その時また、空に戦闘機が現れた。ノエルは「ああ、第3陣だ」と言いながらそれを見上げた。そして深いテノールの美しい声で言った。
「本当に、戦争をしている国を治めるのは難しい。まるで、ガラスのアコーディオンを弾いているようだ」
それを聞くと、シリルはふと軽やかな笑みを見せた。
「本当に、それはまた、難しい。おもしろい言い回しですね。使ってもいいですか」
「いいですよ。どうぞ」
ふたりは目を見かわして笑った。
それからしばらく雑談をしたあと、ノエルはシリルの屋敷を辞した。シリルは久しぶりに誰かと深い話ができたと喜び、ノエルを門まで送り出した。
「よかったらまた来てください。わたしはずっとここに住んでいますから」
「ええ、いつかまた」
握手を交わすと、ふたりは門の前で分かれた。灰色の背嚢を背負っている青年の姿が見えなくなると、ふとシリルは気付いた。
「なんであんな若者がいるんだろう? 今どき、あれくらいの年頃の男はみんな戦争に行っているはずだが」
首をかしげながら、シリルが振り返ると、いつの間にかそこにアンブロワーズがいた。義足はもう直っていた。ベルタに直してつけてもらったのだ。アンブロワーズは青い顔をし、胸の前で硬く手を結びながら、シリルに言った。
「だんなさま、田舎に山が二つありますね」
「ああ、あるが、どうしたんだ、アンブロワーズ」
「それ売りましょう。売って金にして、もっかい選挙に出てください。そして今度こそ、ジャルベールに勝ってください」
「アンブロワーズ……」
シリルはアンブロワーズの顔をしげしげと見つめた。醜いワニのような鼻をした男の目に、涙があふれていた。薔薇の香りがした。
銀杏並木の道を歩きながら、ノエル・ミカールはため息をついた。きっと彼の言うとおり、アマトリアは負けるだろう。わたしは、この難しい時代を、やらねばならないのか。たったひとつの、ガラスの楽器だけを、道具にして。
ノエルは手にまたあのオルゴールをとった。薄紅色の、自分に引け目を感じているかのような薔薇の蓋をあけると、あの音楽が流れだした。
国には不思議な王様住んでいる。
誰も知らない王様が
ひとりで笛を吹いている。
ふたを閉めると、またあの薔薇が目に入った。
わたしは薔薇としては、がんばらなければならない花なのです。
ノエルはほほ笑んだ。目が明かるんだ。やれるかぎりのころはやろう。すべてを背負っているのは僕なのだから。
銀杏の落ち葉が彼の肩に落ちた。秋の香が深まろうとしていた。
(おわり)