「11円で胃カイヨウは治る」 伊藤修 1981年初版
30代の私は酒もあまり飲まないのにやたら胃が病めた、多分問題があった子育てと、仕事に大変化がおこった
時期でストレスがひどかったのだと思う。
胃カイヨウかどうかは医者嫌いだったからわからないが、とにかくチリチリと胸焼けがおこった
そんな時、この本に出会った、1円と10円すなわちアルミと銅という組み合わせで体内に微量の電気を流す
と言うのが基本で、それを症状に併せて貼る場所を替えていくのだが、「信じる者は救われる」で結構効果が
あった。
これに酵素と藻の一種である「スピルリナ」の飲用を促すというものだった。
「会津落城」 星亮一 2003年
会津戦争の研究では第一人者の星さんの著書、このほかにも多くの会津戦争に関する著書がある
司馬遼太郎が、明治維新を成し遂げた吉田松陰から始まる長州志士たちを英雄的に書き上げるのに対し
真っ向から立ち向かう。
明治新政府(長州、薩摩)から国賊と蔑まれて、侮辱と差別と徹底的な破壊蹂躙、過酷な仕打ちを受けて
晒し者になった会津藩藩こそ事実は日本一の勤王藩であり、薩長こそ偽の勅書で欺いて政権を奪取した
偽りの政権だと。
確かに会津城下で起こった戦争は、(この著書に寄れば)とても日本人同士の争いとは思えない有様だった
その事実はこの本を読めばわかるから書かないが、一つだけ例を取り上げれば
戦死した会津藩士を埋葬させずに野ざらしにして犬猫の食べるままに放置したとか聞けば、会津人ならずとも憤慨するだろう。
そして罪人として極寒の地に流された会津藩士と家族の苦難の生活も書かれている。
そして一方ではその後、差別と偏見の中で見事に花開いた会津武士や師弟の活躍を描き、会津藩の名誉回復をとげた日を
嬉しげに書き記している。
だが未だ福島県からは一人の総理大臣も輩出していない現実も・・・
平成に続く政治の流れがどのような過程を経てきたのか、人間はいくらでも残酷になる、血を見てエスカレートするという警告
正義が必ずしも勝つとは限らない現実、そもそも戦争に正義はない、そんな事を教えてくれた本である。
「閔妃暗殺」 角田房子 1993年
互いにアメリカと同盟関係に有る国同士であるが、韓国が日本に対する憎悪は北朝鮮や中国に対するものより
遥かに大きい、それは慰安婦像がどんどん設置されていることではっきりわかる。
そんな憎悪の原因の一つに閔妃暗殺が含まれている、当時の朝鮮国でロシアに近づいて、唯一日本に抵抗した
のが朝鮮を事実上支配していた閔妃だった。閔妃が殺害されて、その後1910年に朝鮮は日本に併合された。
日本と韓国が民族感情として打ち解けることは永遠にないと思われる、それは根本的に民族精神の根本が異なるからだ
恨みは7代、いや末代まで持ち続ける恨(ハン)の半島民族と、一晩寝れば恨みも忘れてしまう日本民族ではどこにも
妥協点はない、日本人の恨みの感情は、せいぜい江戸の仇を長崎まで引きずって行くくらいの時間でしかない
数百万人を犠牲にした太平洋戦争でもっとも激しく戦い、最後に原爆などで無抵抗な非戦闘員の市民を100万人
近く殺したアメリカに対しても戦後一番の同盟国として信頼している日本人の性質はとうてい半島国民には理解できない。
同じ地球人として親しくしている韓国人でも「併合時代」の話題になった途端、互いに愛国者となって意見が対立する
日本での唯一の例外は先に書いたように、一部の会津人が150年間持ち続けている長州人への怒りである
「悪の倫理」 倉前盛通 1977年
理想主義と現実は大きくかけ離れている、きれい事では国は回らず守ることも出来ない
地政学、いかにして国家維持をするために重要な地域を奪取するか、国家の最大の課題はそこにある
今は北方領土、竹島、センガク、南シナ海、沖縄が地政学上、東アジアの重要な地点なのだ、ここを実効支配している
国は何が何でも守る、一方そこを押さえられて困る国は何が何でも奪おうとする。
「あんな小さな島、くれてやれば」と言う人がいる、だが国の安全を考えればそんな単純なものではないのだ
もう現代には通用しない古い本になったが、地政学の何かを学ぶために新たなこの種の本を読むことを薦める。
なぜ日本帝国が朝鮮半島で日清、日露で争ったか、なぜ満州に傀儡国家を建てたのか、それもこの本でわかる
「青春とはなんだ」 石原慎太郎 1965年
ちょっと政治がらみが続いて疲れたので、ここで息抜きだが、またしても東京都政に欠かせない石原さんの登場
この頃の石原さんは、金持ちで、ヨットで遊び、かっこよくて、作家というお仕事で、弟は日本を代表するイケメン俳優
の石原裕次郎とくれば、誰もがうらやむナイスガイである。
その作品もこの本の通り、からっとしたスポーツ友情物語、さわやかな青春小説だ。
しかし体育系というのは、少し方向が変わるとスポ根から始まって鉄拳制裁にまで発展する事もある、石原さんも
政治家になってからは「青嵐会」という元気な若手グループを結成した、それが老いても「受けて立とうじゃないか!」
に繋がっている、だけどこの本は本当に青春そのもの、読んでスカッとしたなあ。
「石坂洋次郎著書」 1963年
名前はちょっと慎太郎さんに似ているね、こちらもさわやかな青春小説集だ
「あいつと私」は映画化されて、慎太郎さんの弟、裕次郎さんが主演だった、石坂さんの小説はわれわれ田舎坊主の
青春とはひと味もふた味も違う、大人びた青春だ、そんな青春に憧れていたが周辺環境でついぞ訪れなかった
今の方がよほど質の高い青春をしている、まだまだ理想に近づけるぞ
「鬼平犯科帳シリーズ」 池波正太郎 1975年頃~
大衆娯楽小説ながら人生と男のかっこいい生き方の教本でもある、テレビドラマでも毎日放送している「鬼平」
江戸時代の実在の人で、盗賊切り捨て御免の許可を持っている火盗改め方の長官だ。
悪人に対しては情け容赦なく「鬼の平蔵」と呼ばれるが、人情味が厚く、盗賊でも善良な心根を持っていると思えば
死刑を免じて配下として使う、部下へのいたわりも忘れない。
若いときは世をすねて無頼の仲間にもなったが、今はその時の悪仲間も情報源として利用している
女にももてるが、今は愛妻をいたわり若いときの様な悪さは一切していない様だ。
人の心の深いところががわかる男、あえて苦言を呈する男、ここ一番は妥協しない強さ、日頃の鍛錬、錬磨
追いつめながら、逃げ道を造ってやる心遣い、これぞかっこいい男の生き方
「剣客商売」 池波正太郎
こちらも池波さんのシリーズ、テレビ化もされていた、この主人公は鬼平と違い、剣一本で悪を懲らしめる
父子の物語、鬼平の後には権力と法があるが、こちらは浪人だ、だから堅苦しさが少しもない庶民的な
話になっている。
主人公秋山小兵衛はひょうひょうとした小柄な老人だが、どうしたことかまかないに来ていた百姓娘に手を
つけて、責任をとって女房にしたという男、息子も道場を持つ剣客で、悪名高い「老中田沼意次」の妾腹の
娘、女剣士「みふゆ」を妻にした。
老人は、どのようにしてモテるのかを教えてくれる、鬼平は血気盛んな中年、金離れも良く、さっぱりしていて
酒も強く、色気話もうまい、特に玄人にもてるタイプだ、ところが小兵衛はそうではない、ひょうひょうとして
血なまぐささもなく、金も潤沢に持っているわけではない、漂ってくるのは安心感だ。
老人には年齢だけの経験がある、いかに苦難を乗り越えてきたか、それが蓄積されている、そんな経験が
多いほど人間の厚みがある、そこが魅力なのだろう。
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