サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

陰謀/太田竜(革命家)/78歳

2009年05月20日 | 毎日がメメント・モリ


<訃報>太田竜さん78歳=評論家、社会運動家


5月19日20時50分配信 毎日新聞


 太田竜さん78歳(おおた・りゅう<本名・栗原登一=くりはら・とういち>評論家、社会運動家)19日、腹膜炎のため死去。葬儀は行わず、お別れの会を後日開く。自宅は東京都文京区白山5の35の12。喪主は妻千鶴子(ちづこ)さん。

 日本共産党を離党し、57年に日本トロツキスト連盟の結成に参加。続いて第4インターナショナル日本委員会を組織。その後はアイヌ解放やエコロジーなど独自の社会運動や評論活動を行った。

太田竜は(本人にはおこられそうだが)、思想・批評・運動領域のエンタテイナーであったかもしれない。
60年代は、革命的共産主義者同盟の離合・集散の中心軸であり、お騒がせ軸でもあった。
70年代、平岡正明、竹中労などとの3馬鹿トリオで辺境革命論をぶちあげ、吉本隆明からは「馬鹿!死ね!」と罵倒された。
アイヌへの傾倒もこの頃からである。

ここまでは、結構おもしろいアジテーションであったのだが、その後自然主義に傾倒し、マクロビオティクスの実践はともあれとして、「反家畜」の思想から、ゴキブリやミミズの解放論を唱えた頃は、ちょっとついていけなくなった。
80年代は、泡沫候補ではあったが、選挙活動を中心にまわっている。
これもよくわからない。60年代に社会党潜入論を唱えたことと、つながっているのかもしれない。

90年代以降は、「ユダヤ陰謀論」に代表される「真実の暴露」を翻訳中心に精力的におこなっている。
この人の英語力は相当なもので、僕たちはともあれ、ジョン・コールマンやデーヴィッド・アイクの著作のほとんどを、太田竜(龍)の翻訳で読んだのだ。
そういう意味では、感謝している。
そして、アイクの「爬虫類」族の地球支配など、暗喩の仕方としては、とても面白かったのを覚えている。
最後は、神道に入り込んでもいる。
ともあれ、太田竜の死因は、腹膜炎ということなのだが、豚インフルエンザ、鳥インフルエンザ陰謀論の延長からいえば、「太田流は消された!」という仮説だって、成立するかもしれない・・・合掌!

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2 コメント

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Unknown (natunohi69)
2009-05-21 08:15:04
TBありがとうございました。
確か、60年代に本名の栗原登一名義でトロツキズムの著作を日本にいち早く紹介したのも、彼なんですよね。
natunohi69さん (kimion20002000)
2009-05-21 08:55:40
こんにちは。
そうですね。
僕たちより、先輩の人たちで関係者は多いでしょうが、鼓舞された人、落胆した人、行動をともにした人は、相当な数にのぼりますね。

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