現代今昔物語―自分流儀。伝承。贈ることば、子供たちへ。不変のストーリー

我が息子と娘へ伝承したいメッセージをというのがきっかけで、時代が違っても考えかたは不滅といった内容を新世代達へ残したい。

ある雨の日

2014-04-03 | Weblog

2014年4月3日は、あいにくの雨模様。晴れ間も出るとの予報であったが、実際は本格的な雨天のほうが正しいようだ。古人曰く、風情を楽しむべし、との心の持ちようを説かれていることも頭では理解しているが、ストレートには中々その境地に達するまでに距離を感じる。未熟者ゆえの所業か。

学校給食で、和食には牛乳が合わないとの理由から、牛乳供給を実験的にストップするようなことも試みられているとのこと。小生などの頃は、普通の牛乳ではなく、最初は脱脂粉乳と呼ばれるもので、そもそも牛乳など家庭で飲みなれていないものだから、学校で出されるこの脱脂粉乳が嫌いでしかたなかった。それでも残すことは出来ないので、鼻をつまんで一気に飲んだものだ。紺で飲む者も当然いたが、すごいと素直に感心していた。ごくたまに、コーヒー牛乳めいた物が出されたが、こちらの品物も、カカオパウダーのようなものが混ぜられているだけで、格段に美味いというものでなかったと記憶している。小学校の高学年あたりから、びん入りの普通牛乳に変わったように思うが、元々が牛乳嫌いゆえ、美味しいとは思わなかった。何故、牛嫌いかと言えば、家庭で飲みなれていなかったことが大きいと思う。その当時は、いわゆる宅配が主流で、牛乳箱はあったものの、毎朝、牛乳が届けられるということはなかった。恐らく、それなりに高価だったためと、それほど好きでないと言う理由から、取らなかったものだと思う。

牛乳以外でも、米屋が扱っている武田のプラッシ‐というオレンジ風味の飲料もあった。流通ルートは米屋ルートだった。瓶入りのみである。また、普通のラムネもケース単位で(木箱)、1か月に1回の配達を頼むということもあったと思う。

コーヒー牛乳とは異なるチョコレート牛乳というものがあって、アイスココアと同じものと思うが、発売されて一定の期間が経つと、販売が中止されるということが続いていたと覚えている。社会人になってから、その業界の方に尋ねたところ、どうも固形分が沈殿することが多く、市場からの評判が良くなかったということを聞いた気がするが、それが真の理由かどうかわからない。

ビン入り牛乳というか、ビン容器は、今でいうリターナブル容器ということになり、回収して洗浄して再使用するからコストが割安になるということで、学校給食分野では、中々、紙パック(リターナブルに対して、行ったきりの一方通行になるから、ワンウェイ容器と呼ばれるが、)に簡単には切り替えられない状況だった。現在においても、リサイクルが強く叫ばれており、容器に限らず、リサイクルすることがよいとなっているが、回収コスト、選別コスト(出す側、出された側)、原料への再生コストなど、そもそもの原料へ戻すまでの追加コストがかかることも頭にいれておかねばならない。出した側は、自分の目の前から、捨てたのではなくリサイクルに回した上で、きれいになくなっていくことに満足感を覚えるかもしれないが、それらの再生処理にはそれなりの流通、生産のしくみが存在している。

飲料に話を戻すと、容器が変わると、容器のニオイがするとの苦情がでることがあった。その時に、いわゆるブラインドテスト(マスキングテスト)目隠しをして、別のコップなどに移したものを飲んで、選別してもらうのだが、ほとんど差がみられなかったという結果が多かったと記憶している。


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