2011年5月19日のお午すぎのことです---。
福島県大沼郡金山町の大塩温泉に到着したばかりのイーダちゃんは、思わぬ光景にたじろいでおりました。
ええ---たじろいで金縛りになるくらいの、すっごい光景---!
あの……しかし、その光景解説のまえに、ここ、大塩温泉の簡単な解説、やっちゃいませうか。
こちら、福島県大沼郡の只見川流域は、全国的な知名度という点ではイマイチながら、実は、極上温泉の豊庫となっている特別な地域なんですよね。
一般的には、この流域、会津南部の只見川温泉郡、なんて呼ばれたりしています。
あ。最近では、ときどき<妖精の里>なんて風にも呼ばれてる。
雄大な只見川の滔々たる流れに沿って、西から只見温泉、大塩温泉、湯倉、玉梨、八町温泉……と、温泉好きなら誰もが垂涎モノの共同湯の数々が、川と平行に走っているJR只見線のなだらかな線路沿いに、それこそキラ星のように、適当な距離をおいて点在しているんです。
旅館がわんさかとか観光客わーっとかの、商業的な栄え方は、あんましてないんですよね。
魅力を知ってるひとなら勝手にきてくつろいでいきな、みたいな感じのザッパな土地柄っていうか。釣り人さんなんかが泊まりそうなお宿がそこかしこにあって。懐が深めで、どっかぬーぼーとしてて、なんかスケールの大きさを感じさせる土地なんです。
そのなかでも極めつきの露天風呂といわれている、ここ、金山町の大塩温泉の露天風呂にイーダちゃんが訪れたのは、最初に書いたように、5/19のお午をちょいすぎたあたりでありました。
こちらは、民宿の「たつみ荘」というところが管理してられる、無料の、有名な野湯なんです。
料金はなんと無料--管理されてる「たつみ荘」のおカミさんに声をかければ、気さくに案内してくださいます。
こちら、春先の2月ほどだけ、山々の雪溶けの関係から炭酸のお湯が吹きあがってくるんですよ。
いってみるなら、天然の、期間限定のジャグジー温泉ってとこ。
どうです、温泉好きなら血が騒ぐでせう?
で、話ははじめに戻るわけですよ---極上の上天気---きらきらした春の光のドライヴにすっかり気をよくしたイーダちゃんが、「たつみ荘」のご主人に声がけして、宿の裏手の川下りの道をテクテク下りていって、そのとき見たものはいったいなんだったのか---?
それは、5名のフル○ン男性が、それぞれデッキブラシをもって、「たつみ荘」のおカミさん---ちなみにおカミさんは更衣です。誤解なきよう---の号令のもと、お湯のないからっぽの湯舟をゴシゴシと清掃してる光景なのでありました……。
----!?
リアクション、できませんでした---あんまりびっくりしちゃって。
最初は奴隷労働かと思った。みんな、フル○ンなんだもん。
思わず口アングリ状態のイーダちゃん。すると、全裸男性労働軍団のひとりが、めざとく小道にたたずむ僕を発見して、
----あっ。ねえ、新顔さんが来られましたよー!
宿のおカミさん、それに、全裸軍団の目が一斉に僕にむけられます。
僕はそれらの眼圧にややたじろいで、やや半端に、
----あの…こんにちは…。
----あら、お客さんもここの温泉入りに? と、おカミさんが尋ねます。
----ええ、まあ…。
----なら、上いってもう一本デッキブラシもってきてよ。まだ一本あるはずだから。
----あのー…すみませんが、皆さんはここで一体何を……?
と僕がおずおずと問うと、おカミさんはあくまで豪快に、
----ああ、こちらのお客さんたちはね、ここの露天の一番湯希望のひとたちなの! で、自主的に掃除手伝ってもらってるの。ここの一番湯はいいわよ。あなたも一番湯希望だったら、掃除手伝ってね……!
で、イーダちゃんも彼等フル○ン軍団の一員と化し、大塩温泉露天風呂の清掃に加わったという顛末なのであります。
ちょっとここで写真添付ね---全裸軍団の写真は挙げられないけど、ま、雰囲気を伝えるためにせめてデッキブラシだけでも---。
写真右上はサービス画像、緑なす只見川の滔々たる流れね---只見川近郊の土地ってざっとこんな雰囲気なんですよ。
で、おカミさんの号令のなか、茶褐色の析出物があちこちにこびりついた湯舟を、僕等はだいたい15分くらい清掃したのかな? 清掃してるうちにいつしか心も空になって、無心になってゴシゴシやってたら、やがておカミさんのツルの一声が、
----うん、こんなもんかな、じゃあ、皆さん、お疲れさま!……ゆっくり温泉につかっていってね。なに……15分もすればすぐにお湯いっぱいになっちゃいますから……!
いいながらおカミさんが湯舟底の穴を丸めた布切れでグイッと塞ぐと、たちまち石の湯舟の底には湧きたてのお湯がたまりはじめます。
むーっ、凄い速度だ、と全裸軍団はみんなびっくり。
そうして、僕等フル○ン軍団の、大塩温泉露天風呂の一番湯体験がはじまったわけなのです---。
いやー サイコーのお湯でしたね。地面からシュワーッと吹きあがってくるお湯の量は、超・凄い。湯舟は20分もたたないうちに、ほぼいっぱいになっちゃいました。
もう働いたあとだし、景色はいいし、ウグイスはよく通る声で鳴いてるし、お湯はさわさわの炭酸泉だし、僕等的には、いうことなんかまったくなかったですねえ。
----ああ、たまりたてのお湯って、ここ、透明だったんですねえ…。何度もここのお湯は入ってるけど、空気にふれるまえの本来のお湯はこんな色してたんだ……。
----うーむ、新鮮ですよね…何もかも……。
----ねえ、あなた、炭酸泉の吹きあがりに顔寄せて、におい嗅いでみなさいよ…。
----こうですか?
----そうそう、そうすると……
----うわっ。ツーンときた! ツーンと…。
----でしょ? それが炭酸の香りなんですよ…。
----ふーむ、凄いもんですね……。
なんて、ノリはもう小学生の乗りあいバスとほとんど一緒---でも、ほんっと、いいお湯でした---(^o^;>
ひとりのお客さんなんかは、なんと島根からはるばるやってこられた方でありまして。やはり、飯よりも温泉が好きなタチなんだとか。島根、という地名だけで、みんな、おーって感じに湧いちゃいました。
あとのおふたりさんはSLマニア---1年に一度だけ、只見線にSLが走るときがあって、その予行演習のときが、今日これからなんだ、といって笑ってられました。この温泉のなかから川の鉄橋を渡るSLを見るために、わざわざ今日を選んでこられたのだとか。
マジ面白いスよ、いろんな方がいらっしゃって---。
じっと見ていると眠気を誘うような、瞑想的な只見川の佇まいをぼんやり温泉の高みから眺めていると、浮き世の気苦労の数々が、炭酸の泡々に巻かれてジュワーッと溶解していくようでした。
湧きたてのお湯を両手ですくってぱしゃっとやれば、炭酸泉独自のなんともいえぬ清涼感が顔いっぱいに弾けます。
ああ、いいなあ。満足。満足の極みなり。(^o^;/
なんて思って背骨ごとまったりしていると、ふいに背なから麗しい女性の声が。
----あのー ご一緒させていただいていいでせうか…?
ふりかえると、なんとひとり旅の女性ではないですか。
ひとりでこんなむつけき男たちの集う露天にやってくるなんて度胸あるなあ、と僕の口調にもおのずから敬意がこもります。
----ああ、どうぞどうぞ! サイコーのお湯ですよ。なんとねえ、一番湯! たったいま僕等が掃除したばかりなんですよ。あ。着替えるまで僕等後ろむいてますから…。ごゆっくりどうぞ---!
と僕がいうと彼女、笑って、
----いやー そんな大したもんじゃないですよー……!
なんて若干照れたりして----。
愉しかったー! 彼女、話してみると、途轍もない温泉通で、僕と那須の北温泉---このときも僕は、那須の定宿「北温泉」を基地に、この福島までやってきていたのです---の話でそーとー盛りあがりました。
あと、彼女、お風呂にくるまえに、「たつみ荘」のおカミさんに声がけしたら、さっき清掃してくれたお客さんたち、まだお風呂からあがってこないのよ、あきれちゃうわって笑ってた、なんていうもんだから、それ聴いて、僕等はまたまた盛りあがって大笑いしちゃったりね---。
なんか、僕的にいうと、去年の8月、北海道・知床での混浴体験を思いおこさせるような、至上の湯っことなったのでありました。
あ。こちらの名湯を管理なさって、無料で訪問客に開放してくださっている、湯守「民宿 たつみ荘」さんのデータ、ここにあげておきませうね。
「民宿 たつみ荘」
福島県大沼郡金山町大字大塩字休場3106-2
0241-56-4158
http;//www.okuaizude.net/fukushima/okuaizu/inninfo/RHFA211/
総計湯浴み時間---なんと、2時間なり!
最後に、只見川の遠くの鉄橋をSLが渡るのを見て、それからイーダちゃんは皆に軽く挨拶して、この最上の野湯をあとにしたのでありました…。
(たつみ荘御主人の撮影フォト。立ってる新参者がMe)
しかし、悲劇は、その10分後に起こったのです---。
お風呂のなかでも話題にあがっていた玉梨温泉にむかおうと愛車のアクセルを踏んでいたイーダちゃんは、温泉の入りすぎの一瞬の空白のためハンドルを切りそこね、80キロでルート252の石歩道に突っこんでしまったのでおじゃります。
いわゆる事故というやつです---クルマは7m半石歩道のうえを突き進み、民家と30センチの距離でぎりぎぎり停止しました。
時刻は午後の2時15分。幸い、身体のどこも怪我はなかったけれど、事故、エアバックも開き、クルマの底も抜ける、凄い事故じゃありませんか---。
煙の吹きでる愛車のドアをやっとあけ外にまろびでたイーダちゃんに、大丈夫かと近所のひとたちがぱらぱらと駆けよってきます。
イーダちゃんは茫然とした面持ちで、ええ、大丈夫です、大丈夫、といいながら、愛車の惨状をぼーっと眺めているよりありませんでした……。<次号につづく>