学習障害と英語指導を考える

特別支援の視点から。
どの子もハッピーになるような指導を。

音韻意識と読み書きについて

2017年05月24日 | 学習障害について
今日は論文の手直しと、
チャレンジ教室です。

今回掲載が決まった論文は、
小学生を対象とした音韻意識指導研究チームの3名で初めて共同で執筆したもので、
小学生への3年間の音韻意識指導を追跡していく1年目のライムと音節指導に関する内容です。

私が音韻意識に関心を持ったころは英語関係では音韻意識の論文などほとんどなく、
心理学系の論文でいろいろと学ぶこととなりました。
今ではそれが良かったなと思います。
 
近年は英語教育関係でも「音韻意識」「音韻認識」を扱った論文が増えています。
 
それだけ、
「音と文字」の学びにおける音の役割に注目されてきたのだなと思いますが、
なかにはすこし意味を違えて音韻意識を捉えているのではないかなあ、
と感じるものもあります。
 
読み書きの発達は非常に長い道のりがあり、
音韻意識はその一部を担っています。
 
音韻意識の役割や読み書きの発達内での音韻意識の役割や位置づけをあまり理解せずに一部だけを切り取り、活動前のレディネス、その次のステップにうまくつなげていく観点が不在のものは、
それはそれで弊害もあるのではないかな、とすこし気になっています。
 
その流れで一番気になるのが、
音韻意識(音韻認識)=音素意識と位置づけるものや、
音素だけやればいいといった考え方や、
音韻意識を音韻の知覚として理解するような内容のものです。


たとえば「英語の音韻意識は音素意識とも呼ばれ」といった記述は、
「音素意識は音韻意識に含まれ」というくらいの表現でなくては誤りではないかと思います。
 
「日本語にない音声を正しく知覚する(lとrの聞き分け)」は一部でしかなく、
読み書きに関する音韻意識の場合はその操作スキルのほうがむしろ重要です。
 
 
音韻意識は、音を一つ捉えるとか言ったことではなく、
もっと大きな、「聞く」力そのものです。 
 
英語の場合は以下のようなピラミッドのような構造になっています。
 
 
 
 
画像:http://mrsguajardosclass.weebly.com/phonological-awareness.html
 
 
音韻意識は成長とともに発達し、
その言語に必要な口語での音韻を知覚・操作できるようになっていきます。
(ステージが上にあがるほど難易度が上がります)
 
音韻にはいくつかの単位があることがわかっており、
それは言語によって異なり英語の場合は、文、語、音節、オンセット-ライム、音素のように段階的に発達するとされています。

 
また、音を正しく知覚する力よりも音韻を操作するスキルのほうが読み書きでは重要になります。
 
読みの初期では、文字を音に変え、
その音を操作して意味につなげたり発話したりします。
 
読みの基本は、音韻の混成(ブレンディング)スキルで、音と音をつなぐ操作になります。
 
聞こえた音を書き取る(スペル)の基本は、音の塊を文字の単位に分解する(セグメンティング)スキルです。
 
上の絵では、
音素意識(phonemic awareness)がピラミッドの頂点になっていますね。
 
特にフォニックスはアルファベットの単文字の操作から始まりますので
音素意識が前提であるということは英語圏では広く認識されています。
 
そのため、日本の学習者にとっても、
音素意識の獲得は大きな目標になることに違いありません。
 
 
ですが、「音素意識だけをやればいいのでは」といった意見は
次の3つの理由から、少々乱暴なのではないか、と感じています。
 
1つ目の理由は、
音素意識からスタートするのは日本人児童にとっては難易度が高すぎるのではないか、
という懸念です。
 
たとえば、
英語圏の調査でも英語のライム感覚は5歳ごろに気づきが得られ、
オンセット-ライムのブレンディング(混成)操作ができるようになるのはそれよりも遅くて
5歳半ごろ、と言われます。
 
音節をオンセット-ライムに分節できることでようやく音素への気づきにつながり、 
2つから3つの音素の混成や分解操作は6歳、
3−4つの音素を分解する操作は6歳半、
そして語尾の音素を削除する(seedからdを取ったらどうなる?-see)操作は7歳、
語頭の音素削除(sledからsを取ったらどうなる?-led)は8歳
というように、
音素意識が完成するのは最終的には9歳ごろということがわかっています。
(これはネイティブで、です)
 
つまり、母語話者ですら文字操作に必要な音韻操作の獲得には小学校の低学年までの時間を要しているということは、外国語として学ぶ際に、決して軽視できることではないでしょう。
 
日本語の音節感覚はだいたい4,5才で完成すると言われますので、
多くの児童が小学校入学前にかな文字が読めるのは、
日本人がよく勉強するからでも賢いからでもなく、
文字の読み書きのためのレディネス、つまりその単位の音韻意識が身についた状態だからです。
 
ですが音節からモーラ音節への気づきにはまた個人差があり、
日本でも音韻意識に困難のある学習障害の児童は、
モーラ感覚を自然に発達させることが困難なため、
音韻意識指導が行われています。
 
 
こうしたことを考えると、個人差の大きな音韻意識において、
日本語の音節感覚にすら遅れがある児童らが、
英語の音素意識の気づきを「自然に」得られるとは
なかなか想像できません。
 
もしピラミッドの頂点である音素感覚から指導を始めてしまった場合、
感度の低い児童にはなかなか気づきが得られない可能性もあります。
落ちこぼしを生んでしまう可能性を考えると、
音節やライムなど、もっと大きな単位の音韻の操作から指導を始めるのが誰にとっても無理がないのではないかなと感じています。
 

 
二つ目の理由として、
日本の学習者には母語の音韻体系の影響があることを忘れてはいけないでしょう。
 
日本語は音節(モーラ)が基本の言語ですので、
音素に比べるとずっと大きい単位で、また、CVをセットとして知覚します。
 
CVCが基本である英語でも、日本人はモーラ音節の単位で認識していることが
いろいろな先行研究で示され、
特にCVCの初頭音を母音と切り離して認識することは、
多くの子どもたちにとって「自然に」はできないだろうと言われています。
 
つまり、「音声中心の授業」のなかでいくら英語の歌や絵本を聞いたり単語をリピートしていても、
英語の音韻意識が十分に育つことは期待できないということです。
 
(参考:津田知春,高橋登(2014)「日本語母語話者における英語の音韻意識が英語学習に与える影響」『発達心理学研究』25(1),95-106; 池田周(2016)「日本語を母語とする小学生の英語音韻認識 ― 日本語音韻構造の影響」『小学校英語教育学会紀要』 (16) 116-131)
 
私たちの調査でも先行研究と同様に小学生は音節をモーラ感覚で捉えており、
特に子音と母音を分けることが難しいという結果が示されました。
 
 
一方で、湯澤正通先生らが日本語母語幼児に一連の音韻意識調査を行っているのですが、
それによると「指導をしなくても2−3割の幼児らが英語の音韻意識があるようだ」というような結果が出ています。
(参考:湯澤正通・湯澤美紀(2013)『日本語母語幼児による英語音声の知覚・発声と学習』)
 
これはアレン先生が幼児を対象とした音素意識の調査でも、
一部の児童らに高い音韻意識が備わっていることが示されていたのと似ているな、と感じたのですが
日本人でも生まれつき言語の音韻への感度が高い子が存在していますし、
これらの児童は英語の音韻感覚を獲得するのも早いようです。
 
ですがこれは生まれつきで、
ほとんどの児童生徒はそうではないことに留意しておかねばなりません。
 
こうした児童らが授業の中で、
例えば初頭音の切り出し(「bearの最初の音は?」「b」)といった活動では大活躍をするでしょうが、
残りの7割から8割の児童にとって、指導なしには勝手には伸びないものだと思ってなければ、
私たちは大きな見落としをしたまま進んでしまうことになりかねません。
 
私が日頃接している学習障害のあるお子さんでは
ライムの単位の認識が難しいケースもあり
こと音韻指導に関しては、わかっていないことが非常に多いことから
「授業で良くできる子」ではなく、
「理解が遅い子」「躓いている子」への視点を決して忘れないで頂きたい・・・
 
 
3つ目の理由は、
音素感覚の指導だけでは十分ではない、ということです。
 
上ですこし記述したネイティブの音韻意識発達の例では、
2−3音素の混成と分解は比較的早い段階からできるようになります。
 
ですが、英語の単音節の単語では3文字が基本ですが
そのあと教科書を読むようになると、strapやscratchといった連続子音を含む単語には
3つどころか4つ以上の音素を操作する必要が出てきます。
 
そうした際に最も影響するのは
聴覚的ワーキングメモリや処理スピードなどの認知的な力です。
 
これは上記の湯澤・湯澤でも述べられていましたが、
ワーキングメモリの負担をいかに減らすかというのは読み書きにおいては
とても重要なキーとなります。
 
そこで文字の操作数=音韻操作数になってしまっては、
多音節の単語などではかなり多くの文字(音)を一時的に記憶する必要が生じます。
 
そして文字数が多くなるほど誤りは必然的に多くなり、
生き残るのは記憶力の高い生徒だけ・・・というのは不公平ですね。
 
音韻意識の、オンセット-ライムや音節の単位の意識は、
単語の音韻をより大きな単位で捉える手助けとなります。
 
この前のブログではオンセット-ライムについて書きましたが、
指導ではオンセット-ライムは正確さとスピードがとても向上を実感しましたし
音節感覚が育つと多音節の単語を非常に素早く読めるようにもなります。
 
学習障害のある児童に音韻意識とフォニックスを指導したときには
音節指導で無意味語の多音節をきれいに分解して混成していく様子を見て、
「ああ、指導すればLDの子でもこんなにきれいにできるんだ!」
と思った驚きは忘れられません。
 
読みで躓いている子に、音韻指導をさっとその場ですると
「ああわかった」と頭の中で混成操作を訂正し、
正しく読めるようになるのを何度も見てきました。
 
LDのお子さんでもできるのです。
 
定型発達のお子さんなら、もっとスムーズに獲得できるのではないでしょうか。
 
 
最後になりますが、
 
音韻意識の獲得なしで、読み書き指導を先行させた際の躓きについては
すでに英語圏では多くの結果が示されていますが、
読み間違い、スペル間違いといった躓きになって表れます。
 
たとえばを読む際に入れ替えや脱落、
あるいは視覚的暗記に頼ることによる誤りなど、
どれも望ましい結果にはつながりません。
 
文字と音の関係、音韻意識が原因であるほど「書いて覚える」といった指導では効果が出ず、
結局は、音韻意識の指導に戻らなくてはなりません。
 
そしてこの躓きは、英語圏のディスレクシア症状と同じだということを、知って頂きたい。
 
ディスレクシアは病気だから読み書きが困難なのではなく、
音韻意識の障がいによって文字操作に必要な音韻の認識や操作が自然に身につかない、
また文字と音を対応させることが困難であることがわかっています。
音韻意識が十分に備わっていない外国人学習者でも、
ディスレクシアと同じような症状を示すのは当然だと思われます。
 
ディスレクシアとの違いは、
音韻意識指導によって音韻意識の獲得がスムーズできるか、
指導をしても難しいか、という違いではないかと感じています。
 
 
音韻意識指導をしなくても読み書きができる子は、
もしかしたら先行研究で示されてきた、「生まれつきできる2−3割の子」かもしれません。
 
そのためユニバーサルデザインを重視するのであれば
小学校では「聞く」指導に音韻意識指導を加えることが特に重要だと思います。
 
そして、フォニックス指導は単語の操作を先走らず慎重に進め、
まずは音の側面からレディネスを育てるといったステップを踏んでもいいのかもしれません。
 
多くの子どもたちの躓きを回避できるような、
誰にとっても無理のない読みステップの実現を願っています!
 
 

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