イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

コーナー・レッター博士の「こなれた訳」研究 1

2008年10月24日 22時26分58秒 | Dr. コーナー・レッターのこなれた訳研究
「おい、君かな? ヤマメ君というのは」
「いえ、イワシです」
「おや、失礼。ではイワシ君」
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「ワシじゃ。ワシじゃよ」
「?」
「Come on, it's me! I'm Dr. Corner Retter!」
「(フッ、下手な英語)。ん? まさか、あなたは...」
「そうじゃ、ワシじゃ。コーナー・レッター博士じゃよ」
「びっくりです! あの『こなれた訳研究』で世界的に有名な伝説の言語学者、コーナー・レッター博士! なぜここに」
「なぜって、お前が書いとるんだろうが」
「いきなり虚構の世界に現実を持ち込むのはやめてください。突然どうしたのですか?」
「ほかでもない。最近、お前の訳があんまりにもこなれとらんから、心配になってアメリカから急遽来日したのじゃよ」
「ありがとうございます。いや、でも失礼な。あなたに何がわかるというのですか」
「わかるともさ。ワシを誰だと思っとる。こなれた訳の研究一筋30年、上手い、早い、安いの三拍子揃った訳をみなさまに届け続けて50年のワシには、訳がこなれとるかどうかは一目見ればわかる。最近のお前の訳は、危ういの~。フォッフォッフォ」
「危うい? どういう意味ですか」
「ひとことで言えば、大胆さにかける。つまり、歯にモノが詰まったような訳じゃ」
「どうでもいいけど、その旧態依然としたじいさん口調はやめてください」
「もうちょっと年齢設定を若くしたほうがよかったかもしれんな。っていうか繰り返すが書いとるのはお前だろうが」
「まあ、おいおい考えます」
「で、話を戻すとだな、近頃のお前の訳はどうにも釈然としない」
「そんなの、言われなくてもわかってます」
「ひとことで言うと、『こなれ感』が足りんのじゃ」
「......」
「その『こなれ感』というのは、やはり訳文を練りに練り、熟成してこそ生まれてくるものなのじゃ」
「はい」
「で、具体的にはそれをどうやって実現するかというのは、未だに言語学の世界でも明らかにはなっておらん」
「やはりそうでしたか...。いや、ちょっと待ってください。あなたはそれをずっと研究してきたのでしょう?」
「アホ! そんなに簡単にこなれた訳文なんかが作れたら、誰も苦労せんわ!」
「そんなに簡単に匙を投げないでください。せっかく新企画が始まったばかりなのに(といいつつ、一回で打ち切りになりそうな激しい予感)」
「ごめん、そうじゃった。まあ、最近思うのだけど、やっぱりまずは原文の読み込みが大切じゃな。っていうか、お前はそれがいいたかったがために、ワシを登場させたのだろう?」
「ええ。さすが博士。すべてお見通しでしたか。ここ数日、やはり原文をしっかりきっちり何度も読み込み、喉から訳が出かかっている状態になって、初めてキーボードに触れる。そうしなければならない、と思っているのです」
「なるほど。なかなかいい心がけじゃ。何度も何度も原文を読むことで、訳を頭のなかで育てていくのじゃ。『練る子は育つ』というからの」
「一回目は意味をとり、二回目は読みながら頭のなかで訳文を作ってみる。三回目はさらにその訳文を練る。調子のいいときは、特に三回目以降に、ひらめきを感じることもあります。そうすると、いざ入力をする段階になったときに、すっと訳が出てくるのです」
「まあ、あたりまえじゃ。そう。そうして、ワンパラグラフを頭のなかに叩き込んで、訳文が頭からこぼれそうになったところで、ぐわっと打ち込むのじゃ。それが上手くできたとき、その訳文は最初から日本語の流れを、息吹を携えて生まれてくる。読みながら意味をとって訳していると、どうしてもそのうねりは出てこないのじゃ。ワンパラグラフを頭のなかに叩き込んでぐわっと訳す。これを言語学の専門用語では、『ワンパラグラフを頭のなかに叩き込んでぐわっと訳す方法』と呼んでおる」
「長いですね」
「ふむ。で、最初にいった『危ぶむ』問題だが、こうやって訳文を練ることによって、大胆な言葉を使うことも可能になるのじゃ。度を越えた意訳はいかん。しかし、自分のボキャブラリーの枠から一歩もはみ出さんようでは、いつまでたっても井の中のフィリーズの井口みたいな訳しか作れないのじゃ。大胆に、豊穣な言葉を求めていくがいい。行けばわかるさ」
「はい」

「この道を行けば どうなるものか危ぶむなかれ 
危ぶめば道はなし 踏み出せばその一足が道となり 
その一足が道となる 迷わずにゆけよ ゆけばわかるさ
ありがとう~!」

「A・猪木の二番煎じじゃないですか」
「そうだ。いいものをやろう」

博士が、イワシに一冊の本を手渡す。

「これは...?」
「『翻訳の教科書』じゃ」
「翻訳の教科書?」
「そこに、翻訳についてのすべてが記されておる。この本を持っているのは、日本でも184人しかおらん。みな、翻訳の達人じゃ。お前には、例外的に渡してやることにする。苦しくなったら紐解いてみるとよい」
「ありがとうございます」
「さっそく、翻訳の教科書184ページを開き、声に出して読んでみるがいい」
「『原文を読みながら訳すのではなく、原文を何度も読み、頭のなかで訳文を作り上げ、その作り上げた文章を捕まえるように訳せ』
「ちょっと冗長な表現じゃな。ともかく、それを心がけて明日からも頑張るがよい。ワシはせっかくだからしばらく観光でも楽しんでおる。しばらくは日本におるからな」
「博士、ありがとうございました」



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