第1位 ★「別府温泉保養ランド」★ 大分県別府市明礬紺屋地獄 0977-66-2221
九州の別府は、僕の聖地です。
もうね、ここよりほかに聖地なしって感じの、一種とびきりの場所なんスよ。
別府には、マゼラン星雲クラスのグレートなお湯は、いっぱいあるの---「鉱泥温泉」さんとか「神丘温泉」さんとか、あと、別府って町の顔である、あの風格満々の共同浴場「竹瓦温泉」(なぜか、ここ歓楽街のまんなかにあるね)さんとか…。
でもね、イーダちゃんにとってのベスト・オブ・別府はね、ここしかない。
イエス、「別府温泉保養ランド」---。
こちら、僕、個人的には、世界一の温泉だと思っちょります。
いま調べなおしてみたら、僕、こちらに 2007年の 3/28 3/29 に立ち寄りで3回、 2008年の 3/19 に泊まりでいってます。
街としては、別府って案外都会なんですよ。
那須の北温泉みたいに、仙境気分を味わうためにいったって、そりゃあむり。
ひなびた感じが楽しめるっていうんじゃない、あと、旅館自体に風情があるとかそういうんでもない、僕は、ここ泊まったけど、正直、飯はまずかったし、部屋もボロかった。
だけど、ここ、湯がね、
湯が、もう、神…。(ToT;>
こちらの湯にはじめて訪れたとき、イーダちゃんは、もうカルチャーショックの極みみたいな感覚に襲われたものです。
まず、施設自体のボロさにびっくりした。
それから、風呂入口前の畳の休憩所に、プロレスラーの藤波辰巳の写真があることに、またまたびっくりして。
藤波さん、リングで腰壊したとき、ここに静養にきてたんですねえ、知らなかったよ。
でも、そんなことよりなにより---長ーい廊下を歩き、着替処ですっ裸になって、地下のほの暗い黒湯部分を歩いて抜けて、あの野外の広大な露天の泥湯にはじめてお目見えしたとき---
----うおっ、こ、これは…。
と、きっと誰もがどもると思う。
てゆうか、どもらなきゃ温泉好きぢゃないってば。
だってさ、視野がいきなりひらけて、由布岳と別府大橋が大パノラマでばーっと見えて---
しかも、なによ、この池みたいに広い、とろっとろの麗しい天国露天の大群は?
こちらの露天って、文明的なチャチい、あの湯船って仕切りが、まず、ないんですよ。
原始の時代から自然に湧きだした天然のままの温泉を、簡単な木枠で申しわけ程度に囲ってあるだけ。
生まれたままの温泉なのよ---しかも、それが、世界的にも貴重な、鼠色のアチチの、濃ゆい、効能まるだしの、極上の泥湯ときた…。
足先からそろそろ入ると、こちら、足が、温泉の底にズブズブ埋まります。
気をつけてないと、片足だけいきなり深く埋もれて、バランスを崩し、自慢の乳房をドワンと公開してくれるレディーが、ほらね、あっちにもこっちにも--- w (ここ、混浴なんス)
濃厚な泥湯は、なんとも形容しがたい、滑らかで、肌に吸いつくような、魅惑の柔らかさ。
それと、通常のお湯じゃ絶対に味わえない、泥湯ならではの重げな質量が加味されて、なんというか別格の、ふしぎなあったかさがあるんです。
このあったかさと共に、かぐわしい、別府独自の超・濃ゆい硫黄の香りでしょ?---それを顔に塗りつけると、硫黄の匂いはことさらにプーンと濃く香り、なんちゅーか意識が飛びそうになるの。さらに、ぐわしと掴んだアチチ状の泥の塊のなかに、なんかの葉っぱの切れ端がまじってて、それがほほに貼り残ったり---
----あらーっ、そこの粋なお姉さん、肩のところに葉っぱがぺとーって貼りついてられますよー!
野趣満載、情緒凛凛、そして、そこはかとないお色気も。
さらにさらに、ここ、奇跡の足元湧出湯なんです…。
だから、油断してると、お尻の底の泥部分から、いきなしアチチの泥あぶくがぶくぶくってやってきて、そのふいの熱さの来訪に、ときどき飛びあがったりもしちゃうんだ。
----た、愉しいー。
うぐいすが遠くでピーヒョロロって鳴いてます。
湯面の鏡のなかの青空を、ゆーっくりとちぎれ雲が流れていきます。
おのずから呼吸も深くなり、胸のあたりにしこっていた下界のストレスもすーっと淡くなっていって。
で、湯のなかの身体中の組織が、毛穴が、爪が、踵が、肛門が、ひよひよ喜んでるのが、だんだん伝わってくる。
これ以上いうことなんか、なんもないっス…。
こんなお風呂があっていいんだろうか?
さながら、温泉界のメリーゴーランドって感じじゃないですか。
僕は、こちら、世界温泉のトップだと思ってる。
ですから、これをお読みの皆さん---死ぬまえにナポリを、じゃなくって、死ぬまでにぜひとも奇跡の湯「別府温泉保養ランド」に巡礼しにいきませう---(^0^)/!
第2位 ★乳頭温泉「鶴の湯」★ 秋田県仙北市田沢湖田沢先達沢国有林 0187-46-2139
出たーっ、横綱、乳頭温泉---!
恐らく、全国でアンケートをとったら、栄冠ある温泉人気第1位を勝ちとるのは、乳頭温泉の、この「鶴の湯」さんなんじゃないでせうか?
僕は、この「鶴の湯」さんっていうのは、多くの日本人がもっている「温泉」のイメージをいちばん表象してる温泉だ、と思うんだ。
茅葺屋根の本陣の風情ある並び、極上の濁り湯にブナ林、すすきに熊笹、そして、ほろほろと舞い散る雪の粒…。
ニッポンの温泉の原風景とでもいうのかな?
僕が第1位にあげた「別府温泉保養ランド」は、湯は超・極上なんだけど、施設がちとボロじゃないですか?
あと、名前ね、「別府温泉保養ランド」---ちーっと即物的すぎて、なんちゅーか含みに欠けるキライがある。
施設自体も町のなかにあって、どう考えても秘境ってイメージとは結びつかないし。
そこいくと、この「鶴の湯」さんは、国有林のブナの森のまんなかに位置してる---オゾン臭プンプンの秘境っスよ。
さらには宿の風情---茅葺屋根の本陣さんでしょ? 囲炉裏を囲んだ食事でしょ? さらには、写真を見るだけでため息が漏れてきそうな、極上のバランシーな濁り湯でしょ?
これはね、強いよ---。
僕は、おなじ乳頭温泉の「黒湯」さんに2泊したことがあって、「黒湯」さんのワイルドな佇まいも超好きなんだけど、やはり、やーっぱりこの「鶴の湯」さんの格別の魅力には抵抗できません。
僕は、こちら、2006年の12/19に1泊しました。
この夜、僕は、憧れの本陣さんには泊まれなかったんだけど、宿の食事は、こちら、皆、本陣さんででるんですね。
雪のなか、全国各地からやってきたひとが、みんな、本陣さんにいそいそと集まって。
建物の外の雪の気配をそれぞれに感じながら、囲炉裏を囲んで、鶴の湯特製のもてなし食「山の芋鍋」を食べて---。
さて、人気のある宿のお風呂を独占しようと思ったら、それはもう方法はふたつきりしかありません。
夜中に入るか、夕食直後にソッコーINするか---。
この夜、僕が敢行したのは、後者の技でした。
みーんな、やっぱ、鶴の湯の雪と旅情に酔って、日本酒飲んだりして、僕の読み通り、出足、遅れたんですよ。
で、この夜、僕は、あの「鶴の湯」の伝説露天を、ひとり、独占することができたってわけ。
この夜の湯浴みは、忘れられません。
写真にもある、湯中の岩を枕にして、僕は、仰向けに、舞い落ちる雪を見ながらの、極上露天と決めこんだのです。
雪は、ごんごん降ってます。
夜の彼方の天の袖から。
結構、大粒なの---ためしに口をあけたら、口のなかにひゅーって飛びこんできたり。
----うっ、ちべたっ…!
でも、湯に埋まってる身体部分は、そんな夜空への突起部分と反比例して、超・ぬくぬくなの。
ときどき、足元湧出の源泉のあぶくが、身体を伝って湯面にぶくぶくと昇ってくるのが、嗚呼、なんとも愛おしい。
湯けむりもこう、顎から鼻筋に伝ってそーっと流れてきてね、馨しい硫黄の香りを顔面付近でいったんふり撒いて、それから楚々と天に昇っていくの。
降りしきる雪、雪---ねえ、空一面の雪模様…。
自分が海底の底にいて、プランクトンの死骸が降ってくるのを茫洋と見ているような、あれは、なんともふしぎな感触でした。
通常の時間軸から外れた場所で呼吸するみたいな、あんな湯浴みは、たぶん、もう二度とできないだろうなあ。
うん、あれは、プレイバック不可の、一期一会の湯浴みだったのです。
「鶴の湯」さんにいったのは、あれっきり、それからは一度もいったことはありません。
けれども、身体が芯まで凍えそうな寒い晩、僕は、いまでもときどき瞼をとじて、秋田のあの「鶴の湯」の湯にむけて、想いを飛ばしてみたくなるんです…。
第3位 ★屈斜路湖「コタン温泉」★ 北海道川上郡弟子屈町古丹 01548-2-2191
2010年の8月、僕は、長年勤めた会社を辞め、北海道放浪の旅にでました。
愛車に飯盒炊爨セットとひとり用テントとをつめこんでの気ままなひとり旅は、言葉じゃいい表せないくらい楽しかった。
社会で生きてるとニンゲンの視野って狭くなるんですよ。
人間関係だとか対客用営業仕様とか、そっち系のセンサーばっかりやたら発達しちゃってね、ニンゲンとして本来備わっているフツーの五感は、むしろ封印しちゃってるケースが多いの。
空の色調の時刻ごとの繊細微妙な変化に翳り、風の香り、草の匂い、雲のかたち---そういった広大な世界を感知する鋭すぎるセンサーは、人工物と気苦労とに満ちた、多忙で世知辛い街で生きていくうえでは、ある意味重荷であり邪魔ですから。
その意味で、この北海道行は、目からウロコの連続でした。
北海道の自然って、本州のニンゲンからしたら、信じられないくらい「濃い」んスよ。
特に、8月の盛りなんかに山間部をクルマで飛ばしてると、フロンガラスに、ほとんど5秒おきくらいの感覚で、さまざまな虫がブチブチブチーってあたっては潰れていくの。
なんという豪奢な生命の蕩尽か!
そもそもの自然の生命力自体の桁がちがうっていうのかな。
空はどこまでも高く、山は、町慣れしたニンゲンの罪深い胸を破るほど青く…。
そんな僕の北海道旅のいちばんの収穫が、こちら、屈斜路湖(くっしゃろこ)湖畔にあるコタン温泉でした---。
このお湯には、僕、2010年の8月13と14日に訪れました。
屈斜路湖から17キロの弟子屈(てしかが)の「桜ヶ丘公園キャンプ場」ってとこにテントを張って---
弟子屈から243をまっすぐいって、美幌峠屈斜路湖の看板を右折、52を5分ばかり走ったら、風靡な屈斜路湖と湖畔のアイヌの資料館が道路沿いに見えてくる。
それが目印---こちらの湯、そのアイヌの資料館のご主人が管理されてるお湯なんです。
無料の混浴の、塩素もなにも投入されてない、生のままの掛け流しのモール泉。
大きさはさほどじゃないんだけど、ここ、見ての通り、石造りの湯舟のすぐ30センチ先がもう屈斜路湖なの…。
冬場は、ここ、湯舟の暖かさに惹かれて、湖から白鳥がいっぱい寄ってくるんです。
僕もなにかでその写真を見て以来、ずっとこちらのお湯に憧れてたわけなんでありまして…。
で、実際に入ったこちらのお湯は、どうだったのか?
至高、でした…。
僕の温泉歴史のなかでも指折りに数えられる、たまんない湯浴みでした、あれは。
仏教で「山川草木悉皆成仏-さんせんそうぼくしつかいじょうぶつ-」という思想があるんだけど、これはね、山や木や草々なんかとおなじように、川とか谷なんかの土地土地も生命をもったひとつの生き物である、といったような考えかたなんです。
つまり、その土地土地での温泉経験は、ただの肌と源泉との物理的接触なんていうものじゃなくて、もっともっと深い、一個のニンゲンの魂とその土地との出会いであり、コミュニケーションであり交わりでもあるってわけ。
この考えが、これほどの説得力でもって実感される湯浴みはありませんでした。
だって、目のまえすぐが広大な屈斜路湖ですよ---!
摩周湖のブラザーでもある、北海道屈指の美麗な湖のひとつ、神秘で深い屈斜路湖---。
空気の鮮度、オゾンの濃度、空の高さと澄みぐあいからして、ほかの土地とぜんぜんちがう。
ただでさえ自然のオーラの立ちまくっているこんな場所で湯浴みしたら、そりゃあ、染みないわけないよ。
失業旅行中の未来不確定当時の不安定な僕に、この「コタン温泉」は、たとえようもないくらい優しい、言葉じゃない言葉で、なにかを語りかけてくれたのです。
うん、実際、この温泉につかっていたら、僕内のネガティヴな数々の感情が、次々とほぐれて、融解していったんだから。
じゃあ、実際に「コタン温泉」が僕に対してなにをいったのか?
そりゃあ、分かんない…。
人間よりずっと大きくて長命な屈斜路湖と、そのまわりのすべての地霊のコトバだもん。
たかが一介のニンゲン風情に、解明なんてできるわきゃない。
でもね、このときの「コタン温泉」」の湯浴みほど、染みた温泉っていうのが、かつて一度もなかったっていうのは、たしかなホント。
朝方、湖畔の露天に肩までつかりながら、湖面の色が夜から夜明けの色に刻々と染まりかわっていくのをぼーっと眺めてるのは、よかった。
なにがどうよかったのか、コトバで説明するのは、とても難しいんだけど…。
あと、僕がここで湯浴みしたのは、お盆前の8月の13~14日でして、北海道ってこの時期、昼の盛りはまだ夏まっ盛りって感じなんだけど、夕をすぎるといきなり秋なの---特に屈斜路湖あたりでは、夕暮れ時には、鳴いてるのはもう秋の虫なのよ---リーリーリーって涼しげな調べでね。
追憶の遠き北海道---
碧く、はるけく広がる空と、地平までまっすぐ続く一本道と。
弟子屈---深い藍の沈んだ屈斜路湖。
そのほとりにひっそりと咲く、屈斜路湖自身の吐息のような、この「コタン温泉」は、ええ、いつまでも僕内の最強温泉のひとつです…。
第4位 ★那須「北温泉」★ 栃木県那須町湯本151 0287-76-2008
好きな温泉は数多くあるんですけど、いま、いちばんどこにいきたいか? と問われれば、僕の場合、いつもまっさきにアタマに浮かぶのが、那須のこの「北温泉」なんです。
ここって、たぶん、僕がもっとも多く泊まってるお宿だと思う。
いま、つらつらと調べてみましたら、2006年11/28、2007年11/19に1泊、2008年の6/28に1泊、8/18、19と連泊、さらに10/27、8、9と3連泊---
2009年の5/11、12も連泊、8/17、18にも2連泊、11/23に1泊、さらにさらに、2010年3/6、2011年の5/18にも泊まりときた!
もー、どんだけ「北温泉」が好きなのよって自分に突っこみたくなるくらい…(^.^;>
ここにあげただけも16泊じゃないですか。
数えもらしたぶんもあると思うし、あと立ち寄りのぶんまで加えたら、それこそ膨大な訪湯時間になると思います。
----「北温泉」のどこがそんなにいいのさ?
----うーんと、まずは土地かな…。このあたりってもともと修験道の土地でさ、たとえば「北温泉」前の駐車場にこう立って、宿のほうを見下ろしただけで、土地の醸しだす凛とした空気に、僕はいつも打たれるわけ。杉の木々が山肌に針みたいにピンと立ってるし、夜笹川の瀬音も通常の川よりどっか厳しい響きがして、背筋のあたりが自然にピンと立ってくる気がするの。ていうか、理性よりさきに全身の毛穴で実感するんだよ、ああ、また「北温泉」にきたんだなあって…。
----へえ、空気か…。ほかには?
----「北温泉」までに至る道かな…? あのさ、「北温泉」ってクルマではとちゅうまでしかいけないのよ。宿のすぐまえまでならクルマでいけるんだけど、その駐車場からさきの下りの800mは歩きなの。その、つづら折りの下りの細道の過程がね、これがまたいいんだなあ…。秋にくると赤とんぼがそれこそ雲霞のように舞っててね、誇張じゃなしに淡い靄みたいに見えるのよ。冬にきたらきたで、ここ、超・雪道じゃない? 一歩一歩転ばないように注意しいしい歩いて行って、とちゅうの坂でようやく「北温泉」の全景が見下ろせたときのあの喜び---アレは、そう、何物にも代えがたいよ…。
----へえ、ずいぶん奇特な趣味に聴こえるけどな。ほかには?
----建物。「北温泉」ってね、基本的に魔窟なの。江戸、明治、昭和にそれぞれ建てられた建物が、縦横無尽に交錯して、複雑に繋がりあって、総括的な「北温泉」って場をかたち作っているわけ。僕は泊まるときは必ず江戸期の3階建の宿に部屋をとるんだけど、ここ、凄いよお…。なにが凄いって、ぐにゃぐにゃに張り巡らされた細い廊下の構造が、なんというか、もう複雑怪奇すぎ。ほの暗い廊下の角々ごとに小さな神社があるわ、そのなかで線香が灯されていて、おかげで建物中がいつも抹香臭いわ、しかも、居室に許された暖房器具は基本的に炬燵だけだから、冬場の居室は超・寒いわ、なんちゅーかシュールなノリなのよ…。あの宮崎駿が「千と千尋の神隠し」の参考にしたっていうのもうなずけるほどの出来だわね。あ。ただ、こちらのお宿の廊下の床下には、四六時中温泉が流れてててね、その効果で廊下はとても暖かいんです。宿猫のミミがいつもトイレ前の廊下板のうえで居眠りしてるのが、なんちゅーか、ねえ、こちらのお宿の風物詩なんですよ(トなぜか目を細めて)…。
----ほう、魔窟、ですか?
----うん、魔窟…。温泉と猫と魔窟の三位一体が、要するに「北温泉」の魅力の肝なわけ。お分かり?
----そう決めつけられるとちょっと…抵抗感じちゃうんスけど…。だって、魔窟なんて…
----誇張じゃないよ。マジネタよ。だって、ここ、座敷童でるんだもん…。
----マジ…?
----うん、マジ。長年、先代と帳場を斬りまわしていたAさん(注:彼はいま北温泉にはいらっしゃいません)から、僕、直接聴いたもん。○○○号室で座敷童見たお客が、かつて何人もいたって…。
----ゲロゲロ! 本当だとしたら、それは凄いな…。
----本当だってば。べつの温泉で出会った「北温泉」マニアのひとからも、僕、おなじ話を聴いたことあるもの。
----へえ(トいくらか感心して)…。
----ただ、誤解してほしくないんだけど、「北温泉」の根本って、やっぱり温泉なのよ…。宿も魔窟風味もそれなりに素晴らしいんだけど、それは、やはり「北温泉」の根幹であるところの温泉の素晴らしさがあるからであって…。
----「北温泉」の湯っていったら、それは、やっぱ「天狗の湯」だっけ?
----うん、「天狗の湯」だね…。あれに、尽きる。宿前の広大な温泉プールも、目の湯も、夜笹川まえの露天もいいけど、あの「天狗の湯」のまえでは、すべての風呂が色あせる…。
----そんなに? そんなに「天狗の湯」っていいの…?
----うむ…。「天狗の湯」はね、「北温泉」のいちばん古くからのお湯なんです。源泉は「天狗の湯」脇の石段をあがったとこの「天狗神社」のお山から、次々と豊富に流れ落ちてきてる…。ここ、もともと修験道のための湯でね、お風呂に天狗の面がかかっているのは、それの名残りだとか…。いいよー、目の前の大天狗の面を眺めながら、鮮度バリバリの、極上の掛け流しの湯につかる心地は…。ここのお湯は透明な単純泉。でも、お湯のなかには湯の花がいっぱいあふれてて、しかも、ラジウムも混入してるらしいんだ…。
----へえ…。
----お風呂自体の立地もまた凄いよ。ここ、江戸期に建てられた旧館の二階の奥手にあるんだけど、お風呂場と廊下を隔ててるのが、なんと、簡単なすだれだけなの。つまり、二階の住人が戸をあけてついと奥手を見たら、もうモロ入浴客らの裸が見えるわけ。場合によっちゃあ、いきなり中年男性の局部と御対面なんてケースが、日常のあたりまえの風景なの。あ。ちなみに、ここ、混浴ね。お風呂に着替処がなくて、籠を入れた棚しかないから、入浴客らのまんまえで脱がなきゃいけなくて、そのぶん女性入浴のハードルは高いけど、入ってくる勇者の女性、ときどきいらっしゃいますよー。
----それは、なかなか興味深いですな…。
----鼻の下を伸ばすんじゃない! 「天狗の湯」に入って助平心を催すなんて不謹慎な…。ここでの混浴は、もっと神聖なものなんです。大天狗の面をぼーっと眺めながら、極上の湯につかって、たまたまご一緒したおっさんやお嬢さんやおばちゃんと何気に言葉を交わして---で、湯疲れしたら、風呂脇の、温泉神社に至る階段上にすっ裸であぐらをかいて、身体冷めるまで那須の山々を無心に眺めて…。
----むーっ、それはよさげですな…?
----でしょ? ここほど仙境気分にひたれる温泉ってないのよ。だから、僕は、何年にもわたって、ここに通いつめてるわけで。でも、何年たっても、飽きるってことはないな。
----いいですね…。話、聴いてたら、なんか、急に行きたくなってきた。どうです、今度の休みにでも?
----うむ、(微笑して)いきましょう…。
(注:「北温泉」は僕ブログの過去記事、徒然その44☆北温泉逗留物語☆にて特集してます。ご興味がおありの方はどんぞw)
第5位 ★奥津温泉「東和楼」★ 岡山県苫田郡鏡野町奥津33 0868-52-0031
2007年の10月4日の12時05分、僕は、島根の「長楽園」さんの有名な庭園風呂のなかで、絶望しておりました。
この日は中国温泉遠征旅の3日目でして、僕は、前日に岡山の「砂湯」「真賀温泉」などを攻め、ひそかに岡山の温泉レベルの高さに驚嘆していたんです。
特に「真賀温泉」の「幕湯」には、やられた。
マジ? こんなに中国の温泉ってのはレベル高いのか…。
賞賛5割・羨望3割・嫉妬2割のそんな気持ちに胸に抱いていたら、出雲のあの「長楽園」さんに無性に足をのばしてみたくなったのです。
「長楽園」さんは、創業120年の歴史を誇る、老舗宿---
なかでも宿自慢の広大な庭園風呂は、日本の庭園風呂を語るとき、必ず引き合いにだされるほどの存在です。
僕は根城が関東だし、この機会を逃したら、もう二度と「長楽園」さんにはいけないかも…。
そう思ったら矢も楯もたまらず、はるかな出雲にむけ、クルマを駆っていたのです。
目的の玉造温泉到着は、朝の7時すぎ---。
早すぎてどこもやってないの---仕方なしにパン屋さんでパン買って、近くの玉湯川で足湯したり、玉造ゆ~ゆでバイキングを食したりして、立ち寄りの12時まで時間をつぶしていたのです。
長い待ち時間だったけど、なに、これからあの「長楽園」さんの湯につかれると思うと、辛さなんか微塵もありません。
で、12時ジャストに宿にいって、いそいそと全裸になって、あの伝説の庭園風呂に入ったわけです。
そしたら、信じられない---こちら、塩素湯でした---!
入るまえからそれっぽい気配はしてたんですよ、けど、まさかあの「長楽園」さんが温泉に塩素を投入するなんか信じられなかったんです。
でもね、長大な庭園風呂をあっちにいったりこっちにいったりしてるあいだに、事情は厭でも飲みこめてきます。
----信じられない…。これは、塩素だ…!
悲しかった。
通常だったら5秒ででるんですが、庭園風呂はあまりに広く、しかも胸までお湯が深いんで、でるまでに30秒ほど費やしたように思います。
髪も身体もびしょ濡れのままクルマに乗りこみ、速攻で玉造温泉をあとにします。
なにも考えてなかった。とにかくそこを離れたかったんです。
さて、玉造温泉では上天気だったんですけど、岡山にもどるころになると、なぜか雨脚が凄まじくなってまいりました。
僕の失望した胸中の鏡のように、涙雨が降るわ降る---!
で、そんな豪雨のなかをやけくそに飛ばし、3時間ほどあとに辿りついたのが、ここ、奥津温泉だったのです…。
PM4:00---雨は、そろそろやみはじめていました。
----へえ、ここが奥津温泉なんだ…。
クルマのドアをあけ、丸まった背筋をのばし、ちょっと町の散策としゃれこんでみます。
雨あがりの草のにほい。いいなあ、洗われたばかりの空気まで、なにか新鮮に感じられます。
奥津温泉は、ちっちゃな町でした---旅館なんてほんの数件っきゃないの。
町を貫く吉井川の清流を囲むように、有志が町を形成したって感じでせうか?
そのほとりにある有名な露天である「洗濯湯」(現在、さまざまな都合により、ここでの遊浴みは禁止されます)と。
もういちど旅館のあるあたりにいってみると、温泉教授大推薦の宿「東和楼」を見つけることができました。
なお、このときの時刻は16:50---立ち寄りには、たぶん遅すぎる時刻なんだろうけど、ダメモトで入浴を申しこんでみると、
----ああ、どうぞ、いいですよ…。
お金払って、トンネルをくぐって、地下一階の源泉風呂にいそいそと向かいます。
湯舟は、正直、ちっちゃめ---天然の岩がそのまま湯舟になってる形式です---洗い場のスペースだってそんなにない---ふたりか三人入ったら満員になってしまうようなお風呂です。
でもね、お風呂から立ちのぼってくる香りが、こちらフツーじゃなかった。
名湯の予感がひしひしとしてきます。
が、焦りは禁物!---逸る心をいなして、あえて入念に駆け湯なんぞして、足首からはんなりと入り湯すれば----
----……!
僕、思わず息をのんで、黙っちゃいました…。
いい透明湯の説明って一般に濁り湯よりも難しいんだけど、特にここ「東和楼」さんのお湯の魅力は、コトバで表現することがやりにくい。
入っちゃえば一発で、誰にでもすぐ分かることなんだけど。
それにしても、こちら、綺麗なお湯でした。
それに、ほら、ここ、なんという柔らかい肌触りでせうか---!
手の指も爪先も、お湯のなかでくつくつと歓喜してるのが、よーく分かるのよ。
源泉は足元からときどきあぶくになって湧いてくるものと、ホースでぶわーっと組みあげているのとの、二通り。
あえて分類するなら、ええ、無色・無味の単純泉ってことになるのだと思う---なのに、どうして、ここのお湯、こんなにもいいの?
温泉マニアの僕からすると、どうしたって分析したくなるお湯です---けど、上窓から漏れてくる夕日に照らされて、この極上の湯にぷかぷかとつかっていたら、僕の頭脳からだんだんその種の分析力は失われていくようでした。
というか、これだけのお湯につかりながら、五感をそんなせせこましいことに使うなんて、あまりにもったいないっていうか。
----それよりも、いまだけのこの極上湯を、全身で繊細に味わいつくさなきゃ…!
ええ、こちらのお湯って、入ったひとを温泉の求道者に変えてしまうんですよ。
そんなつもりで入ったわけじゃないんだけど、2、3分肩までつかっていたら、僕もいつのまにか温泉求道者になっちゃってました。
ここのお風呂に部屋借りて1年くらい住んでみたいなあ、なんて結構マジに思ってみたりして…。
× × ×
奥津温泉の「東和楼」さんは、僕的にとてもスペシャルなお湯なんですよ---。
僕、基本的に「濁り湯党」なんですけど、やっぱり、極上の透明湯と出会えたら、その喜びには格別なものがあるわけで。
だって、なんといっても、透明湯って温泉の原点なんスから。
「東和楼」さんを出たら、夕日、だいぶ傾いてました。
雨あがりの奥津温泉は、ひなびてたけど、きらきらと輝いて、とても綺麗でした。
近くの雑貨屋で練乳入りのアイスキャンディーを買って、それ齧りながら、吉井川のほとりをぶらぶらと歩いてみました。
吉井川の清流と、草のにおいと、うなじを通る風と---あの秋の夕暮れどきの小さな恍惚が、僕は、いまもって忘れられません…。
(第一部、了)