宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

「2010年代 ディストピアを超えて」(その3):反「資本の論理」小山田浩子、松田青子、村田紗耶香、宮崎誉子、朝井リョウ、有川浩、三浦しをん、宮木あや子、池井戸潤!(斎藤『同時代小説』6)

2022-05-19 19:28:58 | Weblog
※斎藤美奈子(1956生)『日本の同時代小説』(2018年、62歳)岩波新書

(65)「職場を異化した、もうひとつのプロレタリア文学」:小山田浩子『工場』(2013)は「企業城下町を異化したシュールな作品」だ!
C ポストモダン風の意匠をこらした労働小説の数々も10年代には誕生した。小山田浩子(1983-)のデビュー作『工場』(2013、30歳)の舞台は、「複雑になりすぎて誰も全体像を知らない町」 のような「工場」だ。(226頁)   
C-2  契約社員として採用された牛山佳子(ヨシコ)(転職6回目)の仕事は「シュレッダーによる書類の粉砕」。屋上緑化要員として採用された古笛の最初の仕事は「コケの観察会」。派遣社員の「俺」に与えられたのは「赤ペンで文書の校正をする仕事」だった。(226頁)
C-2-2  誰が何のために必要としているのかわからない仕事。何を製造しているのかもわからない工場。工場内には「灰色ヌートリア」、「洗濯機トカゲ」、「工場ウ」なんていう労働者の化身みたいな動物も棲む。(226頁) 
C-2-3  企業城下町を異化したシュールな作品。(226-227頁)

《書評1》小山田浩子ワールド全開。時間の流れも不思議だし、空間も不思議。途方もなく広い工場の狭い狭い部屋で流れる日常。その相対的な描写が不安な気持ちにさせる。遠いようで近くて、遅いようで早い。
《書評2》まさにカフカ的。組織の中に、社会の中にいつしか埋もれていく恐怖。
《書評3》不気味な職場、社会の歯車のはずなのに、自分はなんの役にたっているのか一向にわからない。仕事とか、やりがいとかを見失いつつある日本人像を巧みに描写している。

C-2-4 小山田浩子(1983-)『穴』(2014、31歳)(芥川賞受賞)よりも、作品としてのインパクトは『工場』(2013)のほうが上だろう。(斎藤美奈子氏評。)(227頁)
★小山田浩子『穴』(2014)
《書評1》仕事を辞め、夫の田舎に移り住んだ夏。見たことのない黒い獣の後を追ううちに、私は得体の知れない穴に落ちる。夫の家族や隣人たちも、何かがおかしい。平凡な日常の中にときおり顔を覗かせる異界。
《書評2》穴、黒い獣、義兄、子どもたち、老人たち。 不穏で不条理な存在がひょこひょこと現れて怖い。 怖いのだけれど、皆ちょっと愛嬌がある。 それらよりも不穏で不条理でしかも愛嬌がないのは、「現実」である夫、姑、隣人、それに主人公が置かれている状況。
《書評3》自分の快適な場所を求めて、都市から田舎へ逃げたが、気づけば彼女は「穴」に落ちている。彼女は進むのをやめられず、終わりがない。結局、諦め、名前も体も持たない獣になり、「穴」に潜り込み、生きるために生きる。「穴」は全員に宛がわれている。それは各人の社会的役割であり、そこから外れると「穴」が、外れた本人に見えてくる。

(65)-2 オフィスワーカーは「代替可能な存在」、だが負けない:松田青子『スタッキング可能』(2013)!
C-3  松田青子(アオコ)(1979-)のデビュー作『スタッキング可能』(2013、34歳)は、思いっきりポップにオフィスワーカーを異化した作品だ。(227頁)
C-3-2  エレベーターを乗り降りし、各階の会話の内容を覗き見する。(a)5階のA田、B田、C田などの男性社員はセクハラ談議にうつつを抜かす。(b)6階のF野、G野などの女性社員は婚活談議に余念がない。(227頁)
C-3-2-2 部署が違いメンバーがちがっても、話してること、やっていることはみな同じ。中学高校の頃と変わらない。(227頁)
C-3-2-3  その雰囲気になじめないD山は「どこも同じなら、やってやろうじゃん」と心に決めてわが道を行く。(227頁)
C-3-2-4 男に舐められがちなC川は「C ちゃんて呼ぶな、天然ていうな」と毒づきつつ、好きな服を着て好きなバッグを買うために働くのだと誓う。(227頁)
C-3-3  たとえアルファベットでしか意識されない「代替可能な存在」でも、負けてなるものか。『スタッキング可能』は「働く女性の孤独な闘い」にエールを送る快作だ。(斎藤美奈子氏評。)この作品で、松田青子は純文学の期待を集める作家のひとりとなった。(227頁)

《書評1》女性が社会で生きる上で感じる不条理や世間の同調圧力みたいなものがうまく言語化されている。ユーモラスなやりとりもあり、どこか軽妙だが、同時に軽くもないバランス感覚がすごく素敵。
《書評2》「なぜ悲しさの中にいてはいけない」「表面しかない人なんてこの世にいない」。「替えがきく存在だ」ということ、「自分のような人はたくさんいる」ということって、なんとなく屈辱的というかネガティブな印象だった。そこから、なんだか救われるような気持ちが生まれた。
《書評3》共感、絆、同調圧力。また分類するための記号。個人がたくさんいるから分類があるはずなのに、誰でもない分類が世の中の代表みたいになってる。そして「ほっておいてほしい人をほっておいてくれない」。だが、「何でもいいのだ」と思うとちょっと気が楽になる。

(65)-3 「資本の論理」を乗り越える方法はひとつではない:村田紗耶香『コンビニ人間』(2016)!
C-4  村田紗耶香(サヤカ)(1979-)『コンビニ人間』(2016、37歳)は芥川賞を受賞してべストセラーとなった。(227頁)
C-4-2  「私」、古倉(フルクラ)恵子は36歳、独身。大学1年のときから18年間、同じコンビニでアルバイトを続けてきた。就職も結婚もしない彼女を周囲は「治そう」とする。(227頁)
C-4-2-2 もともと「私」は子どもの頃から人とズレていた。だが、制服を着て接客マニュアルを体得し「コンビニ店員」になった日に「私」は確信する。「私は、初めて、世界の部品になることができた」、「世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生した」。(228頁)
C-4-3  正社員がなんだ。普通がなんだ。「ちゃんと」ってなんだ。「資本の論理」を乗り越える方法はひとつではない。(228頁)
C-4-3-2 マニュアルを消化し、マニュアルを凌駕する「コンビニ人間」になった恵子。それは古典的な労働疎外の先、搾取の先にある世界だ。(228頁)

《書評1》主人公が「同調圧力」に嫌悪感を持っていないのが良い。社会批判的というよりも「自分をどう運用して行くのか」ずっと試行錯誤している。凄く合理的で客観的ですらある。
《書評2》「異物になるのが嫌だ」と主人公は思っていない。ただ「両親が頭を下げたり悲しんだりする」のは「本意でない」とは思っている。世の中で 「普通」が何かわからないと、「異物」として排除される。「個性を大事に」という時代だが、人の根底には「自分と違うものを排除したい」という安心を得たいがための攻撃的な一面もあって、折り合いつけるのが難しい。
《書評3》大学卒業後、コンビニで18年バイトしている女性のお話。 不思議なタイトルに惹かれて、手に取ったが、結構考えさせられるお話だった。 「普通」になるために「普通」を演じるけど、その「普通」は本当に「普通」なのか。深くて面白かったです。
《参考》村田紗耶香(1979-):①小学生の時にルナール『にんじん』を読み、「最後まで絶望的であることにすごく救われ」たという。また②中学時代に同級生から「死ね」と言われ実際に「死のう」と思ったが、小説を書いていて生への執着につながったと語る。③大学時代、周囲の人間から「金持ちの結婚相手を見つけ出産について考えなければいけない」と言われ、「何のために大卒資格を取るのか」とショックを受けた。④10代から20代にかけて、世間が期待する「可愛い女性」を演じようと努めるも、それは「恐ろしい経験」であったという。⑤朝井リョウら作家仲間から「クレイジー沙耶香」と呼ばれる。

(65)-4 一貫して低賃金単純労働、ことに工場労働を描いてきた作家:宮崎誉子(タカコ)『少女@ロボット』(2006)・『三日月』(2007)!
C-5  宮崎誉子(タカコ)は、1998年のデビュー以来、一貫して低賃金単純労働、ことに工場労働を描いてきた作家だ。『少女@ロボット』(2006)も『三日月』(2007)も佐多稲子『キャラメル工場から』(1928)の平成版みたいな短編集だった。(228頁)
★宮崎誉子(1972-)『少女@ロボット』(2006、34歳)
《書評1》会話と呟きで繰り広げられる社会の歯車の一員としての日常。ストレスフルな理不尽が次々と展開される。傷口にさらに塩を塗り込むような表現はブラックユーモアで笑えない。
《書評2》プロレタリア文学。シニカルな会話。登場人物が、小学生に至るまで皮肉屋という事に違和感。不自然さはどうしても拭えない。
《書評3》フリーターの主人公たちに希望がない。絶望絶望絶望。失望と苛立ちがふんだんに盛り込まれている。ただしポップな文体と、ギャグ連発の登場人物が、ひたすら暗い現実を少し救う。

★宮崎誉子(1972-)『三日月』(2007、35歳)
《書評1》娘が生まれて三日目に夫に捨てられたために、必要以上に娘を生き甲斐にするようになった母親から逃れるべく、高校を中退して家を出る決心をした涼子。会社の寮に入り、仕事を覚える日々。監督役の金子さんにかわいがられ・・・。この主人公、実はかなり複雑な性格のようだが、言葉遣いはちゃんとしてるし、社会性もある。
《書評2》工場労働の悲喜交々が描かれている。また職場の人間関係が大変な様子もリアルに描写されている。それぞれの登場人物が個性的で面白い。
《書評3》労働ガールを描く話だが、表現的に面白くしようとしているのか、笑わせようという意図が垣間見えて、少々食傷気味になった。

★佐多稲子(1904-1998)『キャラメル工場から』(1928、24歳)
《書評1》「少女たちの集団労働」が描かれる。佐多稲子自身、10代で神田のキャラメル工場に勤務した。このときの経験が『キャラメル工場から』にまとめられ、プロレタリア文学作家として彼女の出世作となった。ただし戦争の激化とともに、彼女は時流に従い、戦場への慰問などにも加わった。
《書評2》主人公「ひろ子」(11歳)はまだ薄暗い中、朝ご飯を済ませ急いで仕事へと向かう。工場の門が閉められるのは「朝7時」。工場では「すきま風」が遠慮なく吹き込む中で「立ち仕事」が延々と続く。夕方には足が棒のようにつり、体中もすっかり冷え込み「目まい」や「腹痛」を起す子もいた。過酷な児童労働!

(65)-5 「少女小説+プロレタリア文学」:宮崎誉子(タカコ)『水田マリのわだかまり』(2018)!
C-6 宮崎誉子(タカコ)(1972-)『水田マリのわだかまり』(2018、46歳)の主人公「マリ」は16歳。母は宗教にのめり込んで娘の学資保険を解約し、父は家を出て行った。やけくそになったマリは3日で高校を中退。かつて祖父が工場長をしていた洗剤工場にパートで通いはじめる。(228頁)
C-6-2  ところが洗剤をボトルやパウチ(袋)充填するラインは超高速。彼氏は「まさかマリが工場なんてさぁ、昔の奴隷みてーじゃね?」と案ずる。マリは「どんだけ時代錯誤脳なのよ?」と答える。彼氏が「大丈夫か?」と言えば、マリは「大丈夫じゃねーよ。洗剤の原液が持つ破壊力がマジ、鼻の奥まで侵入してくんだもん。」(228頁)
《書評1》高校を3日で退学し町の洗剤工場で働く水田マリ。マリの背景はなかなかハードかつ複雑。職場の人間関係は、女性が多いだけに大変そう。「小さな町」にある工場だったりすると知り合いも多そうだし。マリが再び進学を決意したのは嬉しかった。若いからまだやり直し出来るよと応援したくなる。
《書評2》結局、何の話か良くわからない。工場のラインについて詳しく説明されているが、それ以外の描写が薄い。登場人物全てが薄っぺらい。くだらない会話が多い。読後、「これはどう読めば良かったんだ?」としばし悩んだ。帯の「プロレタリア」に気付き、「そうなのか」と思った。
《書評3》何を伝えたいのか、わからなかった。とにかく「工場勤務の闇を見せつけられた」という印象しかない。

C-6-3 「少女小説+プロレタリア文学」、それが宮崎誉子(タカコ)に固有の世界だ。「少女が生産労働と切り離されていたのは、戦後の一時期にすぎなかったのだ」ということを思い出させる。(228-229頁)

(65)-6 朝井リョウ『何者』(2012):大学生の「就活」は凄まじい! 有川浩(ヒロ)『フリーター、家を買う』(2009):会社を3か月で辞めた大卒男子の甘くない現実!
C-7  朝井リョウ(1989-)『何者』(2012、23歳)(直木賞受賞)は大学生の「就活」がいかに凄まじいサバイバルゲームであるかを描く。(229頁)
《書評1》自分自身が就活生だった頃を思い出した。就活生同士で場を囲んだときの空気感が、たまらなく嫌なものだった。
《書評2》自分の心の内側にある自己顕示欲や承認欲求が、SNSによって発言しやすくなった現代を上手く描いている。 誰もが1度は思ったことのあるようなネガティブな感情が綴られていてドキッとする。
《書評3》自分も今年から就活を始める予定なのに、こんな本読んだら始める前から心が折れる。企業から合格・不合格と何が悪いかも分からず、判断が一方的に与えられ精神的にツラいのに、就活友達の「気に触る部分」や「内定」が無性に気になってしまう感覚。最後に「語り」として傍観者視点で書かれていた主人公の裏が明らかになり、更に辛くなる。俺もあと数ヶ月でこんなことをしないといけないのか。嫌すぎる(笑)。

C-8  有川浩(ヒロ)(1972-、女性)『フリーター、家を買う』(2009、37歳)は、会社を3か月で辞めた大卒男子が、次の就職先を見つけるまでの甘くない現実を突きつける。(229頁)
《書評1》新入社員として入った会社を3ヶ月で辞め、その後フリーターとして生きていた男が、母親のうつ病発症を機に、反省し生活を改め真剣に生きる話。当初の自堕落ぶりに比べ、人が変わったかのようにまじめになった主人公は少々出来すぎのような気もするが、テンポの良い展開に引き込まれ、最後まで面白く読むことができた。
《書評2》家族がいること、平穏に暮らせることは当たり前でなく、ありがたいことと実感した。家族が病気になって初めて、今までの暮らしの中で自分が甘えていたことを知る。そんな主人公が自分にも当てはまる気がした。
《書評3》出だしの、主人公誠治のダメっぷりにムカムカしてしまった。自分がうまく行かないのは全て周りのせいにして。でも、流石有川さんの作品。私のムカムカをばっさりと切り払ってくれた。グダグダで怠惰な誠治が、どんどん成長していく姿は清々しかった。

(65)-7 専門職のお仕事小説(Cf. 特別なスキルや職人芸を必要とする職種が減った):三浦しをん『舟を編む』(2011)&宮木あや子『校閲ガール』シリーズ(2014-2016)!
C-9  辞書編纂者を描いた三浦しをん(1976-、女性)『舟を編む』(2011、35歳)や、出版社の校閲部員を主役にした宮木あや子(1976-)『校閲ガール』シリーズ(2014-2016、38-40歳)といった専門職のお仕事小説が注目されるのは、特別なスキルや職人芸を必要とする職種が減ったせいだ。(229頁)
★三浦しをん(1976-、女性)『舟を編む』(2011、35歳)
《書評1》辞書編さんに人生をかける人たちと、脇を固め仕事だけでなく人生を支えてくれる人たちが、長い年月をかけて言葉という大海原への航海へ乗り出す温かいお話だった。時代とともに言葉の持つ意味も変化していく、辞書は終わりないものであると知った。
《書評2》「舟を編む」の意味が明らかとなった。 言葉は、大海の如く遥か彼方まで続いている。辞書は、言葉の海へと渡る「舟」であるのだ。 本書を読了し、言葉の奥深さ、辞書を編む人々の情熱に心震わせられた。
《書評3》言葉について考えさせられる本。 ネット検索のこの時代。辞書なんて触ってないなぁ。「ネットなんて正確じゃないでしよ!」って怒られそう。

★宮木あや子(1976-)『校閲ガール』(2014、38歳)
《書評1》ファッション雑誌の編集者になりたくて出版社に就職した河野悦子だが、配属されたのは校閲部。悦子は空気読まないし口も悪いが、ファッションへの情熱は並々ならず、自力で夢に近付いているところがすごい。希望の部署と違うからと仕事の手を抜かないところも好感が持てた。興味がないことには一ミリの関心も示さなかったのが、徐々に人間関係を深め成長も感じられる。
《書評2》まあ、悦子の口の悪い事、悪いこと。これだけ言えたら気持ちいいだろうなー。こんな悪態ついてても馘首にならない会社っていーなー。 悦子の少しずつ成長していく姿が好ましい。
《書評3》疲労でガタガタな今日この頃・・・・。すっごく元気になれた。こんなテンションで仕事してた頃があったな・・・・。懐かしいし、読んでて楽しい!

(65)-8 企業小説に人気が集まる(Cf.  現実の職場に活気がなく、戦う力が残っていない):池井戸潤『下町ロケット』シリーズ(2010~)・『オレたちバブル入行組』(2004)!
C-10  池井戸潤(イケイドジュン)(1963-)の企業小説、下町の中小企業が夢に挑戦する『下町ロケット』シリーズ(2010~、47歳~)(※第1作はロケットエンジンのキーパーツであるバルブシステムの開発に賭ける佃製作所の奮闘が描かれる)や、銀行員が不正に立ち向かうドラマ「半沢直樹」の原作『オレたちバブル入行組』(2004、41歳)などに、人気が集まるのは、現実の職場に活気がなく、戦う力が残っていないせいかもしれない。(229頁)
★池井戸潤(1963-)『下町ロケット』(2010、47歳)
《書評1》自分はまだ学生でアルバイトしか経験はないが、主人公や従業員に感情移入できた。「夢のために仕事をすることができる」ということが、お金のためにしかアルバイトをしたことのない自分にとって、とても羨ましかった。
《書評2》これから社会を担う人達に勇気が与えられる作品だ。佃の「仕事は二階建ての家。一階部分は金を稼ぎ生活をするため、だけどそれだけだと窮屈だから二階部分には夢がなきゃならない」という言葉が印象に残る。 「夢を持って入社したけど、それも何かをきっかけに脆くも崩れ去ってしまう」なんてこと、ザラにあるだろうしなぁ。自身は「夢よりも安全策を取ってしまう」ことが多かったが、この作品を読んで、もっと「夢」にも執着心を持とうと思った。
《書評3》元気をもらえる。「誠意」とか「夢」とか、現実もこうならいいのに。

★池井戸潤(1963-)『オレたちバブル入行組』(2004、41歳)
《書評1》バブル期に大手銀行に入行し課長職に就いている半沢は、上司の失態の責任を全て負わされそうになるも断固として反抗する。「十倍返し」のエンタメサラリーマンストーリー。
《書評2》スカッとするが、現実に「いるいる」という人がそこかしこに出てきて、ドラマのように勧善懲悪でもなく、主人公もそこそこ性格が悪い。じゃないと対抗できないことがよくわかる。「組織体質」、「出世レース」、「選民意識」、そして「女性進出のかけらもないこと」が描かれる。
《書評3》普段上司に苦しめられているサラリーマンなら、半沢直樹を自分に置き換えて読めるので、上司にやり返すシーンはとても爽快に感じるはずだ。現実的には半沢直樹のように振舞うことが難しい。だからこそ、このような小説はストレス解消に最適だ。

C-11  人は働かなくちゃ生きていけない。労働者を取り巻く環境が変わらない限り、この種の小説(※「ブラック企業が生んだ真性プロレタリア文学」&「職場を異化した、もうひとつのプロレタリア文学」&「お仕事小説」&「企業小説」)はもっと大きな潮流に発展するかもしれない。(229頁)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする