「日向に干した蒲団がポカポカに温たまり軽くなり、掌で触れるなどしてそのぬくもりとフカフカ感を楽しんでいると、どこからか風が運んできたのか口笛が聞こえてきた」というたわいもない句。
TWITTERでの投句から俳句をはじめて一年後、ひょんなことで雲水先生と知り合いになって、この句会に参加させてもらうようになった。それからちょうど一年。単にTWITTERに投稿するだけから、句会で人の句を評したり、評されたりするようになって、作句能力が格段とレベルアップした。これもひとえに雲水先生をはじめ、皆様のおかげと感謝申し上げたい。
今回も上記の句を通じて、俳句での三密を避けることを学んだ。詩における言葉は、密をむねとする。五七五の語が多数の関係で結ばれていればいるほど良い詩となる。俳句はそれとは逆で、適当な距離が必要で、今回それを茶室のおもてなしを例にとり解説された。
それ以前の課題は、季語はおまけ的にポンとつけることだった。それでこの句は、おまけ的に「干蒲団」をつけることになった。ただ三密を避けるために、残りもそれぞれいい塩梅にポンポンポンということになると、この「どこからか」「軽き口笛」を切り離す必要が出てくる。たしかに、口笛に、「軽き」という形容詞が付されているのだから、「どこからか」は重くなる。いい塩梅の語を見つけるのはなかなか難しい。まあこうした課題に対して、あーでもないこーでもないと取り組むことが、自身の作句能力を高めることになる。だからスポーツの訓練と同じで続けるしかない。そして電車に乗っている時に、頭に電球が灯るように突然閃めけば、至福の瞬間となる。
また今回は、炎火氏より「細み」なる語が教示された。「蕉風俳諧の根本の理念の一つで、作者の心が対象にかすかに深く入り込んで捉える美、およびそれが繊細微妙に表現される句境」とのことである。研究の対象にしてみたい。(鯨兒)