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喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

名古屋にいる喜久家の仲間からの便り 

2011-03-28 | 喜久家の情報
 今日もうれしい便りが名古屋のゆうこちゃんから届きました。
出身は、岐阜ですが。
とてもうれしかったので、紹介します。
いつものように事後承諾で。
 
 『こんにちは。
 先週は、ワークキャンプの子が帰ったちょうど当日にお邪魔し、
迷惑掛けてしまいすみませんでした。

 久々に行く伊方は、もちろんなにも変わっていませんでした。
それがなんかとてもうれしくてうれしくて。
伊方は変わらずに受け入れてくれるのだなと感じました。

 昨日まで私は岐阜の実家に帰っていたのですが、
田舎の風景がすこしずつ、変化を遂げていました。

 廃墟となった陶器の工場や、更地になった土地・・・
なんだかそのような風景を見ると落ち着かない気持ちになりました。

 改めて、見慣れた風景の残る場所は、いいなってそう感じました。

 伊方に出会えてよかったです

 ではまた近いうちに^^ 』

 
 何も変わらない良さ。
変わらず受け入れる。
変わらず、「お帰り~」って。

 湯布院のまちづくりを進めた溝口薫平(みぞぐちくんぺい)さんたちが、
湯布院の未来モデルにしたドイツのバーデンバーデンで感じた気持ちと重なります。

 長い時間が過ぎても、変わらない良さ。

 これって、すごいことだと思います。

                     岬人



 平礒でのワークキャンプをふり返って (あっこちゃんより) 

2011-03-24 | 喜久家の情報
 3月に行われた喜久家国際ワークキャンプの参加者から
続々と便りが届いています。

 今日は、あっこちゃんからの便りです。
「青山学院大学にもこんな若者がいるんだな~」
というすてきなあっこちゃんでした。

 とにかく明るい行動派。
 ヨーロッパでのワークキャンプ・オーストラリアでの留学経験を持ち、
さまざまなちがいを受け入れられる大らかさと明るさが光っていました。
「こんな子が田舎にいてくれたらな~」
とも思いました。 

『ワークキャンプ中は大変お世話になりました!
私は昨日の夜地元に帰ってきました。

 みんなと一緒に喜久家にいたのはほんの一週間前のことですが、
もう懐かしくなんだか切ない気持ちです…

 最高の仲間と、温かな地元の方々と過ごすことのできた、本当に濃い2週間でした!
 人との出会いって、本当にいいなぁって改めて思いました。
 色んな人と出会うことができて、色んな話ができて、とてもいい刺激になりました。
 
 素敵な出会いをたくさんもたらしてくれた喜久家に感謝です!
 そして今回できた人のつながりが、また新しい出会いや流れを生み出していくと思うと楽しみですよね。
 これからも、遠くからではありますが、喜久家を応援しています。

 私自身も今回の経験を自らの今後に活かしていけるように、日々頑張りたいと思います。

 それから、ブログも今日初めて拝見させて頂きました!
 自分のあんな気の抜けた姿が公になっているとは知らなかったですが笑、
2週間を楽しく振り返らせていただきました。
 今後も更新楽しみにしているので、是非よろしくお願いします☆』

 あるとき、ひょっこりと帰って来てくれそうな
さわやかさです。

 あたたかい春の足音が、すぐそこに聞こえてきました。

                        岬人

喜久家メンバーからのお便り (ゆうこちゃんより)

2011-03-20 | 喜久家の情報
 15日、喜久家に来てくれた喜久家メンバー、名古屋のゆうこちゃんから
お便りが届いたので紹介します。

『昨日は本当にありがとうございました。
前日も深夜遅くまで起きていてねむいだろうに、
私たちのために話に来て下さり感謝しています。

 平礒に来るとなんだか心が開放的になります。
それはのんびりとした景色のおかげであったり、
雰囲気であったり、
人のおかげであったりするのですが、
名古屋にいるときのせわしない自分が一気に緩みました。

 教師である先生方、
むちゃくちゃなようで実はしっかりしてそうな脚を引きずっている人、
教師を目指す愛媛大学の3人、
いろいろなこよに挑戦するパン屋さん、
本当に無邪気な双子ちゃん、
様々な人にまた出会えて良かったです^^

 また写真送りますね~』

 心が解きはなたれるということです。
 田舎には、平礒にはそんなもの言わぬ何かがあるんですね。
 人は、目に見えるすてきな所ばかりに集まるのではないようです。
目に見えないすてきな所。

 みなさんの住まれているのもそんな所ではないですか。

                   岬人


台湾からの便り (ゴーより)

2011-03-19 | 喜久家の情報
 1年前、喜久家には台湾の若者3人がいました。
テイ、シュー、そしてゴー。

 喜久家国際ワークキャンプに参加したテイが、
こちらでの生活をとても気に入り、
アルバイターとして友だち2人を連れて帰ってきたのです。

 2人は、一見静かですが、
とてもおもしろくて、周りの人を楽しくさせてくれました。
思い出に残る若者たちでした。

 あれから1年。
突然、ゴーから便りが届きました。
紹介します。


『お久しぶりです、ゴーです。
手紙遅れですみませんでした。
 
 シューから手紙を読んでもらいました。
そちらは問題なくて、本当によっかたですね。
 
 それからもう一年くらい経ちましたね。
 時々そちらの事を思います。
 やっぱりそんな心から、自然に他の人を心配する事は、
今の都市にはなかなかできないです。

 この感じは帰ったばかりの時、
ある事件より深刻に体験しました。
  
 最後に嬉しい事一つ、お知らせです。
皆のおかげで日本語能力試験一級を合格しました。
 
 じゃ、今度はここで終わらせで、皆にもよろしくを伝えてください。

                    
PS.文法やどこか間違えたらすみませんでした。

                        ゴーより 』

 すごいですね。
 ゴーは、英語も上手で、日本語も全然問題ないです。
そんな優秀な若者たちが、国内から、世界から喜久家を訪ねてくれます。

 台湾に行ってみたくなります。
何だか、世界が身近に感じられます。

                     岬人

喜久家国際ワークキャンプをふり返って

2011-03-19 | 喜久家の情報
 喜久家国際ワークキャンプに昨年から参加した
愛媛大学のゆめちゃんからうれしいコメントがありました。

『私にとって、喜久家のワークキャンプは国際ボランティアを通して成長していきたい
と思っている人たちが集まっているので、
色々な話ができ、とても刺激になるから毎年来たいなと思っています。
 また、おさむさんとも教育について、地域の方々と教育や勤労についてのお話もできるので、
私にとっては本当によい機会だと思っています。

 今回のワークキャンプのメンバーと関わることによっても
ボランティア活動をする目的についても考えさせられました。

 今回の学んだことも含め、卒論を書いていけたらなと思っています。

 今回は短い期間でしたがありがとうございました。
また、会えることを楽しみにしています。』

 人との出会いによって、成長していくんですね。

「人は人によりて人となる」です。

                    岬人

祭りの後

2011-03-18 | 喜久家の情報
 先日15日で喜久家国際ワークキャンプが終わりました。
「祭りの後」がとてもさびしく感じるように、
にぎわっていた喜久家が静かになることは、とてもさびしいものです。

 ところがうれしい知らせがありました。
 昨年の喜久家国際ワークキャンプの参加者、
名古屋から侑子ちゃん、愛大生のしずかちゃん、まりこちゃん、ゆめちゃんの4人が
1泊2日で喜久家に来てくれたのです。

 何か不思議でなりません。
「そこまでして来たくなるような場所なのかなー」
 
 夜7時を過ぎて眞矢さんと喜久家を訪ねると、
4人が楽しそうに夕食を作っていました。
実に楽しそうに。
「ああ、いいな~。この雰囲気。」
不便なところが多いけれど、他にはないものがここにはあるようです。

 久しぶりに会った4人と、でも1年前のあの時が一気によみがえり
時の流れを感じさせないこの空間で、楽しい話で盛りあがりました。
 となりの眞矢さんも本当に楽しそうに話をしていました。

 しばらくして、田村菓子舗のよっくんがやって来ました。
ここ最近、よっくんは喜久家の活動に皆勤賞。
大いに盛り上げてくれるのです。
 そこから、また新たなすばらしいつながりができています。

 若者は、すばらしい!

                   岬人

2011喜久家国際ワークキャンプメンバー(ティニー)からのお便り

2011-03-18 | 喜久家の情報
 先日15日に、喜久家国際ワークキャンプが終わりました。
参加者はさて、どんな思いを胸に出発したのでしょう。
もう少し後になって、気づくこともあると思います。
そんな実り多いことをのぞむばかりです。

 今日、別府の立命館太平洋大学に留学している
台湾のティニーからうれしい便りがありました。
紹介します。

『ティ二ーです!いま別府に安全に着きました。
お世話になって、本当にありがとうございました!
この2週間は私にとって一生忘れられない思い出。
(心が暖かくなって、感動しました)

 台湾へ帰る前に、みんなと一緒にもう一度平礒へ行きたいです。
その時もよろしくお願いします!

 家族でぜひ台湾に来てくたざい。』

 うれしいです。
台湾にも親しい友ができました。

 ティニーに聞いて驚いた話があります。
ティニーは今、台湾の師範大学の学生です。
台湾では、教師をめざす人は師範大学に進学するようです。

 「師範大学」とは戦前に日本にもあったものです。
今は、教育大学に名前が変わりました。
 戦前日本は台湾を統治していたので、
日本のふるきなごりが残っているようです。

 残るということは、日本に対して好意的ということでしょう。
ティニーの話に驚くと同時に、
とてもうれしくなりました。

 平礒喜久家の小さな窓から、
世界を覗く(のぞく)ことができています。

                 岬人

2011 喜久家国際ワークキャンプお別れ会2

2011-03-15 | 喜久家の情報

 経験豊富でとても明るいあっこちゃん

 
なっちゃんの涙には、みんなもらい泣きしました。


 日本語をもっと勉強してまた来ますと言ってくれた香港のポン


 あきらめない自分をつかんだうっちー

 
 みんなの一言一言をかみしめました。

 私たちは、みんなを決して忘れません。
岬の郷に新しいさわやかな風を吹かせてくれました。

 また、会いましょう。

「行ってらっしゃい!」

2011 喜久家国際ワークキャンプお別れ会1

2011-03-15 | 喜久家の情報
 昨夜、喜久家国際ワークキャンプお別れ会が開かれました。

 2週間をふりかえるメンバーの一言一言は、
実に重みのあるものでした。


リーダーという大役を果たしてくれたちーやん


とても気づかいのあるきのぴー


もの静かだけど芯の強さを感じる韓国のミンジー


別府の立命館太平洋大学に留学している、日本が大好きな台湾のティニー


喜久家国際ワークキャンプ 大交流会

2011-03-13 | 喜久家の情報
 昨夜、喜久家国際ワークキャンプのメンバーと地域外の人たちとの
大交流会をしました。

 まず最初に、東北・関東巨大地震被災者に全員で黙とうを行いました。
伊方原発の安全性についても話が広がっていきました。

 突然の誘いにもかかわらず、さまざまな方が来てくれました。


 若松進一さんです。
 2週間前に三崎中学校へ講演に来ていただき、
中学生たちの心をあっという間につかみました。
 息子が若松さんにあいさつに来ました。
若松さんいわく
「父ちゃんみたいになりたいか?」
息子「いいえ。」
若松さん「ははは。でも親子は似てくるものよ。」


 双海町の若きリーダー、松本さんです。
 総務省事業の「地域おこし協力隊」を募集するらしく、
その楽しさを参加者にPRしていました。
私が応募したいくらいでした。

 
 大江の伝さんです。ふるさと大江を「どげんかせないけん」と活動しています。
鳥津の民宿道元さんといっしょに来てくれました。
 見上げる伊方町国際交流員ジェサミン。
 昨夏、一緒にアメリカミネソタ州レッドウィングに伊方町の中学生を引率し、
その考え方のすばらしさにふれました。

 
 3時間前、突然のお誘いながら、若松さんとの旧友のよしみで、
めずらしいシラスと小さなイカを手土産にかけつけてくれた木嶋水産社長。
 横でスラスを持っているのは、田村菓子補の三代目。
 三代目もお手製の「金太郎いもタルト」と「浅野さんちのデコポンロール」
を持ってきてくれ、若者たちに喜ばれました。

 
 わざわざ松山からかけつけてくれた伊方のかわいい教え子たち3人。
真紀、明日香、智乃。
その右が湘南のサーファーなっちゃん。
後ろが、まちづくりを研究しているきのぴー。


 右から香港の色男、ポン。
みかんには、ポンの名がつくものがたくさんあります。
デコポン、姫ポン、ポンカン、ポンジュースなど
 韓国のひかえめなミンジー。みかんが実る景色がロマンチックと言ってくれました。
 湘南サーファーなっちゃん。
 三崎の受け入れ農家で意気投合した溜池君。
 左が、ボランティアの魅力に目覚めつつあるうっちー。


 毎年、二名津小学校の全校遠足で、国際ワークキャンプメンバーを受け入れの手助けをしてくれる山根先生。
メンバーは、田舎の子どもたちとのふれあいが、とってもよかったと言っていました。
 まん中は、伊方町のホンモノの行政マン、山口君。
地域づくりを自分のライフワークにしています。こしかけの取組ではないのです。
 左は、木嶋さん。
 この他、八幡浜からYGPリーダーのっくん。
八幡浜が元気なのは、のっくんの力が大きいのです。
そんなのっくんのお話にワークキャンプメンバーたちは、ただただ感心・感動していました。

 
 昨年までの喜久家プロジェクトのスライドショーを見ています。
感動がよみがえってきます。

 喜久家国際ワークキャンプメンバー8名、平礒以外の地域の人たち15名。
総勢25名の大交流会。
 ちなみに平礒の人口が50名なので、
その半分におよぶ人数が平礒以外から集まり、楽しい時間を過ごしました。

 明日は、早くもお別れ会です。

喜久家のすてきな仲間

2011-03-09 | 喜久家の情報
 今、喜久家国際ワークキャンプ中です。

 喜久家にはなかなか行けないので、
最近、使い始めたフェイスブックで、メンバーの何人かとやりとりをしています。

 みんな、楽しんで活動してくれているようで、
本当にうれしくなります。

 写真は、6日(日)の写真。
一番右が昨年のリーダー、鈴木恭平君。
 昨年、厚生労働省の事業「田舎で働き隊」
として6ヶ月、活動してくれました。
本当にやる気あふれていて、平礒にとけこみました。
 今回もわざわざ埼玉から様子をみにきてくれて、
励ましやちょっとしたアドバイスもしてくれたようです。

 左から2人目は、
ドイツのカトリーナ。
両親がベトナムなので、とってもきれいなアジア人の顔立ちをしています。
 現在、大阪大学に留学していて、
田舎の高齢化や過疎化について興味があるようです。
それが理由で、今回平礒へ来てみようと考えたようです。
 ドイツでも同じような様子がみられるようで、
そのことを論文にまとめたいと考えています。
 テストのため、ワークキャンプ前半で
大阪に帰ることになりましたが、
これからもメールなどでさまざまな情報交換ができそうです。

 田舎といえども、都会とかわりなく
情報収集や情報交換ができます。
 若松進一さんが、
「情報は、発信するところに集まる」
とよく言われます。

 田舎者もがんばります。
そして、田舎のすばらしさをどんどんお伝えします。

                   岬人

 

 
 

2011 喜久家国際ワークキャンプ歓迎会

2011-03-04 | 喜久家の情報
 いやー盛りあがりました。
夜中の12時近くまで。

 くわしくは、また今度たっぷりとお伝えします。

 みなさんに交流会のお知らせです。
不特定多数のみなさんと国際ワークキャンプメンバーとの大交流会をします。
日 時  3月12日(土) 夜7時
場 所  伊方町平礒 JA選果場2階
飲み物  自分が食べる物、飲む物は持ち寄ってください。

 これが誰かに負担をかけることなく、一番やりやすい方法です。 
 なおこの情報は、たいへん限られた人のみ知ることができるものですから、
ラッキーです。

 ちなみに昨年までの様子は、
「すごい!」の一言。
「ここはどこ?」といった感じ。
 50人もいない平礒に、
30人以上の他地域からの参加者。

 「出会いは、学び」です。   岬人
 

喜久家の仲間からの便り

2011-02-06 | 喜久家の情報
 喜久家には、うれしいことに年々来てくれる若者たちが増えています。
今年も3月から始まる「喜久家国際ワークキャンプ」を楽しみにしているところです。

 国内外から10名の若者たちが、それぞれの思いを胸に集まってくれます。

 中には、その後もメールなどでつながり、
なつかしい思い出話に花が咲きます。
中でも韓国のアン・ジヨンは、とてもつながりの深い一人です。
韓国では、先日旧正月をお祝いしたとメールしてくれました。
うれしい知らせです。

 喜久家ワークキャンプに参加した若者から
次のようなメールが届きました。 


『こんにちは。お久しぶりです。
こちらは昨日から気温も10度台になり、ようやく温かい兆しが見えてきました。
伊方はどうですか?ブログの方では、雪が積っている写真を拝見しましたが。

 私は今大学3年で、周りは就職活動に精を出しています。
私はと言うと、その波にうまく乗ることが出来ず、
ただ呆然とその様子を眺めています。

 実際は、小学校教員に必要な授業を履行し、勉学に励んでいるのですが、
今のところ、卒業後すぐに教員になりたいとも思っていません。
 
 それは、教員の素質が現段階では私にはないと思っているからです。
魅力のある教員であれば、学ぶ児童もいろいろなことが得られると思います。
 しかし、教員が人間としてまだ魅力的でない場合、
その状態で教員として、児童の前に立つのはどうかと思うのです。

 教員以外にも、地域おこしやWWOOF(労働力を提供する代わりに、
食事と住居を提供してもらえる短期の農業のボランティア)、
(上記二つはおそらく伊方のワークキャンプに行ってから興味がわきました。)
海外青年協力隊に興味があります。
それは、それらを行ってから、教員を目指してもいいかなとも思っています。

 しかし、新卒の今、企業を逃すことがどれくらいのデメリットなのか、
あまり実感できておらず、ただ単に利益重視の企業に、
みんながみんな同じ服装をして、企業説明会に行ったりすることにうんざりしているだけで、
 企業の良さに目を向けられていないのも事実です。
企業でも、できること、やりたいことはたくさんあると思うのですが。。。

 以上のように、この先の進路をどのように進めたらいいか困っています。
(略)』

 これについて、どなたかお考えを書きこんではもらえませんか。
できるだけ、色々な考え方があった方がいいです。

 喜久家に来る若者たちは、かなり目的意識がある若者たちが多く、
何か今の世の中に疑問を抱いている人も多いようです。
同じようなことを昨年度のキャンプリーダーきょうへい君も言っていました。

 このブログにでも、メールにでもかまいません。
考えを聞かせてください。

                 岬人(はなんちゅう)




NHK松山放送局の若きエース

2011-01-30 | 喜久家の情報
 先日、NKH松山放送局ディレクターの大平さんから
「喜久家プロジェクトの様子や活動を実際に見てみたいのですが。」
という電話がありました。

 では、土曜日の午後お会いしましょう
と約束し、伊方町平礒喜久家に来てもらうことになりました。

 東京大学出身ということにビックリした私ですが、
見た感じとその話ぶりからは、
距離感を感じず、とても親しみやすい雰囲気を持たれていました。

 小さな小さな平礒の集落を歩きながら、
様々なお話をしました。
 平礒の現状、そこに住む人たちの思い、柑橘農業の様子と将来性、
喜久家プロジェクトの様子とこれからのこと、
平礒が少しずつ変わってきていることなど。

 大平さんのお話を聞いてすごく感心したことがあります。
 番組を制作するディレクターという仕事をみたとき、
自分の足で実際に現地におもむき、見て、聞いて、
つまり五感を使って情報を得るということがとても大切と考えられていることです。
 だから今回、ここ四国最西端の小さな田舎まで来ていただいたわけで。

 私は、テレビ局ということで、さまざまな情報が入ってくるだろうと想像していました。
確かに入ってくるようですが、
それは広く浅くの情報が多いようです。
しかもかなり時間的に遅れて。

 よりタイムリーに、
しかも深く知るには、
やはり現地に足を運ぶことが最も大切のようです。

 大平さんとお話をしていて、とてもうれしい気持ちになりました。
「ここにも本物を大切にされている人がいるんだ。」
と感じたからです。
 
 今回の訪問は、プライベートの行動で番組制作とは関係ないようですが、
私にとっては、とても大きな収穫がありました。
そしてすばらしい方とつながることができました。

 人と人とが出会うって、すばらしいものです。

                  岬人(はなんちゅう)
 

「岬の熱い夜」  はーと・ねっと・くらぶ徒然日記より

2011-01-18 | 喜久家の情報
 先日15日(土)に喜久家で行われた懇談会の様子を
はーと・ねっと・クラブ代表の田中さんが、
ブログで書いてくれていました。
 お知らせします。

題名は、「岬の熱い夜」。

『先週の土、日を利用して西宇和郡伊方町平磯というところに出かけました。 
佐田岬半島の端の方から国道を外れて、離合ままならぬような道をかれこれグネグネと走ったところから、
またグネグネ登った所に車を止めて、
人一人が歩ける幅の道のようなものを今度は降りて行き、
迷路のようにグルグルと歩いたところが第一の目的地です。 
 500ml×24の缶ビールを肩に担ぎ、宿泊セット、ビデオセットを忍ばせたカバンを持ち、
カメラバックをぶら下げてやってきたその宿の名は ・・ 「喜久家」

 喜久家プロジェクト http://blog.goo.ne.jp/kikuya2009 
としてその世界では、つとに有名な活動であるが、詳細はHPで。

 世界中からこの地にボランティアとしてやってくる若者たちの宿泊拠点として利用されている、
築100年の古民家である。 
 玄関をくぐると土間である。 
台所も土間である。 
トイレ・フロは外である。 
隙間風というか、どこからともなく空気が流れる。 
涼しいと取るか、寒いと取るか、自由である。 
土曜の夜からすっぽりと寒気団にハマった。 

 この喜久家は半島の中腹、海の見えるというか海風モロの絶好の場所。 
最高の場所に最高の時期に来たようです。 そして、 ・・・

 その日集まったお仲間の濃いーーーいことと言ったら ・・・

 喜久家代表の浅野農園社長の浅野洋海氏、
副代表の浅野長武氏(現役のヒューマニズム教師)、
らいぶ「あっ」実行委員長兼会社経営者の増田氏 http://goske.jp/live-a/index.htm、
田村菓子舗代表の田村氏 http://ameblo.jp/sizenndou/、
海外青年協力隊経験者の田村保健師さん、
ロス在住で正月帰省中のりえさん、
清家町議会議員さん、
喜久家で住み込みお手伝い中の橋本氏、 
という平磯、二名津地区だけでこんなすごかましい人たちが集まるんかいっ!   
っていうくらいの面子でした。 
 人口比率でいえばすごいんじゃないでしょうか?

 一人一人がまさに活動家なので例をあげるときりがないでしょうし、
また例のごとく私の頭は寝るとリセットされるためあまりよく覚えておりません。
 皆さまごめんなさい。。 
悪気はありません。 
起きてる間は多分一生懸命話しているし、聞いていると思うのですが・・   
寝るとだめなんです。  病気かも ・・

 でも確かに覚えているのは、外気の低さをモロともせずに、
心内気温は熱いまま午前4時に寝たような記憶はあります。 
その後まだやってたメンバーもいたようですが、無理です。限界です。 

 しかし、楽しかったなぁ。 
 初対面にかかわらずずっと本音で接する仲間というのはそうそういませんよねー。 
っていうか、相手から見れば私はえらい迷惑だったかも知れないのですが ・・  ごめんなさい。。  
その代わり、のぼさんと特にジョナサンが頑張ってくれたから大丈夫だったかも・・

 朝は橋本氏のお手製のおいしいお味噌汁で少し生き返り、
ここに来た目的の一つであるあいあいキャンプ候補地見学へと出発するのでありました。 
 一面銀世界の中を感動的に車は進みます。

 浅野代表は朝まで飲んでいたのにもかかわらず、
いやな顔一つせず我々を先導して廃校跡を案内してくれるのでありました。 
 いくつか見せていただきながら私の頭の中でいろんな情景が浮かんできましたので、
また後日確認に行き、練り上げた上で地元の方々も含めてお世話になろうと思いました。 

 あいキャンは元々県内各地とコラボレーションしながら、
障害者も含めた人間理解、およびそのことにより生まれ来る相互扶助の精神育成という目的があります。

 長年現在の中津地区にお世話になってきましたが、
きれいになった中津小学校では、我々の活動以外に
「中津ミュージックキャンプ」という町以外のミュージシャンも招待した合同音楽会も年に数回行われるようになりました。
 スポーツ合宿もあります。 
 地域の集まり、飲み会、宿泊大会も盛んです。     
 廃校が生き返ったのです。 

 そろそろ次の場所でまた初心に帰り活動する時が来たように思います。
慣れすぎず、依存しすぎず、適度の緊張感を失わず、また一から作る。 
そんな気持ちこそが、子供たちと関わる私たちが一番大切にしなければならないものではないでしょうか?
 その気持ちを   私は   「チャレンジ」   と呼びます。
 
 この地域の若者が素晴らしいのは、
厳しい自然の中でチャレンジし続ける両親の背中を見て育ったからこそに他ならないのかも知れないなあと思えるからこそ、
子どもとかかわる大人は自らにチャレンジを強いる責任があるようにも思えるのです。 
そのことを再確認出来た気がします。

 三崎の皆さま、その節はよろしくお願いいたします。  
取り急ぎこの場をお借りしまして御礼申し上げます。 
本当にありがとうございました。』

 何やら、新しい出会いにより、
新しい風が吹きそうな予感。

                 岬人(はなんちゅう)