世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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風の断旗⑤

2018-06-02 04:17:39 | 夢幻詩語



小さな国旗がいくつも翻る、不気味な戦時下の町の中を、シリルの乗ったトラックは一直線に、故郷の町チュリオンを目指した。

アマトリアの国旗は本来「時計紋旗」というものである。白い地に青い太線の二重丸を染めぬいたものだが、外側の丸は永遠に続いていくアマトリアの時を表し、内側の丸は、その中で繰り広げられるありあまるこの世界の豊かさを表す。シンプルだが美しい旗だ。アマトリアに古くから伝わる、時の王の伝説を元にしたものである。

しかし今、アマトリア各地で掲げられている旗は、ちがうものだった。「鷹眼旗」という。デザインはほぼ同じだが、色が違うのだ。

ジャルベールの仕業だった。彼は時計紋などという名が、青臭い文人気質を感じさせるものとして嫌ったのだ。だから色を臙脂色にして「鷹眼旗」などという勇ましい名にしたのである。

アマトリアはロメリアに影響されて、民主制の国となったが、今はジャルベールの独断でなし崩し的に民主法は凍結され、事実上ジャルベールの独裁となっていた。国民は文句を言わないわけではなかったが、戦時下の厳しい統制下では、何もできなかった。

ピエール・ジャルベールはほとんど見栄えだけで大統領になったような男だ。軍人上がりのスタイルの良さと、根っこから政治家的でない経歴が、随分と清潔に見えたのだ。

前回の大統領選での対立候補だったシリル・ノールは、伯爵家の流れをくむ国内有数の資産家であり、金の流れからいろいろな不穏な噂を流された。議員としての実績も厚いのにかかわらず、人民の票はジャルベールの方に流れた。

人民は金持ちに嫉妬する。高貴なものが成功するよりも、下賤なものがのしあがるという話を好む。

シリルが金持ちの家に生まれたのはシリルの罪ではない。かえってシリルはそれを、神が自分に使命を与えた証拠だと考えていた。自分にはやらねばならないことがある。だからこの家に生まれたのだと。

平等をうたい上げる民主国家と言えど、選挙には金がかかる。誰にでもできることではない。

自分が大統領になれていれば、国はこんなことにならなかっただろう。ジャルベールは恰好だけのぼんくらだ。政治的なことは副大統領のコンドがほとんどやっているといううわさもあるが、シリルは密偵の話から、それを裏付ける冗談のような情報をいくつかつかんでいた。

シリルの内心の悔しさは相当なものだが、ともかくも今の彼は食糧の調達に忙しい。

(つづく)




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