人はパンだけで生きるにあらず、神の言葉により生きる

イエス・キリストの福音をぜひ知って頂きたい

昨日は過ぎてしまいました。明日はまだ来ていません。

2012年10月14日 | お気に入りの言葉

 マザー・テレサ 日々のことばより
 
   昨日は過ぎてしまいました。
明日はまだ来ていません。
私たちには、今日だけがあるのです。
もし私たちが、子どもたちを今日のために助けるならば、
彼らはいっそう大きな愛で人生と向き合うために、
必要な勇気をもつことでしょう。


それが近かろうと遠かろうと、わたしは祈り続けよう。

2012年10月14日 | お気に入りの言葉

 

谷間の泉 カウマン夫人著より
わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。
すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。
そして、わたしたちが願い求めることは、なんでも聞きいれて下さるとわかれば、
神に願い求めたことはすでにかなえられたことを、知るのである。Ⅰヨハネ14~15

 

わたしは何年も祈ってきたが、
何の変化も見られなかった。
山はずっと同じ所にそびえ立ち、
山の影はいつも深く、
山頂に通じる道はより険しい。
わたしは祈り続けるべきだろうか。

 

希望のしるしが何もないのに、
わたしは祈り続けるべきだろうか。
山が同じようにそびえ立つているだけでなく、
わたしは見るたびに失望し、
年々それはひどくなる。
わたしは祈り続けるべきだろうか。

 

わたしは祈り続けよう。
それがどんなに遠く見えても、
答えはわたしの戸口まで、
すぐその角まで来ているかも知れない。

 

それが近かろうと遠かろうと、
そうだ、わたしは祈ろう。
わたしは祈り続けよう。

 


何事も思い煩ってはならない。

2012年10月14日 | お気に入りの言葉

荒野の泉 カウマン夫人著より

『何事も思い煩ってはならない。』ピリ四ノ六

一日の中に二度か三度位い、何事かについてあなたがたの心に不安を感ずることがあるか、どうか点検しなさい。
もしそれを発見したならばすぐに、それを静穏に立ち返らすために神を見上ぐべきである。
フランシス・ド・サーレ


信仰は感情の上にではなく、神の約束の上に基礎がある。

2012年10月12日 | お気に入りの言葉

荒野の泉 カウマン夫人著より
信仰は幻に勇気が加わります。
信仰はイエスを注視する目です。かすんだ目でもやはり目です。
泣いている目でもやはり目です。
信仰はイエスを捕える手です。震えている手であっても手です。
いやされようとして救主の着物のすそにさわるとき、心が自分のうちで震えるのが信者です。
信仰は、いかに主が恵み深いかを味わい知る舌です。
慰めがみじんもない時でさえ、信じることが出来ます。
それは信仰は感情の上にではなく、神の約束の上に基礎があるからです。
信仰はイエスのところに行く足です。ゆっくりとした足どりのものであっても歩くことができます。
ジョージ・ミュラー


失敗や限界こそ人間味をもたらす味わいなのです。

2012年10月11日 | お気に入りの言葉

シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日より
  私は神様ではありません
 「自分の失敗や限界を隠さなければならない」と感じはじめたら、
まず、「私は神様ではない」と、はっきり、自分に宣言します。
 人間は失敗があって当たり前なのであり、どんな天才にもそれなりの限界があります。
失敗や限界こそ人間味をもたらす味わいなのです。


二人の孫一緒に、公園へ

2012年10月09日 | 日記

昨日は、二人の孫(7歳と5歳の姉妹)と一緒に、公園に行った。
ポート赤碕と東伯総合公園での遊具遊び、どんぐり拾い等をして、3時間余り過ごした。
孫は夢中に遊んでいた。遊ばしておくと、二人でいつまでも遊んでいる。
私は、退屈しのぎに読書。


61歳の誕生日迎えて。

2012年10月08日 | 日記

  昨日は、61歳の誕生日。
無事この日を迎えることができた事に感謝。(同級生の訃報の知らせを聞くことも多くなったが)
歯が悪く、トイレが近く、膝が痛くなどと色々な不具合はあるものの、
とりあえず、大きな病もなく、水泳、登山、スロージョギング、ソフトバレーなどできる体に感謝。
物忘れも多くなったが、最近、囲碁では棋がアップ、とりあえず認知の心配はなし?。感謝、感謝の一言。

 

 


倉吉市営武道館にて秋季中部地区防犯柔道大会

2012年10月07日 | 柔道

  今日は、秋季中部地区防犯柔道大会が倉吉市営武道館であり、
琴浦柔道教室の小学生を引率して参加。
体育行事、地区の祭りなどが重なり、琴浦からはわずか4名の参加であったが、皆元気に頑張っていた。
今回よりコーチの指示は、試合が止まっている間(「待て」から「始め」の間)のみとなり、残念。


「汝の先きに」彼はすべての道を歩めり

2012年10月06日 | お気に入りの言葉

荒野の泉 カウマン夫人著より
『彼はその口を開かなかった』イザヤ五十三ノ七
「汝の先きに」彼はすべての道を歩めり
頭を低くたれて鋭き攻撃をうけたまえり
彼はいと深き悲しみと痛みと憂いを知りたもう
死の深き杯よりにがき水を飲みほし
一しずくの血さえもあまさずみな与えたまえり
「汝の先きに」なんじのために戦いて勝ちたまえり
汝を栄光と光の世界につれゆかんために
L・S・P
 


苦難は、その手に黄金の塊を持たずに、人の許に来ることはない。

2012年10月04日 | お気に入りの言葉

荒野の泉 カウマン夫人著より
『主はヨブの終わりを初めより多く恵まれた』ヨブ四十二ノ十二

 

「苦難は、その手に黄金の塊を持たずに、人の許に来ることはない」。
 もしわたしたちがただ喜んで働きつづけ、また忍んで待つならば、
眼に見える逆境は正しい者の益となるのである。
偉大な勝利者の魂はいかに堅固に、ひるまず、おそれず彼らの仕事を守り続けたであろう。
わたしたちが苦難を受け入れ、これを忍ぶのでなければ獲得できない祝福がある。
また悲哀を通じてのみ、わたしたちに来る歓喜がある。
地上の光が消える時にのみ悟り得る神の真理の啓示がある。
また鋤が入った後にだけ成長する収穫がある。

 


自分の人生を自分でみずみずしく

2012年10月04日 | お気に入りの言葉

シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日 鈴木秀子著より

 自分の人生を自分でみずみずしく
 
 生きがいというと、私たちは、凡庸なことに満ちた毎日の生活にはなく、
なにか華麗なものを夢見がちです。
山の頂上をきわめることも壮烈なことですし、胸のときめく出会いも素晴らしい。
しかし、人生は、平凡なことの繰り返しです。
放浪もできず、家庭をほうり出して外国へ飛び出すわけにもいきません。
雪の中で凍ればすぐに家庭に迷惑がかかり、夕陽に心うばわれていれば夕食の支度にさしつかえます。
心を満たす、生きがいに満ちた人生を築くための秘訣は、じっくりと自分の環境の中に足をおろして、
不幸を他人のせいにすることなく自分で、自分の人生をみずみずしいものにしてゆくと心に決めることです。


今日、世界のあらゆる苦しみは、家庭から始まる。

2012年10月03日 | お気に入りの言葉

マザー・テレサ 日々のことばより
 
  今日、世界のあらゆる苦しみは、
 家庭から始まるということが、
 ますますよくわかります。
 今日、わたしたちは、家庭がお互いに顔を合わせたり、
 話し合ったり、楽しむ時間すらないありさまです。
 ましてや子どもたちが、期待していること、
 夫が妻から、妻が夫から期待していることを与えるためには、
 ほとんど時間がないのです。
 ですから、ますます家庭から離れていき、
 ますますお互い同士のふれあいが少なくなっていくのです。


主の刺によって、主はあなたを強められるのだ。

2012年10月01日 | お気に入りの言葉

谷間の泉 カウマン夫人著より
高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。
Ⅱコリント一二7

 あなたの道には刺があってつらいですか。
踏みつけて行きなさい。あなたの足を刺の上に置くと、
他のお方の足がすでにそこを通っていて、刺の先は丸まっているのに気づくでしょう。

 本当に特別な賜物!チクリと刺すとげ。
それは身に突き刺さり、長く続く痛みを起こす。
特別な賜物!しかし、それはわたしたちの益のために与えられた。

 歓迎もしないのに来てとどまり、
祈ってもこの刺を抜き去ることはできない。
それは神のご計画を満たすために来たのだ。
わたしたちの人生を豊かにする恵みの手段なのだ。

 神の恵みの刺!
ああ、それはどんな形を取り、
どんなに刺し通すような激しい痛みを引き起こすことだろう。
けれども、それは愛のうちに送られてくる。
いつも確かにわたしたちに祝福をもたらす。
だからあなたの刺が何であったとしても、
神からのものは喜んで受け取れ。
キリストを覚えよ。
その生涯、その力は、あなたの最も苦しい試みの時、あなたを支える。
そして確かに、あなたの生涯はさらに豊かに成長する。
主の充分な恵みが授けられ、そして天の夜明けにあなたの喜びがある。
主の刺によって、主はあなたを強められるのだ。
J・ダンソン・スミス