サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10501「シャッター アイランド」★★★★★★★☆☆☆

2010年11月12日 | 座布団シネマ:さ行

『ディパーテッド』のマーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオが再びタッグを組んだ、不可解な事件が起きた孤島を舞台に、謎解きを展開する本格ミステリー大作。原作は『ミスティック・リバー』の著者、デニス・ルヘインの同名小説。主演のディカプリオが島を捜査する連邦保安官を演じ、『帰らない日々』のマーク・ラファロ、『ガンジー』のベン・キングズレーが共演。次々に浮かび上がる謎や、不気味な世界観から目が離せない。[もっと詳しく]

<贖罪>は、「人格」が存在しなければ、成立しない。

小学生のとき、同級生を死に至らしめたことがある。
自宅から十分ほどのところに、小さな森があった。
僕たちは、その森にそれぞれ陣地を構えて、鬼ごっこをしたりするのだが、森の奥のほうは小さな子どもにとってみれば、迷路のようになっており、夕闇が落ちてくると、とても恐ろしく感じられる。
たまたまのようにその迷路を抜け出すと、断崖のようになったところがあり、そこからすべり落ちたらどうなるか・・・。
ある日、その断崖に立った僕は、誤ってとなりの少年にぶつかってしまい、その少年は暗闇を落ちていった。
取り返しのつかないことをしてしまった僕は、その場で意識を喪う。



そんな夢を何度も見た。
うなされて、目が覚める。
そんなことがあったかどうか、記憶の底を探ろうと試みるが、頭が朦朧としてくる。
もしかしたら、これは本当にあったことではないのか?
自分のことを気遣って、周囲はその事件のことを秘密にしているのではないか。
自分の中でも、その記憶を抑圧していて、それが夢の中で変形されて現れるのではないか。
いや、そんなことはないはずだ。
事件があったのなら、小さな町のことだ、隠しとおせる筈がない。
けれども、いったい隣に居た少年は誰だったのだろう。
顔が浮かびかけては、またすぐ朧になる。
しこりのような罪悪感が、消えることはない・・・。



脳内でどういう記憶映像が、再現されたり、消滅したりしているのか。
僕たちはどこか曖昧になっている。
小さい頃の記憶は、断片だけが途切れ途切れに現れて、それが現実の記憶なのか、夢の残像なのか、判然としない。
もし、<統合失調症>と診断されたとしても、恐ろしいことだが、ありうることかもしれないと思ったりもする。
本当のところは自分では判断できない。
『シャッター アイランド』という作品を見ていて、また自分の記憶がぶり返してきて、不安が募ってきた。
「この島はなにかがおかしい」と主人公のテディ(レイナルド・ディカプリオ)は訝る。
精神障害犯罪者ばかりを孤島に収容したアッシュクリフ病院。
ひとりの女性患者が謎のメッセージを残して失踪した。
その捜査に、ハリケーンの中、海を渡ってテディはやってきた。
院長も看守も医者も関係スタッフも患者も、みんなが何かを隠している。



テディに、死別した妻ドロレス(ミシェル・ウィリアムズ)や子どもたちの姿が幻影のように現れる。
火に包まれたアパートが突然、現出する。
激しい雨が降り続いている。黒い灰が降り注いでいる。書類が舞い落ちてくる。
テディの捜査を妨害するために、薬でも飲まされたのか?
周囲の人間が信用できない。
失踪したとされるレイチェル(エミリー・モレーティア)は病室に戻ってくるが、どうも話がちぐはぐだ。
同僚の刑事でさえも挙動がおかしいし、ジョン・コーリー院長(ベン・キングスレー)は、自分を誤った方向に誘導しようとしている。



サスペンス・ミステリーとしてみれば、途中から「真相」はおおむねわかるようになる。
オスカーも獲得した『ミスティック・リバー』(03年)の原作者デニス・ルヘインのミステリーであり、原作本はラストを袋とじにして大ヒットしたらしいが、それほど破格のミステリーだとも思わない。
結局、主人公のトラウマが引き起こした妄想、人格分離の統合失調症の主観物語という、それほど珍しくはない禁断の設定なのだが、そうだとしてもすっきり謎が解かれたわけではない。
そのことも半分は映画内としては真実かもしれないが、半分はつじつまをつけているだけで、やっぱり「この島はどこかがおかしい」のである。



ヒッチコックのサスペンスのように、古典的な音楽、撮影アングルなどを意識して多用している。
『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02年)、『アビエイター』(04年)、『ディパーテッド』(06年)についで四度目の、マーチンスコセッシとディカプリオの顔合わせだ。
主人公のPTSD(心的外傷後ストレス障害)は妻の死と若いときの戦争体験から来ているのだろうが、ディカプリオの演技には迫力があるし、全編にわたってカメラアングルは感心させられる。
「どちらがいいかな? いい人間のまま死ぬのと、悪い人間のまま生きるのと」。
ここではいつものカトリックを信仰するスコセッシ監督の罪と罰のテーマが横たわっている。



<贖罪>は対象があってはじめて存在する。
もし、人格が転移するとするなら、そこでは本質的には<贖罪>はおこりようがないことになる。
「人格」というのは脳がつくりだした自己同一性のことを指すとするなら、ロボトミー手術という選択によって、意識的に「人格」そのものを無化することで、罪の代償を選択するということもありうる話だ。
それは「自己処刑=自殺」と同義だから。
一方で「記憶」の底に、トラウマの因となった出来事を封印することも、もしかしたらひとつの<贖罪>の代替なのかもしれない。
そんなことを考えながら、暗い森の中で、誰かを殺してしまったかもしれない僕は、封印された「原罪」の在り処をぼんやり考えながら、身震いすることになる。

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『ディパーテッド』







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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
罪と罰 (sakurai)
2010-11-13 09:22:06
やはり罪は自覚して何ぼ・・・っていうことでしょうか。
あまりにとんでもない罪のせいで、精神をずたずたにしてしまったのも罰かもしれませんが、人はその罪を背負うべきなんでしょうね。
いくばくかの罪を行ってきて、時折フラッシュバックのように、それが自分に迫ってくることがあります。いまさらどうやっても償えないのですが。でも、それを自分のなかで包み込みながら生きてかなければならないんだと、自戒します。

映画は、・・・・宣伝の明らかな失敗だったと思います。
映画の本質よりも、効果ばかりをあおられて、表面を見るように仕向けられましたもん。
あの宣伝は、映画を愛してない人が作ったように感じました。
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夢か現か (KGR)
2010-11-13 09:55:16
夢の中の出来事でも「その前」を覚えていたり、何度も同じ場所、同じ人であったりして、これはひょっとして過去の本当にあったことの記憶の断片ではないか、と思うことがあります。
脳は嫌なことを封じ込め、希望を現実として刻み込むことがよくあるそうですから、テディの様なことも起こり得るのかもしれません。

映画では比較的気軽に使われますが、「犯人を捜している本人が犯人だった」はミステリー禁じ手の一つですから、宣伝の煽り方は間違っていたと思います。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2010-11-13 12:03:49
こんにちは。

起訴過程で、いつも精神疾患で、その人間が通常の判断能力にあったかどうかが問われますね。
このあたりも微妙ですね。
あくまでも、犯行当時ということなんでしょうが、その犯行を通じて、人格が変容してしまうケースもあるでしょうから。

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KGRさん (kimion20002000)
2010-11-13 12:06:56
こんにちは。

ミステリーでは禁じ手ですから、逆に名手が使うときには、巧妙な仕掛けがほどこされますね。
この映画は、本家アメリカではどういう宣伝方法が使われたんでしょうかね。
どうもポスターを見る限りでは、日本の配給会社の「あざとさ」のようなものは感じられませんけどね。
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Unknown (やく)
2010-11-13 17:35:21
TB有難うございました。
kimino20002000さんの文章にのめりこんでしまいました。
そしてこの映画に描かれた空恐ろしいほどの人の思いの深さや闇を、また思い出すことができました。

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やくさん (kimion20002000)
2010-11-13 18:26:20
こんにちは。
闇は誰の中にもありますからね。
普通は「夢」がそういう記憶を忘却させてくれる役割を持つんですが、いつまでも無意識に封印されてしまうものもあります。
それが時々、顔をのぞかせると、統合失調症に近くなります。
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Unknown (リバー)
2010-11-13 18:46:21
TB ありがとうございます

演技と監督の力が大きい作品でした
ストーリー、真相はちょっと・・・

原作 あらためて読んでみたくはなりましたが
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リバーさん (kimion20002000)
2010-11-13 23:09:25
こんにちは。
数字の謎とかあんまりどうでもよかったような気がします。
人間の闇といったものを描いている意味では、慧作だと思いますね。
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TBありがとうございました (シムウナ)
2010-11-13 23:59:44
TB有難うございました。
過剰な宣伝に踊らされることなく
映画を観賞してきました。
ラストのオチに関しては、似たような映画を
過去に観てきたので驚きはなかったですが、
ラストの台詞がインパクトがありました。
この映画は真相を知ってから、事実を
確認していく楽しみ方がありますね。

今度、訪れた際には、
【評価ポイント】~と
ブログの記事の最後に、☆5つがあり
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もし、見た映画があったらぽちっとお願いします!!
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シムウナさん (kimion20002000)
2010-11-14 01:15:32
こんにちは。
そうですね、二回、楽しめると思いますね。
役者は、真相を知っているという部分と、そこではじめてコミュニケーションされるという部分の、二面を意識して演技しているんでしょうね。

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