イーダちゃんの「晴れときどき瞑想」♪

美味しい人生、というのが目標。毎日を豊かにする音楽、温泉、本なぞについて、徒然なるままに語っていきたいですねえ(^^;>

徒然その190☆ フィリップ・K・ディック日和 ☆

2014-11-22 21:03:52 | ☆文学? はあ、何だって?☆
                                  


 Hello、みなさん---!
 なんか最近、仕事・プライヴェート・その他で超・多忙な日々がつづき---その内実はそのうち当ブログで発信できるかもしれません---厳密な休みというのがまずなかったここ最近のイーダちゃんだったのですが、たまたま先日、一日の予定がぽこっと空きまして、身体中疲労でカピカピだったんで珍しくどこにも出ず、部屋にこもって寝転がったままずーっと本を読んでたんですよ。(DVDとか観る元気もなかったの)
 なぜか、品目は、SFの巨匠、フィリップ・K・ディック!
 うん、僕、ディックはずいぶん好きなんですよ…。
 ただ、長編読む元気はなかったから、ディックの短編集から「変種第2号」ってフェヴァリアットの短編を、まあ再読してみたわけですよ。
 そしたら、これが面白い---記憶以上にキレてたの。
 あんまり面白かったんで、その勢いにのって、創元SF文庫の長編「虚空の眼」まで読みはじめちゃった…。
 
 ここで、ディックを知らない方のためにまえもって説明しておきますと、ディックってね、なんだかカフカ的な香りの匂いたつ作家さんなんですよ。
 SFならでの小道具、念動力者、予知能力者(プレコグ)だとか、その能力をとめうる不活性者だとかが安売りみたいにやたらとボコボコでてきて、SF部外者からしてみれば、とってもウサンくさい、3流ペーパーバックライターじみた、まあ活劇というか一種漫画ライクな展開が売りなひとなわけ。 
 僕も最初はディックのこのいかにも安手SFっててノリについていけなかったひとり。

----プレコグ? なによ、それ? もー うさんくせえったら…。

 けど、贔屓筋のスタニスラフ・レムだとか日本のSF作家たちも軒並み手放しで誉めちぎってるんで、こりゃあちょっとは読んどかなきゃなって読みはじめたのが、デッックと僕との最初の機縁だったように思います。
 でもね、モロ安手SFチックな状況を辛抱しいしい読んでいくと、だんだん感触が変わってくるの。
 ていうか、体臭、かな?
 どんな巧妙なストーリーや緻密な展開をでつちあげても、語り部である作家の体臭ってどうにも隠せないじゃないですか。
 フィリップ・K・ディックそのひとの、なんともいいようのない、ひととしての体臭---もしくはリアルティー。
 それに自分が徐々に打ちのめされていく過程が、なんか、モロにこう「見えて」くるわけ。
 ええ、ディックは、凄い…。
 一生活者としては、ほぼ落伍者に近い、麻薬まみれでコンプレックスの塊みたいな---ディックってたぶんそのような素顔の男だったんでせうが、彼が、息もたえだえになって、己の信じることを訥々と述べる、ほとんど遺言みたいなコトバの羅列には、なんというか異様なリアルティーと説得力とがあるんです。
 僕は、どっちかというと正常部類の一般人ですから、地獄の淵から息もたえだえみたいな調子で語りかけてくるディックのそんなメッセージなんて、体調によっては聴きたくもない宵なんかもままあるわけですよ。
 ディックの語りかけてくる世界---どこか地獄のにおいのする、不健康でダウナーな彼のコトバは、24時間フリー体制で聴くにはあまりにヘビーすぎますもん。
 ねえ、いくらゴヤが好きだからって、晩年ゴヤが暮らしていた、壁中悪魔の絵だらけの、あの「つんぼの家」で暮らしたいって思うようなひとはそうそういないでしょ?
 絶対発狂しちゃうもん---デイックにしてもおなじことですよ。
 そうした彼の特徴がよくでている名刺代わりの短編として、まず彼の傑作「変種第二号」のあらすじをここのあげておきませうか---

----近未来。核戦争後の荒廃した地球では、まだ米ソの戦争がつづいている。
 米ソは、核につづく次世代の兵器として、人間型のロボット兵士を開発していた。
 このロボット兵器群は、すでに自己増殖の機能を獲得していて、生き残りの人間のコロニーを遅いはじめていた。
 そして、生き残った人間たちには、このロボット族の暴走をとめる力はすでになく、戦争は「米ソ戦」というよりは「生き残り人類VSロボット兵士」といった構図になりつつあった。
 人間側には、まだ銃も爆弾もあった。
 しかし、厄介なのは、このロボット兵士というのが、どう見ても兵士に見えない点にあった。
 たとえばロボット兵士の「変種第一号」というのは、傷痍兵型をしていて、言葉もしゃべるし笑いながらジョークもいう。
 その憐れな風貌と愛嬌でもってコロニーの包囲網を突破して、いちど一体が潜入すれば、彼が同種の仲間を何百とそのコロニーに潜入させるのだ---生き残りの人間兵士を殲滅するために。
 多くのコロニーが彼等の手にかかり滅び、人間たちは絶滅の危機に見舞われていた。
 コロニーのなかでは、生き残りの兵士たちが、人間らしいフリをしているが、実は、あいつが新しい変種ロボットなんじゃないか、と疑心暗鬼の日々を送っていた。
 仲間割れ、猜疑による口論、撃ちあいにより、ロボットでない、真正の人間である多くの仲間が死んでいった。
 変種第一号は、傷痍兵型だということが分かったから、もう恐ろしくはない。
 それを見つけたら、すかさず銃撃してしまえば、ことは足りる。
 多くの犠牲を経て、変種第三号というのが、ぬいぐるみを抱いた男児ロボットであるというのも判明した。
 第一号と第三号は、もう怖くない。
 しかし、変種第二号っていうのは、どんな奴なんだ…?
 コロニー内では、恐怖と猜疑の視線が飛び交い、休む間もない。
 あいつが変種第二号かもしれない…。
 証拠はないが、先に殺らなきゃ、まちがいなくこっちが殺される…。
 どういう口実で撃ちあいにもっていく罠をしかけようか…? それとも、罠なんかかけずに、振りむきざまにズドンと撃っちまえば…
 誰もがそう思い、本心を偽りの笑顔で隠し、寝床でもトイレでも銃を手放さない---そんなある日………

 ねっ、なかなかの悪夢的展開でせう?
 レムなんかがこういうのを書くと、どっちかっていうと視線がいつのまにか客観的かつ哲学的になっちまって、怖いっていうより、なんか形而上学的な香りを帯びた深遠な話になっていきかねないと思うんですけど、ディックがこういうの書くとねえ、人間の弱いもっともダメダメな部分が、これがもの凄ーくリアルな迫真性を帯びてギラギラと輝いてきちゃうんだな、なぜか。
 ディックって、こと人間のダメダメ部分を書くことにかけては、天才の技をもってました。
 だから、ある意味、めっちゃ文学的なわけ---ディックのインパクトって。
 とてつもなく厭らしいんだけど、ディックの突きつけてくる「現実」って、あまりにも真に迫って突きぬけてるんで、どうしてもそこから目が離せなくなってしまう…。
 弱音というか、愚痴というか、フツーだったらそんなモンばかり書きつらねたら、ベタベタしてとても見れないものになっちゃうはずなのに、ことディックがこれをやると、どうゆうわけかその轍を踏まない。
 無能でダウナーな登場人物たちの行動に踏みきれない臆病と嘆きと絶望とが、いつのまにかより高いものへの純な「希求」にマジックのごとくすりかわっちゃってる…。
 私見によれば、フィリップ・K・ディックっていうのは、そのような得なキャラの作家さんなのでありました---。

 そんなふしぎ作家のディックの諸作品のなかで、僕がいちばんよく出来ていると思うのは、やっぱりこれは「虚空の眼(創元SF文庫)」ですね。
 これは、ちょっと譲れないっス。
 あの筒井康隆氏も当然絶賛!---だってね、これ、説明不要級にもう面白いんだもん。
 デイックって体質的に哲学趣味があって、なにかというとそっちの深遠・衒学に話が流れだして---多元宇宙なんて思考実験的なこだわりも、僕は、彼のなかの衒学趣味の一面だと思ってる---物語がやたらぬめぬめと胃もたれを起こすケースが多いんだけど、この作品にかぎっては、娯楽小説のかたちが奇跡的にまったく崩れてないの。
 要するに、娯楽小説として一級、SFドラマとして一級、スウラー・アクション・ノベルとして読んでもこれまた一級ってスーパー小説に仕上がっちゃってるわけ。
 ディック独特の、二日酔い的なあの足取りの乱れもほとんど見られず、物語の展開はスピーディーだし、テーマの扱いも極めてタイト。
 無駄話なし。寄り道的駄法螺もいつもよりずっと節約してる。
 僕は、ディックのほかの傑作たち---「ユービック」とか「火星のタイムスリップ」「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」なんてのも非常に好きなんだけど、無駄と踏みはずしのないシンプルな面白さって見地からいったら、この「虚空の眼」がやっぱ最高峰なんじゃないか、と思います。

 だけども、わくわくするほど面白いっていうのと、感涙にむせぶほど感動的っていうのはあくまで別モノ。
 僕がここで今日紹介したいと思ってるのは、そっち系の正当SFの傑作側じゃなくて、ディック的胃もたれと愚痴と優柔不断の極致である、
  

      「暗闇のスキャナー(創元SF文庫)」

 のほうなんですね、実は---。(記事のアタマにUPしたのがそれ)
 私見でいえば、この小説、アメリカのひと嫌いの才人・サリンジャーのあの名作「ライ麦畑でつかまえて」をも凌駕してる、と思うな。
 ただ、ストーリー的には、この「スキャナー」ってあんまりSF的じゃないのよ。
 時間遡行もプレコグも念動力者も多元宇宙もてんででてこない。
 覆面麻薬捜査官が一般人のジャンキーたちのなかに潜入して、それぞれ少量の麻薬を服用しながら(そうしないとジャンキーたちの輪のなかに入れないから)麻薬の捜査をつづけるっていう、プロットとしては、まあ、かなりシンプルでありがちのストーリー設定。
 すなわち、SF的な「オチ」を使ってない小説なんですよ、これ。
 テンポでぎいぐいひっぱっていくいくタイプの小説じゃない、ひょっとしたらこれ純文学じゃないかって思えるくらい、細部にたっぷり思い入れをこめて、極めて朴訥なテンポでもって珠玉のエピソードが粛々と語られていくの。
 作者であるディックが人生のある時期、友人だったダメダメジャンキ-たちの切なくて悲しい、いくつものイカレたエピソードが本の冒頭からラストまでぎっちり…。
 日に日に壊れていく彼等を見守るディックの目線は、ときには厳しく、ときには泣きたくなるほど優しくて---。
 サリンジャーのあの一人称語りの小説は、割れたレコードを喜んで受けとるフィービーの逸話だとか、ラストの雨のメリーゴーランドでの挿話だとか、無垢にきらめいてるシーンがところどころとっても美しいんだけど、ディックのこの「スキャナー」のなかにも、おなじ程度現実の深さを見すえたような優れた描写がいくつか見つけられます。
 個人的に僕がもっとも魅きつけられるシーンは、ここですね。
 覆面捜査の職務上服用した物質Dにやられて廃人になりかかった主人公のボブ・アークターが、ひそかに思いを寄せている女友達のドナと語るラスト近くの部分----

…「ほら、わかるでしょ」秘密を打ち明けるその声は、やわらかかった。このボブ・アークターが友達で、信用できるから明かしてくれているのだ。「いつか現れるはずの、あたしの理想の人よ。どんな人かも見当つくな---アストン・マーチンに乗ってる人で、それに乗せて北に連れてってくれるんだ。それでそこに、あたしの小さな家が雪に包まれてんの。そこの北のどこかで」間をおいて、彼女は言った。「雪って素敵なんでしょ?」
「知らないの?」
「雪のあるところなんて、行ったことないもん。前に一度、サン・ベルドーの山は行ったけど、そんときのは溶けかかってて泥んこで、もう転んじゃったわよ。そんな雪じゃなくてホンモノの雪のこと…」
 いささか重い心を抱えながら、ボブ・アークターは言った。「それ、全部本気? ホントにそうなるって思うの?」
「絶対そうなるって! あたしの宿命だもの」
 それから二人は黙って歩き続けた。ドナの家に戻って、MGを出すのだ。ドナは自分の夢や計画にくるまって、ボブは---ボブはバリスを想い、ラックマンとハンスと安全なアパートを想い、そしてフレッドを想った。
「ねえ、俺も君といっしょにオレゴンに行っていい? 出発いつ?」
 ドナはボブに微笑みかけた。隠やかに、痛いほどの優しさをこめて、ノーと告げた。
 これまでのつきあいから、それが本気なのはわかった。しかも気を変えることはあるまい。ボブは身震いした。
「寒い?」
「うん。凄く寒い」
「MGにちゃんとヒーター入れといたから。ドライブインで使おうと思って……そこであったまるといいよ」ドナはボブの手を取り、ぎゅっと握りしめ、それからいきなり、それを放した。
 でも、ドナの手の感触は、ボブの心のなかにとどまり続けた。それだけが残った。この先一生、ドナなしで過ごす長い年月、彼女に会うこともなく、手紙をもらうこともなく、生きているのか幸せなのか、死んだのかどうかさえわからない長い年月のあいだ、この感触は彼のなかに封じこめられ、封印されて、絶対に消え去らなかった。ドナのたった一度の手の感触だけが…。
                                             (P・K・ディック「暗闇のスキャナー(創元SF文庫)」)

 ヤバイ、書き写してるだけですでに泣けてきた…!
 なんちゅー、才能か---これこそ、ビターでかつ限りなく優しい、そして、超・思い入れたっぷりの歴史的名シーンじゃないですか。
 特に、ドナがボブ手をふいにぎゅっと握り、すぐ放すあたりの機微が、もー たまんない。
 恋愛の、特にハードボイルドな修羅場を何度も経験したひとじゃないと絶対書けない、一期一会の、この滋味あふれまくりのブルージーなまなざし交換。
 身を切るようなポエジーが、この短い文章の節々に息づいいているのを、ぜひ体感されてください。
 これ、僕の敬愛する短編の名手レイモンド・カーヴァーの世界の深みまで、まちがいなく届いてますよ…。

 なるほど、ディックは、私生活ではなかなか認められず、多くの苦渋をなめたひとかもしれません。
 でも、作家としては、彼、真正の天才でした。
 上記にあげた文章のなかにも、彼の天才は、まちがいなくキラキラと照り輝いてます。
 
 貴方の目には、それ、見えるでせうか---?

 見えてほしいなって想います。
 それが見えるひとは、うん、無条件に僕の友達です。
 世知辛くうそのはびこるこの世ですが、そんなひととなら、いつかお気に入りの店の窓際のテーブルにむかいあって座って、時間を忘れてディック談義したいものだなあ、なんて想ったりもする、突発性難聴回復期の、冬の日のイーダちゃんなのでありました---。


 


  

 
 





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2 コメント

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イーダちゃん☆ (キャンディ)
2014-11-29 08:42:57
ご無沙汰しております。
ブログ見てびっくりしました。
お疲れのようですね。急に冬になったような気候ですし…

先週、横浜まで行った時は、暖かい日でしたのに。
体調や精神が悪くなる時って、いくところまでいくと、必ずまた上がっていきますから、充分にご自愛くださいね。
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Oh、キャンディさんでねえの! (イーダちゃん)
2014-11-30 02:02:37
わお、キャンディさん、お元気?
心配のお便り、ありがとう。
落ち込んだときの友人のひとことってこんなに染みるんだなあって感じることの多い11月でした。
古い友人なんかも驚いて連絡くれたりして…
ひとつ前のルパンの演奏よく聴いたらひどいんで記事ごと削除したいんですが、せっかくコメまで入れてくらたからどうにも消せなかったりねw (うちやま、ゴメン)

耳のほうは、だいぶ復調してきました。
師走にまたでっかな病院で検査する予定。
一時期はもう仕事にも往生するくらいひどかったんですが、なんとか入院しないでいけそうです。
まだ耳鳴りはときどき凄いから用心しなきゃいけないんだけど…

キャンディさんは頑張ってらっしゃいますか?
温泉の話したいですね。
僕は先月キリズミの金湯館にいってきました。
金湯館から知り合いのドクターと歩いてきりずみ館跡までいくと、きりずみ館はなんか荒涼とした広場になってました。

キャンディさんもお身体にはくれぐれも気をつけて。
2015年がキャンディさんにとっていい年になりますように---!
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