昨日の夜6時ごろ、ちょっと転寝していた所に、いきなりドーンという音が鳴りました。夫殿が
「花火が上がってる !!」と言うので、私も飛び起きてベランダに出たのです。
「あっ、知ってる。今日の花火 !!」と私は思わず言いました。
いいえ、「知ってる。」と言うのは大きな間違い。
「今日、その言葉を聞いた。」と言うのが正解なのです。
お昼過ぎ、バイトに行こうとバスを待っている時に、後ろに並んでいた老齢のカップルの男性が
「そう言えば、今日は花火・・・・・」と何かを言っていたのです。
別に人の話に耳を澄ましているわけでもないし、最後まで聞き取れず会話として残らないものに反応もしません。ただ「花火」と言う言葉を聞いて、それが耳に残っていたのでした。
この上がっている花火は、その時に男性が言っていた花火なのかしらと私は思い、目の前に上がっている綺麗な花火に心奪われながらも、何のイベントなのかと気になってしまったのでした。
なので、花火の後に、いろいろと検索してみました。出てくるのは古い情報ばかり。それでやっぱりツイッターで検索してみたら、ようやく「地域の学校のPTAが子供たちのためにあげた」と言う言葉を拾う事が出来たのでした。
それだったらあの学校だなと思い、その学校の「学校だより」を開いて、11月の行事を確認しました。するとそこには「11月14日花火大会(PTA主催)」と有ったのでした。
私は事情が分かって、ヤッターと思いましたが、これは地域の人たちには回覧板で事前告知されていたらしいのです。だからあの男性も話題にしたのかも知れません。
その花火は30分くらい続き、すっかり体は冷えてしまいましたが、夫なども珍しく長い間見ていました。
「ずっと花火なんか見られなかったから嬉しいね。」と彼が言い、私も「そうね。」と答えました。隣のベランダでは、お孫ちゃんが遊びに来ていたのか、メチャクチャはしゃぐ声が聞こえてきました。見下ろすと、マンションのすぐ傍の公園には多くの人が出て来ていてあちらこちらに点在していました(ディスタンス大事です。)
今日の私は、午前も午後も別々の仕事に行くという、ほんのちょっとのハードな日だったのです。これと言って、私自身には嫌な事など無かったのに、嫌なものを見たと言うか、なんか嫌だなと思う事があり、それがかなりのストレスに感じていたのです。午後からの仕事も、楽しかったのです。それなのに、心の疲れが半端ではありませんでした。
だけど花火の「ドーン」「ドーン」と上がる音を聞いていると、なんだかスカッとしました。
それで私は夫に言いました。
「今日は、あまり良い日には感じなかったのに、なんだかこれで、今日は良い日だったなと思えるような気がするな。」と。
私は、「学校だより」の「11月14日花火大会(PTA主催)」の文字を見ながら、誰かがこれを提案して、そしてみんなで話し合って、それで誰かが行動して、ようやくここに至ったのだと思いました。
その時、彼らはどんな想いで居たのでしょうか。
きっとその誰かたちの脳裏には、見上げた子供たちの微笑む顔が思い浮かんでいた事でしょう。
もしくはその子供の親たちの顔とか。
だけどここに、全く何で上がっているのかも知らない私や、その他のたくさんの人たちも微笑んでいたのです。
今の時代の逃げ場のない閉塞感に苛まれているのは、大人だけではないのですよね。子供たちの為にと企画したのは、本当に素晴らしいなと思いました。
いろいろな意見はあるかと思いますが、私は「ありがとう」と伝えたいです。