石川啄木年譜
1886年姉二人の第三子として生まれる
14才 与謝野鉄幹の起こした明星の新詩社に入る
18才 与謝野鉄幹より雅号 啄木をえる
20才結婚
21才 渋民村尋常小学校の代用教員になる 長女京子生まれる
23才 上京
24才東京朝日新聞社校正係
25才 一握の砂 出版
27才 死去
悲しきは 飽くなき利己の一念を もてあましたる男にありけり
非凡なる人の如くに振る舞える後の寂しさは 何にかたぐえん
わが抱く 思想はすべて 金泣きに因する如し 秋の風吹く
悲しみといわば言うべき 物の味 吾の嘗めしは余りに早かり
感想
27才で世を去る運命だから、すべてが早熟だ。そこにはたぎり、ほとばしる情熱がある。己の才に対する自信と不安がない交ぜになっている
人生の味を早く知りすぎたのはやはり悲しみだったのだろう。ただここに彼の若さを見る。もし彼が長生きして、気性の激しさが取れて来たときには、彼は円熟した人生の味を歌い上げていただろうか。
1886年姉二人の第三子として生まれる
14才 与謝野鉄幹の起こした明星の新詩社に入る
18才 与謝野鉄幹より雅号 啄木をえる
20才結婚
21才 渋民村尋常小学校の代用教員になる 長女京子生まれる
23才 上京
24才東京朝日新聞社校正係
25才 一握の砂 出版
27才 死去
悲しきは 飽くなき利己の一念を もてあましたる男にありけり
非凡なる人の如くに振る舞える後の寂しさは 何にかたぐえん
わが抱く 思想はすべて 金泣きに因する如し 秋の風吹く
悲しみといわば言うべき 物の味 吾の嘗めしは余りに早かり
感想
27才で世を去る運命だから、すべてが早熟だ。そこにはたぎり、ほとばしる情熱がある。己の才に対する自信と不安がない交ぜになっている
人生の味を早く知りすぎたのはやはり悲しみだったのだろう。ただここに彼の若さを見る。もし彼が長生きして、気性の激しさが取れて来たときには、彼は円熟した人生の味を歌い上げていただろうか。