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孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

平野がんばれ!!

2017年06月03日 | 社会観察
先日今年一杯で引退を表明した宮里藍選手は、目つきがキリッとしていて、芯がしっかりしていることは、その表情から一目瞭然であった。

レスリングの選手や、政治家に転身した柔道の選手などは、試合結果はさて置いて、その人となりを造っている芯の確かさがよく見えなかったのは、表情で何となく分った。

その私の勝手な判断基準からすると、卓球の平野選手の目つきは、彼女の年齢とは関係なく、どちらかと言うと宮里藍選手に似ている感じがする。そんなこともあって、つい私は身を乗り出して彼女を応援したくなるのだ。

ドイツの世界卓球個人戦で、彼女は準々決勝を戦って完勝した。

  支那人相手だった

世界ランク4位のフォン・ティエンウェイ(シンガポール)が対戦相手であったが、国籍がシンガポールであるだけの支那人選手を相手に、4-0の完勝だった。


ニュースは伝える。//////////

日本女子シングルス48年ぶりのメダルを確定させ準決勝に駒を進めた。準決勝の相手は丁寧(世界ランク1位)か石川佳純(世界ランク5位)のどちらかとなる。

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  格上を一蹴

すでに本場支那人三人を負かしている平野選手は、勝ってもさほど興奮した様子が見られなかったが、それはまだ先に準決勝、決勝という試合を控えているからだろう。

彼女の功績は、他の日本人選手たちに、「何だ、日本人選手だって、支那人に勝てるじゃん。」と思わせたことだろう。

表彰式に日の丸が二つ揚がるようなこともあり得るのだろうか。

欧州では卓球がメジャーなスポーツだけに、今彼女に世界中が注目している。

怖すぎる、コンビニ食品

2017年05月30日 | 社会観察
すでにおでんの季節は過ぎてしまったが、今季はコンビニのおでんを一度も食わずじまいであった。

恐らく毎週少なくとも一度はコンビニに立ち寄るのだが、無意識のうちにコンビニのおでんを買わなかったのは、東北の練り製品業者のあのエピソードを何かで読んだ結果だと思う。

あのエピソードとは、セブンイレブンにおでん種の練り製品を納入する仮契約を結んだ後の話である。

その仕様書には、おでん種は鍋に入れてから、8時間はつゆに浮かんでいること、と『品質基準』が書かれていた。早速、自社製品をテストしたところ、この基準だけがなかなかクリアできなかった。

社長は同業者に悩みを打ち明けたところ「簡単だよ。リン酸塩とソルビットをたっぷり練りこめばいいんだよ。」と教えられた。添加物を増やせば練り物の割合が下がり、汁を吸わなくなって、沈むことが無くなるのだった。

社長は試しにやってみたところ、確かに仕様はクリアできた。しかし、社長は納入を諦めたのだった。違約金を100万円請求されても、添加物をあんなに入れてまで納入することはできなかったのだ。

おでんだけではない。サンドイッチやおにぎりにしても、意味不明な食品添加物が何十種類も入っていて、気にしたら食えたもんじゃない。

そして、さらにお菓子などの卵を使用した食品も避けるべき実態が明らかになったのだ。

 循環型リサイクル?

日刊工業新聞の記事から抜粋・・・・・・・・・・・

セブン―イレブン・ジャパン(東京都千代田区、古屋一樹社長)は店舗で販売期限切れとなった食品由来の飼料を使って生産した鶏卵の活用を始めた。

東京都と埼玉県のセブン―イレブン約1300店が排出した食品を取引先が配合飼料に加工し、指定の養鶏農場で使う。生産した鶏卵をセブン―イレブンの専用工場で、チルド弁当の材料にする。

 これまでも販売期限切れの弁当や総菜を回収し、家畜用配合飼料の原料にしてきた。今回は養鶏や弁当生産まで関与し、循環型リサイクルを確立した。

・・・・・・・・・・・・・

 Mad Cow Disease

今から遡ること30年ほど前に狂牛病はイギリスで発見された。狂牛病とは、BSEとも呼ばれ、いわゆる動物が共食いをした結果生じる病気で、牛の肉骨粉を食べた牛が罹る。そしてこの牛肉を人間が食べれば人間の脳にも異常が発生するとわかっている。

牛の他にも、羊のれいもあり、パプアニューギニアの食人習慣のあったフォア族にも同類の病気で死者が多数出ている、

ニューギニア人

卵の入った食品を鶏に与えて、その卵で食品を作って売る・・・

そうすれば、何が起きるかという心配はされないようだ。消費者は、特に小さな子供には、このコンビニの食品は食べさせない方が良さそうだ。

見ているがいい。テレビや新聞などのマスコミは広告収入に影響するので、恐らく当分は見てみぬフリを続けるに違いない。

ネクタイをした厚顔無恥

2017年05月28日 | 社会観察
スケベ官僚の記者会見に同席していた弁護士に、どこかの記者が「公務員の守秘義務違反に当たらないのか?」と問い質したところ、その弁護士は「ノーコメントです」と答えたそうだ。

スケベ官僚の前川氏のいう資料が本物だというなら、それは守秘義務違反になるし、守秘義務違反にはならないというなら、その資料はイカサマだということになる。同席していた弁護士は答えようが無かったわけだ。

今の騒ぎは詳細を知ろうとする以前に、当事者の品性があまりにも下劣過ぎて、まともな神経を保って聞く気にもなれない、というのが偽らざる感想である。

暴力団が経営に関わっている「出会い系バー」というのは、有体に言えば、売春で金を稼ぎたい女性は無料で出入りでき、そこに買春目的の男性が金を払って入場し、気に入った娘を交渉して連れ出し、春を買うという売春斡旋所だ。

  面の皮3cm

そういうところに、週に何度も現れていたのが、文部科学省トップの前川氏本人であった。それを追求されると、行っていたのは認めたのだが、「少女の貧困調査のためだった」と何とも鼻白む言い訳をしたから、記者会見場はせせら笑いでざわめいたそうである。

先週のテレビ朝日系ワイドショーでは、同じ元文科省官僚を使って、このスケベ官僚を擁護させるという印象操作をやっていたようだ。

曰く、『前川さんは、優しい人で、弱い人を助ける人なんです。』だと・・。だから、何度もそういうところに現地調査に行って、少女たちの貧困状況を調べたり、おこづかいを渡したりしていたのだ、と言いたいのだろう。

  目糞、鼻糞をほめる

しかし、ここで登場させた元文科省官僚というのが、例の「ゆとり教育」で日本人の教育を破壊しようと企てた寺脇何某というとんでもない野郎だった。

役人だった時、3年間広島県の教育長に就任して、のちの『ゆとり教育』の実験のようなことをやり、広島県の学力をガタガタにしていた。その結果は彼が教育長になってから、はっきりとデータに表れているようだ。

退官してからは、大阪の「コリア国際学園」というインターナショナルスクールの設立に参加して、ゆとりとは真逆の受験進学校そのものの詰め込み教育を推進することになるのである。ひとえに在日韓国人のエリートを要請する目的のようだった。

 この方日本人?

日本人にはゆとり教育を、片やコリアンには詰め込みエリート教育を、という得体の知れない人物であるようだ。

20年ほど前だろうか、大蔵省の官僚が接待に使った、『ノーパンしゃぶしゃぶ』という風俗店が世間の耳目を集めた。何でも、下着を履いていないミニスカート姿の若い女給さんが、鏡張りの床の店内を歩き回るお食事処なのだそうだ。

当時前川氏は40代の働き盛り。多分そういうところも経験していて、その楽しさが忘れられずにトップまで上り詰めたのだろう。

「英雄、色を好む」という言葉があるが、上記お二人とも英雄とは程遠いイメージがあり、「破廉恥役人、エロを好む」と言う方がしっくりくるのではないか。


ノースピークジャパニーズを考える

2017年05月27日 | 社会観察
最初、ニュースの映像を横目で見たときは、出川とかいうお笑いタレントがおまわりさんに追いかけられるコントでもやっているのか、それともドッキリカメラの類の映像かと思ったが、何とそれは、札幌の宝石店での強盗未遂の犯人を追うおまわりさんの実況映像だった。

あの犯人の体型で数百mを全力疾走するとなると、彼も相当きつかったろうと、妙な同情を禁じえず見ていた私は、捕まってから彼が吐いた言葉で、危うく口の中の咀嚼中だった、ご飯と白菜の漬物と焼き魚のホッケをブーッと噴出して、椅子から転げ落ちるところだった。

 No speak Japanese

通行人が取り巻いて見守る中、息を切らしながら犯人に問いかけるおまわりさんのセリフも、妙に芝居がかっていて、やはりバラエティー番組か?と思いながら見ていたところ、その犯人は「ノー スピーク ジャパニーズ・・」と言ったのだ。

その意外な言葉に、おまわりさんも「はあ?」と素っ頓狂な声を出していたのも、可笑しかった。

政治家の中には、事実に反して「自分は日本人だ」と言い張る方もいるようだが、この犯人は後の調べで日本人であることが判明した。つまり、「自分は日本人じゃない」と拙い英語でそう主張したかったようだった。

I don't understand Japanese. とか、I am not Japanese. と言えたにもかかわらず、犯人はわざと下手糞な英語で、英語圏ではない外国人のフリをしようと考えたのか、それともあの英文が彼の英語の実力だったのか。

犯人の言葉に対応して、おまわりさんが即座に「What is your nationality? 」とか、「Where are you from ? 」と問い返したとしたら、それはそれでもっと大きなニュースとして、報道されていたと思う。

宝石店があるような地区の交番勤務をするおまわりさんは、せめてそのくらいの素養は身に付けておくべきじゃないのか。

改めて、日本人は中学、高校で6年間も英語を勉強させられても、所詮この程度なのは情けない限りで、小学校から始めたところで、あるいは英語の授業で日本語を禁止したところで、大して変わらないだろうと感ずるのだった。

折りしも、文科省の事務次官だったのが、せっせと夜な夜な少女売春クラブみたいな店に通い詰め、指弾されるとしゃあしゃあと、「少女の貧困調査をするためだった。」と言い訳していた。

トップがこんなのがいる役所が音頭をとる教育改革などに、だれが期待などできよう。


出川似の宝石店強盗未遂犯の捕り物コントを見ながら、瞬時にいろんなことを考えたのであった。



タネの一粒、血の一滴

2017年05月21日 | 社会観察
かすかな記憶だが、子供の頃「ソイレントグリーン」という映画を観た記憶がある。主演が当時いろいろな映画に出ていたチャールトン・へストンだったと思う。

  映画「ソイレント・グリーン」

未来社会を扱ったSFスリラーもので、ネタ晴らしになるかもしれないが、ラストシーンが「工場で大量生産されている食料品の原料は、人間の肉だ!」と叫んでいたと記憶している。

インターネットでこの映画を検索してみると、あらすじも確認できた。

2022年の近未来の話で、食糧不足となったため、庶民はプランクトンから合成した「ソイレントグリーン」という人口食品の配給で命をつないでいた。

主人公の刑事が調べていった結果、多数の死体がトラックでソイレント社の工場に運び込まれ、人間の死体からソイレント・グリーンが生産されている事実を突き止める。

その後、暗殺者の襲撃を受け、彼らを倒したものの自身も深手を負ったソーンは、病院に搬送されながら叫ぶ。

「ソイレント・グリーンの原料は人間だ。早く何とかしないと、今に食糧生産のために人間を飼うようになる。その前に何とかしなくてはならないんだ!」

子供ながらに、恐ろしさを感ずる後味で、楽しい映画ではなかった。


話変わって、ハンバーガーのことも、ふと思い出した。牛肉をミンチしたパテと呼ばれるハンバーガーとレタスやトマトなどをバンというパンで挟んだファストフードである。美味しい食べ物だが、私は多くても年に2度ほどしか食べない。

理由は、これももう何十年も前に、確か文芸春秋という雑誌で読んだレポート記事の所為だ。インターネットで検索してみたが、それらしいものは見つからなかったので、私の記憶のソースは曖昧である。

どういう記事であったかというと、ハンバーガーチェーンのハンバーガーは牛肉100%となっているが、あれには養殖ミミズが使われていて、南米のミミズ養殖場で大量生産されて、生産量と需要数もほぼ一致していることも判明したという記事だった。

その記事を読んだとき、確かに牛肉を使用している割にはあんな低価格で販売されているのも変であったが、なるほどそうだったのかと妙に納得したものだった。

またまた話し変わって、私がアメリカのカリフォルニア州でホームステイしていた時の話。

その小さな街はサンフランシスコ近郊のサリナスといい、「怒りの葡萄」や「エデンの東」で有名な作家、スタインベックの生まれ育ったところだった。『エデンの東』の中でも出てくるレタスの産地として有名で、郊外には広々とレタス畑が見渡せる街だ。

しかし、そのレタス畑には雑草が全く見当たらない。これには驚いた。まさかこの広い面積を、手作業で除草するはずがないと思って訳を聞くと、除草剤を散布するからだという。

「えっ?レタスは枯れないんですか?」と聞くと、「レタスはキク科の植物。そのキク科の植物は枯らさない除草剤を空中から一斉に散布するんだ。」という答えだった。

ほ場には雑草が一本も見当たらず、みずみずしいレタスの列だけだったが、そのわけを聞いてしまうと、ここでとれたレタスはあまり食べたくないなあ、と思った私だった。


長々と思い出話を綴った理由は、我が国の主要農作物の種子を守ってきた『種子法』という法律の廃止が決定したからだ。

『種子法』という法律は、「自治体が、農家に安価で優良な農作物の種子を提供することを義務付ける法律」である。

民間企業が営利目的で農家に好き勝手に種子を売りつけたりすることを禁止している。

  種子は特有文化である

単純に素直に考えれば、この法律がなくなることで、除草剤をかけても枯れなかったり、害虫が葉っぱをかじるとコロッと死んでしまうなどという、得体の知れない遺伝子組み換え作物の種子が自由に好き勝手に販売できることになる。

私が学生だった頃から、カーギルとかコンチネンタルという巨大「穀物商社」が主要穀物の種子を独占し始めて、種子が戦略物資となったと注目されていた。

米国では、植物にも特許取得が認められ、F1と呼ばれる「一代交配種」の種子を独占販売することで、莫大な利益をあげるようになっていた。F1の種子からは次年度のタネを確保することはできない。

正確にいうと、多収穫とか病気に強いとかいう性質は、一代限り表れる種子であるため、農家はその種子を毎年買い換えなければならないのである。

 F1種子

除草剤ラウンドアップでお馴染みのモンサント社は、巨大穀物商社カーギルの種子部門を買収した。そして、そのモンサント社は間もなくアスピリンでお馴染みの世界的な科学工業(薬品)メーカーであるバイエル社に買収されることになっている。

今のままでは、やがてメキシコで起きたように、在来の農作物が遺伝子組み換え作物に取って代わり、セットで農薬や肥料が農家に販売されていき、消費者はそういう得体の知れない化け物のようなモノ、あるいはそれから作られる加工食品を食べさせられる。

自動車工業の黎明期に、ジェネラルモータースや石油会社が、カリフォルニア州にあった鉄道会社を買収し、自動車やガソリンの消費に邪魔だと、鉄道を廃止してしまった。

アングロサクソンは、そういうことを平気でやってのける人種なのである。

彼らの収量が増えてコストダウンにもなるという甘言は、初めだけでその後は実に様々な予期できない問題が発生して、結局農家は莫大な借金を背負い、農地は汚染されろくな結果にならないことは、世界各地で実例が多数ある。

この問題が抱える深刻な点は、そういう遺伝子組み換え作物が一箇所ででも作られると、花粉が風で運ばれたり、鳥や昆虫によって日本中に瞬く間に蔓延してしまうことが避けられないということだ。

国会で今大問題にすべきは、国の安全保障に関わる種子法廃止であり、野党やマスコミがこのことを全く報じない日本は、どうしようもない異常事態である。

故意に無視しているのではないのだろうが、これは取り返しがつかない大問題である。

アラートは不安を煽るから止めろだと?

2017年05月14日 | 社会観察
職場で、警報と警告の違いが話題になったことがあった。

英語でも、これらに対応する単語として、アラーム(Alarm)やアラート(Alert)がある。

こういう時は、私は語源を調べることにしているので早速調べてみた。

アラーム(Alarm) :All' Arme 「武器を取れ」   ※ arm は英語で武器のこと
アラート(Alert) :All' Etra 「高台に上がれ」

どちらもイタリア語が語源のようで、アラートは「高台=見張り台に上がれ」で、アラームが「武器を手に取れ」ということは、順番で見るとアラート⇒アラームとなり、意味は空襲警報などの警報がアラートで、警笛やベルなどの警報装置がアラームとなるようです。

Jアラートやアラームクロック(目覚まし時計)などが具体例です。

  (Jアラート)

朝鮮半島有事にもかかわらず、ゴールデンウィーク中にソウルまでノコノコ観光旅行する無神経な馬鹿者たちがいたようで呆れた。ソウルなど38度線から眼と鼻の先ではないか。

しかし、それ以上に南朝鮮から文句を言われるのを恐れた外務省も、「危ないから注意してや」程度のアリバイ作りの通告をしていたのだから、旅行者の身の安全など大して気にかけていないことがよく分る。

更にもっと呆れることが、実は連休直前に滋賀県で起きていた。

4月27日の京都新聞によると以下の通りだ。(以下抜粋)

『 朝鮮半島情勢の緊迫化を受けて、滋賀県教育委員会が弾道ミサイル飛来時の対応について県立学校と各市町教委に通知を出したことに対し、全滋賀教職員組合などは27日、戦争の危機をあおり、子どもに不安を与えたなどとして三日月大造知事らに抗議文を提出した。』

県教委は「屋内避難の呼びかけがあった場合は幼児・児童・生徒の皆さんに周知をお願いします」などとする通知を25日までに出した。このため多くの学校が保護者向けの文書を作り、児童や生徒に配布したようだ。

『 抗議文では、児童生徒に唐突にミサイル飛来の可能性を伝えればパニックが起こると批判。実際に、小学生が「戦争が起こる」と泣きだした例があったとした。その上で、「政府・内閣官房はこの機を利用し国民を煽(あお)っている」とし、文書の回収や保護者への謝罪を求めた。』

 CGですか?

 特撮ですか?

『 県教委は「子どもの安全確保を最優先に、迅速に対応するためだ」(総務課)として、文書回収や謝罪の考えはないとしている。』と新聞は報道しているが、実際にはどうだったのか、そこまでは分らない。

弾道ミサイルが飛んできたら避難の呼びかけをお願いします、と通知したら『子供の不安を煽っている』『パニックになるではないか』『撤回して,謝れ』と子供を教育する教師たちが抗議しているのだ。

教職員組合というのは、一体どういう連中の集まりなのか首をかしげたくなる。父兄たちはこういう得体の知れない連中に我が子を預けていてよく平気なのだろうか。

教職員組合という組織には、よほど北朝鮮の動向に詳しい方がいるようで、ミサイルなど飛来するはずは無いという確信があるようだ。しかも、イチャモンをつけては謝罪しろと言うのは、恐らく半島系の人間が相当数組合内部にいるのだろうと推察できる。

 日本が目標

日本国憲法前文にあるように、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」ところで、諸国民の方から侵略や挑発が行われる現状で、「恒久の平和を念願」しているだけでは、安心できないのである。

滋賀県はそもそも民主王国といわれる自治体で、前の県知事も変わった方だっただから、こういう教職員組合が巾をきかせるのは、想像に難くないのだが、我が郷土、静岡県もこんな風になりそうな雲行きで、実に嫌な雰囲気である。

またぞろ、自称【ジャーナリスト】たちが

2017年04月30日 | 社会観察
このところ、地上波テレビはほとんど見なくなっている。朝起きてから、時計代わりにつけているニュース番組を観るというか、聞く程度で、仕事から帰宅してもまず特定の番組を観るということはなくなった。

週末も、同様でいつの頃からかこうなった。代わりに観る様になったのは、圧倒的にネットの動画サイトで、テレビでは忘れない限り観る番組は、BS放送の「吉田類の酒場放浪記」だけになった。

社会を実に覚めた目で見て、有り余る教養に基いて痛烈な批評を重ねてきた山本夏彦さんが他界して、もう暫らく経つが、彼の著作は永遠に残り、時を経てもその新鮮さは変化することはない。

「国家の品格」という本が素晴らしかった数学者の藤原正彦さんは、元産経新聞記者の高山正行さんと共に、週刊新潮にそれぞれ巻頭・巻末コラムのページを持っていて、私はどちらも毎週楽しみにしている。

その藤原さんの名著の一つ「祖国とは国語」の中に、彼が山本夏彦さんのファンであって、彼と出会うことになるエピソードが書かれていた。

私は、このことを知るまで、何となく藤原正彦さんの文調から、もしかして山本さんの愛読者ではないかと感じていたので、その確信を得たときは、膝を打つ思いだった。

同じ事を、私は高山正之さんの文調にも感じているが、こちらはまだ確証を得ていない。ご自分ではどこかで、司馬遼太郎の文調を参考にしていると語っていたが、社会風刺の視点は、明らかに山本夏彦さん風なので、多分間違ってないと思う。

因みに、高山さんが司馬遼太郎のことを語っていたときは、彼が朝日新聞に書き始めたころから、作品がまったく面白くなくなったと、ボロクソに批判していたのは面白かった。高山さんは、朝日新聞が【司馬史観】を創ったと感じているようだった。

ところで、地上波テレビが不人気になってきたことや、ネットの動画サイトが最近の若者に受けていることに苛立っているのが、朝日・毎日・東京などのいわゆる左翼反日新聞や、偏向報道を垂れ流す、テレビ朝日、TBSなどの同系地上波テレビ局のようだ。

あたかも、野党の支持率が低迷しているのは、その所為だと言わんばかり。

私はすでに若者ではないが、私の経験から言うと、新聞やテレビの言うことは嘘で満ちている、あるいは報道すべきことをまったく無視して一切報道しようとしない、こういう少しショッキングな事実に気がつく時期が、youtube を観始めた頃にあった。

こういう機会がなく、毎日新聞や地上波テレビのニュースやニュース解説、報道関連番組などを見ているだけだと、その巧妙な偏向振りと「伝えない自由」に基く、都合の悪いことは絶対に報道しない姿勢のため、国民はまんまと洗脳されていく。

これに輪をかけるのが、肩書きに滅法弱い日本人気質と、それを利用したハロー効果である。

このブログでも事あるごとに話題に取り上げている、世界遺産、ミシュラン格付け、などの権威や肩書きに対する盲目的な日本人の反応は、欧米文化に対するコンプレックスと共に、洗脳する側にとって実に都合がいい。

さらに、名刺文化、学歴社会が影響するハロー効果(ハロー=後光)は、報道番組などに付き物のコメンテーターや自称ジャーナリストと称する、テレビ局の思惑通りに喋ってお駄賃を稼ぐ輩の存在がある。


「テロ等準備罪」に関して、偏向反日マスコミが狂ったように報道し始めている。これまでにも何度も見た感のある、デジャブ、ジャブジャブの光景である。

 飽きもせず

ため息が出るほど、馬鹿げた光景だが、今回は数が増えていて吹き出してしまった。


 仕事ください!

 フガ、フガ、フガ・・・


何に怯えているのか良く理解できないのだが、連休には、日本のあちこちでデモや集会が開かれそうな気配である。そういう機会にノコノコ「営業活動」で登場し顔を売り、仕事を得ようとする、自称ジャーナリストやコメンテーター希望者たちが必ずいる。



              【この顔に要注意!】



地上波テレビに出ている自称ジャーナリストやコメンテーターたちは、心の底から母国日本がお嫌いというわけでは決してないでしょうね。

適当なコメントをするだけで割りのいいギャラの稼げる「仕事」を得たいだけなんだ、と思いたいです。電波芸者さんと呼ぶのがいいんじゃないかと思うんですが、それだと芸を身に付けた本物の芸者さんたちに対して失礼でしょうか。

あまり愉快でない、街の外国人たち

2017年04月23日 | 社会観察
私が住んでいるような、町村合併で隣町に編入される前の、人口わずか2万人程度の田舎街ですら、スーパーや100均で見かける外国人が増えている印象がある。

家のすぐ近くの町工場に自転車で通って来る多分アジア系女性5~6人は、多分インドネシア人だと思う。中にモスリムの象徴である布を頭にかぶった娘がいるからだ。

実は、先ほど使い捨てマスクを買いに、近くのDAISOに行ってきたところだが、店の中で大きな声で会話している外国人(多分ブラジル人)たち7~8人がいた。

以前はそれほど気にはならなかったが、最近はこういう光景に出くわすと、私は心中穏やかではなくなる。もっと、率直な言い方をすれば、気分が悪くなるのだ。

最近、よく地上波テレビでも耳にするが、昨年末、在留外国人労働者は100万人を突破し108万人に達したそうだ。富山県の総人口に匹敵する数であり、統計には上がってこない人数を入れれば、現状はこれよりずっと多いだろう。

その中で約20万人は留学生で、留学生と言えども週28時間以内なら就労可能ということで、今や東京のコンビニの店員は、片言の日本語を話す外国人だらけの状況らしい。(学校が長期休暇の間は1日8時間、週40時間まで働けるようだ。)

 店員は外国人主流

大学側は、学生数減少、コンビニ側は人手不足、アジア人はビザ取得が容易ですぐ仕事にありつけるということで、需給が合致して急増しているようだ。

留学生は、借金して日本に来るくらいだから、週28時間以上仕事をしたい。それに,使う方もそれ以上使いたい。両者のニーズが合えば、当然ルールなど無視されるようになる。

もう一つの制度に、技能実習生制度がある。

これは日本の技術を海外に移転する国際貢献のための仕組みというのが「建前」で、工場だけでなく、漁業や農業の現場では多くの外国人が「技能実習生」として働いている。

ただ、この制度では期間が原則3年と定められており、せっかく技能が身に付いたところで帰国になってしまう。名目は、日本の技術を覚えてもらって、母国でそれを役立ててもらうということだが、中身は最低賃金以下でこき使える奴隷のような労働者が確保できる制度なのである。

 食品工場も外国人だらけ

日本の歴史上、欧米のように奴隷を使ったことのない日本人は、こういう低賃金労働者の扱い方が分らず、これまでも度々トラブルが起きて、時には殺人事件が起きるような事もあった。

更に、我が国には難民についてのおかしなルールがある。

つまり、日本に来て難民申請をすれば、その時点から就労が可能となるのである。申請するだけでそれが可能となるわけだ。

そして、難民申請の結果が出るまでは平均2年という、信じられない時間が掛かるようで、その間は就労時間の制約もなく、堂々としかも日本人と同じ労働基準法のもとで仕事にありつけるのだ。

更に、申請結果が却下されても、再申請が可能であり、強制帰国されることもないという。したがって、これを目当ての『偽装難民』と彼らを積極的に採用しようとする雇用者側が後を絶たないらしい。

数年前、偽造旅券で入国し違法滞在の最中万引きで逮捕されたフィリピン人の間に産まれた娘を残して、両親ともフィリピンに強制送還させた出来事があった。

娘のみ在留特別許可が与えられ、日本に住む親戚のところで一緒に住むことにして、両親と別れることになったのだが、この時、左翼マスコミや左巻きのプロ市民たちは、かわいそうだから家族みんなに在留許可を与えろ、という一斉キャンペーンを張ったのだった。

これからも、似たようなケースが続出することはまず間違いない。

浜松市など外国人労働者が多いところでは、すでにプロ市民らに煽られたであろう外国人労働者たちが、プラカードを掲げてデモをするような状況になっている。

  数は力になる

安倍総理は、移民政策ではないと主張するようだが、どう見てもこれは日本政府がルール作りをしている、移民政策である。そして、先のことをまるで考えていないとしか考えられない誤った政策である。

シンガポールのように、職種別の格差を考えた外国人移民政策を取ると同時に、彼らの入国以後の徹底した管理と、犯罪に対しては容赦しない刑罰の適用で、殺伐とした社会にしようという考えなら、明確に沿う主張すべきで、これは国会で徹底的に議論してほしい。

しかし、今更議論するまでも無いだろう。EUで今どういうことが起きている?このまま行けば、日本は同じことになるのは、小学生でも分ることではないか。

聖書片手に、こんにちわ!

2017年04月23日 | 社会観察
キリスト教の三大異端派というと、モルモン教、統一教会、そしてエホバの証人(ものみの塔)である。

およそ信仰心などとは縁のない育ち方をして、宗教などには興味も関心もなかった私だが、高校を卒業してから、なぜかこれらの三大異端派すべてに縁があった。

まず、大学に入学したばかりの頃、私がお世話になった賄い付き下宿での同期だった工学部のM君の様子が2年生の夏休みを機に、一気に変わったのだった。

それは、同じ下宿の学生の一言で発覚した。

「M君、オリオン通り商店街のアーケードで、小さな黒板を立てて何か通行人相手に講義してたみたいだった。」

一度聞いただけでは何のことか理解できず、詳しく訪ねると、M君はスーツ姿で分厚い本を片手に持ち、小さな黒板に何か書きながら、講義をしているようだったらしい。ただ、通行人たちは、M君のことなどまったく無関心で、誰一人として立ち止まる者はいなかった。

その数日後のことだった。突然M君は下宿を解約して出て行き、別の一軒家で仲間と共同生活を始めたのだった。M君は、統一教会に入信したのだった。

モルモン教の宣教師は、なぜかいつも二人組みで街中で通行人に話しかけているのだった。
彼らは二十歳位の若者でワイシャツに細いネクタイをしていた。

当時の私は英語学習に夢中で、新しく覚えた表現を実際に外国人相手に使いたくて、街で彼らを見つけると、迷わず近寄っていって話しかけたものだった。

私は彼らがモルモン教というキリスト教の一派の宣教師で、モルモン教というのは一夫多妻を認める変わった宗教だ、くらいの知識しかなかったが、そんなことは私にとってどうでもいいことだった。

その数年後、私はある研修プログラムに参加してアメリカに渡ることになるのだが、何とそこでホームステイすることになる家庭が、モルモン教徒の家庭で、ご主人は町の教会のかなり上の位にいる方だった。

モルモン教の教会にも義理で一度だけ行ってみたが、退屈で興味も関心もなかったので、次に誘われた時は、はっきりと嫌です、と返事をした。

さて、三つ目のエホバの証人は、私が社会人になって4~5年の時だったと思う。我家の西側に住むKさんが困った様子でやってきて、嫁さんが変な宗教にはまっちゃったみたいで、参ってるんだ。何とか説得してもらえないだろうか?という相談だった。

  一見普通のご婦人たちだが

少し詳しく様子を聞いたところ、かなりの重症な状況であることが分り、明らかに洗脳されてしまっていると感じた私は、私の手には負えないレベルなので、あまりすることに批判的にならずに暫く様子を見るよう伝えるに留めた。

その後、なぜか我家にも小奇麗な格好で日傘をさした二人のご婦人が、やってくるようになったのだった。

  聖書ってすごいのよ

玄関先で何事かと話を聞くと、我家の健康状態はどうだとか、最近病気はしないかとか穏やかだが、随分不躾な質問をするのだった。いったい用件は何だと訪ねると、こんどは聖書に興味はないかときた。

話し相手になってやると、毎週のようにやってきた。そして、次第に論戦を挑んでくるようになり、面白いので私も相手になってやった。すると、今度は上司らしい男性を連れてきて、やんわりと勉強会に来ないかと誘うのだった。

宗教には興味ない、もう来ないでほしい、と断って帰ってもらった。しかし、それからもしょっちゅう来るようになったので、ついに私の堪忍袋の緒は切れてしまった。

「相手になってやればいい気になって、あなた方は相手の気持ちが理解できないのか?もう二度と来ないでほしい。今度来たらバケツ一杯の水を容赦なくぶっ掛けるからそのつもりで、他の仲間にも言って置くように。

それから、不在の時に郵便受けにゴミのようなチラシを入れて置くのも止めてくれ。分ったら、回れ右して、とっとと帰れ!」と畳み掛けた。

このエホバの証人は、ロシアでは過激派集団として活動禁止、解散という最高裁の判決が下ったそうだ。

過激派というのは、思想が過激だという意味だと思う。つまり輸血を拒んだり、社会的に他の市民との交流を拒む点が極端すぎるということなのだろう。

そういえば、わが街の私立病院にも、こんな貼り紙がしてあった。

 受付で見た

『輸血を拒否する患者』とは、あの連中しかいないだろう。

過激派とは、英語で extremist people つまり、過激主義者、あるいは極端論者と言い換えることが出来る言葉だ。

彼らは当然、隣近所のお葬式も手伝うことはないし、顔も見せようともしない。



高齢者を人殺しにするな!

2017年04月22日 | 社会観察
毎朝の通勤途中で見かける小学生たちの通学風景は、やはり小さな新1年生達に目がいってしまい、初孫なっちゃんのことが気に掛かる。

カミさんの話では、「楽しそうに行ってるみたいだよ。ひらがなの書き方をやってるみたい。」ということだったが、私は行き帰りの交通事故が気がかりになるのだ。

いくら田舎とはいえ、道路を走る車を運転する者が皆歩行者の安全を気遣っているはずがない。スマホでゲームをしながら運転したり、ボケ始めの高齢者が運転していたり、いくら自動車に安全装置を増やしたところで、事故は毎日のように発生しているではないか。

昨日も老婆の運転する車が人をはねて殺したようだ。記事を抜粋してみよう。


『埼玉県入間市のショッピングセンターで、76歳の女性が運転する車が他の車や歩行者に次々に衝突した事故で、女性は「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と話していることが分かりました。

 21日午後8時ごろ、「イオン入間店」の駐車場で、76歳の女性が運転する車が前を走る軽乗用車に追突しました。さらに車は暴走し、近くを歩いていた市川よし子さん(53)をはね、駐車中の別の車にぶつかって止まりました。市川さんは頭を強く打って、搬送先の病院で死亡しました。

 また、運転していた女性ら5人が重軽傷です。その後の警察への取材で、この女性は「軽乗用車に追突した後、アクセルとブレーキを踏み間違えた」と話していることが分かりました。警察は、過失運転致死の疑いもあるとみて、女性の回復を待って事故の経緯を詳しく聞くことにしています。』

もうこの手の事故のニュースを聞いても、大して驚かなくなった。コンビニや商店に突っ込む事故などしょっちゅう起きているではないか。

  コンビニはいい迷惑

私は毎日JRの駅前に客待ちしているタクシー運転手たちを観察しているのだが、ざっと9割が白髪頭の高齢者のようだ。見た目は元気そうだが、私はああいうタクシーには乗る気がしない。

  怖い高齢ドライバー

さらに、私が毎朝見かけるたびに不安になるのは、横断歩道で黄色の旗を持って交通安全指導をしている高齢者だ。

小学生が横断歩道を渡る時、少し道路に出て、旗を掲げて子供たちが安全に横断するのを助ける、恐らくボランティアというタダ働きをしているのだろう。しかし、毎朝私が見る方は、立ち位置が変なのだ。

日本は車は左側通行なので、私が赤信号で止まって子供たちが横断歩道を渡るのを見ていると、その高齢者指導員は、交差点側に立って、旗を掲げているのだ。本来なら、車が停止している側に立ち、身を挺して子供たちを守る姿勢をとるべきなのだろうが、逆なのだ。

私は、ほぼ毎朝、運転席からこの高齢者を見ながら「アホか、この爺い・・・」と呟いてしまう。

 ボランティアだから?

高齢者が元気で働きたければ、社会に参加してもらうことは大変いいことなのだが、仕事を依頼する方は高齢者だからといって、ええわ、ええわに扱ってはいけない。

人手が足りないからといって、安易に外国人労働者を呼び込んでいる現状は、必ずいずれ厄介なことになることは、世界中に例があり、明白である。

高齢者でも仕事の指示はしっかりとして成り行きを観察する責任は使う側にある。そして、使われる側は、甘えることなく、責任感を持ってやり遂げる姿勢が必要である。

社会も、お年寄りだから大目に見ようなどとすることは絶対に禁物である。事は人の命に関わるのであるから。

若いのに範を示せ

2017年04月14日 | 社会観察
電車通勤になって暫く経つが、朝も帰りも当然赤の他人ながら、馴染みの顔が何人かできてきて、姿が見えない日は、「アレ?今日はあの人有給休暇でも取ったのかな?」などと、いらぬ心配などするようになってくる。

中でも女性の着こなしなどは、個性があって、しかも季節の変化に応じて着る物も少しずつ変化する。そんなところを観察していると、混んだ電車でも案外電車通勤というものは乙なものだと感じるようになるから面白い。

大体片道35分の通勤時間なのは、シンガポールに赴任していた時の地下鉄(といっても地上も走るが)通勤時間とほぼ同じせいもあるだろうが、当時を思い出して今と比較してしまう。

このブログにも以前書いたような記憶があるが、シンガポール時代、私は生まれて初めて電車で席を譲られるという経験をして、しかもそれが一度や二度ではなく、何度となくあったので、私はそんなに老けて見えるのかしらん、と心配になったものだった。

シンガポールだけでなくこの制度は台湾も同じで、何度も訪れた台北の地下鉄でも「博愛座」と表示された優先席があり、席の色も他とは違っていて、誰でも外国人でも簡単に理解できる制度だった。

  照れ臭い名前だが。

私は、毎朝の通勤電車で、この優先席が空席ならためらわず座ることにしている。ただ、もしも優先すべき乗客が乗ってきたら、すぐにでも立ち上がろうという覚悟を持った上で、堂々と座っている。

座っていて、やはりシンガポールや台湾のときの光景を思い出して、比べてしまうのだが、これにははっきりと違いがあると感ずる。

  JR東海の優先席

それは、日本の電車ではほとんど目にしない優先席に座っていた人が、立ち上がって席を譲るという光景を、シンガポールや台湾では結構頻繁に目にしたことだった。

私の電車の利用頻度から見ても、日本ではかなりその確率が低いのではないかと推察してしまう。同時に、それはなぜなんだろうかと、「なぜなぜ」分析を始めてしまうのである。

  見てみぬフリ

シンガポール時代、何度か私が経験して少し驚かされたのは、私とそれほど大差ない世代と思われるご婦人に席を譲られたことであった。

そのご婦人は、下車される時立ち上がって、少し離れたところで吊革にぶら下がっていた私の袖を引っ張り、「私は降りるから、あなたここにお座り」という素振りで、席を譲ってくれたのだった。

そこまでされると、無下に断るわけにもいかず、礼を言ってから座ったのだが、やはりその後「なぜ自分なんだ?」と、首を傾げてしまったのだった。

台北旅行の時も、空いた席がない状況の地下鉄に乗った際、高校生くらいの若者がサッと立ち上がって席を譲ってくれることがあったが、私はシンガポール時代の学習経験があったので、素直にほほ笑んで「シエシエ」な~んて礼も言えるのだった。

この両国と日本を比べると、その違いは教育に起因するのだろうか?それとも民度の違いなのだろうか?道徳観?宗教観?・・・

特に外国の電車で車内放送を通じてしつこく訴えているわけでもなく、国を挙げてのキャンペーンを張っているわけでもないのに、この差は何なのだろうか。

行き着いた私の結論は、日本の大人に原因がある、ということだ。

若者を、ケシカランと責めるのは容易だが、その前に大人たちが若者たちに模範を示す必要がある。言葉だけでなく、行動でもって垂範してみせることがなさ過ぎる。

電車の優先席に座って、スマホでマージャンゲームに興じているいい大人は、見飽きるほどいるではないか。白髪頭の高齢者が乗ってきたら、サッと立ち上がって席を譲って見せなさい。

言われた高齢者も、素直に礼を言って席に着きなさい。そういう光景を一度でも目にすれば、若者から若者に次第に伝染していくことだろう。

・・・と思いたいが、如何だろう。

新・一億総白痴化百景

2017年04月13日 | 社会観察
ウィキペディアによると・・・

『一億総白痴化とは、社会評論家の大宅壮一が生み出した流行語で、「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いの言葉である。』そうだ。

そして、その原点は、週刊東京の論評で・・・

『テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億白痴化運動』が展開されていると言って好い。— 「週刊東京」1957年2月2日号「言いたい放題」より』

この『一億白痴化』の中程に「総」がつけられて広まり流行語となったのが『一億総白痴化』であるそうだ。

それから60年近く経って、一億人が全員白痴になったとはいえないだろうが、それにかなり近い数が予言通りになったのではなかろうか。決して突拍子も無い、デタラメを言った言葉ではないことだけは確かだと言える。

数学者の藤原正彦氏は、子供のうちは何が何でも母国語の読み書きと、ソロバン(算数)に力を入れて教えるべきで、英語などとんでもないと喝破する。

さらに、子供のうちはなるべくテレビを見せてはいけないとも。目から入る映像は刺激が強く、思考する力が養われないのだ。

地上波テレビ番組の劣化は加速度を増しているようだ。

さらに、テレビ以上に国民の脳を劣化させつつあるのが、スマホだと思う。毎日の通勤電車で観る光景は、その白痴化状況を充分すぎるくらい物語っている。電車を待つ乗客たちはみんな首を30度くらい前に傾け、スマホを持つ手の親指を器用にコソコソ動かしている。

  白痴化光景その一

高校生や十代の若者ならまだ許せる。しかし列の中にはハゲ頭のオヤジや、禿げていなくとも、白髪が目立ちすぎるジジイがスマホに夢中になっているのには相当イラつく。

列が進み始めたのに気が付かなかったりすると、後ろにいる私は、靴を脱いでジジイの後頭部を引っ叩きたくなる衝動に駆られる。スマホで何をしてるかと見ると、マージャンゲームだったりするのだ。

こんな風だから、電車に乗ってからもその光景は続く。

  白痴化光景その二

ひと頃、ネクタイ姿のビジネスマンが電車に座ってマンガ本など見ていると、よくテレビのご意見番などが、「まったく最近の若いビジネスマンたちは・・・」などと苦言を呈したものだが、スマホの場合は、老若男女すべて例外なしだから不気味だ。

お陰で、最近の私は帰りの電車内で座ることができた時は、向かい側の光景をシゲシゲと観察するという、『楽しみ』ができたようだ。

  白痴化光景その三

スマホのお陰で、インターネットを利用すれば、知りたいことはほとんどすべて、知りたい時にその場で調べることが可能となった。それではその分人間は利口になった

スマホは、その便利さ以上に、脳味噌を腐らせるようなもっと大きな弊害を助長する仕掛けがある。その仕掛けがもたらす刺激は子供だけでなく、分別ある大人をも白痴化するようで、これは現代の麻薬であると言えよう。

お天道様のお導きか。」

2017年04月11日 | 社会観察
ジャガイモの不作で、ポテトチップスが生産できないらしい。

今日のスーパーやコンビにではこのジャンクフードの買占めが起きることは、ほぼ間違いないだろう。

  体に毒は承知之介


このジャンクフードは芋の粉と同時に油を舐めているのと同じだから、食べ過ぎれば体にいいわけがない。しかし、一旦口にすると後を引くから困る。

台風を直撃させて、北海道のジャガイモ畑に被害を与え、ここらで少し日本人のポテチ好きを見直させよう・・・。

お天道様がこう考えての結果がいま起きていると思えば、お天道様に向かって頭を垂れるべきなのだろう。

小池、小池と充分騒いだのだから、ここらでコイケ屋さんも一息ついてくださいな。

すさまじきもの・・・前に座った女子社員

2017年04月09日 | 社会観察
先週は、通勤電車の中で明らかに新社会人だなあと、分る格好の男女がかなり目立っていた。いわゆる、濃紺や黒のリクルートスーツをまとっていて、髪型もキチッと整え、バッグも見るからに新品である。

私のバッグと思わず見比べて、「ああ、このバッグを買ったのはもう12年前になるかなあ」などと、過去を振り返ってみるのだった。

その日は入社式なのだろうか、みんな少し緊張気味に見えるのだが、仕事への期待に胸が膨らむ様子が手に取るように感じられ微笑ましかった。

  初々しさも僅かなり


恐らく、次の日からは新入社員研修なのだろう、帰りの電車の中では、その日に受けた講習の資料らしきものを熱心に復讐する新人社員たちがいた。

そして、さらに数日立つと、会社の雰囲気にも慣れたのか、新たな配属先でのOJTが始ったのか、帰りの電車の中で、同僚社員と活発におしゃべりする女子社員がいた。

そして、金曜日となった。

5時50分発の電車は、立錐の余地もないほど混みあっていたが、数駅過ぎると席も空いてくる。私は遠慮せず空いた処に尻を押し込んで座ると、反対側の席にはいつも一緒になる例の女子社員たちがいた。

なんだか少し疲れているようで、小声でボソボソおしゃべりしていたが、決して楽しそうな雰囲気ではなかった。まあ、期待が大きいと、失望度合いもその分大きくなるから、会社なんかそんなもんだよ、とアドバイスしたかったが、私はただ二人をそれとなく眺めていた。

しかし、どう見ても週初めの、あのハツラツとした面影は見られず、若々しさなど微塵も感いられない。なぜなのか、と思ったら、理由がわかった。

それは、彼女たちの座り方だった。二人とも、スカートから出た二つの膝小僧が左右15cmほど離れているのだ。別に卑猥な目で見ていたわけではないが、あの格好は実にだらしなく見えて、興ざめだった。

清少納言なら、きっと『すさまじきもの 膝をはなしてすわりたる女。』とかいう書き出しで、リズミカルな文章で鋭敏に摸写することだろう。

私は、「お嬢さんたち、その格好、お里が知れますよ。」

こう一声掛けたいのを堪えるのが大変だった。

塩取るな やれ薬飲め 魚食え

2017年04月09日 | 社会観察
医者の勧める薬は、処方箋がないと金を払っても売ってくれないので、月に一度は行きたくなくても、その処方箋欲しさに町医者に掛からなければならない。

その度に、40分から1時間ほど待合で、咳き込む年寄り達や、嫁さんに連れられた老婆などと一緒に順番を待ち、名前を呼ばれたらカーテンで仕切られた診察スペースに入る。

「どうですか?」という、いつもの町医者のPC画面を見たままの問いかけに、「特に何も・・・」などと答えると、お体裁程度に聴診器を胸に当てたり、浮腫はどうかな、などと呟きながら私の足首をつまむ。

カルテ代わりのPC画面に何か入力してから「じゃ、いつものようにお薬出しときますね。」と言って約1分間の診察は終わる。

ここまでなら、まあ何とか我慢できるが、その後白衣に身を包んだ薬剤師どものいる薬局に行ってまた待たされるのは、いつもウンザリさせられる。

血圧を下げる薬だの、血液をサラサラにする薬だの、果たして本当に飲み続ける必要があるのかどうか、行く度にどうも腑に落ちないところがある。それは、多分そのときは何の自覚症状がないからなのであろう。分ってはいるが、腑に落ちない。

  40分待って1分診療

職場が変わって電車通勤になったので、前の晩に youtube の動画いくつかの音声を i-pod にアップして、通勤電車の中で聴くのが実に有意義な時間で、一日で最も充実した時なのだが、最近は中部大学の武田邦彦さんの話が大変興味深く、毎日欠かさない。

先日の動画は聞いていて、思わず『ほうぉ~!』と声を出してしまった。

それは、長野県の話だった。長野県は、長寿日本一の県だそうだ。しかも、男女ともである。平均寿命は男性が80,8歳、女性は87.1歳でいずれも全国平均よりも1歳も長生きであるというから驚く。

山ばかりで海はなく、夏暑く冬寒い。海がないから新鮮な魚介類はふんだんに手に入らないだろう。山あり谷ありであるから、坂道も多いだろう。

なのにどうして長野県は日本一の長寿県なのだろうか。

コンビニやスーパーが少なくて、食品添加物の害を免れているだとか、高地なので気圧が低くそれが影響してるとか、野菜ばかり食べているからだとか、まあ学者はいろんなこじ付けをするようだが、武田さんの示したデータは興味深いものだった。

それは、老人医療費として一人当たりが一年に費やす金額だった。

長野県はそれが67万円で全国で最も少ない。因みに、全国でトップだった福岡県は、それが102万円だった。その差は35万円で、この差は驚くほど大きい。

更に、それに関連して、長野県には老人医療専門医の数が全国で一番少ないのだそうだ。

武田さんに言わせると、『以上のデータから言えるのは、もしかして「医療が病気を作っている」または「治療が寿命を縮めている」のではないか、ということだ。』

【老人医療が寿命を縮めている】【老人医療を推し進めると、長寿にならない】

データからはこう読み取れるわけだ。

ここまで聞いて、私は「医は算術なり」と考える医者がウジャウジャいる昨今、しかも専門馬鹿の医者ばかりで、ジェネラリストがいなくなった昨今を思い浮かべてみて、なんとなく分る気がしたのだった。

最期に、武田さんは取って置きのデータを示してくれた。

それは、食塩の摂取量のデータで、長野県の男性の一日当たりの食塩摂取量は、12.6gで全国2位。女性は、11.1gでなんと全国1位なのである。

厚生省は、それをいくつにするよう勧めているのか。 

  減塩?何それ?
 

6g以下なのである。

長野の名物、野沢菜漬けはお茶受けに最高だが、非常に塩辛い。毎日ああいうものを食べている長野の老人が全国一の長生きをするというのだから、医者や役所の言うことなど信じられなくなってくる。

血圧を下げる薬は絶対に欠かさないように、などと私も耳にタコができるほど言われているが、それが癌を引き起こす危険はないんですか?など聞ける雰囲気ではない。

態度にこそ出さないが、私が処方箋を出してもらう若い町医者は、「言われた通り、出す薬を飲んでいればいいんですよ。」と言いたげだと察する。

「いったい、どこから一日6gという数字は出てきたんですかね?」