サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

400日目「川瀬巴水展(大田区郷土博物館)」馬込

2013年11月09日 | 姪っ子メグとお出かけ

姪っ子メグ おじさん、馬込文士村のあたりは、もう何回も来たけど、いつもなんか新しい発見があるね。散策するには、ひとつはJR大森駅から歩くコース。西口からすぐに、文士レリーフがあるもんねぇ。ちょっとあの「群像」レリーフ、怖いけどさぁ(笑)。
キミオン叔父 文士の半分ぐらいは、名前言えるかな。それと、西馬込周辺を散策するコース。こちらもなかなかいい。もともと、宇野千代と尾崎士郎のモダンコンビが関東大震災の前から、馬込にいて、ここはいいぞ、いいぞと触れ回ってたんだけど、関東大震災が起きて、都内が瓦解したからね。でも山王・馬込あたりは被害が少なくて、じゃあ移るかということで、文士たちがぞろぞろと。
居住期間はいろいろだけど、モダンボーイで友だちの家に8年ぐらいいついて酒びたりの日々を過ごしたのは稲垣足穂、馬込にずっといて同居していた新劇俳優に妻を喜んで譲ったという倉田百三、高見順も十数年いたし、日夏耿之助 は山王の望翠楼ホテルを仕切っていた。ずっと後だけど、三島由紀夫も10年ほど住んであのロココ調の住まいは現存してるものねぇ。放浪の詩人室生犀星の拠点も馬込だったし、山本周五郎も、毎日万福寺あたりを散歩していた。
数年以内の滞在は他にもたくさんいる。 絵描きも多かったしね。一番は川端龍子で記念館もある。小林古径も南馬込。女性もなかなかの顔ぶれ。宇野千代は別格として、一番興味があるのは片山広子。外交官の長女で、夫は日銀の理事。息子と娘も小説家。その関係で堀辰雄の『聖家族』の細木夫人、『菜緒子』の三村夫人のモデルは彼女。ご本人は、アイルランド文学の翻訳で有名だけど、歌人でもある。すげえ美人で芥川龍之介とのプラトニックラブはあまりにも有名。片山広子の勧めで翻訳の道に進んだのが、村岡花子。『赤毛のアン』はじめ、モンゴメリーの翻訳は彼女。赤毛のアン記念館も近くにあるしね。あとは短かったけど、佐多稲子や吉屋信子も。
結構、広いよね。散策するだけで、まあひとつのコースで3時間ぐらい。一日ではとても見て回れない。そのなかに大田区立郷土博物館があるから、まずここで文士村の常設展示を見て、パンフレットなんかもいろいろあるから、頭に入れた方がいいかもね。今日はその郷土博物館で欠かせない馬込の名士川瀬巴水の馬込時代を中心とする作品展。



川瀬巴水はおじさんもあたしも大好きな版画家だけど、近代風景版画の第一人者よね。「旅情詩人」「旅の版画家」「昭和の広重」なんて言われるけど、浮世絵が幕末からすたれてきてその後「新版画」に継承されるわけだけど、川瀬巴水がいなければここまで広がらなかっただろう、と。海外では、北斎、広重と並び称されているみたいね。
川瀬巴水はもともと江戸の組紐職人の息子として生まれて、十代の半ばから絵を学び始めていたんだけど、家業を継ぐことにもなり、でも画家になるのを諦められずに鏑木清方に弟子入りして、「巴水」の画号を与えられるのもようやく20代後半、遅かったんだよね。ここで、同じく清方門下生の伊東深水と出会うわけさ。彼が『近江八景』を版画で出して話題を読んだので、じゃあ俺も版画家に転向するぞ、となりここから怒涛の快進撃が始まる。
そこでは「新版画」のプロデューサーと言われる渡辺版画店の渡辺庄三郎の果たした役割が大きいのね。浮世絵以降の版画のあり方を模索していた渡辺は、もともとは海外への輸出用に浮世絵の原画や復刻絵を扱っていた関係で、海外のメキキたちのニーズにもよく気付いていた。だから、自分で絵を書き、版画をつくる創作版画はもちろん洋画の浸透もあり、拡大していくんだけど、渡辺はやっぱり、画家、彫師、摺師の三人が協力して作品化する錦絵からの手法にこだわった。それで、伊東深水なんかにも声をかけて風景画を描かせたりして、そこから川瀬巴水が出てきたわけね。
江戸時代には「蔦や」とか何人も有名な版元プロデューサーがいたわけで、その大正版だと思えばいい。嬉しいのは、この渡辺版画店は今でも渡邊木版美術画廊としてずっと活動している。銀座の博品館の近くにあるよ。
で、川瀬巴水は『旅みやげ』とか『東京八景』とか、とにかく写生に写生を重ねて、膨大な写生帖を残した。ところが、関東大震災でほとんどが焼失しちゃう。これ、ショックだったでしょうねぇ。
たぶん渡辺が励ましたんだろうけど、なんとか復活、それからは日本全国の風景を活写、ついには朝鮮にまで出向いて『朝鮮八景』まで制作しちゃう。とにかく、今回の展示会でよかったのは、パートナーである、無名の彫師、摺師の顔がみえるかのような製作工程の展示が膨大にあったこと。ひとつの写生から絵を起こし、それも工程の途中で、彫りを加えたり、摺りの段階で朝焼けを夕焼け風にしたりとか、とにかくいろんな効果を追求している。
 そうよねぇ。夜とか雪が生涯のテーマとなるけど、人物を描写する時、風景の中で後ろ向きの姿を捉えるケースが多いでしょ。独特の俯瞰からね。あれが情緒になるのよねぇ。
今まで何度も川瀬巴水のミニ展示には行ったけど、ここまで揃っているのは初めてだ。目録見ると、ほとんどが渡邊木版 の提供なんだろうけど、大田区も胸を張っていいね。川瀬巴水の題材は、本当にどこにでもある普通の風景で、すごく郷愁に誘われる。今度千葉市美術館で川瀬巴水展が開かれる。内容はほとんど同じなのかもしれないけど、また見に行こうか。
うん。何回見てもこの人は実物版画を見たいんだもの。 

 


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