気分転換

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日常を気楽に綴っています。

台南市と台南市からのお客様

2023年08月02日 | 台湾

昨日の雨のお蔭か今朝は少し涼しく感じたのに
日中はまたまた気温がグングン上昇、外に出られぬ暑さになりました。

 

続きの台南の旅を思い出しながら・・・

台南には2014年11月に訪れているので2度目になります。

上の孫が3歳、まだ下の孫が生まれる前の事でした。

街を歩きながら何となく記憶が蘇ってきましたが忘れている事もありました。

台南はとっても良い所です。

郊外の農業地域は広々と日本の田舎の風景と似ています。

市街地は洗練された都会です。
おしゃれな若者の姿が目につきました。

古い歴史的な物と新しい近代的な物とが調和された街
日本に例えると京都のような存在かな?と思っています。

台南に「永盛帆布」という帆布のバックを
手作りしている有名なお店があると知りました。

お土産に買って行こうと街を散策しながらお店を目指します。

その前にお昼ご飯が食べたい・・・

朝が早く、ホテルでレストランのバイキングを
急いで食べて出かけたのですが既に午後2時を過ぎています。

本当は台南の名物とかお薦めのお店があるのでしょうが
うかつにも調べていませんでした。

時間も中途半端になり地元の食堂らしき店が目に入りません。

仕方なく・・・
三越のレストラン街で「日式とんかつ店」に入りました。

食べ慣れたとんかつ定食です。

「の」のなるとが載っていた茶碗蒸しも日式かな?

食器も湯呑とか和風。

小さなすり鉢でゴマを擦りながら出来上がりを待つのも
日本のとんかつ屋さんと同じです。

 

お腹も一杯になりグーグルマップで帆布のお店を探します。

大通りに面しているので複雑ではないと思ったのですが
何となく方向が心配になってきました。

信号待ちをしていた時に夫が前に立っていた若者に
「ここに行きたいのですがどの道ですか?」と聞いてみました。

勿論喋れないので今回は文明の利器を持って行きました。

もう中国語の習得は諦めて翻訳機を使う事にしました。
(我家が買った翻訳機を後で紹介します)

その青年・・・とっても親切で
直ぐに自分のスマホで場所を確かめて
「案内しますから着いてきてください」と
お店まで連れて行ってくれました。

良く海外から日本に旅行に来られた方々が「日本人はとっても親切」と
ネットで見ますが、台湾の方も親切な方が多くて安心して旅が出来ますよ。

聞いたところから1キロくらいは距離があったと思います。

暑い中本当にありがたかったです。

途中で「用事があったのでは?」と聞いた所
「暇だから大丈夫」と翻訳機に言っていました。

やっとお店に到着し感謝の言葉とお礼を言ったらば
スマホの翻訳機能を使い見せてくれた所に書かれていたのは・・

「楽しい良い旅をして下さい」と日本語で。

何ていい子でしょう~大学生20歳くらいに見えました。

便利な時代になったものです。

お店は一軒だけ昔からの歴史ある建物で目立ちます。

職人さんが工業用のミシンを使い店先でバックを縫っています。

ポシェットやショルダーバックなどいくつかお土産に買い
お店を出るとそこは前に来た所でした。

右に「林百貨店」が見えます。

写真真ん中にある「林百貨店」は日本統治時代に建てられた物で
2014年6月にリフォームされて再オープンしました。

その年の11月に訪れたのですがあれから約10年、テナントは変わって
いましたがコロナ禍まだ続いていた事にほっとしました。

本当は台南の見所をもっと回りたいのですがタイムリミットです。
疲れたので帰りはタクシーで新幹線の台南駅まで行きます。

新幹線が出来て便利になった台湾ですが、駅は在来線に直結していない所が多いです。

ここも随分と離れた所に新幹線の台南駅はあります。

タクシーで30分くらいかかりました。

朝はのんびりと在来線を乗り換えて約4時間かけて来ましたが
帰りは新幹線でサッと帰ります。

高雄(左営)・台南・嘉義・雲林・彰化・台中・苗栗・新竹・板橋・台北と北上します。

オープン当時より駅が増えました。

乗った時には空いていて心配しましたが
(利用者が少ないのではないかと)
台中を過ぎると席も埋まって来ました。

新幹線の窓からは広々としたサトウキビ畑。

パッケージはお馴染みの新幹線ハーゲンダッツ。

ですが・・・

文字は英語と中国語なので台湾の工場で作られているハーゲンダッツだと思います。

ゆっくり食べている間に苗栗駅に到着。

ここで在来線に乗り換えます。

ここも駅が一緒ではありませんが隣接しているので便利です。

この日は疲れたので帰りに娘の家に寄らずにホテルに直帰。

早目に就寝・・・

翌日は4年ぶりに親戚の皆さんとの食事会があります。

 

これは後日談なのですが、娘と孫と一緒に帰国した直後に
手伝っている実家の古民家カフェに台南市からのお客様がみえました。

台南市と群馬県前橋市は姉妹都市の関係との事です。

そこで自由に行き来できるようになった今、赤城高原サービスエリアにて
台湾フェアーが開催されたようです。

マンゴーが箱ごと飛ぶように売れたとか
ネットのニュースを娘が見たようです。

そこに台南市からいらしたのが

ご夫婦です。

奥様は日本語が出来ます。

後から娘婿に聞いた所二人とも以前に
台南市の議員さんをされていたようです。

フェアーの合間か終わってからかは分かりませんが
ここ埼玉県本庄市の方とも懇親会があるとの事で
ランチに市役所の方と一緒にこられました。

前日に連絡があったので夜に急いで作った歓迎の印・・・

プライベートと言う事でしたのでざっくばらんなお出迎え。

娘と孫も動員です。

中国語で通訳兼話し相手を務めさせていただきました。

事情を知らない市役所の方
「子供が中国語ペラペラだよ~!」って目をまん丸くし驚いていました。

孫娘はすっかり打ち解けて名刺まで頂いていました。

大騒ぎで写真撮影していたらお客様(男性一人で来店中)に
「撮りましょうか?」と手伝って頂くことになりました。

お礼はケーキを・・・

先日行ってきたばかりの台南市の方と思わぬ日台交流の出来事でした。

市長のフェイスブックに林百貨店に本庄市のマスコットキャラクター
「はにぽん」が登場と書かれていました~

秋ごろかな?

 


八田与一記念公園や烏山頭ダムなど

2023年07月28日 | 台湾

毎日暑くて汗だくな日々を過ごしています。

涼しいエアコンの効いた部屋で1日中過ごしたい所ですが
お店の他にも何かと用事があり涼んでいられません。

    

4年ぶりに訪れた台湾の記録を
早く残しておかないと忘れてしまいそうです。

台湾に行き始めた頃に知った「八田与一さん」

台南地方をダムや水路の建設により
台湾最大の穀倉地帯を作り上げた偉大な日本人です。

数年前に記念公園が整備され観光しやすくなったようです。

訪れる日本人観光客も多く、
行かれた方のブログなどを拝見すると交通の便が余り良くなくて、
今まで高齢者?二人で自力で行くのを躊躇っていました。

今回は下調べをじっくりしてたどり着きました。

暑い季節なので最寄の「隆田駅」からはタクシーをチャーター。

運転手さんも慣れたものスマホの画面に日本語で「2時間1000元」
と書かれています。「OK!」

さあ!出発です。

と言っても言葉は通じません。

でも大丈夫、行先は決まっていますから・・・

運転手さんの喋れる日本語は
「堤防、マンゴー、れんぶ、ダム、水路」の5個でした。

堤防が見えると「堤防~」と教えてくれます。

記念公園の入り口では運転手さんたちの秘密?のマンゴーがあります。

熟しきった甘いのを頂きました。

「マンゴーどうぞ食べて」と言ったのだと思いますが
マンゴーしか聞き取れませんでした。

二期作の稲の刈り取りが始まり一部には水を貼り池のような田んぼがあったので
「あれはレンコンですか?」と聞いた所「違う・・・」

どうやらこれのようです。「菱の実」

これは2014年に行った時に食べました。

初めて見てインパクトが強く、日本には無い?ので
バイキンマンのような面白い形を良く覚えています。
その時買った屋台には「焼土豆」と書かれていたようです。
(過去ブログから)

栗のようで、豆のようでホクホクでとっても美味しかった。

最初に着いたのは・・・

この中にはダム建設の歴史が映像で見られ
年表などから時代背景なども分かる展示がありました。

稲作や菱の実などの作物の説明など

外にはダムから水を送った旧送水口があります。

ダム放流の際には非常に激しい勢いで水が噴き出す事から「珊瑚飛瀑」と呼ばれています。

ここは悲しい出来事があった場所です。

このダムを建設した八田技師は太平洋戦争に徴用され船でフィリピンに向かう途中
1942年アメリカの潜水艦に撃沈されこの世を去りました。
そして1945年妻は夫が心血を注いだダムの放水口に身を投げて後を追いました。
まだ45歳でした。

虹の吊橋に行ってみます。

吊橋の下は溢洪道となっていてダムが溢れる時には事前にこちらから
水を逃がす水路になっています。

場所場所で運転手さんが「ハイ、そこに並んで立って」と多分・・・
スマホのシャッターを押してくれます。

余り写りたくないのですが・・・

 

次に烏山頭ダムサイトへ移動します。

1920年から1930年までの10年間をかけて竣工されました。

観光の遊覧船もありますがこの時期殆ど観光客はいないので停泊したままのようでした。

上空から見ると緑色の珊瑚の様に見える事から「珊瑚譚」と呼ばれています。

とっても美しいダムです。

 

暑くなければこんなに見所があるようです。

良い季節にタクシーではなく歩いてのんびり散策するのも楽しいと思います。

運転手さんが夫に「ここに座って~足を組んで手はこうにして~」と多分・・・
ポーズをつけさせました。

これって・・・

次に行った銅像のポーズ?だったのでしょうか~

いよいよガイドブックやネットで沢山見た八田さんの銅像の所へ案内して貰います。

 

見えました。

八田技師の偉大な功績を称えるためにパートナーたちと現地の農民が出資して
この銅像を鋳造したのだそうです。
ダムの一番高い所で八田技師が一生をかけて成し遂げた
ダムのきれいな景色が眺める事が出来る場所に置かれました。

(数年前にこの銅像が壊されるという残念な出来事もありましたが
現在は再建されていました)

後ろにはご夫妻のお墓があります。

日本式の墓石ですね。

 

次に案内して頂いたのは・・・

日本からダム建設のために行っていた方が住んでいた宿舎が
一部整備されて記念公園になっています。

そこには八田邸、市川邸、田中邸、赤堀邸、阿部邸、と名付けられ
再現されています。

当時の雰囲気が感じられます。

市川邸はラーメン屋さんに・・・

残念ながら、この日は「本日休業」

 

ご家族は二男6女。

ご両親は残念ながら若くして亡くなられました。
お子様たちは苦労もあったと思いますが
それぞれに皆立派に成長されたようです。

お孫さんが現在日台の懸け橋として活動されている方もいるようです。

裏庭には奥様の像。

ここを最後にタクシーは隆田駅に戻ります。

2時間1000元の契約ですが暑くてのんびり散策も出来ないので
結局1時間半くらいで戻りました。

時間は短くても最初の契約通りの料金です。
まあこれは仕方ないですね。

春には桜が咲く桜並木や建設の際に使われた蒸気機関車など
まだ見所はありそうですが今回やっと行けたのでこれで満足です。

隆田駅からは電車で7駅の台南駅まで移動しました。


八田さんに会いに台南までの鉄道旅

2023年07月01日 | 台湾

日本ではあまり知られていませんが、
台湾では教科書に載ったりアニメ化されたり映画にもなったりした
有名で最も尊敬されているという日本人の方がいます。

その人は八田與一さん(常用漢字では与一さん)(明治19年∼昭和17年)

日本の水利技術者で台湾南部の不毛の土地にダムや巨大水路網を設計建設し
台湾の農業開発に大きく貢献された人です。

戦前の台湾で10年もの年月をかけて作った東洋一の烏山頭ダム

現在はそのダムと周辺が整備され記念公園として観光地にもなっています。

多くの日本人も訪れているようですが交通の便が余り良くなく
鉄道やバスをを乗り継いで行かなくてはなりません。

前から一度は行ってみたかったのですが中々機会がなく
今回やっと行くことができました。

行き方や時間を綿密に調べ、行かれた方のブログから
暑さに耐えられて楽に回れる最寄り駅で
タクシーをチャーターする方法に決めて出発しました。

行きは特急自強号から在来線に乗り換えて約4時間の鉄道旅、
帰りは新幹線から在来線に乗り換えて帰りました。

ツアーでの台湾旅行では必要ありませんが個人旅行で
鉄道を利用するのに便利なのが「悠游カード」
(発音は正しくないかもしれませんが、「ゆうゆうカード」と言っています)
日本の「Suica」と同じで駅やコンビニで買えます。

改札でタッチして入れるので自販機で切符を買わなくても良いのが楽です。

今回は在来線に乗る時に使いました。

 

今回の行先は台南にある烏山頭ダム。

赤丸の所です。

7:55発の特急で乗換駅の嘉義駅まで2時間15分あるので座席指定を取りました。

目的地の隆田駅は乗り換えてそこから7駅目です。

お天気で暑そうです。が・・・いざ出発。

座席の間隔が広くて楽です。

台湾には島の真ん中に山が連なっています。

阿里山山脈(最高峰2663m)を構成する山々は23、どれも2000mを越える山々です。

上の地図の右側でくねくねし巻いている路線図がありますが
阿里山森林鉄道です。
日本統治時代に1906年から工事が始まった森林開発のための鉄道でしたが
今では世界中から人の集まる観光地となっているようです。

次にチャンスがあったら是非行ってみたい場所です。

でも驚くことに台湾には富士山よりも高い
玉山(3952m)が中央部に聳えています。

明治天皇が名付けた当時は「新高山」と呼ばれていました。

「ニイタカヤマノボレ」の暗号文は有名です。

そんな山々を電車の中から眺めながら南下していきます。

車窓の景色も田んぼの稲の色が段々と変わって
台南に近づくと1度目の刈り取りが進んでいました。
(台湾は2期作なのでもう一度田植えがあります)

地平線からどんどん湧いて来るような雲でした。

嘉義駅で特急から在来線に乗換えます。

在来線の中は広々。

自転車も一緒に乗せるためのようです。

ホームを自転車を転がしながら歩いている人を見ました。

ここから7駅目。

平日の昼なので空いています。

楕円の窓から景色を楽しみながらのんびりした鉄道旅です。

中学と書かれていました。

台湾はお寺と学校(教育施設)はとても立派です。

車内の座席の配列はこんなです。

優先席は赤、日本のような仕切りが無いので解放感はありますが
横向きの方が目の前に居るのはちょっと違和感。

目的地の隆田駅に到着しました。

景色を見ながらの鉄道旅は中々良かったです。

因みに・・・台湾でもマスクは個人の自由意志となっていますが
電車内での使用率は100%。

日本よりも外している方が少ないです。

駅前からは公共交通機関を使うとバス路線しかありません。

バスを乗りこなすにはハードルが高いので今回はタクシーを利用します。

今は観光シーズンではないので運転手さんたちが暇そうにたむろしていました。

日本人観光客には慣れています。
スマホの画面に日本語で「2時間1000元」
と書き込まれているのを提示されました。

「OK~」

調べて行ったのは90分800元が相場という事でしたが
そんなにボッてもいないのでお願いしました。

次回に続きます。


台湾で見た花や植物など

2023年06月29日 | 台湾

6月の台湾は既に真夏の気候。

湿度も高いので観光地巡りは余りお勧めできない季節です。

なのでもっと花や畑の野菜などご紹介したかったのですが
外歩きは最小限になってしまいました。

1日は日帰り電車旅に出かけたのでその時や近所の公園などで
見かけたのを撮ってきました。

その写真をパソコンに取り込み、グーグルレンズで
名前をわかる範囲で調べてみましたが・・・
初めて見た名前ばかりで馴染みがありません。

亜熱帯・熱帯で栽培されている植物が多く
季節柄沖縄では同じような花がみられるようです。

 

あちこちで一番多く見かけました。

鮮やかな赤が目を引きます。

垂れ下がったさやの中に豆が入っているのでしょうね。

ホウオウボク(マメ科)

 

青が涼しそうです。

デルフィニウム

 

公園や垣根などで見かけました。

今、満開で暑い所では赤い花が多いのでしょうか。

サンタニカ

 

インドソケイ属(プルメニア)

 

近所の公園で日よけになっていました。

ツル性なので植物の屋根として使われ
下にはベンチがあり休憩所になっています。

ベンガルヤハズカズラ

 

南国の景色。

ヤシの木

 

そして・・・

台湾と言えば、いまが旬なので
こればっかり強調してしまいますがマンゴーです。

初めて木を見ました。

マンゴーの木が自然にしておくと
こんなにも大木になってしまうとは知りませんでした。

良く見ると実が付いているのでマンゴーの木と分かります。

これは記念公園の入り口に街路樹の様にありちょっとビックリ。
マンゴーは栽培されている物だと思っていたので。

熟せば誰が採っても良いみたいです。

こちらはその近くで栽培されていた物です。

だいぶ色づいて袋がけしてありましたのでそろそろ収穫できそうです。

この袋がけしてあるマンゴーは今の時期、電車の中からも沢山見かけました。

テレビで宮崎県のマンゴー「太陽の卵」の栽培の様子を見ましたが
温室で一つ一つ吊り下げられ収穫まで大事に生産されていました。

台湾ではこんなに手の届きそうな所に無造作に生っているマンゴーです。

太陽の卵は高くてとっても買えませんから味を知りませんが
台湾マンゴーもそう変りない位美味しいと思います。

でも中々気軽に買えるほど日本に輸入されてこないのが残念です。

 

最後に・・・近所の公園を歩いていたら頭の上で
うるさい鳥の鳴き声が聞こえてきました。

良く孫が「台湾にはカラスがいないの」と言って
家の庭でも見かけるカラスを珍しがります。

そういえば日本のようなカラスは見た事がありません。

この鳥はカラスの様な大きさは無く、ヒヨドリくらいです。

身体はカラスの様に黒くてくちばしと足が赤いのが目立ちます。

調べてみたら見た目通りの名前が付いていました。

ベニハシガラスと言うようです。


台湾のスーパーで買い物してみました

2023年06月26日 | 台湾

孫たちが明後日から日本の小学校に体験入学をさせて頂くので
学校や教育委員会などに手続きに行ったり、持ち物などの
準備をしています。

楽しみでもあり不安でもあり・・・

日常会話はだいたい大丈夫なのですが下の孫(小2)は
読み書きが余り出来ないので日本語に興味を持ちはじめる
良いきっかけになっています。

    

台湾滞在中にスーパーに買い物に行ってみました。

下の孫の出産時に1ヶ月手伝いに行ったのがもう7年も前。

何度も買い物に行っていたスーパーです。

市場で買えばもっと新鮮で安く買えるのですが言葉が出来ないので
買い物はしゃべらなくて買えるスーパーとコンビニ。

台湾では日本の商品はだいたい欲しい物が買えますが
今は特に円が安いのでどの商品も高いです。

何枚かを撮ってきました。

価格を今日のレートで日本の金額に計算してみると日本の物はやっぱり高いですね~

買い物に行く道すがら近所の家にバナナが普通に生っています。

入ると直ぐに目についたのがやっぱり今が旬のマンゴーです。

下の段、バラのは一つ29元。日本円で約133円

なら毎日でも買いたい・・・

その上の段、美味しい愛文マンゴー4個入り

109元、日本円で約501円。買いたい・・・

一番上のなんて値下げシールが貼ってある

77元約354円。買いたい・・・

果物天国台湾ですね🇹🇼

安いのはここまで。

 

日本のカレールーは沢山ありました。

ハウスバーモンドカレー 
(黄色いラベルがあるのでお買得品だと思いますが)

91元、日本円で約420円。

キューピーマヨネーズ500グラム

165元、日本円で約762円。高っ!

台湾マヨネーズは甘いので日本人はやはり日本の物が良いようです。

ホットケーキミックス粉

95元、日本円で約437円

子供たち大好きでつい送ってあげたくなる品です。

乳製品は比較的高いらしい台湾です。

北海道の牛乳が並んでいましたが値段が分からなかったので
隣の台湾産の牛乳が

112元、日本円では約515円。
牛乳1本500円以上もするなら毎日ごくごく飲めませんね。

なので台湾では豆乳をよく飲みます。

洗剤アリエール、ボトルの液体洗剤が

169元、日本円で約777円。

どうしても日本の物をとは拘っていないようですが

やはり何となく安全安心、食べ慣れた日本製と思ってしまい
送料を考えたら高くても買った方が安いのですが
つい親心で色々送ってあげたくなってしまいます。

言葉が出来たら買い物も楽しいでしょうが
「話しかけないで~」と思いながらの買い物になってしまいます。

レジで必ず聞かれるのは「袋は要りますか?」と
「会員カードはありますか?」これは日本と全く一緒です。

珍しい物も沢山あるので主婦にとってスーパーは興味ある場所ですね。


4年ぶりの台湾

2023年06月23日 | 台湾

6月19日~23日の4泊5日で4年ぶりに台湾に行ってきました。

本日午後帰宅し荷物の片づけが終わった所です。

毎年、年に1度か2度は台湾の娘の所に行っていましたが
コロナで4年間ご無沙汰となっていました。

やっと空港での面倒な検査も無くなり
通常通りになった事で行くことが出来ました。

今回は娘と孫が一緒に帰国のため、合わせて初めてのLCC利用です。

シンガポールのLCC「スクート」は
ボーイング787、安定の乗り心地でした。

荷物の重量制限や食事なしテレビ無しでも台湾は近いので全然OKです。

行きも帰りも満席。

去年は空港がガラガラでしたが今年は人も動き始めています。

以前に戻り成田も台湾桃園も賑やかな空港でした。

着陸時は何故か機内照明がレインボー

夏の台湾は暑い・・・

ですが、果物が美味しい・・・

マンゴー、スイカ、ライチ、パイン沢山食べてきました。

またボチボチと記録にアップしておきたいと思います。


ロマンある話

2023年05月22日 | 台湾

昨日台湾に住む娘から写真とラインが届きました。

現在40歳、大学卒業してすぐに22歳の時に台湾に行きました。

なので既に台湾生活18年。

親元を離れたのが18歳の時なので娘と暮らしたのは18年。

同じ年月になりました。

18年前は今の様に便利な連絡手段が無く電話か手紙かPCでのメール。

手紙は時間がかかり電話は料金がかかり
部屋に無かったのでこちらからは掛けられません。

その頃の私はまだPCが使えず慌てて
娘とメールをするためにPC教室に通い始めました。

今はライン、フェイスタイム、チャットすっかり便利になって
顔を見ながら好きな時間に無料で会話できるのが夢のようです。

 

娘家族は街中のマンション暮らしですが
車で30分ほど離れた郊外の田園風景が長閑な所に暮らす義両親。

我家より少し高齢ですが働き者で同じように家庭菜園をしています。

野菜はお義母さんから頂くので殆ど買わなくて済んでいるようです。

そんなお義母さんが「畑で拾ったって」と写真がラインできました。

それがこれ!

「一銭」「大日本 昭和九年」と書かれています。

台湾は1895年(明治28年)から1945年(昭和20年)までの50年間が
日本統治時代でした。

昭和9年は私の母の生まれた年。

生きていれば今年89歳です。

約90年も前に作られた日本のお金をその時代に誰かが
ポケットに入れて畑仕事の最中に落としたのでしょうか?

あちらの義両親も戦後生まれですから初めて見た古銭だと思います。

多分、毎日家庭菜園の手入れをしていると思うので
今になって見つけたというのが驚きです。

娘も「ロマンあるね~」って・・・

 

因みに以前伺った時に家庭菜園の様子を見せて頂いた事がありました。

写真を見たら2016年2月。

見た事が無い野菜もありましたが殆ど日本と同じような野菜で
少しづつ色んな種類を作っていました。

暖かい国なので2月でも青々と元気が良かった記憶があります。

手入れが良いので雑草が少ないのは見習いたいです。

そういえば我家に来られた時に、見かねて畑の草むしりをしてくれてましたっけ

 

この畑で拾ったのかな?

 

 


台湾産パイナップル届きました

2021年04月24日 | 台湾

「中国の思惑に寄り台湾産のパイナップルが沢山余ってしまう。」

娘の居る台湾のニュースにはつい敏感になってしまいます。

日本とオーストラリアが救済を申し出たそうで何とかなりそう。

だと、いいけど。

台湾の美味しいパイナップル、今までなんと!90%を中国が買っていたって。

なるほど~日本では見かけなかったはずです。

今まで殆どがフィリピン産でしたね。

少しでもお役にたてばと思いましたが・・・

さて?どこで買えるの?

西友とイオンが輸入したとネットのニュースで見ました。

近くに西友はありません・・・

イオンも最近余り行ってないので・・・

楽天にネット予約しておきました。

娘に言ったら
「それって、いいのが届くかな~?お店の方がいいんじゃない?」

そうだけどこの辺ではまだ見かけません。

3月下旬に予約して4月中旬に届きました。

3キロという事で、箱を開けると大きいのが2個はいっていました。

台湾産 金鑚(きんさん)パイン 糖度18

普段パインなんて買わないので・・・

早速1個切ってみました。

二人で一度にはそんなに食べられません。

まず4分の1。

果物の酸味に弱い夫「スッパ!」

まだ甘みがのっていませんでした。

残りはラップをして冷蔵庫に。

もう少し熟成させてから食べればよかったみたいです。

食べるごと段々と甘さが増して・・・

台湾産のパインは真ん中の芯を取らなくても食べられると言っていました。

最初は無理でしたが数日後には本当に芯まで甘くなって。

到着から8日目。

熟成されて最初とは色もこんなに変わってきました。

食べごろです。と思います。

二人では食べきれないのでお店に持って行き
弟たちとお客さんの6人で一度に完食。

もう~甘くて果汁が滴り、こんなに美味しいパインは初めて食べました。

後でもう一度調べたら、金鑚パインはちょっと高級パインだったようで
お値段が高くなってしまいましたが美味しかったので良しとしましょう。

東京では八百屋さんなどでもみかけるそうですが
直ぐに売れてしまうと書かれていました。

良かったです。

今まで余り美味しいパインを食べる機会もなく
酸味が口に刺さり喉がイガイガするようなイメージでした。

まだこの辺りでは台湾産のを見かけていませんが
もし売っていたら美味しいので救済のためにも是非買いたいです。

中国の皆さん
こんなに美味しいパインが食べられなくなり残念ですね~


台湾の清酒工場に行ってみました

2019年10月02日 | 台湾

夫のお酒好きを知ってか、きっと興味があるのでは?と

台湾の清酒工場に案内して頂きました。

霧峰郷農会酒荘は「霧峰区農会」が経営しています。

農会とは・・・日本での農協の事らしいです。

従業員の方が説明してくださいましたが言葉がわからないので・・・??

これは、お米をどれ位精米しているのかの割合の説明だと思います。


試飲させて頂きましたが私には左の果実酒のような
甘いお酒が美味しく感じました。

品評会で入賞した時の事が展示されていました。

進物用のセットを買っていくお客様がいましたがかなりのお値段です。

「初霧」大吟醸は720mlで2200元(日本円で約8000円)
ですから高級酒になりますね。

 

展示コーナーには


そして、日本人の廣井忠夫さんという新潟の農学博士の方がこの地の米「香り米」を
活かした酒造りを指導されたとパネルが飾ってありました。
(文字が小さくて光ってしまったのでよく見えませんでした)

お米は台湾でも主食ですが日本と同様に近年消費量が減っているのだそうです。

そこで農会が地元の米を活かすために2008年にこの醸造所を設立したようです。

 

ここの売店ではお土産にお酒は買いませんでしたが
酒粕から作ったお菓子を買いました。

これが思いのほか美味しくてもっと買ってくれば良かった~~

 

そしてこの工場の裏手には元お医者さんの建物?を直して
歴史を展示しているような所がありました。




ガラスのアンプルに入った注射液(昔ありましたね~) 大日本製薬(株)

タケダベニオール 武田薬品工業(株)

台湾はどこに行っても過去の日本が垣間見えます。

こういった事を大事にして下っている台湾は日本人にとっては
とっても嬉しく感じられます。

ここにも年表や展示物が色々あったのですが日本語の説明はなかったので
意味がよくわかりませんでした。

ここに日本人が訪れる事は稀?無い?でしょうから日本語の説明はいらないのですね。

帰ってからもっと知りたいと思い検索してみましたが日本語で
説明されているのがありませんでした。

台湾の方の訪問ブログはいくつかあったのですが読めません~~!

細かく説明されています。→ 

 

 

ここの清酒工場と医院のある敷地は花がとっても奇麗です。

花と勘違いしていた所から白い可愛い花が咲くブーゲンビリアや
垣根になっているハイビスカス。

南国の花って感じです~~


そして孫もビックリ

これって、モンキーバナナでしょうか?

先っぽの花みたいな所面白いですね。

実の先に花のようなのが付いていますからその下に重なっている
花びらのような物にもこの先実が付くのかもしれません。

何処まで長いバナナの実になるのでしょう。

下につかないのかな? 

 

    

長くなるのでこの辺で次にしたいのですが中々台湾編が終われないので
最終日もまとめてしまいます。

帰りの便も午後なので11時のチェックアウトまでゆっくりと時間があります。

時間があるので折角の台湾、時間までどこか散策したいとこですが
暑さに気持ちが萎えてしまいました。

空港までタクシーを頼んだのでどこか観光できるところをフロントで
聞いてみたのですが新竹から空港までの間には「何もない」との答えでした。

そうなんです~~

新竹は観光地ではないのです。

あるのはサイエンスパーク(科学技術の会社が集合している工業団地)です。

今までも日本からの出張らしいビジネスマンを見かけましたが
今回はホテルも近所の居酒屋も日本人ビジネスマンだらけでした。

この場所でこんなに日本人に会ったのは初めてです。

想像するに・・・

今の韓国との情勢から仕事を台湾に切り替えている
企業が増えてきたのかなと思った次第です。

特に見学するところも思いつかず、暑いのでまた次回にという事で
時間までのんびり過ごしました。

朝食に行く前、平日なので道路の向かい側の小学校が
丁度登校時間のようです。

日本のように個人個人での登校や通学班登校などはありません。

小学校は必ず親の送り迎えが義務付けられているようです。

因みに娘はバイクにも車にも乗らないので
駅に近く、小学校が近い住まいにしました。

なので毎日下の孫を連れて徒歩で小学校に送り迎えしています。

ホテルの窓から校門(ここは多分裏門)を見下ろしていると
バイクに乗っての登校風景が見えました。

お母さん、お父さんがバイクで送ってきます。

お母さんの方が多いです。

台湾の子たちは小さい時からバイクに乗っているので
とってもバランス感覚がいいように思います。

特に親の腰にしがみつくような事もしていません。

3人乗りも普通にいます。

夜になると家族4人乗りというのも見かけます。

 

 

早めに着いた空港ではお昼ご飯を食べながら時間をつぶします。

台湾のB級グルメの定番を食べました。

本当は街のごはん屋さんとか夜市で食べると美味しいのでしょうが
中々食べる機会がないのでここで食べました。

 

台湾に行く時にはネットで早割の安い航空券を探すのですが
ここ最近は香港のキャセイパシフィック航空を利用していました。

なかなかお気に入りだったのですが今回は何度入ろうとしても
予約のできるページに入れませんでした。

よく考えたら7月だったので、今の騒ぎの影響が出ていたのかもしれません。

なので今回は台湾のエバー航空を利用しました。

ここは2度目です。

海外の航空会社は英語ができないのでちょっと不安なところも
ありますが最初に中国語、次に英語、最後に日本語の案内があります。

キャビンアテンダントの方も2人位日本人がいるのは安心です。

帰り、私は気が付かず乗り込んでしまいましたが夫が
「ピカピカの飛行機だったね」と言います。

車なら新車ですが飛行機は何というのかな? 新機?

「もしかしてこれじゃない?」

席に着き前のポケットに機種の説明がありました。

「これならすごいよ~」って夫が・・・

窓から外を見たら羽が反りあがっています。

「すご~い!やったね~!」

ちょっとウキウキ~~~

中もまだピカピカで座席の機能も前のポケットも使いやすくなっています。

真ん中と通路側だったので窓はよく見なかったのですが
あの眩しい時に下すカバーはなかったように思います。

何か新機能になっているのかもしれません。

行きは大変な事になりましたが帰りは順調。

空港に着き預けてある近くの民間駐車場の方が車を届けてくれました。

「まだ電気が通じなくて事務所が真っ暗なんですよ」

台風15号、大変な被害をもたらしてしまいました。

行きは6時間もかかったので帰りは順調ならどれ位で行けるのか
夫が無言で試していました。

家までトイレ休憩もなくノンストップで走ってみたようです。

夜も遅かったですが渋滞もなく成田から埼玉北部の家まで2時間25分。

4時間もタクシーに乗って東京から間に合わなかった息子。

どれだけの渋滞だったのか想像できます。

次こそは気候の良い時期に一緒に連れて行ってあげたいですね。


台中でランチの後「光復新村」へ

2019年09月27日 | 台湾

中々進まない台湾旅の記録です。

 

「霧峰林家」の見学の後は台中市の議員会館の中にある
レストランでお昼ご飯をご馳走になりました。

台湾は繫体字を使っていますが漢字なので日本人には意味が分かりありがたいです。

この建物も日本のようですよね。

 

いつものようにやさしい味の中華料理です。

と言っても・・・食べなれているような味の物を
チョイスしてくれたのかもしれません。

チヂミのような物、お刺身、タケノコ、鶏肉、白ゴーヤ、チャーハン、スープ、野菜炒めなど。
大好きな台湾ビールも昼から頂きました~~

左下の黄色い揚げ物は何だと思いますか?
サツマイモかジャガイモのように見えますが・・・

これはね・・・

エリンギなんです。

本当かどうかわかりませんが、「台湾の人はエリンギが好き」と何かで見ました。

揚げたてのホクホクで美味しかったです。

 

お腹もいっぱいになり次に連れて行ってもらったところは

「光復新村」という所です。

ここは戦後台湾省政府がアメリカの支援を受けて、イギリスの郊外にある
ニュータウンの建設様式を参考にしたガーデンシティを作った場所です。

公園、市場、学校なども造り赤レンガ、平屋、庭付きの住宅にして
美しい街並みとなりました。

そしてここは台湾省政府等の職員住宅となっていました。

1998年に台湾省議会が廃止となり光復新村もその役割を終えた頃
1999年9月12日、2500人もの方が亡くなられたのあの大地震により
家も崩壊し無人の集落になってしまったのだそうです。

そして現在は市政府が一区画の空き家をリニューアルして個人に貸し出しています。

市政府の募集に合格した人たちが店舗を開店しました。

約50軒位あるそうですが、ほとんどが土日営業で平日は閉まっている店が多く
この日は平日だったので閑散としていました。

 

アート作品があちこちに飾られています。

こんなのも~

営業中のお店もありましたがお腹がいっぱいなので覗くだけです。

懐かしい机?と椅子。
年がばれますが小学校の低学年の時こんなの使っていたような気がします。

この雰囲気から最近では映画の撮影やウエディングフォトの撮影地として
利用する方も多いようです。

この日もウエディングドレスを着た方を見かけました。

カフェ、飲食店、雑貨屋さん、アトリエなど若い方がお店を開いていますが
市内から外れていて交通の便も悪いので土地感がないと行きにくい場所のようです。

なので外国人観光客はまだ余り訪れていないみたいですね。

ここの元中学校があの地震の時の状態を保ったまま
「地震博物館」として残されていたようです。

下調べをしていない場所だったので見逃してしまいました。

 

こんな光景にビックリ!!

壊れた住宅ばかりですが空き家が相当数あります。
市政府の管理の場所なので無断で住み着いたりできないようにするためでしょうか?

 

この後は日本酒の工場に行きました。