森の中の一本の木

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「王になった男」の映画とドラマの感想

2020-11-16 13:07:38 | 海外ドラマ

※ 「麒麟がくる」は半分見逃してしまったので、録画みてから感想を書くので少し遅れます。

 

最近嵌っている韓国ドラマはたいがいはネットで見ていたのですが、テレ東で朝8時15分から「韓流プレミア」で「王になった男」をやっていたので見ていました。金曜日に最終回を迎えましたが、その最終回の録画を日曜日に見ましたので、その感想を書いておこうと思います。

(因みに月曜日からは、「トッケビ」で死神とその恋人だった、イ・ドンウクとユ・インナの「真心が届く」なんですよね。私は彼のファンで、それは前から見たかったのでちょっとウフフとなっています。)

「王になった男」の最終回、良かったですね。

これは、Amazonprimeに映画の方の「王になった男」もあって、イ・ビョンホン主演で「トンイ」のハン・ヒョジュも妃役で出ています。

ドラマの最終回を見終わっての午後、なんとなく余韻を引きずっていたので、ずっと気になっていた映画の方も見てみたのです。

この記事はネタバレしています。これから映画を見ようかなと思われる方は、お気を付けください。

姉の蝶子さんも、「それはそれで良かった。」と言っていましたが、私もまったく同じ意見で「それはそれで本当に良かった。」と感じました。ただそれでも思った事は、ドラマの次に映画ではなく、映画の方を先に見たならば、もっと感動したように思えたのでした。

なぜならドラマは時間がある分、あらゆるところが丁寧に描かれていて、様々なシーンに説得力があったからです。

ただ映画はやはり映画で、その動きや見せ方など機敏で美しかったです。この映画は2時間11分もあるのに、なんだかあっという間に終わってしまったように感じました。それだけ物語の展開が上手くまとまっていたのだと思います。

映画とドラマではいろいろな所が違っていました。ただ、私の感動ポイントも重なっていたので、これは原作(小説)があるのかと思たのですが、原作が映画だそうで、ドラマはそのリメイクだったのですね。どうりで良かったところは、しっかりと継承されていたなと思いました。映画の方の良かった点は、ひとつは宮廷での王の暮らしが、少々わかった所・・・・・・トイレとか(笑)

あと食事を作る部署の少女たちの食事が、王の食事の残ったものと言う驚くべき真実も分かりました。それでちょっと納得したのですが、いつもドラマを見ていて、宮廷物はお食事を作り過ぎと思っていて、あれはそう言う背景があったのだと思ったのでした。

『史書『承政院日記』に記されていない“空白の15日間”を拡大解釈し、史実を加味しながら、暴君の顔と名君に匹敵するほどの政策を打ち出した光海君は別人だったかもしれないというアプローチで描いているが、もともとは映画が先に公開され、その大ヒットを受けてドラマ化された。』

https://kankoku-drama.com/news_topic/id=12459から。

映画では、その15日間の王を描いていて、本物の王は戻ってくるし、王妃とのラブロマンスも生まれないし、都承旨のイ・ギュも死にません。最後の字幕でその後が分かるのです。イ・ギュは斬首。本物の王である光海は廃位になると。

だけどハソンはたった15日で、善政の歴史を残し去って行ったのです。

ハソンが去って行く時に、港には見送るイ・ギュの姿がありました。ただの道化と最初は侮っていた彼でしたが、最後は彼をもうひとりの王と認めた男でした。ハソンは玉座を捨てて去って行きますが、その船が行く先は、王の名前の如く光る海でした。

映画はイ・ビョンホンが主演なので、なんとなく大人のドラマに感じました。

 

そしてヨ・ジングのドラマ版は、初々しい青年のドラマに感じました。

都承旨のイ・ギュがハソンを王と認めて、礼を尽くしてお辞儀をするところは、ドラマ版ではいたく感動して涙が零れました。

この都承旨は王の為に正室の子である幼い弟の皇子を殺害した実行犯であり、そして本物の王さえも、いろいろな心情的理由があろうとも、殺害してしまう人でした。正義のためには手段を選ばない恐ろしい人だと、私には思えてなりませんでした。

本物の王、イ・ホンが海辺で毒殺され死んでいく所は、哀れで可哀想に感じました。

そんな都承旨だからこそ、ハソンに学び、そして王として礼を尽くしたシーンは泣けたのだと思います。そして、彼の最後も悲しく感じましたが、彼らしいものでした。

そこには知らず知らずに「自分の罪は自分で背負っていく。」と言うような想いが存在していたのかも知れませんね。

 

最終回で最後の最後にチャン・ムヨンが、王を守って死んでいく時、かつて彼は「私の願いは王を守って名誉の死を遂げることです。」のような事を言ったと思うのですが、それが最後の流れて、けっして彼は不幸せではなかったんだ、願い通りになったのだと、視聴者に思わせてくれるところが良かったです。

そこは映画でも、偽物と分かっていても、自分にとっては彼が本物だと命を懸けて守り、戻ってきたハソンに看取られるシーンは、感動ポイントでしたね。

 

放たれた矢に倒れたハソンが2年以上もかかって、王妃の元にやって来たのは長かったなと思いつつ、または良かったなと思いつつ、説明不足だなと思いました。説明は要らないよね、ハッピーな最後なんだからと言うところなのかも知れないけれど、やっぱり誰に助けられたのか知りたかったし、倒れて目が覚めたら長い年月が経っていたと言う理由は、最後の最後に手抜きだなと笑ってしまいました。セリフだけのシーンなので、「大妃支持者の残党から守るために」的な事でも言って欲しかったです。そしてずっと遠くからちゃんと彼女を守って来たと。

なぜなら、ハソンを喪ってショックのあまり自殺でもしてしまったらどうするのなどと思ってしまったのですが、彼女は遺体が見つからなかった事から、泣きながらもその生を信じて生き抜いてきたのですよね。

もちろんテレビ前でも、やっぱり時計をパッと見て、そして遺体が無かったことから、多くの人が「大丈夫。」と思い、そして「早く出てきなさい !!」と思っていた事でしょう(笑)

このドラマは、ハソンと王妃の愛の物語でした。

王は廃位になった後すぐに崩御し、似た道化が居たために長く生きたと言われたと字幕に説明が出ました。

二人は末永く二人で寄り添って生きたと言う雰囲気で終わりましたね♡

 

だけど大妃が、王を殺したいほど憎んでいたのは当然ですね。未来には王になるべき我が子を殺されてしまったわけですから。

だけどきっと、その子が生きていたら、光海君の未来はなかったのかも知れません。

 

国のトップの家系に生まれたり嫁いだりしても、ちっとも幸せではないと言う悲しい図式だなと思いました。

 

しかしこのモデルになった15代の王、光海君の実際は暴君だったゆえに廃位させられ江華島に流罪になり、その後は済州島に流され、だけど66歳まで生き抜いたそうなんですね。その妻の運命は、もう少し悲しいものでした。実際には彼らには子供がいて、共に妃も世子も廃位されていたわけですが、廃世子が島を脱出しようとしたのがバレテ処刑されてしまうと、それを嘆いて妻は自殺してしまったのでした。

今は実際に暴君だったかも定かではないとされ、彼の業績が再評価されつつあるそうで、それゆえかドラマや映画に登場してくる事も多いとか。

歴史の真実は分からないゆえに、それゆえに様々なドラマが生まれてくるのかも知れませんね。

 

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