世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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風の断旗⑮

2018-06-12 04:16:46 | 夢幻詩語


その日は、雲一つない真っ青に晴れた冬の空だった。シリルは中央空港に行き、ロメリアから来る占領政府司令官を迎えた。

負けた国の指導者とは、何とも痛いものを背負ったものだ、と思いながら、シリルは滑るように滑走路に降りてくる飛行機を見た。

飛行場には、彼と十人ほどの護衛官と係員しかいなかった。儀仗隊の出迎えなど考えられない。戦敗国とはそうしたものだ。だが気落ちしてはならない。

飛行機は鈍く太陽光を跳ね返しながら、ゆっくりと止まった。シリルは目を細めてその様を観察した。ロメリアの軍用機はかすかに灰色を帯びた白に塗られ、尾翼に三つの目を持つ鷲の紋章が誇り高く描かれていた。もちろんロメリアの紋章だ。

シリルは飛行機には詳しくないが、その軍用機を見て少々古めいていると、感じた。以前に見たことのある最新型の飛行機と比べると、全体の形が、少々クラシックだ。シリルはロメリア人が、最新のスタイルよりも、幾分古いものを好む性質があるのを知っていた。

「来ましたね、閣下」
後ろからエミールが話しかけてきた。
「閣下はよせ」とシリルは言った。
「しかし、ムッシューでは、とても」とエミールは言った。
「ムッシューでいい」

タラップが降り、飛行機の扉が勢いよく開いた。すると灰色のスーツを着た細身の長身の男が、にょっきりと現れた。

「おでましだ」
シリルは踏み出した。冬の日に照らし出された飛行場を、鳥の影がよぎった。小春日和だ。彼は仕立てのよいダークブラウンのスーツに、これまた仕立てのよいフロックコートを着こんでいた。一国の指導者と言ってそん色はない。戦敗国とは言え、飲まれてはならない。

「占領政府司令官、ヘンリー・ベイカーです。あなたは?」
タラップの根元で出会った時、ヘンリー・ベイカーは流ちょうなアマトリア語で言った。とっくに知っているだろうに、とシリルは思ったが、笑いながら言った。

「アマトリア暫定指導者、シリル・ノールです」

二人は握手を交わした。シリルはベイカーの手に、じっとりとした汗を感じつつ、力強く言った。

「この度のことに、全責任を負ってあたります」

すると、ベイカーの目が、微かに痙攣した。これは、見損なってはならない、という色が目に走った。

「どうぞこちらへ。主迎宮へ案内します」

一通りの挨拶を交わした後、シリルはベイカーを空港に待たせておいた車に案内した。旧型のフォードの高級車だ。ベイカーは、ヒュー、と口を鳴らした。ロメリア人の好みをついている。

みごとに、シリル・ノールはこういうことをやれるものなのだ。

ベイカーを乗せた車を見送ると、シリルは別の車に乗り込んだ。運転席にはエミールがついた。

「発車します、閣下」
「閣下はよせと言っただろう」
「しかし、わたしの気持ちが」
「わたしは政権簒奪者だ。カジミールと変わりない」

エミールはぐっとつまりながらも、キーを回した。ゆっくりと走り始めた車の中で、シリルは言った。

「この責任は、必ずとらねばならない」

シリルは車の窓から空を見た。

晴れたアマトリアの空に、風のように、あのアコーディオンの音が流れているような気がした。


(終わり)





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