サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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最後の理解者/藤田君代(藤田嗣治の妻)/98歳

2009年04月06日 | 毎日がメメント・モリ

<訃報>藤田君代さん98歳=画家の故藤田嗣治の妻


4月4日20時27分配信 毎日新聞




 藤田君代さん98歳(ふじた・きみよ=画家の故藤田嗣治の妻)2日、腹膜炎のため死去。葬儀は8日午後1時半、東京都千代田区麹町6の5の1の聖イグナチオ教会マリア聖堂。喪主はおい堀内雄也(ほりうち・ゆうや)さん。

 藤田嗣治(1886~1968年)は20世紀初頭のパリで台頭したエコール・ド・パリの代表的画家。嗣治は独特の「乳白色」で人気を集めた。藤田夫妻は55年、フランス国籍を取得。君代さんは嗣治の死後、パリ郊外の旧宅をメゾン・アトリエ・フジタとして開館するのに尽力した。


藤田嗣治の5番目の妻だが、50歳の時に結ばれ、最後の30年間を過ごし、藤田嗣治の死後の著作権を管理したのも彼女である。
上野の森美術館での、レオナード・フジタの展覧会を見に行ったとき、最後の居場所であったパリ郊外のメドン・アトリエ・フジタの資料が展示されていたが、そこで君代夫人のポートレイトを目にして、お美しい人だな、と思わされた。
夫婦に子供はいなかったが、日本に戻って太平洋戦争のさなかに他の画家と同じように従軍絵師を務め、戦後、翼賛画家に仕立て上げられ、傷心の藤田嗣治につきそいフランスに戻り、郊外にアトリエを構え、夫婦カトリックに帰依し、最後の仕事として、礼拝堂を完成する。
その晩年にずっと付き添ってきたのが、君代夫人であり、自らが彼の最高であり、唯一の理解者であるという確信を持っていたのだろう。
藤田嗣治の研究者や、展示会の誘いなどに関して、拒否することも多かったらしい。・・・合掌!


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