宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

浮世博史『もう一つ上の日本史、近代~現代篇』(67) 百田氏の誤り:真珠湾攻撃で「宣戦布告が攻撃後」になった最大の原因は、「海軍」が日本大使館への発電を意図的に遅らせたからだ!

2021-04-15 14:05:21 | Weblog
※浮世博史(ウキヨヒロシ)「もう一つ上の日本史、『日本国紀』読書ノート、近代~現代篇」(2020年)「大東亜戦争」の章(235-314頁)  

(67)百田氏の誤り:真珠湾攻撃で「宣戦布告が攻撃後」になった最大の原因は、「海軍」が日本大使館への発電を意図的にギリギリまで遅らせたからだ! (266-268頁)
I  1941年12月8日未明の「真珠湾攻撃」について、百田尚樹『日本国紀』は「この時、在アメリカ日本大使館員の不手際で宣戦布告が攻撃後になってしまった」(百田385頁)と述べるが、宣戦布告が遅れて「奇襲」「騙し討ち」の汚名を受けた責任を「大使館員の不手際」にのみ負わせるのは、誤りだ。
I-2 なぜなら「宣戦布告が攻撃後」になった最大の原因は、「海軍」が、日本大使館への発電を意図的にギリギリまで遅らせたからだ。(浮世267頁)
I-2-2 「東郷外相は、対米交渉打ち切りの通告を、アメリカに手交する時間的余裕を計算して12月5日午後に日本大使館へ発電しようとした。」(浮世267頁)
I-2-3 「しかし開戦意図を直前まで隠すことを強く海軍から要求され(すでに出撃している攻撃部隊のタイミングに合わせるために)、通告は日本時間12/8午前3時(真珠湾攻撃の30分前)と決定された。」(浮世267頁)
I-2-4 「開戦通告は、電文を受け取ってから暗号解読、浄書に手間取り、真珠湾攻撃から1時間余り遅れた。野村大使がハル長官に手交したが、大使館に帰ってから日本軍が奇襲攻撃をしかけたことを知った」。(浮世267頁)

(67)-2 日本時間12/8午前1時30分のマレー半島上陸作戦は、イギリスへの宣戦布告なしのまぎれもない奇襲だった!
I-3 「真珠湾攻撃」の「同日に行われたマレー半島の上陸作戦によるイギリスへの攻撃は、宣戦布告なしのまぎれもない奇襲。」日本軍は「マレー半島コタバルに・・・・日本時間12/8午前1時30分に上陸している。こちらは真珠湾攻撃より1時間以上も前のことだ」。(浮世267頁)
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 浮世博史『もう一つ上の日本... | トップ | 浮世博史『もう一つ上の日本... »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事