宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

石川啄木『時代閉息の現状(強権、純粋自然主義の最後および明日の考察)』(1910年):「明日」の「必要」を発見するため、「今日」を「批評」するのが「時代閉塞の現状」を打破する文学の使命である! 

2019-03-10 13:18:08 | Weblog
《感想a》「強権」とは、「国家」(「オオソリティ」)あるいは権力のことである。日本の青年は「強権」について無関心だと啄木は言う。
《感想b》「純粋自然主義」は観照論あるいは運命論である。だから「明日」を考察しようとしない。
《感想c》文学は「今日」の「批評」を行い、「明日」の「必要」(これこそ「理想」だ)を発見すべきだ。「私の文学に求むるところは批評である。」これが啄木の結論だ。
※(1)~(9)は評者が分節した。

(1)
啄木は「自己主張」が重要だと言う。ところが「自然主義」は(人によって内容がバラバラだが)、結局のところ、あてにならない。というのは、それが「矛盾」した内容を含むからだ。つまり「自然主義」は、一方で「自己主張」を含み、他方で「純粋自然主義」(観照論、運命論)も含む。両者は「矛盾」する。
《感想1》「自己主張」対「運命論・観照論」の対立の問題だ。つまり自発性対強制性、自力対他力、自由意志対決定論、意志対自然の問題だ。啄木は「自己主張」、自発性、自由意志あるいは意志の立場に立つ。
(2)
「我々日本の青年はいまだかつて」、「強権」つまり「国家」と「確執」がなかったし、「怨敵」とすることもなかった。日本の青年は「強権」について無関心だ。
《感想2》明治40年代、すでに日清、日露戦争も終わり、日本の青年は国家に無関心だった。


(3)
「強権」(「国家」)に対する「自由討究」が必要だ。①徴兵検査に「非常な危惧」を感じる青年が多い。②教育が「富裕なる父兄をもった一部分」だけの特権となっている。③「国民の最大多数の食事を制限している高率の租税の費途」の問題がある。
《感想3》啄木の立場からの「強権」(「国家」)への批判は言い換えれば、①安全保障、②教育の機会均等(能力主義・人材登用)、③税負担の問題で、今の時代と同じだ。
(4)
ところが「強権」(「国家」)に対する「自由討究」がなされない。それは「我々青年」の国家への無関心だ。①「国家は強大でなければならぬ。・・・・ただし我々だけはそれにお手伝いするのはごめんだ!」②特に実業界を目指す青年の場合:「国家は帝国主義でもって日に増し強大になっていく。誠にけっこうなことだ。だから我々もよろしくその真似をしなければならぬ。正義だの、人道だのということなしに一生懸命儲けなければならぬ。国のためなんて考える暇があるものか!」
《感想4》一方で①日清・日露に勝利し安全保障への安心感からの国家への無関心。他方で②帝国主義国家として成功した日本のエリートの自信。


(5)
自然主義は、矛盾した内容を含む。一方で「科学的、運命論的、静止的、自己否定的の内容」、他方で「活動的、自己主張的の内容という矛盾!(参照《感想1》)自然主義は、今や「観照」(純粋自然主義、「デターミニスチックの思想」)と「実行」(「自己主張の思想」)の「夫婦喧嘩」の状態だ。
《感想5》啄木は「観照」(運命論)の立場でなく、「実行」(自己主張)の立場に立つ。


(6)
「今や我々には、自己主張の強烈な欲求が残っている。」
(6)ー2 
しかし我々は「理想を失い、方向を失い、出口を失った状態だ。」今日の我々青年の「内訌(※内紛)的、自滅的傾向」は、この「理想喪失の悲しむべき状態」の反映だ。
(6)ー3
「自己主張」の欲求があるのに「内訌的、自滅的傾向」「理想喪失」の状態に青年が陥ったのは、じつに「時代閉塞」の結果だ。①教育は「今日」に必要なる人物を養成すれば良いと、学科の初歩しか講義しない。②発明は、資本の援助を得ないかぎり、発展しない。③官私大学卒業生の半分が「職を得かねて下宿屋にごろごろしている」。③ー2 また中学卒業者でぶらぶらする「遊民」も多い。④彼らはまだまだ幸福で「彼らに何十倍、何百倍する多数の青年は、その教育を享ける権利を中途半端で奪われてしまう」。
《感想6》啄木がいう「時代閉塞」とは①普遍的(人文的・哲学的・基礎理論的)学問が軽視され、産業が要求する職業教育が優先されること、②企業の援助なしに発明(※自然科学)が発展しないこと、③③ー2 学卒者の就職先が大幅に不足していること、④多数の青年の教育の機会が保障されていないことだ。
(6)ー4
啄木は「時代閉塞」についてさらに語る。⑤「青年を囲ギョウする空気」が「流動」しない。つまり「強権」(国家)の勢力が普く国内に行わたっている。⑤ー2また「現代社会組織」が隅々まで発達している。⑥「振興する見込のない一般経済界の状態」。(戦争・豊作・飢饉などの時しか振興しない。)⑦「財産とともに道徳心をも失った貧民と売淫婦の急激なる増加」。
《感想6ー2》啄木が言う「時代閉塞」とはさらに次のことを含む。⑤強力な「国家」組織および⑤ー2「現代社会組織」がもたらす「流動感」の欠如(つまりこれら⑤⑤ー2によって、上記①②③④の事態が固定化され変ええない!)、⑥経済の沈滞、⑦道徳心のない貧民・売淫婦の増加。
(7)
かくて今や「我々青年」は、この「自滅の状態」から脱出しなければならない。そのために「『敵』の存在を意識しなければならぬ」。つまり時代閉塞の現状に「宣戦」するのだ。
(7)ー2
運命論、決定論、観照の純粋自然主義は捨てる。啄木は「自己主張」・自力の立場だ。また「盲目的反抗」は罷める。「元禄の回顧」(時代閉塞の現状に対する同感と思慕、亡国的感情)も罷める。全精神を「明日の考察」、「時代に対する組織的考察」に傾注する。
《感想7》啄木は戦闘的だ。「敵」の存在を意識し、時代閉塞の現状に「宣戦」すると言う。しかし啄木は文学者だ。何がいったい「敵」なのか?またどう戦うのか?


(8)
「明日の考察!」これが今日なすべき「唯一」であり「すべて」だと啄木が言う。
(8)ー2
「明日の考察」の開始に当たり出発点は、「青年自体の権利の認識」、自発的な「自己」の主張だ。
①明治の青年の「自己」の主張の第一の経験は高山樗牛(チョギュウ)の「個人主義」だった。(これは「日清戦争の結果によって国民全体がその国民的自覚の勃興を示してから間もなくのこと」だった。)つまりそれは「個人主義」であり、具体的には樗牛が示した。(しかし樗牛の個人主義は日蓮の国家的観念との「結婚」で破滅し、青年の心は彼から離れた。)
②明治の青年の「自己」の主張の第2の経験は、綱島梁川(リョウセン)の宗教的欲求の時代だ。しかし「科学」が天への飛翔を許さなかった。
③明治の青年の「自己」の主張の第3の経験は、純粋自然主義と「自己主張」が結合した時代だ。(「自然主義」の時代!) 科学は我々の味方となり、「いっさいの美しき理想は皆虚偽である!」との教訓を我々に与えた。
《感想8》時代閉塞の現状に対し、「宣戦」し、「明日の考察」・「時代に対する組織的考察」を行うにあたり、出発点は「自己」の主張(自力)だ。
《感想8ー2》運命論、決定論、観照の純粋自然主義は捨て、「盲目的反抗」は罷め、時代閉塞の現状に対する同感と思慕(Ex.「元禄の回顧」)も罷める。
《感想8ー3》明治の「自己」主張に関する3つの経験を啄木がまとめる。①樗牛が強調した「個人主義」は誤りでなく文学の基礎だ。しかし②宗教は「理想」となり得ない。(Ex. 梁川)③観照の純粋自然主義とは決別する。
(9)
「明日の考察!」これが今日なすべき「唯一」であり「すべて」だと啄木は言う。そしてその出発点は、「青年自体の権利の認識」であり、自発的な「自己」の主張だ。
(9)ー2
「自己」の主張をめぐる「以上三次の経験」から我々の理想は「善」や「美」に対する空想でないことが明らかとなった。
(9)ー3
「我々が未来に向かって求むべきいっさい」(理想)は、「明日」の「必要」だ。「今日」を研究し「明日」の「必要」を発見しなければならぬ。「必要は最も確実なる理想である。」
(9)ー4
かくて「私の文学に求むるところは批評である。」と啄木は言う。「理想」である「明日」の「必要」を発見するため、「今日」を「批評」するのが「時代閉塞の現状」を打破する文学の使命である。
《感想9》啄木は「自然主義運動の前半」を評価する。「彼らの『真実』の発見と承認とが、『批評』として刺激をもっていた」と彼は述べる。
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