昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   45

2011年12月27日 | 日記

電車賃を残し、残りすべての小銭をテーブルの上に置いて、煙草を2~3本胸のポケットに差し込んで、僕は店を出た。

九条河原町を京都駅の方へ曲がると、京都タワーが丸物百貨店の上に半身を突き出していた。明けていく朝の光に、その肌は薄く茜色に滲んでいる。その姿に、京都駅に降り立ち、初めて京都タワーを眼前にした時の強い違和感はない。なぜか妙にやるせなく懐かしい想いに立ち止まっていると、左肘を強く握りしめられた。

上村だ!と振り向くと、僕と同じ高さに鋭い眼光があった。

「兄ちゃん、学生さん?」

のけぞり気味の僕に精一杯の笑顔を見せるが、それがかえって僕の上半身をのけぞらせる。目が合うのを避けようと目線を落とすと、くすんだアロハシャツの袖口から刺青が覘いている。

「そうですが……」

肘を握っていた手が離れる。

「兄ちゃん、全共闘?」

「いいえ」

手が離れた安堵感とアンバランスな彼の風体と質問の可笑しさに、正面から向き合いながら、僕は少し笑った。

「そうか~~。そら、安心やわ」

「え?」

訝る僕に、彼は「全共闘には手を出したらあかん、言われてるんや。……いや、何しよう言うわけやないから、安心しい。……わしらでもかなわへんから、恨まれんようにしいや、いうて兄貴があんまり言うもんやから、どんな学生さんが全共闘やるんか思うて、気になってなあ」

と、話した。まだ少し警戒の色を残してはいたが、その目付きは和らいでいる。頬がほんのり茜色に染まっているのは、アルコールのせいだろう。

煙草を勧め、オイルライターで火まで点けてくれる彼に、全共闘の学生も普通の学生であること、世直しをしようとしている学生たちだということ、ゲバ棒は防御のために持っている物だということ、働いている者もいれば仕送りで暮らしている者もいることなどを、問われるままに話した。いつの間にか、二人一緒に銀行のシャッターにもたれていた。

「ええ奴らやんか。わしらと変われへんやないか。で、なんで暴れよるんやろう?…ウチのお母ん、暴力はあかん、あかん、言うて……、わしがいつも言われてるようなこと言うとったで、全共闘に」

「そうですね。暴力はあきませんねえ、確かに」

弁護、正当化しようとしていたような僕の足元を、彼はお母んの一言ですくってみせた。僕は体勢を立て直す気にもなれず、ただほほ笑み、彼の次の言葉を待った。

「兄ちゃん、ええ人そうやけど、こんな時間にこんなとこで何しとんの?」

「友達と、そこの深夜喫茶で話してたんですよ」

「飲んだんか?」

「そうです。それで、電車なくなって」

「なんや、京都の学生さん違うんかいな。そら、あかんやないか、電車なくなるまで飲んどったら。大丈夫かいな。学校あるんやろう。勉強せんとあかんねやろう」

思わず「すいません」が口に出た後、千里丘の中華料理屋で住み込みをしていることや京都にいる友達と会うのは久しぶりだということなどを語った。まるで、近所のおじさんに注意された中学生の言い訳のようだった。

彼はすっかり兄貴気分になったのか、自らを“河原町のケン”と名乗り、「何か面倒なことがあったら、“河原町のケン”の友達や、言うてええからな。大概のことは大丈夫やからな」と胸を張り、「頑張りや~~」と、くしゃくしゃの札を一枚、僕の胸ポケットに捻じ込んだ。

「いや、困ります。……これは…」と札を取り出そうとする僕にさっさと背を向け、「ええて、ええて。取っとき」と去って行きながら、一度くるりと振り向くと、「勉強はせんとあかんでえ」と行ってしまった。僕の手の中には、潰れた煙草の葉にまみれた千円札が一枚残っていた。

 京都駅に着くと、もう5時半を回っていた。

つづきをお楽しみに~~。

                                                       Kakky(柿本)

第一章親父への旅を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第二章とっちゃんの宵山を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章石ころと流れ星を最初から読んでみたい方は、コチラへ。http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/14d4cdc5b7f8c92ae8b95894960f7a02


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