一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

中倉宏美女流二段は、ガンバレルーヤの「よしこ」に似ている。

2018-01-26 01:22:32 | 似ている
日付変わって今日1月26日は、中倉宏美女流二段のお誕生日。おめでとうございます。
その宏美女流二段は、お笑い・ガンバレルーヤの「よしこ」に似ていると思う。
よしこは1990年10月24日、愛知県生まれの27歳。
NSC(吉本興業)在籍中、相方のまひる(24歳)と知り合い、コンビ結成。当初は愛知県で活動していたが、大阪に拠点を移し、徐々に人気を得る。
2016年、ウッチャンナンチャン・内村光良進行の深夜番組「内村てらす」に出演し、高評価を得る。
2人のネタはコントで、日常にある風景のネタが多い。鉄板ネタは「腋毛ネタ」のようだ。
2017年、東京に活動拠点を移し、ますます好調。今後の活躍が期待される。
宏美女流二段とよしこは、髪型と目、それと平安顔の雰囲気がよく似ていると思う。

宏美女流二段はLPSAの代表理事。2014年2月から務めているから、ほぼ4年になる。ここまで内部の反乱もなく、団体として手固い活動を続けてきたが、素晴らしいことだ。
肝心の将棋も、時々本戦入りしたりして、力のあるところを見せている。
今後もLPSAファンのため、頑張ってもらいたい。
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中尾五段の順位戦復帰の目を考える・2

2018-01-25 00:06:07 | 目を考える
中尾敏之五段は今年度がフリークラス10年目。まさに背水の陣だが幸い白星が集まり、23日の棋王戦では飯塚祐紀七段に勝ち、今年度15勝7敗とした。
では、最新の成績を記しておこう(星の○●は中尾五段から見たもの)。

5月9日 第30期竜王ランキング戦6組昇級者決定戦1回戦 ○木下浩一七段
6月1日 第30期竜王ランキング戦6組昇級者決定戦2回戦 ○堀口弘治七段
6月8日 第89期棋聖戦一次予選1回戦 ●小林宏七段
6月14日 第3期叡王戦五段戦1回戦 ○金沢孝史五段
7月24日 第30期竜王ランキング戦6組昇級者決定戦3回戦 ●牧野光則五段
7月30日 第26回銀河戦予選1回戦 ○室岡克彦七段
7月30日 第26回銀河戦予選決勝 ●村山慈明七段
8月1日 第3期叡王戦五段戦2回戦 ●高見泰地五段
8月9日 第59期王位戦予選1回戦 ○室岡克彦七段
8月31日 第11回朝日杯将棋オープン戦一次予選1回戦 ○上田初美女流三段
8月31日 第11回朝日杯将棋オープン戦一次予選2回戦 ○野月浩貴八段
9月5日 第59期王位戦予選2回戦 ●佐々木勇気六段
9月11日 第66期王座戦一次予選1回戦 ○木下浩一七段
10月3日 第66期王座戦一次予選2回戦 ●高野秀行六段
10月19日 第11回朝日杯将棋オープン戦一次予選3回戦 ○門倉啓太五段
11月14日 第11回朝日杯将棋オープン戦一次予選決勝 ○高橋道雄九段
12月14日 第31期竜王ランキング戦6組1回戦 ○香川愛生女流三段
12月21日 第11回朝日杯将棋オープン戦二次予選1回戦 ○佐藤康光九段
12月21日 第11回朝日杯将棋オープン戦二次予選決勝 ●高見泰地五段
12月25日 第44期棋王戦予選1回戦 ○川上猛七段
1月11日 第68期王将戦一次予選1回戦 ○中座真七段
1月23日 第44期棋王戦予選2回戦 ○飯塚祐紀七段

フリークラスからC級2組への昇級規定はいくつかあるが、現在の中尾五段に該当するのは「年度18勝12敗」である。よって、残り3勝5敗でクリアとなる。
今年度の残りの対局は以下の通り。

第31期竜王ランキング戦6組2回戦 所司和晴七段
(準決勝までに負けた場合)6組昇級者決定戦
第68期王将戦一次予選2回戦 宮田敦史六段
第44期棋王戦予選3回戦 日浦市郎八段or真田圭一八段
第68回NHK杯テレビ将棋トーナメント予選

このままの調子で行けば、あと3勝は十分可能な数字である。しかしそこは人間の対局であり、戦っているうちフルエも出てこよう。ゆめゆめ安心はできない。
いずれにしても残り2ヶ月余り。中尾五段には、悔いのない戦いをしてもらいたい。
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「週刊文春」のクズ記事

2018-01-24 01:10:50 | プライベート
18日(木)発売「週刊文春」の目玉は、小室哲哉の不倫の記事。これに対し19日、小室哲哉に釈明会見があるとかで注目されたが、その席上で小室哲哉は、この騒動のけじめをつける意味で、音楽プロデュース業の引退を発表してしまった。
私は小室哲哉の積極的なファンではないが、彼プロデュースのヒット曲は数多く聴いている。さすがに寝耳に水の衝撃だった。
しかも休業ではなく引退とは穏やかでなく、私は、こんな事態に小室哲哉を追い込んだ、週刊文春が腹立たしくなった。
そもそも私は不倫に寛容で、こんなものは当事者間の問題だから、外野がハタからガタガタ抜かすな、というスタンスである。
今回の会見で小室哲哉は看護師との性行為を否定していたが、仮に認めたとしても、私にはどっちでもいい話だった。
それよりも小室哲哉が現在置かれている状況、介護の大変さ、音楽制作の苦悩、満身創痍の状態が伝わってきて、私はいたたまれなくなった。たとえば耳鳴り(難聴)ひとつとっても、私自身が12年間患っているから分かるのだが、これは本当に辛いのだ。
音楽制作を考えてみる。これ、将棋に譬えれば、対局をすることだろう。むろん小室哲哉も、楽曲を創るだけなら、すぐ創れるのだろう。しかしそれは将棋でいうところの凡局であって、ファンが求めるのはつねに「名局(曲)」なのだ。これが厳しい。
小室哲哉がすべてを投げ出したくなった気持ち、私には分かるのである。

今回の引退宣言を、不倫の記事とは別に考えるべき、と言う人はいる。しかし記事が引退の後押しをしたことは確かだろう。
仮に小室哲哉がかねてから引退を考えていたとしても、月日が経って状況が変わり、周りから説得されたら、引退を(宣言せずに)撤回していたかもしれない。
しかし一度宣言してしまったら、復帰するのは難しい。ビートたけしではないが、引退後の復帰は、とんでもなくマヌケな話だからである。だから、絶対に引退宣言してはいけなかったのだ。
さらに、何で今回は週刊文春に批判が起こったのか、と訝る人もいる。
これは日本国民の堪忍袋の緒が切れた、と私は解釈する。国民は週刊文春のやりすぎの報道に、不満を持っていたのだろう。どこかで批判したかったのだろう。
そのタイミングを測っていたところに、今回小室哲哉の介護話と引退宣言で、一気に爆発してしまった、と考える。
むろん私も同じ立場で、こうも下世話な話を連発されては、さすがに嫌悪感をもよおしてきた。そこでどうなんだろう。今や三流クズゴシップ誌に転落した週刊文春には、もはや存在価値はないと思う。廃刊がふさわしいと思う。
しかしその、廃刊に持って行く方法が分からない。
たとえば不買運動をしたところで、週刊文春を買う人は買う。文春砲のツイッターには、該当記事に4,300以上のツイートが来ていたが、仮に彼らが全員週刊文春の読者であり、これから買わなくなったところで、4,300部しか減らないのだ。
しかもこういうクズ媒体は、テレビやSNSで話題になることで発行部数が伸びる、というゾンビ性がある。世間の週刊文春への批判なんて、編集部はちっとも堪えちゃいない。小室哲哉の引退も何とも思っちゃいない。むしろ大きく話題になって、次号が売れる、と高笑いしているのである。私の今回の記事も、「宣伝してくれてありがとう」にすぎないのだ。
あ~不愉快だ。どうしようもなく不愉快だ!

私は還暦を過ぎた小室哲哉がどんな曲を創るのか、聴いてみたかった。それは羽生善治竜王が還暦を過ぎてどんな将棋を指すのか、という興味に似ている。
しかし引退したらもうダメだ。私の希望が叶わなくなったのが、悔しい。
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若手時代の永世称号棋士が名人に勝つまで

2018-01-23 01:04:35 | データ
昨日の記事ではサラッと流したが、藤井聡太四段が公式戦初対局からわずか1年1ヶ月(69局目)で時の名人・佐藤天彦と当たり、しかも勝ったのは大殊勲だった。
そこで私は、歴代のおもな永世称号取得者が、「タイトル保持者」「名人」と初めて対戦したのは何局目だったか、そして勝利したのは何局目だったか、それぞれ調べてみた。

【中原誠十六世名人】
中原四段・1局目 1965年9月25日 ●米長邦雄五段 第14回王座戦一次予選1回戦
中原四段・33局目 1966年11月14日 ○二上達也棋聖 第8期王位戦予選2回戦
中原五段・83局目 1967年11月21日 ○大山康晴名人 第11期棋聖戦決勝トーナメント準決勝

【米長邦雄永世棋聖】
米長四段・1局目 1963年4月9日 ●佐瀬勇次七段 第13期王将戦一次予選1回戦
米長六段・148局目 1968年8月29日 ●中原誠棋聖 第23期順位戦B級2組
米長七段・171局目 1969年4月3日 ●大山康晴名人 第17回王座戦本戦トーナメント1回戦
米長七段・172局目 1969年4月15日 ○加藤一二三十段 第2回日本将棋連盟杯争奪戦本戦トーナメント2回戦
米長七段・226局目 1970年9月3日・4日 ○大山康晴名人 第11期王位戦七番勝負第4局

【谷川浩司九段(十七世名人)】
谷川四段・1局目 1977年2月5日 ●加藤一二三九段 早指し将棋選手権戦お好み対局
谷川六段・83局目 1979年5月15日 ●加藤一二三王将 第34期棋聖戦決勝トーナメント準決勝
谷川六段・130局目 1980年4月4日 ●中原誠名人 第21期王位戦挑戦者決定リーグ紅組
谷川七段・189局目 1981年6月5日 ○中原誠名人 第20期十段戦リーグ

【羽生善治竜王(十九世名人)】
羽生四段・1局目 1986年1月31日 ○宮田利男六段 第36期王将戦一次予選1回戦
羽生四段・27局目 1986年8月29日 ○中村修王将 第17期新人王戦本戦トーナメント2回戦 
羽生四段・101局目 1987年10月28日 ●中原誠名人 第13期棋王戦挑戦者決定トーナメント4回戦
羽生四段・104局目 1987年11月20日 ○中原誠名人 第3回天王戦本戦トーナメント準決勝

【森内俊之九段(十八世名人)】
森内四段・1局目 1987年5月27日 ○森下卓五段 第18回新人王戦3回戦
森内四段・17局目 1987年11月9日 ●中原誠名人 第18回新人王戦記念対局
森内四段・79局目 1988年12月19日 ○森けい二王位 第7回全日本プロトーナメント5回戦
森内四段・85局目 1989年2月10日 ○谷川浩司名人 第7回全日本プロトーナメント決勝三番勝負第1局

【佐藤康光九段(永世棋聖)】
佐藤四段・1局目 1987年5月26日 □木村嘉孝五段 第21回早指し将棋選手権戦予選1回戦
佐藤四段・11局目 1987年9月5日 ●中原誠名人 第21回早指し将棋選手権戦本戦トーナメント2回戦
佐藤四段・28局目 1987年12月18日 ○中原誠名人 第29期王位戦予選3回戦

【渡辺明棋王(永世竜王)】
渡辺四段・1局目 2000年4月17日 ○佐藤紳哉四段 第72期棋聖戦一次予選1回戦
渡辺四段・83局目 2002年5月29日 ●佐藤康光王将 第50期王座戦挑戦者決定トーナメント2回戦
渡辺五段・125局目 2003年4月4日 ●森内俊之名人 第44期王位戦挑戦者決定リーグ紅組
渡辺五段・149局目 2003年9月12日 ○羽生善治名人 第51期王座戦五番勝負第2局

中原十六世名人のデビュー戦は、終生のライバル・米長五段と。
記念すべき大山名人との初対局(初勝利)は3年目で、第11期棋聖戦本戦。大山名人はこの敗戦でタイトル戦連続出場が10年、50期で途絶え、後にとても残念がった。
米長永世棋聖のデビュー戦は師匠の佐瀬七段で、負かされた。このあと4局を立て続けに負け、5連敗。まったくの期待外れで、この新鋭棋士が後に名人を獲る大棋士になろうとは、この時点では本人と師匠以外、誰も予想していなかった。
タイトル戦には棋士8年目で初登場。ここで大山名人に勝ち、通算226局目で初勝利となった。
谷川九段のデビュー戦は加藤一二三九段とのお好み対局。これは「中学生棋士」ということで、加藤九段に白羽の矢が立ったものだろう。
森内九段はデビュー直後に新人王戦で優勝し、公式戦17局目にして、早くも名人と記念対局を行った(当時は公式戦扱い)。
森内九段は翌年、全日プロでタイトル保持者に勝ち、竜王に勝ち(島朗竜王・1989年1月24日)、決勝三番勝負では谷川名人に2勝1敗で勝って優勝した。この時升田幸三実力制第四代名人が「名人が四段に負けちゃいかん」とつぶやいたとされる。
佐藤九段はデビュー戦がまさかの不戦勝。
名人とは、公式戦11局目で、もう対戦した。その将棋は敗れたものの、3ヶ月後に再戦し、今度は勝利。28局目のスピード記録となった。
渡辺棋王はデビュー4年目で名人と初対戦。ここでは負けたが、羽生名人時代の羽生王座に五番勝負を挑み、ここで初勝利を挙げた。「名人戦以外のタイトル戦で名人に初勝利」という、米長永世棋聖と同じパターンだった。
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C級2組(四段)の棋士が羽生竜王と対局するには

2018-01-22 00:44:47 | 将棋雑記
藤井聡太四段は、1月14日に行われた第11回朝日杯将棋オープン戦決勝トーナメント2回戦(69局目)で佐藤天彦名人を破り、準決勝で羽生善治竜王とまみえることが決定した。2人はすでにニコ生とAbema TVの非公式戦で2度当たっているが、公式戦はこれが初手合わせとなる。
私は2015年3月5日に、「C級2組の棋士が羽生名人と対局するには」という記事を書いた。当時羽生竜王は名人・王位・王座・棋聖の四冠王で、C級2組(四段)在籍の棋士が各棋戦で羽生名人と当たるには…を考察したものだった。一応再掲しておこう。


●竜王戦…(C級2組の棋士が6組在籍の場合)a.ランキング戦6組5勝、決勝トーナメント2勝→3回戦 b.ランキング戦1組1回戦
竜王戦は2パターンある。a.はランキング戦6組で優勝すると、本戦トーナメントに出場できる。ここで2勝すると、1組5位の棋士と対局するので、そこで対局できる可能性がある。ちなみに今期の羽生名人は、5位にはならない。
b.は長期計画で、地道に昇級を重ね、1組で対局する。ただしC級2組の棋士が1組まで昇級したら、順位戦のほうも昇級しているだろう。

●王位戦…予選4勝、リーグ戦4勝以上、紅白プレーオフ勝利→挑戦
羽生王位なので、挑戦しなければならない。予選から数えて、最低9勝が必要である。

●王座戦…一次予選4勝、二次予選2勝、挑戦者決定トーナメント4勝→挑戦
羽生王座なので、挑戦しなければならない。一次予選から数えて、10連勝で挑戦となる。

●棋王戦…予選4勝、挑戦者決定トーナメント1勝→3回戦
羽生名人は挑戦者決定戦の3回戦から登場するので、予選勝ち上がり者は、まずひとつ勝たねばならない。

●王将戦…一次予選4勝、二次予選3勝→挑戦者決定リーグ戦
挑戦者決定リーグに入れば、必ず対局できる。しかしそこまで7連勝が必要だ。

●棋聖戦…一次予選4勝、二次予選2勝、決勝トーナメント4勝→挑戦
羽生棋聖なので、挑戦しなければならない。一次予選から数えて、10連勝で挑戦できる。

●朝日杯将棋オープン戦…一次予選3勝、二次予選2勝→本戦トーナメント1回戦
朝日杯はシード枠が少ないので、都合5勝で対戦できる可能性がある。

●銀河戦…予選2勝、a.本戦トーナメント10勝→11回戦 b.本戦トーナメント5勝前後→決勝トーナメント1回戦
本戦トーナメントは長大なパラマスで、a.10連勝すれば最終局で羽生名人と当たる可能性がある。現実的には、b.5連勝もすれば決勝トーナメントに進出できるだろう。この1回戦で当たる可能性がある。

●NHK杯将棋トーナメント…予選3勝、本戦トーナメント1勝→2回戦
羽生名人の登場は2回戦からなので、本戦で1回勝つ必要がある。

●新人王戦…トーナメント戦5勝→名人と記念対局
参加資格は26歳以下、五段以下と限定されているが、ここで優勝すれば、時の名人と記念対局ができる。ただし非公式戦。


以上である。非公式戦の2局を持ち出されるとミもフタもなくなってしまうのだが、上記棋戦では朝日杯が該当した。
藤井四段はルーキーなので一次予選は1回戦からの登場で、抜けるのに4勝を要した。
さらに二次予選で2勝。決勝トーナメントでは同じ山に羽生竜王がおり、自身が2勝、羽生竜王も2勝したことで、対局実現の運びとなった。同棋戦で藤井四段は8連勝。ここまで勝たないと、羽生竜王には当たらないのだ。
ちなみに今日現在、藤井四段が指した公式戦は70局。羽生竜王との対局は2月17日(土)で、それまでに藤井四段は25日に王座戦、2月1日に順位戦が予定されているので、羽生竜王との対局は73局目+αとなる。2016年12月24日のデビュー戦・第30期竜王ランキング戦6組の加藤一二三九段戦から1年2ヶ月。あまりにも早い夢の達成だった。
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