4月4日は京都東山「哲学の道」近くにある霊鑑寺門跡へ。
桜の開花に合わせるかのように紅葉の花も咲いています。
通常非公開の寺院ですが、毎年春と秋に一般公開されます。
今回はJR東海ツアーズ「奥書院拝観と切り絵ご朱印授与」の企画で参加しました。
江戸時代初期の承応3年(1654)に後水尾天皇の皇女・多利宮(たりのみや)を開基として創建された尼門跡寺院です。(臨済宗南禅寺派)
庭園は東山連峰からの傾斜を利用した池泉観賞式庭園で中央には般若寺型石灯籠が置かれています。
霊鑑寺は椿が多く植わり、中でも後水尾天皇遺愛の日光(じっこう)椿は京都市の天然記念物に指定されています。
庭園の北側にあるのが書院です。
光格天皇から拝領のカルタ。
内部には狩野永徳や元信、円山応挙筆と伝わる襖絵や御所から拝領したカルタや御所人形などの寺宝が展示されています。
書院のさらに奥(北側)には「奥書院」が徳川11代将軍家斉公の寄進により増築されています。
尼門跡の私的な空間で、表書院に比べ落ち着いてた佇まいになっています。
なぜ徳川11代将軍家斉公が寄進?と思われる事でしょう。
10代将軍家治公には嫡男・家基公が次期将軍になる予定でした。
しかし、安永8年(1779)鷹狩りの帰りに不調を訴え、3日後に亡くなっています。(満16才没)
その家基公の許嫁が出家し霊鑑寺に入寺しています。
本来なら将軍になる可能性が無かった家斉公が不憫に思い諸堂を寄進したようです。
書院東側の高台に霊鑑寺の本堂があります。
ご本尊は像高が21cmの小さな如意輪観音菩薩坐像です。
言い伝えでは恵信僧都源信作とされ、霊鑑寺のさらに東側の山中にあった如意寺のご本尊と伝わります。
桜の開花に合わせるかのように紅葉の花も咲いています。
境内には様々な椿が花を咲かせていて、桜とは違う雰囲気を醸し出しています。
次に神苑の紅しだれ桜が見事な平安神宮へと向かいます。
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