神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)


神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

先輩からのアドバイス

2024年06月21日 20時28分27秒 | 病気と健康
 今日は昼に大腸がんの先輩、寅姐さんと、昔、看護士だった中姐さんの二人から、ガン治療に関するアドバイスを三時間にわたって聞かせてもらった。
虎姐さんはステージ2で抗がん剤治療はしていないが、手術終了後に二度にわたって新たな転移ガンが発見されて、都度手術をしている。
年齢も今年で86歳になるが、持ち前の負けず嫌いと根性で日舞の講師として今も活躍している。
最近は86の手習いで、習字を始めたという。 酒は飲むし、よく外出もするし、諸団体に顔を出すのも大好きだ
中姐さんは今日初めて知ったが、糖尿病持ちなんだそうだ
私の周囲でも、こんな風に病院の世話になっている人が10人を下らない
70歳も過ぎれば、何かかんかの病気はあるようだ、だが例外だってある
私の旧宅、8歳から70歳まで住んでいた家は、今は空き家だが、神棚には地元の神社の神様を未だ祭ってあるので、ときおり榊や水を取り替えに行く
近所の人は50年以上も付き合った人が多いので、この日もかって民宿を経営していたご近所さんのおじさんがやって来て、立ち話をした
もう民宿は辞めたという、「歳だからな」というので聞いたら、もうすぐ90歳だという
「見えませんねえ、元気ですね」と言ったら「そうさねえ、若い時から病気をしたことが無いからな」だそうだ。
山奥と言って良い集落の出身だから、若いころから畑仕事や力仕事で鍛えた体なんだろう。
私も病気になるまでは、自分もその類だと過信していたが、まさかのさかだった。
もっとも女房殿の父親も97歳まで大病もせず元気でいたからなあ、それに父の従兄は101歳になるが、今も大病もボケもせずに施設で暮らしている
こんな風に元気な人もいるのだ、羨ましいと今の私は思う。

数日後に神社へ行こうと思う、次男が今年は厄年なのだ、連れて行って私も一緒にお払いをしてもらう
父親が、こんなことになって、やはり息子から見れば厄年なのだ。
気持ちの問題かもしれないが、やらないでいるよりは、やった方が何となく安心感がある

最初に登場の二人は、私を見て「前と変わらない良い顔している、退院直後は目がくぼんで顔色も優れなかったけど、今は普段と少しも変わらない」と言ってくれた、たしかに体調は良い
だが、抗がん剤治療が始まれは、こんなわけにはいかないかもしれない
でも、それにも負けないで生活できれば、それはそれで見事だとも思う。
なにごともやって見なければわからない。






「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた (117) 長尾家 30

2024年06月21日 09時35分58秒 | 甲越軍記
 一行は林泉寺に至り、景虎守護のことを願い出ると、僧徒らは方丈に集まり
「当寺は長尾家代々の菩提所にて恩を被ること永し、大壇那の一大事であるから、力の限りを尽くして若君を守りましょう」と言った
そして「もし敵勢が個々に押し寄せれば、若君を害し、寺は乱暴狼藉の上、灰燼とされるでしょう、各々心を一つに合わせてこれを防ぎ、叶わざる時は本堂を枕に討死すべし、速やかに用意せよ」と申し付けた。

時に栃尾の浄安寺の僧門察西堂は、ちょうど林泉寺に滞在していたが進み出て、「衆僧菩提所の由緒を以て、景虎殿を守って討死とのこと、まことに勇ましく思う、されども僅か一寺の兵を以て大敵に当たるのは、卵をもって大石に当たるが如し也、せっかくの勇気も、その甲斐なく若君は害され、寺は焼き尽くされるであろう、これは栓無きことである」
息を継ぎ「わが栃尾には城主本庄美作守あり、義勇抜群の勇士にて信義最も厚き将である
某は久しく美作守とは親しければ喜平二殿を栃尾に伴い、本庄を頼み本意を本意を達成するのは如何であろうか」と問えば
林泉寺の衆僧たも、これに同意し、その夜の内に闇に紛れて、景虎を守護して戸倉興八郎、秋山源蔵、曽根平兵衛、鬼小島弥太郎らと共に、栃尾を目指した。

ある説によれば、景虎は二の丸の床下に隠れている時も驚く様子もなく、土間の土で土偶人を作り、小石を拾って終日、武者配備の試しをしていたとのことである
名将になる人物の度量を知る逸話である。