代目のそれはあっさりなのに対して、当代菊五郎はまったり、こってりなのである。

では、梅幸の弁天は?

どちらかというよりも、むしろ断然15代目に近いのだ。もしかしたら6代目も同じようにやっていたのかもしれない。

どちらが好きか? 昔だったら当代と答えたであろうが、よくよく考えてみて、弁天というのはむしろ女形が演じた方が本格ではないのだろうか? もちろん、女形がやると、女から男の本性を現すところの変化のメリハリに欠けておもしろくないという見方もあろうが、弁天の想定されている年齢や賊に身をやつすまでの経歴を考えると、やはり女形がやるのが自然なのではないか。

残念ながら菊之助の弁天、10代で演じた時は随分話題になったが、それを見てはいないが、父親ではなく爺さんにむしろ似ていたのではないか、いやそうあって欲しいと思うのである。

コメント
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