嘘の吐き方(うそのつきかた)
人はみんな嘘をついていると思います。僕もそうです。このページが嘘を吐き突き続ける人達のヒントになれば幸いです。
 



「しょうがないなぁ」
と彼は言った
一体何がしょうがないの…

だけど私は彼にそれを問えなかった
まだ行ってない所もしてないことも私達にはたくさん、たくさんあるのだから。

「ねえ、あたしのどこが好きなの?」
「んー、全部。」
彼はいつもそんな事を言う
だから私はいつも彼を見張り続けなければならなかった
疲れてもやりきれなくても、ジッと見張り続けなければならない
あの時、そう心に誓った。

12月から冬が始まる
けれど11月から街はすでにクリスマスの準備にとりかかる
ウキウキしている人もいるけど寂しそうな人もいる
彼と一緒に街を歩く時、彼は落ち着かなさそうにキョロキョロしている
私は彼に話しかけた
「みんな、何を勘違いしているのかしら?」
「勘違いって?」
彼はすぐさま聞き返す
私は彼の疑問に答えるというよりは私の家の間取りを説明するように私の話をする
「だって、サンタクロースはみんなのものじゃないのよ。私のサンタクロースなの。」
「そうなの?じゃぁ僕の夢も希望もサンタさんも全部君の物?」
「でも、それも終わり。クリスマスは今年で最後よ。」
「なにか、あった?」
「何も。何も無いわよ。なんにも、無いの。」
「…そっか。」
彼はそれっきり黙ってしまった。
多分彼は何もわかってない、いや、わかるどころか本当は話を聞く気も無いんだって私にはわかってる。
でもいいの。彼、とっても背が高いから。私と並んで歩けば凄く絵になるから──

私はサンタクロースに思いを馳せる
小さかった頃の、私だけのサンタクロースに。

私が小さかった頃
私はよくいじめられていた。
クラスメートの黒岩さんが事あるごとに私に絡んできたのを思い出す

ある日近所のスーパーに買い物に出かけようと
坂道を下っていたら下から偶然黒岩さんが歩いてきた
彼女は会うなり私にコーラを頭から浴びせてきて
満足そうに嫌味っぽく笑った
私はびっくりするとともに
一体私の何がいけなかったのだろう、と反省した
私が上から歩いてきて彼女が下からだったから
見下されていると感じたのだろうか
あるいは私の髪の毛がいつも黒かったから
茶髪の彼女は私の髪を茶髪にするためにコーラをかけたのだろうか
なにがなんだかわからないけれど
きっと私が悪いのだろう
私の髪から流れ落ち、排水溝に流れていったコーラを見て
なんだか私は自分はゴミなんだと言われてるような気がした

誰かに助けて欲しかった
だけど誰も私の話なんか聞いてはくれない
私はいつだって私しか話し相手がいないのだから。

それでも私はやっぱり誰かに私の話を聞いて欲しかった
だから私は国語の授業で作文が課題に出た時
密かにいじめ問題を題材にしたのだった
国語の吉川先生はその作文をとてもとても褒めてくれたけど
その後で困った事が起きた
こっそり先生に提出するだけではなく
作文コンクールに出せと言うのだ

そんな事をしたら黒岩さんにバレてしまう
そもそもあの作文の内容がいじめられっこの立場で書いてある事
吉川先生なら解っていると思ったのに
この先生は一体あの作文から何を読み取ったのだろう
私はただ、大人にがっかりしただけだった
大人は生徒の気持ちなんかわかってくれない
大人はたぶんきっと、大人の世界で大人の事情で大人のために
私をおだてているだけなんだ
だから私の価値なんて排水溝に流れていくコーラのように低く汚く
そして私の心はいつまでもドロドロと醜いままなんだ

だけど私は吉川先生の申し出を断れなかった
「お前がこの作文をみんなの前で読む事で新しい道が開けるんだ」
なんだかよくわからないけど必死な剣幕で
私には断るなんて選択肢は無かったし
そんな権利も余裕も自由も何もかも
私には一切何も与えられてはいなかった

作文コンクールの日が来た
壇上に向かう私の足取りは重く、
身体はブルブルと震えていた
駄目だ、とても勇気が足りない
私には荷が重すぎる
こんなこと絶対できっこない
私は回れ右をして保健室へ行こうとした
振り返ったすぐ側に、吉川先生が居た
私が驚いて立ちつくしていると
先生は私の頭をそっと撫でて
「大丈夫だ、俺が守ってやる」
と小さく耳元で言った
その言葉がなんだかとてもこそばゆくて
私はポワーっとしたまま、壇上へ上がってしまい
夢遊病のようにフラフラしながら
何も考えず無我夢中で棒読みし続けた

その日の帰り、黒岩さんに見つからないように
私はそっと非常口から帰ろうとした
非常口の戸を開けたらそこに誰かの足が見えた
私は瞬間的に(逃げなくちゃ!)と思ったけど
その人影は立ち止まったままで
よく通る低いしっかりした声で
「今日はよく頑張ったな、家まで送っていくよ」
と静かに告げたのだった

顔を上げれば吉川先生がこっちを見つめていた

吉川先生の車に乗り
とりあえず今日だけは安心して家に帰れるんだと思っていたら
なんだか見慣れない繁華街に着いた

ネオンが眩しい繁華街だった
見た事も無い夢の国のようでもあり
思い出さなくちゃいけない誰かの名前のようでもあった

「ネバーランド」
と書かれた建物に二人で入った
ハート型の回転ベッドやテレビやシャワー室がある
小綺麗な、薄暗い部屋に入った
何の物音もしない代わりに、私と吉川先生の心臓の音だけが
大きく大きく鳴り響いている気がした
この広い世界には狭い狭い二人だけの秘密の場所があり
その場所を通して世界を見渡せば
私と吉川先生の心臓だけが世界の全てだった

長い熱いシャワーを浴びて
二人で抱き合ってベッドに寝た
先生は私に「羽音、俺を信じろ。俺だけを信じろ。今はそれだけでいい。」
とがっちりと固い声で言った
私は先生の目を見て
「ねぇ、サンタクロースって居るのかしら?」
と聞いた
その問いがあまりにも突拍子もなかったのか
先生は噴き出して
しばらく笑い続けた後、
「羽音、俺がサンタクロースだよ。」
と優しい目をして言った

私はなんだか熱い物が込み上げてきて
その想いに耐えきれず、
近くにあった電気スタンドを掴んで
目の前の男を何度も殴った

「返して!返して!私のサンタクロース!
返してぇぇぇええええええええええええええ!!」

ぐったりと動かなくなった男の財布を抜き取り
私は走って逃げた

ネバーランドから泣きながら走り続けたら
外は真っ白な世界だった
この白い世界で私の周りだけ、赤い点がポツポツと垂れていた
その赤い点を見ていたら
どうしようもなく自分が惨めに思えて
その場にへたりこんだ
そして赤い回転灯の車が来るのを待った

何時間待っても赤い回転灯の車は来なかった
私は世界の全てから置いてけぼりで
もうどうでもいいやと思いながら
遠い記憶の父の事を思い出していた
「パパー、パパはどうしていつもお家に居るの?」
「パパー、健太君ん家はお肉屋さんだけど、うちは何屋さんなの?」
「パパー、どうしてクリスマスの時だけおうちに居ないの?」
父はいつも優しげな目をしてにっこり笑っていた。
一度だけ、無口な父が私に何かを教えてくれた事があった
「羽音、この広い世界に伝わるとっておきの秘密を教えてあげよう。いいか羽音、
誰にも言ったら駄目だぞ。誰かに漏らせば消える世界があるんだ。だから羽音、約束だぞ。」
「うん、約束!羽音ぜったいぜぇーったい誰にも言わないよ。」

お願い、誰か私を犯して…

その声は降り積もる雪にかき消され、誰にも届かなかった。
何もない静寂の銀世界で雪だけが彼女を暖かく包み続けていた。


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