その隊商は五十数人もの大所帯であった。
十二両もの荷馬車が中核で、前後をそれぞれ十数騎の騎馬隊が警護していた。
荷馬車の中身までは分からないが、ものものしい警戒振りから、
かなり価値ある商品を運んでいると見て取れた。
そこへ、見るからに怪しい呂布が近付いて来たものだから、隊商全体に緊張が走った。
何しろ呂布は遠目にも、偉丈夫。
しかも旅汚れていた。
時折、川があれば水浴したのだが、衣服を洗う余裕まではなかった。
なので、砂除けの外套も、頭や口元を覆う布も、砂埃がこびり付いたまま。
不気味といえば不気味。
盗賊団の偵察と勘違いされても不思議ではない。
呂布は隊列を止めぬように気を遣い、後尾の騎兵に馬を寄せ、
「敦煌へ行きたいのだが、この街道で良いのかな」と声をかけた。
途端に警戒する幾つもの視線が突き刺さる。
四十過ぎの無愛想そうな騎兵が、逆に問うてきた。
「一人で敦煌に向かうのか、何の用だ」
「敦煌の手前にある赤譜村の親戚を訪れる」
赤譜村には呂家の血縁の者が一家を構えていた。
呂布の養父、呂威の縁戚である。
子供の頃、養父と何度か行った事があるので、縁戚の顔は今でも覚えていた。
「訪れる・・・。
あの村は何の村だ。
親戚がいるのなら、少しは知っているだろう」と試された。
「十何年か前に父親に連れられて行った時は、
村の入り口に白黒の大熊の置物が二つ、飾られていた。
何でも厄除けなんだそうだ。
・・・。
俺の親戚は自前の農家で、村が何を作っているかまでは聞かされてない」
騎兵が表情を緩めた。
「いいだろう。
一昨年には、その大熊の置物が四つに増えていた。
・・・。
訪れてどうするんだ、あの辺りは辺鄙な所だぞ」
「色々とあるんだ」
騎兵が、フッと笑う。
「ほとぼりが冷めるまで、農作業の手伝いでもするか」
呂布を、「わけあり者」と勝手に理解したらしい。
まあ、わけあり者には違いない。
正確には賞金首なのだが。
「当然、そうなるだろうな」
「このまま北に進めば赤譜村に辿り着く。
しかし、日数がかかる。道が険しいから二十日ほどかな。
・・・。
そうそう、昔と違い、途中で通行税を徴収する賊が出没するが、どうする」
呂布は当然のように言い放つ。
「余分な路銀はない。
しつこく催促されれば押し通るまで」
騎兵が心から笑う。
「はっはっはっ・・・、そうやってここまで来たのか。
それでは命が足りないだろう」
呂布は和らげた目で騎兵を見返した。
「俺は益州から来たのだが、途中に通行税を徴収する賊はいなかった」
騎兵が首を竦めた。
「すると益州はまだ治安が良いんだな。
この隊商は洛陽からだが、途中、何度か盗賊団に襲われ、
十人近い者達がすでに命を落としてしまった」
「都近くにも盗賊団が現れるのか」
「現れる、現れる。
跋扈する蝗災か、盗賊団かといったところだな。
流石に都には押し入らぬがな」と苦笑い。
「益州にも盗賊団は出没するが、公然と通行税を徴収する輩は聞いた事がないな」
騎兵が真顔で言う。
「ここの涼州とか北の諸州は異民族と接しているから、どうにも成らんのだよ。
月氏や羌族、匈奴 との国境が複雑に入り組んでいて、賊の逃げ場所になっている。
賊が昼日中に関所を拵えて通行税を徴収していると聞けば、
捕らえる為に軍が出動するのだが、連中は国境を越えて異民族の懐深くに姿を消す。
毎回、これの繰り返しなんだそうだ」
呂布は呆れ顔で尋ねた。
「国軍に人はいないのか」
「董卓という将軍が異民族に強いので、涼州だけでなく并州も併せて任せられている。
人選は確かなんだが、一人だけでは、ちょっと広すぎて手に負えない」
「他に将軍は」
「何人か赴任して来たのだが、物の役に立たないという噂だ」
突然、騎兵が話題を変えた。
「俺は段揚。お前の名は」
「呂布」
「呂布か。
村に着くまで、我らに手を貸さぬか。食い物が出るぞ」
呂布は考えるまでもなかった。
「それは、こちらも助かる。道に迷わずに済む」
段揚は喜色満面、「相談してくる」と言い捨て、荷馬車の一つに馬を急がせた。
荷台に腰を下ろしている商人然とした男に馬を寄せ、呂布を指し示しながら、
相談を始めた。
彼が隊商を統率しているのだろう。
内容までは聞こえない。
やがて段揚が呂布を手招きした。
表情から、「説き伏せたのだ」と分かった。
男と呂布を引き合わせた。
商家の大番頭なのだそうだ。
大番頭の刺すような視線が呂布を撫で回した。
耳元で止まる。
金髪が少し、はみ出てるのかも知れない。
呂布は挨拶代わりに頭や口元を覆っている布を取り外した。
伸ばし放題の金髪が風に棚引く。
居合わせた連中が目を丸くした。
段揚も。
大番頭だけは違った。
慣れているらしい。
「西域の言葉は喋れるのか」と尋ねて来た。
「いや、まったく。
こちらの言葉しか分からない」
大番頭は少し考えるが、深くは追求しない。
「とにかく、よろしく頼みますよ」
段揚が呂布を連れ、先頭に連れて行く。
「俺達は前だそうだ」
「どこでも構わん」
「しかし、金髪とは驚いた」
「西域と交易しているんだ。見慣れていないのか」
「西域といっても広いからな。そんなには目にしない」
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十二両もの荷馬車が中核で、前後をそれぞれ十数騎の騎馬隊が警護していた。
荷馬車の中身までは分からないが、ものものしい警戒振りから、
かなり価値ある商品を運んでいると見て取れた。
そこへ、見るからに怪しい呂布が近付いて来たものだから、隊商全体に緊張が走った。
何しろ呂布は遠目にも、偉丈夫。
しかも旅汚れていた。
時折、川があれば水浴したのだが、衣服を洗う余裕まではなかった。
なので、砂除けの外套も、頭や口元を覆う布も、砂埃がこびり付いたまま。
不気味といえば不気味。
盗賊団の偵察と勘違いされても不思議ではない。
呂布は隊列を止めぬように気を遣い、後尾の騎兵に馬を寄せ、
「敦煌へ行きたいのだが、この街道で良いのかな」と声をかけた。
途端に警戒する幾つもの視線が突き刺さる。
四十過ぎの無愛想そうな騎兵が、逆に問うてきた。
「一人で敦煌に向かうのか、何の用だ」
「敦煌の手前にある赤譜村の親戚を訪れる」
赤譜村には呂家の血縁の者が一家を構えていた。
呂布の養父、呂威の縁戚である。
子供の頃、養父と何度か行った事があるので、縁戚の顔は今でも覚えていた。
「訪れる・・・。
あの村は何の村だ。
親戚がいるのなら、少しは知っているだろう」と試された。
「十何年か前に父親に連れられて行った時は、
村の入り口に白黒の大熊の置物が二つ、飾られていた。
何でも厄除けなんだそうだ。
・・・。
俺の親戚は自前の農家で、村が何を作っているかまでは聞かされてない」
騎兵が表情を緩めた。
「いいだろう。
一昨年には、その大熊の置物が四つに増えていた。
・・・。
訪れてどうするんだ、あの辺りは辺鄙な所だぞ」
「色々とあるんだ」
騎兵が、フッと笑う。
「ほとぼりが冷めるまで、農作業の手伝いでもするか」
呂布を、「わけあり者」と勝手に理解したらしい。
まあ、わけあり者には違いない。
正確には賞金首なのだが。
「当然、そうなるだろうな」
「このまま北に進めば赤譜村に辿り着く。
しかし、日数がかかる。道が険しいから二十日ほどかな。
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そうそう、昔と違い、途中で通行税を徴収する賊が出没するが、どうする」
呂布は当然のように言い放つ。
「余分な路銀はない。
しつこく催促されれば押し通るまで」
騎兵が心から笑う。
「はっはっはっ・・・、そうやってここまで来たのか。
それでは命が足りないだろう」
呂布は和らげた目で騎兵を見返した。
「俺は益州から来たのだが、途中に通行税を徴収する賊はいなかった」
騎兵が首を竦めた。
「すると益州はまだ治安が良いんだな。
この隊商は洛陽からだが、途中、何度か盗賊団に襲われ、
十人近い者達がすでに命を落としてしまった」
「都近くにも盗賊団が現れるのか」
「現れる、現れる。
跋扈する蝗災か、盗賊団かといったところだな。
流石に都には押し入らぬがな」と苦笑い。
「益州にも盗賊団は出没するが、公然と通行税を徴収する輩は聞いた事がないな」
騎兵が真顔で言う。
「ここの涼州とか北の諸州は異民族と接しているから、どうにも成らんのだよ。
月氏や羌族、匈奴 との国境が複雑に入り組んでいて、賊の逃げ場所になっている。
賊が昼日中に関所を拵えて通行税を徴収していると聞けば、
捕らえる為に軍が出動するのだが、連中は国境を越えて異民族の懐深くに姿を消す。
毎回、これの繰り返しなんだそうだ」
呂布は呆れ顔で尋ねた。
「国軍に人はいないのか」
「董卓という将軍が異民族に強いので、涼州だけでなく并州も併せて任せられている。
人選は確かなんだが、一人だけでは、ちょっと広すぎて手に負えない」
「他に将軍は」
「何人か赴任して来たのだが、物の役に立たないという噂だ」
突然、騎兵が話題を変えた。
「俺は段揚。お前の名は」
「呂布」
「呂布か。
村に着くまで、我らに手を貸さぬか。食い物が出るぞ」
呂布は考えるまでもなかった。
「それは、こちらも助かる。道に迷わずに済む」
段揚は喜色満面、「相談してくる」と言い捨て、荷馬車の一つに馬を急がせた。
荷台に腰を下ろしている商人然とした男に馬を寄せ、呂布を指し示しながら、
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彼が隊商を統率しているのだろう。
内容までは聞こえない。
やがて段揚が呂布を手招きした。
表情から、「説き伏せたのだ」と分かった。
男と呂布を引き合わせた。
商家の大番頭なのだそうだ。
大番頭の刺すような視線が呂布を撫で回した。
耳元で止まる。
金髪が少し、はみ出てるのかも知れない。
呂布は挨拶代わりに頭や口元を覆っている布を取り外した。
伸ばし放題の金髪が風に棚引く。
居合わせた連中が目を丸くした。
段揚も。
大番頭だけは違った。
慣れているらしい。
「西域の言葉は喋れるのか」と尋ねて来た。
「いや、まったく。
こちらの言葉しか分からない」
大番頭は少し考えるが、深くは追求しない。
「とにかく、よろしく頼みますよ」
段揚が呂布を連れ、先頭に連れて行く。
「俺達は前だそうだ」
「どこでも構わん」
「しかし、金髪とは驚いた」
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