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迷歩録   いぎょう

2017-10-09 08:00:38 | 日記
  秋涼や  寒涼となり  寒露に  昼間は夏日  運動会かな



                                <strong>ひのひら  ろくべえ






       体操世界選手権で、白井選手が床の競技で三度目の勝利をした。別次元のの難度と美を両立させての勝利だそうな。

      素晴らしいことである。その言葉に「失敗は学びの場である」との発言があった。「いぎょう」を成し遂げる者は言

      葉が違う。つまりその言葉をつくる思想というものがあるということである。

       思想とは、考えかたである。この考え方のレベルによって到達度や目標というものが変わるということでもある。

      「いぎょう」を成し遂げる者は、自分が向かう生き方や物事に対する考え方が、しっかりとあるということである。

      このことは、天才でも秀才でもない、平凡な人間でも持てるということではないだろうか。「いぎょう」を成し遂げ

      る者を特別な人としてしまう。しかし特別な人などいない。特別でなく、考え方があるということではないだろうか。

      その考え方を日々参考にしながら、自分の姿を鏡に写しながら成長を意識することが大切なのであろう。

       それにしても白井選手は凄い、その考え方と、美的技を磨き、三度目という世界の頂点、なかなかできることでは

      ない。絶賛に値するのではないだろうか。

       スポーツであれ、仕事であれ、何事もそのことに対する考え方が中心にあり、行動が起きるという事を学ばなけれ

      ばならない。考え方を日々整理することの必要性を知ることが、「いぎょう」への道のりではないだろうか。

       職場という場が大切ではなく、自分があって場があるという事を間違ってはならない、人間関係も一つの場である

      自分の生き方の中における場というものを真剣に考えることで、どのような人間関係を求めるのかという中に職場と

      いう場が重なるのであろう。

       恋愛も年齢や容姿ではなく、自分が何を学ぶのかということから発送すればいいのではないだろうか。いずれにし

      ても「いぎょう」というものは、身近にある考え方の問題であることを知ることが大切なのであろう。