考える事から遠ざかっている気がする。
友達の彼女の事や、友達の応対の仕方、あるいは自分の友達との接し方について
もごもごと胃薬が蠢くように考えたりするけれど そうしたことは
多くの場合に置いて、考えた事自体がどうにもならない。
次に人に会ったときには、もう別の事を考えているのだから。
もちろん、それはその友達についても言える事で
その友人と会ったときに考える言葉の水準と、
独りの時にごもごもと考えている言葉の水準は、
内面へ潜るという行為の危険さにおいては、
やっぱり同じ水準で接する事はできないから。
簡単に言えば、他人に厳しく自分に甘いという惰性が延々と続いていく
ひとりぼっちのさみしさと似ていて、
それでいて、その不公平さは、
自分の内面へ潜るときの呼吸の止め方と、
相手へ接する時の息継ぎの仕方が異なるから、
やっぱり言葉を、音を、連続音として繋いでいくその習性がある以上、
僕は自分へ接する時と同じように、
他人に向かって接する事はできない。
重要度の問題でもあるけれど、わからなさの問題の方が遙かに大きい。
自分の事は分かる、相手の事は分からない、というような
単純二分割ではないにしろ、
保持している自分と関連性の高い記憶の量と、
相手に関わる記憶の量を比べたときに、
単純に言って、僕は僕に関する記憶がかなり曖昧であったとしても、
その天秤があっという間に傾くほど多く、
僕は自分に関する記憶を保持し続けているのだから。
ただし、それは自分というアイデンティティの確立が、
確固たる形で自分に明示できるほど、
自己自身の証明をデカルト的に提出できるほど、
僕は僕について知っているわけでもないし、
同じように自分について知っているわけでもない。
しかしそのありあまる時間を、僕はきちんと自分のために使ってきたかどうか、
それほど多くの自信は無い。
そもそも自信を量で表すのかどうかよくわからないし、
だいぶ馬鹿げた発想のような気もするけれど。
ただ、どうしても僕は知っている事の記憶を繋ぎ合わせる事で
自分というミクロな存在を世界というマクロな場所へ繋いでいき、
いつも僕が自分と世界の中間に位置していて、
インターフェイスとして不完全に機能している以上、
どこへも開かないし、どこへも閉じてゆけない。
100%の自閉症があったのなら、
僕はきっと、世界について考えない。
いくつかの判断を保留にすることで、
僕は僕について考えているのだろうか.
それとも、僕は僕について明確に決断を下す事によって、
むしろその事について考え続けているのだろうか。
自覚的には後者の方が強いような気もするけれど、
ときおり前者のような気がする事もある。
はたして僕は、おおざっぱにいってあと半年ほどの間に、
みんなと別れる準備ができているんだろうか.
数少ない友人に、僕という命の刻印が、できているんだろうか?
たぶん、僕と一番親しい友人は僕の事を短期間で忘れるだろう。
短時間で忘れる、とまでは言わないにしろ、
家族ほど長くは憶えていないと思う。
僕自身はどうだろうか。
僕は自称親友を名乗る友達の事を、いつも頭の念頭においているだろうか。
「置いていない」
即決即断できるほど、僕は他人の事がどうでもいい人間だと思う。
だけどその事を恥だと感じた事は一度もないんじゃなかろうか。
何年か前、僕は僕の過去の多くの在り方について、
ずいぶんと強く否定されて凹んだ事があった。
そのときそのことを誰かに相談しようとしたけれど、
自称親友は一人で悩むべきだと僕にアドバイスした。
そのことは深く僕の心を抉って僕の形は歪んだような気もするけれど、
同じように過去その彼も傷つく事で自分を作っていったのなら、
それはひとつの成長過程となりうるものだろう。
ただ、僕はそれが100%の孤独であるとも思わなかった代わりに、
なにもかもを一人で解決しようとは思わなかった。
ずっと遠く、だいぶ昔に忘れかけていたような記憶を掘り返して、
自分の記憶に自分で傷ついただけだった。
同じように、彼が彼を記憶の中で傷つけ、
自分という過去を捏造する事で今の形に歪んでいるなら、
僕はそれを直そうとは思わない。
自称親友と共有した時間は、ほんの少しの短い時間でしかなかったし、
僕は絶交する事で大切さを確かめようとしたが、
それは僕自身のあざとさと冷たさとなにげないひどさを再確認するだけの行為にしかならなかったから。
結局のところ、リアリティのある形で、一番長い時間を共有している友人が、
自分をいちいち売り出したりしない無害さが、
一番僕の記憶を多く占有しているから、
僕は親友という形式は、武者小路実篤のもたらした、
思春期の観念的妄想や幻想の形でしか、
僕の今には繋がっていないのだと思う。
つまり、僕の知っている「友情」は本の中から生まれた
【友情】という観念でしか無いのだ。
それは現実に適用されるものではなくて、
むしろもっと現実は残酷なものだと自覚している代わりに、
その皮をタマネギのように剥いでいく行為を、
僕は避け続ける事で「友情」、あるいは【友情】を保持しているのだ。
しかし僕は友人の彼女についてどう接するべきか、
それについての正確な解答を持ち合わせない。
それゆえに、本来的には自分で悩んで決着をつけなければならないのだろう。
けれど僕は最近友人と会うとついその話をしてしまう。
それが本人であったり、本人ではない別の友人だったりするのだけど、
そんな事には関係なく、僕は問題を自分で処理していない。
寝る前に、英語のラジオを聞く事が増えた。
無意識に、僕が日本語を避けているのか、考え事を避けているのか、
そんなことを疑い始める。
夢の中で、なにげない幸せに近いぼんやりした時間が増えた。
ずいぶんと楽しい夢が増えて、印象に残る深い残酷な厳しい夢は減った。
それが言語のなせる技なのか、無意識のなせる技なのか、僕は知らない。
いずれにせよ、僕が酷い事には代わりはない。
僕が友達の前で淡々と述べるその言葉は、
「わざわざ賞味期限の短いパンを食う事無いのにねぇ。」
という僕にとって当たり前の残酷さを露呈しているから。
たぶん、価値観の違いを衝突させる事に慣れすぎている。
人と同じ価値観が僕の中にあるとは到底思えないほど、
僕の周りでは他人への距離が遠すぎる。
もっと誰かが鬼気迫る勢いで、僕を殺しに来れば、
砂の落ち方も、多少は変わるのだろうか。
答えは出ない。
きっと、ぎりぎりの寸前まで、僕に答えは出せない。
友達の彼女の事や、友達の応対の仕方、あるいは自分の友達との接し方について
もごもごと胃薬が蠢くように考えたりするけれど そうしたことは
多くの場合に置いて、考えた事自体がどうにもならない。
次に人に会ったときには、もう別の事を考えているのだから。
もちろん、それはその友達についても言える事で
その友人と会ったときに考える言葉の水準と、
独りの時にごもごもと考えている言葉の水準は、
内面へ潜るという行為の危険さにおいては、
やっぱり同じ水準で接する事はできないから。
簡単に言えば、他人に厳しく自分に甘いという惰性が延々と続いていく
ひとりぼっちのさみしさと似ていて、
それでいて、その不公平さは、
自分の内面へ潜るときの呼吸の止め方と、
相手へ接する時の息継ぎの仕方が異なるから、
やっぱり言葉を、音を、連続音として繋いでいくその習性がある以上、
僕は自分へ接する時と同じように、
他人に向かって接する事はできない。
重要度の問題でもあるけれど、わからなさの問題の方が遙かに大きい。
自分の事は分かる、相手の事は分からない、というような
単純二分割ではないにしろ、
保持している自分と関連性の高い記憶の量と、
相手に関わる記憶の量を比べたときに、
単純に言って、僕は僕に関する記憶がかなり曖昧であったとしても、
その天秤があっという間に傾くほど多く、
僕は自分に関する記憶を保持し続けているのだから。
ただし、それは自分というアイデンティティの確立が、
確固たる形で自分に明示できるほど、
自己自身の証明をデカルト的に提出できるほど、
僕は僕について知っているわけでもないし、
同じように自分について知っているわけでもない。
しかしそのありあまる時間を、僕はきちんと自分のために使ってきたかどうか、
それほど多くの自信は無い。
そもそも自信を量で表すのかどうかよくわからないし、
だいぶ馬鹿げた発想のような気もするけれど。
ただ、どうしても僕は知っている事の記憶を繋ぎ合わせる事で
自分というミクロな存在を世界というマクロな場所へ繋いでいき、
いつも僕が自分と世界の中間に位置していて、
インターフェイスとして不完全に機能している以上、
どこへも開かないし、どこへも閉じてゆけない。
100%の自閉症があったのなら、
僕はきっと、世界について考えない。
いくつかの判断を保留にすることで、
僕は僕について考えているのだろうか.
それとも、僕は僕について明確に決断を下す事によって、
むしろその事について考え続けているのだろうか。
自覚的には後者の方が強いような気もするけれど、
ときおり前者のような気がする事もある。
はたして僕は、おおざっぱにいってあと半年ほどの間に、
みんなと別れる準備ができているんだろうか.
数少ない友人に、僕という命の刻印が、できているんだろうか?
たぶん、僕と一番親しい友人は僕の事を短期間で忘れるだろう。
短時間で忘れる、とまでは言わないにしろ、
家族ほど長くは憶えていないと思う。
僕自身はどうだろうか。
僕は自称親友を名乗る友達の事を、いつも頭の念頭においているだろうか。
「置いていない」
即決即断できるほど、僕は他人の事がどうでもいい人間だと思う。
だけどその事を恥だと感じた事は一度もないんじゃなかろうか。
何年か前、僕は僕の過去の多くの在り方について、
ずいぶんと強く否定されて凹んだ事があった。
そのときそのことを誰かに相談しようとしたけれど、
自称親友は一人で悩むべきだと僕にアドバイスした。
そのことは深く僕の心を抉って僕の形は歪んだような気もするけれど、
同じように過去その彼も傷つく事で自分を作っていったのなら、
それはひとつの成長過程となりうるものだろう。
ただ、僕はそれが100%の孤独であるとも思わなかった代わりに、
なにもかもを一人で解決しようとは思わなかった。
ずっと遠く、だいぶ昔に忘れかけていたような記憶を掘り返して、
自分の記憶に自分で傷ついただけだった。
同じように、彼が彼を記憶の中で傷つけ、
自分という過去を捏造する事で今の形に歪んでいるなら、
僕はそれを直そうとは思わない。
自称親友と共有した時間は、ほんの少しの短い時間でしかなかったし、
僕は絶交する事で大切さを確かめようとしたが、
それは僕自身のあざとさと冷たさとなにげないひどさを再確認するだけの行為にしかならなかったから。
結局のところ、リアリティのある形で、一番長い時間を共有している友人が、
自分をいちいち売り出したりしない無害さが、
一番僕の記憶を多く占有しているから、
僕は親友という形式は、武者小路実篤のもたらした、
思春期の観念的妄想や幻想の形でしか、
僕の今には繋がっていないのだと思う。
つまり、僕の知っている「友情」は本の中から生まれた
【友情】という観念でしか無いのだ。
それは現実に適用されるものではなくて、
むしろもっと現実は残酷なものだと自覚している代わりに、
その皮をタマネギのように剥いでいく行為を、
僕は避け続ける事で「友情」、あるいは【友情】を保持しているのだ。
しかし僕は友人の彼女についてどう接するべきか、
それについての正確な解答を持ち合わせない。
それゆえに、本来的には自分で悩んで決着をつけなければならないのだろう。
けれど僕は最近友人と会うとついその話をしてしまう。
それが本人であったり、本人ではない別の友人だったりするのだけど、
そんな事には関係なく、僕は問題を自分で処理していない。
寝る前に、英語のラジオを聞く事が増えた。
無意識に、僕が日本語を避けているのか、考え事を避けているのか、
そんなことを疑い始める。
夢の中で、なにげない幸せに近いぼんやりした時間が増えた。
ずいぶんと楽しい夢が増えて、印象に残る深い残酷な厳しい夢は減った。
それが言語のなせる技なのか、無意識のなせる技なのか、僕は知らない。
いずれにせよ、僕が酷い事には代わりはない。
僕が友達の前で淡々と述べるその言葉は、
「わざわざ賞味期限の短いパンを食う事無いのにねぇ。」
という僕にとって当たり前の残酷さを露呈しているから。
たぶん、価値観の違いを衝突させる事に慣れすぎている。
人と同じ価値観が僕の中にあるとは到底思えないほど、
僕の周りでは他人への距離が遠すぎる。
もっと誰かが鬼気迫る勢いで、僕を殺しに来れば、
砂の落ち方も、多少は変わるのだろうか。
答えは出ない。
きっと、ぎりぎりの寸前まで、僕に答えは出せない。