齋藤信幸のロングステイ!米国・カナダ・中国・台湾・韓国・フィリピン・イタリアなどへの旅行体験やカミサンポをご紹介 

60歳を過ぎてそこそこのお金とほぼほぼ時間のある今、長期旅行に挑戦しましょう。そして大切な妻とカミサンポ。

地中海の青い海を求めてシチリア島(イタリア)へ「カミサンポ」&バス旅:ロザリア・ロンバルト

2018-10-28 00:59:06 | ヨーロッパ
息子にパレルモに行くと伝えた時の第一声は、「カタコンベに行ってみて」でした。調べてみるとカタコンベは約8千体のミイラが安置されたカプチン会修道院。漫画の材料として息子の頭の中に残っていたようです。『死都調布』絶賛発売中。



  

カタコンベまでは、歩いてでも1時間は掛からない距離ですが、カミさんの足を考慮してタクシーで移動。

ここですか?ミイラを見たい人は少ないようです。この入り口を入って行くと、地下の広い空間へと出ます。



そこが安置所。残念ながら写真撮影禁止。おびただしい数のミイラ。年齢も様々。その中でもひと際美しく眠っているように見えたのが、美少女ロザリア・ロンバルトのミイラ。彫像を見ているようでした。職場のIさんによると、実はミイラはイタリアでは珍しくなく、他の教会にも結構あるそうです。何故、イタリアでミイラを作る必要があったのか?

カタコンベを出ると、隣の教会に人が集まっているので行ってみました。お葬式でした。



霊柩車は日本と変わりません。日本も昔のようにいかにも霊柩車という車は減り、普通の大型車になっていますね。少なくとも東京は。

ついでに隣の墓地にも行ってみました。家のような墓から壁に埋め込まれた墓まで様々。
今春、訪ねたニューオリンズの墓も、家形の墓ですが、海抜ゼロメートルを含む湿地帯で土中に埋葬できないため対策でした。
パレルモはむしろ乾燥しています。何故、家形があるのか?
多分、お金持ちの見得。イタリアの墓もお金と遺族のセンスにより様々といったところでしょうか。







墓に先祖の写真を埋め込むデザインは、墓参の際に先祖を思い出す意味でも良いなと、週末、義母の墓参りをした際に思った次第です。

さて、ここからノルマン王宮のある旧市街までどうやって行くか?タクシーはなし。英語は通じない。
幸い山が見えるので、その形で方向を判断。距離は約1.5キロ。カミさんが文句言いそうです。

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地中海の青い海を求めてシチリア島(イタリア)へ「カミサンポ」&バス旅:トイレ事情2

2018-10-27 08:04:07 | ヨーロッパ
先日、イタリア通のIさんとランチ中にイタリアのトイレ事情をお聞きしたところ怪訝な顔を。

やはり、食事中にする話題ではなかった?ごめんなさい。

でも、トイレは確かにカフェなどで、行きたくなくてもとりあえずしておくのが大事とのこと。

Iさんの怪訝な顔の正体はカフェ。

その後、調べてみるとイタリアではカフェは、店ではなくコーヒーそのもの、一般的には「エスプレッソ」を指すとのこと。

日本でいうカフェに相当するのは、バール(bar)。

食事にも重点をおいたリストランテ・バールから、コーヒー中心のカフェ・バール、 アイスクリーム中心のジェラテリア・バールなど様々なものがあるとのこと。

これまでイタリアブログのカフェは、すべて、バールと置き換えて頂戴!
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地中海の青い海を求めてシチリア島(イタリア)へ「カミサンポ」&バス旅:パレルモのトイレはどこ。

2018-10-21 06:23:39 | ヨーロッパ
さて、前回の続き、ランチとトイレをどうするか?です。

ここまでパレルモを歩く限り、公衆トイレはなし。カフェやレストランなどのトイレを借りているようです。しかし、このフリーマーケットの周りに、カフェはない。これだけの人がいるのに、皆、どうしているのか謎でした。

思案中にカルフールの案内板を発見。「右」ですね。散々探してようやく見つけました。店そのものの看板はなく(看板がないのは、街の景観を守るためではないかと思いました。街中にネオンの類はありません)、入り口のドアに「カルフール」と書いてあるだけ。早速入って売り場(トイレ)を散策。「な~~い」。レジの人に聞くが英語が通じない。セキュリティも寄ってきた。他のお客さんも注目。うう~ん、ようやく何故か分かったみたい。レジの右近くにありました。男女共同のトイレ、便器一つ。紙なし。便座なし。女性は困るかも。



結局、ここではカフェやスーパーなどで適宜、トイレに行っておくことが重要です。実際、カフェでトイレだけ借りて立ち去る人をたくさん見かけました。

カルフールですっきりしたので、背骨通り(先週説明)に向かってぶらり移動。街のすべてが美術館のように美しい。



サン・フランチェスコ・ダッシジ教会に到着。その向かいに、目当てのアンティーカ・フォカッチェリア・サン・フランチェスコがありました。Iさんからお借りした本にも出ていた1834年創業のカフェ。名物はモツの煮込みとチーズを挟んだフォカッチャ・マリタータ。





これだ。



入口、左のレジで注文し、お金を払ってから、食べ物、飲み物のところに行き、注文。



パレルモ初のビール。ワインよりもビールを飲んでいる人が多いようです。モツの味が薄いのでモツとチーズの味を一口楽しんだら、、調味料を加えた方がよさそうです。



さて、満腹。更に背骨通りへと進んでいくと、プレトーリア広場にでました。美しいルネッサンスのオープン美術館といった広場です。詳細は、後日再訪時に説明。



広場の正面が背骨通り、ここではマクエタ通り。右手すぐが、クアットロ・カンティ。





ここからマッシモ劇場を目指して、「カミサンポ」。マクエタ通りの両側には、土産物屋、衣料品店、靴屋、カフェ、ジェラートの店、コンビニなどが並び、退屈しません。













ここまでで約1万6千歩。途中、カフェによって休み休み来ましたが、よく歩きました。

途中のカフェでコーヒーを買って席に行くと、カミさんがおばさんと楽し気に話をしていました。
物乞いのおばさんでした。どうもカミさんは愛想が良いせいか、この種のことに毎度、巻き込まれます。
財布を見せて空なのよとアピールしていましたが、服装や匂いからそんなに貧乏なようには見えませんでした。
その後、教会の入り口やカフェで結構な人数の物乞いを見かけました。
ちなみに、先ほどのおばさんがリベルタ通りを元気に帰宅するする姿をお見掛けしました。

ホテルに一旦、帰って一休みし、6時前にディナーに出かけましたが、早すぎたようで、掃除中・準備中の店ばかり。
ディナーは7時以降が常識。ようやく開いた近くの店で、カルボナーラとピザを食べて、パレルモ第一日目は終了。

9時にホテルを出て、結構、歩きましたが、時間的には十分余裕がありました。
健脚の方なら朝早くから動けば一日で主な見どころを見られます。
カフェでお茶を飲みながらのんびりという方は、2日あるとかなり楽しめそうです。
建築や考古学、彫刻や宗教画などに興味のある方は、最低3日は必要でしょう。

また、背骨通りを歩く限り安全なようです。

明日は、ミイラが8千体あるカタコンベと「ノルマン王宮と旧市街」。



チャオ

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地中海の青い海を求めてシチリア島(イタリア)へ「カミサンポ」&バス旅:パレルモの日曜日は豪華な朝食で始まった

2018-10-19 01:36:59 | ヨーロッパ
パレルモには、魚の背骨のような市内をまっすぐ走る通りがあり、その周辺に観光スポットがあります。この背骨の通りは直線ですが、名前が変化します。

私のホテルGaribaldiの道路を挟んだ向かいにあるのがポリテアーマ劇場で、その広場の前にあるのが、Liberta(リベルタ)大通りで、右に進めば有名ブランドの店が並んでいます。
同じ広場を左に行くと、通りの名前はRuggero Settimo(ルッジェーロ・セッティモ通り)、マッシモ劇場から始まるMaqueda(マクエダ通り)となり中央駅の少し北まで続きます。

途中にQuattro Canti(クアトロ・カンティ)という17世紀に造られた四辻があり、旧市街および海に向かうVittorio Emanuele(ヴィットリオ・エマヌエーレ通り)と交差します。

先ほどの魚の背骨通りと並行して海側を走るのがRome(ローマ通り)。これだけ知っていれば道に迷うことなく行動できるはずです。

観光スポットは、大きく分けると、一番の見どころの「ノルマン王宮と旧市街」、「プレトーリア広場東地区」、そして「新市街と考古学博物館」の3か所。それぞれ一日ずつ回るイメージで予定を立てました。

注意点は、日曜日が休みの見どころや午前中のみ、あるいは、平日でも午前中は9時から12時、午後は15時から19時といったように日本とは営業時間が異なることでした。これを意識して計画を立てないと足を棒にしていったが、入れなかったということになりかねません。

さて、パレルモ、最初の朝は、豪華な朝食で始まりました。ハムやチーズ、スイーツ、果物などなど。アメリカのビジネスホテルに比べるとかなり充実。ただ、野菜が高いのか、野菜ゼロでした。それにしてもよく食べた。ハムやチーズだけで4皿。それに果物やパン、ジュース、コーヒー。戦時中の物のない時代に育つとこうなる?そんなはずはない。戦後生まれだ。カミさん曰く、家が貧乏過ぎた。そのとおり。



泊まったホテルはポリテアーマ劇場の向かい。階段も洒落ています。やはりイタリー。







月曜日は博物館や美術館は休みなので、今日(日曜日)は「新市街と考古学博物館」に行くことにしました。

まずは、ポリテアーマ劇場。そして、マッシモ劇場。ゴッドファーザーにも出てきましたね。
ホテルで食事をしない人なのか、現地の人たちなのか、早朝にも関わらずカフェは賑わっていました。







ここから、シチリア州立考古学博物館、サンティニャツィオ・アッロリヴェッラ教会、サンタ・チータ教会、サン・ドメニコ教会と回り、気が付くと、「プレトーリア広場東地区」のマリーナ広場まできていました。









生活感の漂う通りも興味深いです。



サン・ドメニコ広場で初ジェラート。ピスタチオが濃厚。美しい景色と旨いスイーツ、幸せだね。





このとき地元の「その筋の人」を見かけました。暑い中、ややだぼだぼのスーツを着て、髪はオールバック気味。
からまれるような気配は全くありませんでしたが、何か映画を見ているような感じでした。

マリーナ広場では、フリーマーケット開催中で、結構な人出でした。





広場近くのサンタマリア・テッラ・カテーナ教会から初めて海を見ました。



そろそろお腹も空いてきたし、トイレも行きたくなったというところで、続きは次週に。
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地中海の青い海を求めてシチリア島(イタリア)へ「カミサンポ」&バス旅:羽田~北京~ローマ~パレルモ

2018-10-08 20:34:37 | ヨーロッパ
飛行機の経路は、タイトルのとおり。やはりヨーロッパは遠いというのが、初日の印象。でも元気いっぱい。乗り継ぎにも十分時間を取る慎重派なので結局、蒲田のホテルを出てからパレルモのホテルに到着するまで約27時間かかりました。

羽田720発の中国国際航空(Air China)なので、蒲田の東横インに前泊。翌朝、予約しておいたタクシーで羽田に5時前に到着。早すぎかと思いましたが、結構、人はいました。
席を事前予約できなかったので離れた席や人に挟まれた席になるのではと心配しましたが、無事、すべて通路側から席が取れて一安心。

出発進行!その前に、好物のクラムチャウダーがあったので軽く食事。本当に出発進行。



無事、1000頃、北京に到着。乗り継ぎの表示「Transfer」の表示に従って進むが、これが分かりにくい。入国審査に向かう場所のはずれに、ほそぼそとありました。
また、手荷物検査のために並びますが、パスポートをチェックする係官が一人しかいないのと検査が厳しいため予想外に時間がかかりました。パソコン、携帯電話、カメラ、充電器、コインを荷物から出させられます。予備のバッテリーはすべて没収されていました。文句を言っている人もいましたが、聞く耳なし。乗り継ぎ時間は余裕を持たせましょう。



それが済めば後は出発時間の1340まで自由。美味しそうな中華を見つけたのでランチ。すべていい味の肉。久しぶりに感動の中華。どうも香港の店らしいです。







以前、余裕を持ちすぎて乗り損なったことがあるので早めにゲートへ。日本のように遅刻している人の名前を呼んだり探したりはしないので要注意。
バスで飛行機に向かうらしいのですが、1Fにあるゲート付近の乗り場は満席。2Fに戻り、注意しながら出発を待つ。が、のどが渇いてきたので飲み物を買いたかったが、自販機しかなく中国ウォンがない。というわけで、広い空港を戻りスタバーで水を買いました。準備不足。牛肉どまんなかの弁当と同じように上記のでる中国の弁当を食べながら待つ乗客もいました。



さて、飛行機は1340に出発。11時間の旅なので、映画を4本見て、1900頃、ローマに到着。国内線乗り継ぎの方向に向かっていくと、大きなおDuty Freeコーナーがあり、そこを抜けると初めて入国審査場。なんだ入国審査あるんだというゆったり感じ。それでも30分くらいはかかるので油断しないように(帰りの出国はかなり時間がかかりました。焦って列を無視して進む人、それを止める人、怒る人、なんか秩序だっていない感じ)。







ここでパニーニなどを食べて時間を潰しながら次のゲートへ。パレルモヘは、2130発のアルタリア航空で。搭乗口は、優先席のために並ぶライン、後ろの方の席のためのライン、前の方の席のためのラインと分かれているのに混ざってしまって混乱。こんなものでしょうか。

パレルモの空港にはホテル経由で予約したタクシーが待っている予定。これもBooking.Comで頼んだときは了解とメールが来たのですが、いざ、前日ホテルに確認すると「やはり」手配できていませんでした。でも、「やはり」の範囲内なので驚きませんでしたが、ホテルから予約できたとの電話がきたのが23時。「明日、早いんだよ」と文句を言いたくなるが、ここは大人の対応。

ここまでくると疲れが出たせいか搭乗の後、ひと眠り。目覚めると2230、空港に着いていました。と思いきやまだ出発していませんでした。結局、2300頃に出発し、2430前にパレルモ空港に到着。タクシーは待っているだろうか。いました。「Saito」のサインボードを持って。ちなみに、空港から街中へに移動手段としてはバスも電車もありますが、いずれも2300頃に終了。このように遅れた場合は待ってくれるのか?多分ないな。タクシー待ちの人も見かけましたが、タクシーは見かけませんでした。



午前1時過ぎに、ようやくHotel Garibaldiにチェックイン。バス停近くのホテルで便利だとネットで日本人がよく紹介しているホテルです。今回はタクシーの運転手が送ってくれましたが、GOOGLE MAPで下調べしたとはいえ、夜中にホテルを探すのは少々大変かもしれません。



ホテルの部屋の鍵は機械式で少々癖があり、ホテルのフロンに来てもらい開けてもらってようやく本当に到着。お休みなさい。


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