齋藤信幸のロングステイ!米国・カナダ・中国・台湾・韓国・フィリピン・イタリアなどへの旅行体験やカミサンポをご紹介 

60歳を過ぎてそこそこのお金とほぼほぼ時間のある今、長期旅行に挑戦しましょう。そして大切な妻とカミサンポ。

二度目のコロラド・ニューメキシコ(実行編):後ろ髪をひかれつつアルバカーキへ

2019-11-24 12:04:10 | アメリカ西部
いよいよ旅も本当に最後。実質、半日だ。(この記事は9月21日のサンタフェ)

ランチのエッグベネディクト、オランデーズソースが濃厚で美味でした。店の雰囲気もよく、店員の質、サービスも良かった。「Chez Mamou」お勧めです。

さて、もう少しだけ、サンタフェをカミサンポ。いたるところでアートを売っている。やはりサンタフェを尋ねるなら土日ですね。



ハロウィーン向けの商品が並ぶ。色使いがいいですね。



このかぼちゃを、三つくらい買いたかった。飲み代や食事代にはお金を使うが、変なところで貧乏性が出てしまい、あとで後悔。いつものことですが。





カリフォルニア州サンディエゴを思い出させるパティオのレストラン。こんなところで赤ワイン片手にカミさんと語り合いたい?



駐車場付近のオブジェ。鯉か鰹か?オブジェは町のいたるとことにある。



さて、サンタフェ散策は終了、アルバカーキへ移動。アルバカーキは、サンタフェから55マイル、フリーウェイを使えば1時間弱の距離である。

実は計画立案時、アルバカーキーに早めに行って観光するか、それともサンタフェなどをもっと見るか迷い調べた。結論は、アルバカーキは本当に何もない町。

ここは、『Scenic Highways & Byways』お勧めの Turquoise Trail、76マイル、半日コースでのんびり行くことにする。

途中、大好きな原野が広がるが、全くの砂漠というところはなく、また、駐車場がいっぱいで止まれないほど賑やかでしゃれた町もあった。



ようやく一休みできたのは、Trailの終わりに近いCedar CrestのGreen Cafe。



運転があるのでコーヒーとケーキで我慢。



空気が乾燥しているので冷たいビールが飲みたかった。特に一番左のエイリアンビール。やはり、Roswellに宇宙船は来たのか!!?



ホテルは空港近くのハンプトンイン。念のため、明朝、車を返すレンタカー屋の場所を確認してからホテルにチェックイン。

特徴のあるホテルではないが、各部屋の入口にちょっとレトロな写真があるのが気に入った。



さて、晩御飯。事前に調べて、まともなレストランはないことは分かっていたが、本当になかった。

ない中でも最高のメキシカンレストラン Chilli'sで夕食。Chilli'sは全国展開しているメキシカンレストランで、手軽にアメリカナイズされたメキシコ料理を食べられる。日本では、青森県の三沢米軍基地などにある。

メニューを見てびっくり。アメリカナイズが加速し、ハンバーガーなどのアメリカ料理が幅を利かせ、メキシコ料理はすべてアメリカ料理のアクセントの一つになっていた。

ここでステーキを注文。マッシュドポテトの上が、若干、メキシコっぽいながめ。



店を出ると夜の帳(とばり)がおりはじめていた。



あ~あ、終わっちゃった。旅の終わりになると機嫌が悪くなると、カミさんに指摘されているので気を付けよう。

現実に帰りたくない心理的な「病」であろう。なんてね!長男も同類。

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二度目のコロラド・ニューメキシコ(実行編):サンタフェのジョージア・オキーフ美術館

2019-11-17 07:59:46 | アメリカ西部
移動日を除けば実質あと一日となってしまった。今日の予定は、ジョージア・オキーフ美術館とサンタフェ散策、昼食後に『Scenic Highways & Byways』に取り上げられているTurquoise Trailを使って、最終目的地のアルバカーキへの移動である。

ホテルの定番朝食を食べて、Go。



オキーフは、アメリカモダニズムの母と呼ばれ、ノーマン・ロックウェルやホッパー、アンドリュー・ワイエス、ポロックと並んで、アメリカを代表する画家である。人生の後半をニューメキシコの地で過ごしたが、ウイスコンシン、ニューヨークで過ごした彼女にとっては、ニューメキシコの原野の景色はさぞかし刺激的であったであろう。ご主人が写真家のアルフレッド・スティーグリッツということもあってか写真の被写体としてのオキーフも魅力的である。晩年は、草間彌生の活動の支援も行い、1986年、98歳で亡くなっている。

ジョージアオキーフ美術館は、サンタフェプラザの西にあるこじんまりした美術館。オキーフだけではなく、タオスの陶芸家で画家でもあるケネス・プライスの絵も展示されていた。また、ショップには、先の夫、スティーグリッツが撮影したオキーフの写真も販売されていた。

オキーフの絵画には、ニューメキシコの自然をテーマにしたものが多いが、富士山を描いたものもあった。アメリカ人の書いた富士を見たのは初めてである。






原野で死んだ動物の骨も重要なテーマ。



ケネス・プライスの絵画。オキーフとの関係は分からなかったが、昨日、行ったタオスで活動していたことから、交流はもちろんあったであろう。


週末は、プラザ周辺でアートのマーケットが開催され、賑やか。私も写真を買いあさってしまった。



12時頃のプラザ周辺の様子。











京都の伏見稲荷?



教会では、結婚式の準備が始まるらしく、オシャレをしたメキシコ人の子供が、ちびっ子ギャングのようで目を引いた。







さて、そろそろランチ。

こじゃれたレストラン Chez Mamouでエッグベネディクト。



ドレスコードがあるわけではないが、皆さん結構、オシャレしている。襟付きのシャツにすべきだったとちょっと後悔。

午後も、サンタフェ散策は続く。。。。あと半日で旅も終わりだ。

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二度目のコロラド・ニューメキシコ(実行編):世界遺産タオス・プエブロ

2019-11-10 18:34:42 | アメリカ西部
計画当初、世界遺産タオス・プエブロ(Taos Pueblo)の存在すら知らなかった。『Scenic Highways & Byways』などでサンタフェ付近の観光地を調べたときに発見した次第。





サンタフェからは84号線で北上、503号線、76号線、518号線、68号線と乗り継いでタオスに到着した。76号線からタオスまでの道が「High Road to Taos」と呼ばれているお勧めドライブこーすである。

途中の奇岩などの景色も素晴らしいが、小さな町が散在し、そこに個人経営のギャラリイが沢山あるのも楽しい。そらの青さがすばらしい。
この美しい青を出すためにSonyの携帯XPERIAを使っている。写真は、この数年は、すべて携帯で撮影。





看板や道路標識も絵になる。



ここは個人のギャラリ。オーナーの女性は、コネチカットで生まれ、LAで学生時代を過ごし、ミネソタで結婚し、子供たちが巣立った後、二番目の夫と、この地に来たとのこと。
「私より小さい人に久しぶりに会ったわ」と、嬉しそうに迎えてくれた。





この町の協会と家。





このような街並み、景色の中を進むと、大きな平原の中の賑やかな町にでる。そこがタオス。(写真は、ビジターセンターの前に広がる平原)



ビジターセンターがあったので、関連資料を入手をして、無料のコーヒーを飲みながらチェック。

何故か?世界遺産のタオス・プエブロを全く宣伝していない。人種的な問題か?それでも近くに1983年からやっているメキシカンレストランがあると分かったので行ってみた。
地元の人に人気の店らしい。地元の老夫婦、仕事の途中でランチに来た建設関係者など多数。レジのオジサンがフレンドリーでよかった。





メキシカンオムレツとタコス。アメリカの食事で、まず、失敗のないのはオムレツ。ここもメキシコの青唐辛子が入ってピリ辛のおいしいオムレツだった。翌日、お尻が痛いかもしれませんが。





ここから先に進むとお土産物屋が集合するプラザ、さらに進むとタオス・プエブロへの分岐点にでる。大々的に宣伝する看板はないので、事前に道は調べたほうがよい。

タオス・プエブロは、現在でも人が住んでいる集合住宅。観光客は、手前のパーキングに車を止め、進行方向左手にあるミュージアムで入場料を払って入れてもらう。
ただし、入場料は現金のみ。そういわれて慌てて車に戻り、現金をかき集めた。ぎりぎり、確か二人で32ドル。

前述のとおり、タオス・プエブロは1000年以上の歴史があり、実際に人が住んでいる集合住宅。
レッド・ウィロウ・クリークという清らかな川を挟んで北と南に住宅があり、北側には教会と墓地もある。

観光客向けの店もあるが、のんびりしているのか、店員がいない店もあった。また、自宅を開放して見せているところもあった。入場無料がだ、チップ(寄付)は必要。






左の白いゲートが教会。




古い教会跡と墓地。住居の近くにありながら荒涼としており、被写体としては魅力的。後で、モノクロ処理してみよう。











どうやってこの集合住宅を作ったのだろうか、トイレや水はどうなっているのか、など気になる点は多々あったが・・・・・ここらで終わりにして、プラザへ。

思ったととおりの観光客向けお土産店の集合であったが、ギャラリ、特に私の好きな写真があったので、2点ほど購入。帰国後、フレームに入れることにする。





帰りは、Bywayではなく、表通りの68号線、84号線で移動。ホールフーズで食料を買い、ホテルで食事。

旅も実質、あと1日。明日は、アメリカを代表する女流画家で草間彌生とも親交のあったGoorgea O`Keefeの美術館から始める。




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ご連絡先およびロングステイと「関連しない」私のブログの紹介です。

2019-11-06 23:01:03 | ご連絡先
このブログで紹介している国々への旅行についてのご質問やご相談は下記まで。趣味の範囲内でお答えします。

nobis@wa3.so-net.ne.jp

海外旅行やロングステイ以外にも様々なことを行っています。真面目にまだ仕事しているんです。

ご興味のある方は、下記までどうぞ。

・海外での仕事や外資系での仕事を目指す方のBlog

「普通な人々のグローバルな仕事」

・なにはなくともまず営業。自分を売り込むのも営業。営業力強化を目指すなら

「理詰めの営業」

<コロナ前、最後の旅行。Colorado Jemez>


<他の惑星のようなところでカミサンポ>


<カミサンポの途中、お気に入りの青山の銀座ウエストで>


<こんな気ままな夫婦から生まれてくる子供は>





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二度目のコロラド・ニューメキシコ(実行編):目指せ、サンタフェ!

2019-11-05 22:51:33 | アメリカ西部
この週末、軽井沢経由で長野へ旅行。長野までは、片道、300キロ弱。
3時間ほどで移動できるはずが、行きは軽井沢まで5時間、帰りの長野から東京までが8時間。いずれも交通渋滞。
やはりドライブは、アメリカに限る。
さて、時間を9月19日に戻す。山の気温は、朝方、12度程度なので、日本の今より少し前くらいの陽気。

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今日は、地図の左上のデュランゴから右下のサンタフェまでの移動、266マイル(426キロ)の旅だ。
様々なコースを検討したが、最終的に残ったのは、デュランゴから550号線をひたすら南下、San Ysidroから4号線に入り、
ロス・アラモスを経由し、北側からサンタフェに入るコース。

550号線が126号線と交差するCubaから4号線を降りるまでは、『Scenic Highways & Byways』に紹介されている
Jemez Mountain Trailの一部を通ることになる。







出発前の朝食。コメは食べないので朝「飯」ではない。デンバーのホールフーズで買ったサラミとベーグルをまだ食べている。



さて、出発進行。デュランゴから550号線を南下。交通量は結構多い。
Aztecを経由してBloomfieldに行くはずが、賑やかなバイパスの方に入ってしまい、気が付いたらFarmingtonだった。
64号線をBloomfieldまで戻ったが、途中、道路工事があり、1時間ほどロス。

Bloomfieldから先は交通量はガクッと減る。途中に世界遺産のChaco Culture M.H.Pがあるが、メサ・ベルデを見たこと、
未舗装道路で行かねばならないことから今回の計画には入れなかった。
ひたすら運転したので私が撮った写真はなし。途中で車を止めて撮影をすればよかったと後悔。
カミさんは写真を撮っていたが、まだ、いただけてない!
このため最初の写真は、CubaのMac。

カウンターでチーズバーガーのセットを2セット頼んだが、怪訝な顔をされた。いまどきカウンターで頼む人はいないらしい。



スマートに機械化されていました。

ガソリンスタンドは、こんな感じ。もちろんセルフ。



私が少し写真を撮ったのは、4号線に入ってから。

Jamez Puebloの真っ赤な岸壁に感動。



4号線はこんな感じ。空も広くて美しい!

これから行く道。

来た道。










奇妙な岩。



岩山だけかと思っていたら、このような草原も(Valles Caldera Nationl Preserve)。





Jemez Mountain National Scenic Bywayの看板には銃痕。アメリカのどこにでもあるいたずら。



この4号線を降りてロス・アラモスへ。この町には、国立研究所があり、かつては日本に投下された原爆を開発したところ。
研究所の近くの道には、検問所があり、「何しにきたのか」など質問をされた。
Xファイルに出てきそうな得体の知れない研究を行っているような雰囲気を感じた(私がその手の映画が大好物のため)。

さて、この町を抜けて南下するとすぐにサンタフェに到着。

ホテルにチェックインしてから、プラザ付近を散策。昔ほど、活気がないような気がした。







さて、ディナー。カミさんが選んだのは、ワンタンと餃子の店。サンタフェまできてこれですか!



餃子の皮は手作り。お店の経営者は中国人。

それでもWhole Foodsによってうまいもの探し。ハロウィーンらしい景色!



ラズベリーを食べて、餃子のことは忘れる(ことにする)。



明日は、世界遺産のTaos Pueblo。





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