サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

278日目「TOYEN/涜聖の森(LIBRAIRIE6)」恵比寿

2011年12月15日 | 姪っ子メグとお出かけ

 姪っ子メグ 今日は、中目黒からヒルサイドテラスの裏手に出て、それから恵比寿の駅の方にブラブラ歩いてきたけど、お天気がよかったね。
キミオン叔父 オジサンが代官山の旧山の手通りと駒沢通りが交錯する鑓ヶ崎交差点のマンションに越してきたのが、30歳手間の頃、そこで息子が生まれた。だからこのあたりのヒルサイドテラスや八幡通り商店街や西郷山公園あたりはいつも散歩していたよ。そのあと、恵比寿南の方に移って、そこがいま出版・編集の拠点になって、おじさんは追い出されて(笑)、昔は恵比寿駅の敷地内だったビルで10年ぐらいワイワイやったわけだ。
あたしは、ヒルサイドテラスには何度も行ったけど、旧朝倉家住宅には今回がはじめて。重要文化財に指定されてるのね。広い二階建て木造建築物で、崖線をうまく利用した回遊式の庭園をめぐることが出来て、ほとんど人がいない。静かで絶好の休憩場所ね。
本当は、恵比寿で事務所借りる時に、ヒルサイドテラスにしようと思ったの。オジサンの会社の株主もいたし。それで今は朝倉家は、朝倉不動産と言うことでこのあたりを管理しているんだけど、そこにご挨拶にも行ったことがあるんだ。
へえ、そうだったの。
結局、駅の隣のビルが開いたのでそちらにしたんだけど。このあたりのヒルサイドテラスは、建築家の隈研吾さんなんかに言わせると、「究極の旦那芸」で奇跡のようにして出来た都市空間だ、と。このあたり一帯を所有する朝倉家が文化にも理解があり、渋谷から一つ目の駅で、建築はあの槙文彦さんが手掛け、長い時間をかけて町の景観をつくってきた。
そうね、この建物だけが周囲から浮いている感じはないものね。資料に寄れば、この旧山の手通りというのは、もともと朝倉家の私道だったのね。びっくり。
朝倉家は農家出身だけど大地主で精米業も営んでいた。その後東京府議会議長もされている。この旧館も、大正時代の丁寧につくられた和風木造建築だね。欄間、襖、板戸、円窓などしゃれている。部屋の数はすごく多いけど、一室をのぞいて畳敷きで、なにより庭の眺望が素晴らしい。秋深まったいまはちょうど紅葉が美しい。コーヒーポットでも持ってきて、庭石に腰掛けて、数時間本でも読みたいぐらいだ。
入館料100円だし(笑)

恵比寿駅の近くのLIBRAIRIE6という古書店というかアートとアンティックの店というか、ここははじめてだったけど、すごく落ち着ける空間ですっかり魅了されてしまった。
古いアパートの一室なのにね。オーナーの佐々木聖さんは詩人でアンティック制作もされる愛知県の芸大を出られたまだお若いお嬢さん。前は普通の住民が、アパートとして生活していたらしい空間を、改装なさって。テーマはだいたい20世紀前半のシュルリアリズムとかダダイズムのアーチストが中心かしら。なんか、関心がおじさんの本棚に似ているじゃん。
息子が古本屋にお世話になっている時に、ほとんど持っていっちゃったけどね。最近、女性が経営するこういうこだわりをもった古書店というかアートギャラリースペースというかが増えてきたね。吉祥寺なんかにもちらほらあるし。あんまりメルヘンが強すぎるとオジサンは入りにくいし、学術すぎると堅苦しいし・・・。ここはちょうどいいな。
なんか、「ユリイカ」の特集テーマのある流れに近いね。それにちょっと神秘主義的なところやフェチシズムに流れるところもあって、全体としては幻想表現の世界になっている。小川洋子の短編に出てきそうな空間だなぁ、と。
今回のチェコの版画作家であるトワイヤンは1902年プラハ生まれ。ユダヤ人の恋人とともにチェコの前衛芸術運動に入っていく。半抽象主義からシュルリアリズムへ。20年代には台頭するナチに対抗するための「赤色戦線」グループにも参加している。
チェコといえば、カフカなんかも一員であった前衛グループがあったわよね。彼女は詩的人工主義をとなえ、35年にはチェコで「シュルリアリズム展」の開催にも参加している。
美人だしね。アンドレ・ブルトンは彼女のことを「彼女の眼は光の浜辺」などと褒めている。チェコは、ナチスとその後もロシアに占領されたけど、彼女はパリに亡命したりしながら、「自由」の精神を持ち続けたんだろうね。
トワイヤンという名前も、彼女がつけた名前だけど、もともと国や性別や既存の価値から自由になろうとしたのがシュルレアリズムだものね。小惑星の名前でトワイヤンというのがあるけど、これは彼女にちなんで命名されたようよ。

 

  


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